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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
23/90

悚態


  



影繰渡り(スキアルート)》は早い話、影に潜み移動する精霊術(エレメンタル)だ。

精霊術とは師匠が言っていた通り、その場のノリと咄嗟の機転が重要視される霊術──正確に言えば周囲に満ちる霊力や精霊と、同調し協調する事にある。

言ってしまえば『その場しのぎ』こそが精霊術なのである。

他の霊術と同じ様にコンスタントに遣っていく為には、一定以上の力を持つ、一個体としての存在を確立した精霊との霊契約(プロトコル)が必要になるわけだ。

そして種族として見れば、人間種はあまり精霊に好かれていない。

と言うか、ぶっちゃけ嫌われている傾向にある。

故に人間種の精霊遣い(エレメンタラー)は、たまたま精霊に気に入られた者、何か精霊に対して恩を売ったりした者、或いは先祖代々の付き合いがある家系の者ぐらいしか居ないらしかった。

人間種以外の種族では、基本的に精霊から友好的な種──森人(エルフ)が代表的だ──などだと、殆どが精霊遣いである場合もあるそうだ。

まあ中には人間種以上に精霊から嫌われている種族もあるらしいが。


「この場合私は『たまたま精霊に気に入られた者』になるのかね──」


ひょっとしたら吸血鬼という種族が気に入られたのかも知れないが。

まあそれらはもう一度会えた時にでも訊けばいいだろう。というかそうでもしないかぎり分かるまい、考えるだけ時間の無駄だ。

話を戻すと──この精霊術《影繰渡り》だが、ほぼ私オリジナルの術と言っても良い物らしい。

当初私としては『吸血鬼の特性』──始原能(オリジンセンス)の一つなのかと思っていたが、メリルによると精霊術に分類されるらしかった。

他の種族でも始原能の特性を兼ね備えた霊術が存在するそうだが、それらは全て精霊術に分類されるそうだ。

そもそも始原能とは生物の持つ魂の記憶──魂識(イデア)に起因するものだということが解っているらしいのだが、その魂識は構成上非常に精霊に近しいものであると予想されているそうだ。

その魂識と精霊を共存、調律して織り成し放つ精霊術、ないし始原能──識別名は界術(ヴェルト)というらしい、めんどくさいので区別する気は無いが──の一種がこの術らしかった。

ふーん、どうでもいいや。

と言ったらその日のいつもの講義が三時間長くなったのは苦い思い出である。

で、影の中はどんな感じかと言えば、言わば上下逆転したモノクロの世界だ。

影が黒、光が白、という非常に分かりやすい構図である。

私以外の生物は当然おらず──生物の区別はよくわからないが、植物はここでは生物にカウントされない。が、魔物はカウントされるらしく植物系の魔物も現れないので安心だ──黒の領域からは向こうの景色が逆さまに見えるようになっている。

文字通りの上

     下である。

因みに隠れている影──立っている黒の領域が陽に照らされると、強制的に現実に引き戻される仕様だ。

メリルに実験的に霊術の光を照らしてもらい解った事である。太陽の光の場合どうなるのかは、かなりリスクが大きいので調べられていないが。

未だに太陽光は克服出来ていない──ていうか克服出来る気がしない。出来てたまるか、あんなもん。

ちなみに二年前、本当に太陽が苦手なのかと疑問視した師匠とメリルに、わざわざ闇樹海の西端まで連れて行かれた事があった。

以下、軽く回想。



『一言で苦手と言われても、どんなものなのかサッパリ解らんからな』


『いや!いやいやいやいや!いーやー!ヤダヤダヤダヤダー!止めて!ホンット止めて!勘弁してえ!』


『観念しなよクレア、ほら久々のお日様だよ。闇樹海の中じゃまず見られないよ。綺麗だよー』


『キモいキモいキモいキーモーいー!後生だから許して!怖いよ怖いよー!ヒッグ、えぐっ、やめ、ホントやめてぇ……』


『……バルティオさん、クレアガチ泣きしちゃってますが』


『知ったことか』


『ですよねー』


『うっく……やめてよぉ……ちょっと小火起こしちゃっただけじゃん……』


『どうだったっけな?メリル』


『闇樹海の名産品の一つであるマルロマの実の果樹園全焼。被害総額は──考えたくもありません』


『……さー、日光浴の時間だ、バカ弟子が』


『お、お願いします!日光だけは!日光だけは止めて下さい!これからはいい子にしますからあ!』


『嘘だな』


『嘘ですね』


『嘘だけどさあ!何!?何か文句ある!?もー放してよお!この人でなしー!』


『いや、まあ、そりゃあ、人じゃないしな』


『人でなしなのはクレアも同様でしょう。逆ギレはよくないよ』


『いやー!何なのさそのクールさはあ!死ぬ!死んじゃう!死んじゃう死んじゃう死ーんーじゃーうー!』


『じゃあ始めましょうか、バルティオさん。どうせクレアは殺したぐらいじゃ死にませんよ』


『まったくだな』


『この外道共ーっ!!』


『まあ安心しろ、指一本だけだよ取り敢えずは』


『うんうん、安心して、ついでに観念もしておくといいよ』


『この鬼ぃ!鬼畜ぅ!!』


『だから鬼はお前だろう……メリル、ちょっとそこ抑えておいてくれ』


『はーい』


『あー!ちょっちょっちょっちょっとちょっとちょっとちょっとぉ!や、や、や、やめ──』


人差し指が陽に照らされた。

指が溶けた。


『ううぎゃあああああああああああ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″いいだああああああいっ!!!』




以上である。

その後、一週間屋根裏でベッドにくるまり、引きこもったのはまあ別の話として。


「そろそろかな………」


メリル宅に近づいてきた為《影繰渡り》を解除する。

とは言っても、ここは全てを闇が染め上げる闇樹海。影の中も外も殆ど変わらない光景なのだが。

再び地面へと融けてゆく身体──やがて元の現実へと戻る。

目前に在るのはすっかり見慣れた家屋、ノックもせずにずかずかと入っていった。

勝手知ったる他人の家、親しき仲に礼儀なし。


「おーい、メリルー?おねーちゃんだよーい」


返答は無いが、気配は上階から感じられる。

大方の予想が付いたので、溜め息しつつ階段を昇った。


「メーリールー?」


二階、主要研究室(メインラボ)のドアを開くと、案の定の光景が広がっていた。

部屋中に張り巡らされた、霊力(オド)に反応し、種類によって様々な働きをもたらす感霊樹。霊素溶液に浸された数々の標本。取り付けられた精霊石と、刻み込まれた術式(コード)により対象の霊力構造を解析する霊分界機構(デコーダー)

そして何より──


「く~、くー、く~………」


──その中央の円上デスクで、まるで要塞のごとくに積み上げられた魔導書、研究資料の中心にて、瓶底メガネを掛けたまま寝こけている白衣の少女。


「はあああああ………」


改めて大袈裟な溜め息を一つ吐き、ツカツカと足早に──とは言いつつも慎重この上なくだ、万が一積み重なった本達を崩せば、阿鼻叫喚の地獄絵図が顕現する──部屋をグルリと半周し、デスクで眠る少女の元へと辿り着く。

白衣の襟を掴み、少女を自分の目線まで吊り上げる。

それでも少女は未だに目を覚ます気配も無しに、瓶底メガネをズラしたまま寝息を立てていた。

……ピキリ。

青筋が立ったのを自覚。


「起おきろおおおおおおおっっっ!!!」


「うきゃああああああああい!?」


耳をつんざく怒声を浴びて、ようやく少女は目を覚ました。

が。


「………ん?」


「ふえ?」


周りの景色がぐらり、と揺れる。

そして──


「ぶ、ぶわーっ!」


「う、うえーっ!?」


ドドドドド、という雪崩のような音と共に、視界が真っ暗になった。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



「バカ、バカバカバカバーカ!」


「もー、しっつこいなー。謝ったじゃんさー」


渋顔で言われた資料を屋根裏へと片付けつつ、メリルの罵倒を聞き流していた。


「てゆーか、自分から呼びつけといてグースカ寝てるのはどーなのよ。きっとメリルの横柄な態度に天罰が下ったんでしょ、うん。私に責任は無いね、むしろ哀れな被害者が私だよ」


「クレアがバカデカい大声で怒鳴るからでしょう!何が天罰だよ、どう考えても人災だよっ!!」


「デカい大声って何だよー、デカいと大きいが被ってんじゃん」


「またそうやって腹の立つ話の逸らし方する!だから友達が出来ないんだよ!」


「う、うぐぅ……あんたも言うようになったじゃないのさ」


なかなかに痛々しい所を突いてくる。


「けどさあ、真面目な話、あんたもそんなになるまで没頭する事ないでしょ。別に焦る理由は無いんだし、睡眠ぐらいちゃんと取りなさいな。だから色々と大きくなれないんでしょ」


「ふ、ふぐぅ………」


クロスカウンターで痛々しい所を突き返してやった。

愉快愉快。


「いや、けどホントに目の隈ヤバいよ、何徹したのさ」


「うー………さ、三?」


「………(怒)」


無言で殴った。


「あいたっ!」


「あんたこそがバカだ!提出期限が有るでも無いのになにしてんのさ!」


「い、いや、そのぅ………つい、熱くなっちゃって、気付いたら──」


もう一発殴った。


「今度やったら、本気でハッ倒すよ……」


「いや、それ殺害予告だよ……うー……」


ツッコんだ所で再び眠たそうに目を擦るメリル。


「はーあ、もっかい寝ちゃえ。片付けは私がやっとくよ」


「わあ……きっと、明日は、嵐、だあ………」


と、皮肉った所でメリルは寝落ちた。

………やれやれ。

手の掛かる妹である。


「手の焼ける、姉に、言われたく、無いぃ………」


………あと、ツッコミ熱心な妹だ。



▼△▼△▼△▼△▼△

 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



その後、メリルは半日寝込んでいたため、片付けだけではかなり時間が余ったので、近くの集落まで買い出しに行って来た。

霊具ならできたてのまま保存しておける為、ありったけ買い込んでしまっておいて問題無い。

私用に濃い味の料理、甘ったるいスイーツ、ドギツイ酒を買い込んでおき、メリル用に素材の味を生かしたあっさり目の料理をじっくり吟味する。

と言っても、私に通常の料理は合わない為、食べた時の『物足りなさ』で判別するという嫌な味見だが。

まあ、メリル好みの料理の『物足りなさ』はしっかり覚えているので、そう時間は掛からなかった。

足早に帰宅し、面倒臭がりながらも食事の支度を終え、メリルを起こしに行った。

たっぷり睡眠を取れたようで、だいぶ目の隈は薄れていて、珍しく食欲旺盛に料理を頬張っていた。


「いや、もう三倍はあった料理を全部お腹に収めてる人に言われたく無いんだけど」


「いや、まあそれはそれでね。まあ、たっぷり食べなさいな。頭使ったら腹減るもんねー」


「うん、まあね」


そこからは無言でお互いに料理を書き込んだ。


やがて、私がデザートまで食べ尽くしてしばらくした後、メリルが食器を片付けた。

ごちそうさま、というのはメリルだけだが。


「んで、三徹の成果は──どうだったのさ?」


と、天井へと目を向けたながら訊ねた。


「うん、色々と、解ったよ」


少し途切れ途切れに、メリルは答えた。


「まず、クレアの構成霊力は、やっぱり闇絶属性の比率が高かったよ」


──そう。

メリルがここ一年研究に没頭している理由は、詰まるところ私にある。

メリルにはもう私の面倒な事情はあらかた知ってもらっているのだ。

まあ、その時にも色々と一悶着有ったのだが、詳しくは語るまい。

気恥ずかしい話になる。

そして、血腥い話になる。

まあ、吸血鬼である私に血腥く無い話なんてお笑い草だが。

まあ、そんなこんなでそれからメリルは少しでも私の身体やら何やらについて調べようとしてくれている。

私が「食事」をせずともよくなるように──らしい。

………………

まあ、それはともかく。

それで、文献等を片っ端から漁るなどして調べてくれていたのだが、結局箸にも棒にも掛からぬ結果だったそうだ。

しかしその後もめげずに、今度は霊術方面から調べる事になり。

つい先日、丸一日かけての診断が有った所だった。


「種族属性は、予想してた通りに闇絶で間違い無さそうだね。まあ、個体属性は従来の方法で判断できてたから、ちょっと安心しかかってたんだけど、だけど………」


と、一旦言葉を区切った。


「本来構成霊力は、どんな生物でも八属性全部で成り立ってるものなの。ここ、闇樹海の生物にだってほんの僅かだけれど光芒の霊力が宿っている。だけどクレアは──」


「──光芒属性の霊力が存在しない。とかそんな所かな?」


「………うん」


メリルはやたら深刻そうに頷いた。


「………それってどれくらいの珍しさなワケ?」


「………これまでの精霊学、魔導学、生物学がひっくり返りかねないぐらい、かな」


「………ふはっ」


ピンとこねー。

いや、けどアレだ、そこまで来れば大体先が読めるぞ。


「で、それを補うために人を喰う──とか、つまりそんなカンジ?」


「………」


沈痛そうに頷く。


「………仮説になるけど、多分クレア………吸血鬼は、血とか肉とか、そういうのじゃなくて、生物──生命に宿る魂識を吸収しているんだと思う。霊分界機構で調べられるのは構成霊力だけじゃなくて、霊力密度なんかも解析出来るんだけど──その結果が………」


またしても口ごもるメリル。


「………あのさあ、メリル。私バカだからさ、そんな深刻そうに言われても全っ然ワケわかんないから。もっとさ、ハッキリ言ってくれた方が気楽だよ?」


「っ………うん」


そこからは、しっかりと私の目を見つめながら話してくれた。


「クレアの身体を構成する霊力は、ある意味光芒属性が欠けているというよりももっと異常な数値をしてたものが有ったの。正直、初めて見たときは測定ミスとしか思えなかったぐらい」


「あはは、けど、ミスじゃなかったと」


「うん。クレアの構成霊力の密度が、とんでもなくずば抜けてた。正直今でも信じられないぐらいに。最上位精霊と遜色ない量の霊力が超高密度に凝縮されてる」


「はあ」


気の無い返答を返す。


「いや、本当に飛んでも無い事なんだよ!?これは!あの八大星霊と契約してるからピンと来ないかも知れないけれど、上位精霊だって本来場合によっては充分災害扱いされる代物なの!国一つ滅んだ事例が有るくらいに!最上位精霊になると、最悪大陸丸々一つに多大な悪影響を及ぼしかねないぐらいのもので、それがこんな一つの個体に凝縮されてるってことは──!」


「………メリル、分かった。分かったから──泣かないでよ」


「あ、う………」


ギュッと。

思い切り、小さな身体を抱き締める。


「ふぅ、え、う、ううううう」


「あー、もー、だから何であんたが泣くんだっての………」


勘弁してほしい。

余計、苦しくなる。

倍、痛くなる。






………しばらく、泣き明かしていた。






二人で。



しょうたい。




クラシックなのは上っ面だけで、実際はオリジナル要素てんこ盛りでしたーというお話。

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