黯鞨刎
「おかわりー」
キレイに無くなった猪鬼の焼肉の皿をカウンターに突き出す。
メリルの案内でやってきたこの酒場は、素材等を持ってくるとおまかせで調理してくれるとのことで、私は遠慮無く売らずにとっておいた猪鬼の肉を調理してもらった。
結果いつもよりも多少は美味しく感じる料理を味わう事ができ、今現在、少しいい気分である。
「しかし、メリルの紹介してくれる店ってんだからオシャレなカフェとかかと思ったら、なんて言うか……」
「いや、こんなところにオシャレなカフェなんかあるわけ無いじゃん………」
「ああ、まあ、そうだね……」
何せ泣く子も黙る災害指定区域と目と鼻の先にある町だ、一般人ならたどり着くだけでも命懸けである。
そう考えると、ここのコックさんとかは一体どうしてこんな危ない所で働いているのだろうか。
と思ったのでメリルに訊いてみた所──
「この町で働く人達はみんな昔冒険者をやってた人達か、今も兼業で冒険している人達ばかりなんだよ」
「ああ、なーる」
考えてみれば闇樹海内の魔物の調理法なんて、ここの冒険者位しか知らないよね。
「ははあ、つまりここの治安が良い事にはそんな理由もあったワケだ………」
「そういう事だね、騒ぎなんか起こしてもすぐにねじ伏せられちゃうから」
「へへえ~」
などとリアクションしながらも、食指を止める事は無い。
やがて不細工な頭部の丸焼きを食べ尽くしたところで、ようやく一息吐いた。
「ふひいー。まああんまし食ってもアレだし、このぐらいにしとこうかな」
「充分食べ過ぎだと思うよ………一体その体のどこにあの量が消えていったの………」
「猪鬼丸々一体分でしょ、少ないよ」
「食べ過ぎです」
「食べ過ぎですか………あー、うー、す、すいませーん、おあいそお願いしまーす」
白けた視線を向けてくるメリルから逃げるように席を立つ。
「あ、ちょ、クレア、お金は私が払うよ」
「あー、いーのいーの。ここはおねいさんに甘えときなさい」
手早く支払いを済ませる。
素材が持ち込みだったこともあり、あの量とあの味にしてはかなりの格安である。
するとカウンターのおばさんが口を開いた。
「んー、メリルちゃん、お姉さんがいたのかい?」
「あーいえ、違います。私はちょっと今この子の家に居候させてもらっているものでして………」
メリルへの質問だというのに、私は反射的に答えてしまった。
姉。
その言葉に。
………この反応は間違い無くこの世界の『私』のものだろう。
「あら、そうかい。ふうん、それにしては随分と……」
「あ、あー、行こっかメリル。ごちそうさまでしたー」
「ああ、はいよー」
私はメリルの腕を引いて、店を後にした。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「………………」
………そこからしばらくの間、ただただ無言で歩いていた。
道なんて知らないのに。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………あー………なんか………ごめんね」
「あ……その……別に」
「いや、これは私が悪いよ。ごめん、なんか勝手に」
「う、ううん。別に謝るような事じゃないよ」
「そう……でも、ごめん」
あー、クソが。
割り切ったと思ってたのになあ。
なんだ?この子と仲良くよろしくやってるのは、つまりそういう意味か?
下らなくもつまらない、懺悔ごっこか。
惨めったらしいにも程がある。
前向きにとは言わないが、せめて後ろを見るのを止めろよ。
つくつぐ貧相な精神だな。
縋っていいとでも思っているのか?嘆いていいとでも思っているのか?
そういう口は、死んでから利け。
だから私は──
「クレア!」
と。
メリルが私の手を両手で掴み、言った。
「わ、私は!ク、クレアに逢えて、良かったと思ってて!」
「………………」
「それで、こんな風に一緒に居てくれるのが、凄く、嬉しくて、楽しくて、それで、それで──」
メリルは。
ひたすらに、私と目を合わせたままで言葉を紡ぐ。
「あ、あたしは、クレアと一緒に居られて、凄く、凄く──」
「──もう、いいよ。メリル」
と、私はメリルの頭に手を乗せ思い切り撫で繰り回した。
「わ、わひゃあ!」
「ごめんね、そんな事言わせちゃって」
本当に。
我ながら、情けなさすぎだった。
目の前の事にも、目を遣れていないなんて。
この子は、私なんかとは違って。
確かに「ここ」にいるというのに。
「おーし!んじゃ、また案内頼むね。一応何か依頼がないか見ておきたいから」
「了解──と言いたいところだけどそれは無理だね」
「うえっ?」
「だって冒険者集会所はそこにあるから」
と、メリルは私の目の前にある大きな建物を指差した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「おじゃましまーっす」
と、呑気な声を挙げて(無論わざとだ)中へと入った。
メリルは外で待っていれば?という私の言葉に、「ここではあたしがいた方が顔が利くよ」とのことで後ろから付いてきている。
周りからの視線は、意外な事に疎らなものだった。
今までのギルドでは不躾な視線をわざとらしく向けられてきたが、流石にここのギルドにいる冒険者達は強者揃い。少なくとも私がただの子供で無いことは見抜いたらしい。
ゼロ円スマイルを浮かべながら依頼掲示板へとメリルと共に向かう。
「うーむ………なるほど、確かになかなか厳しそうな依頼ばっかだねえ」
貼られているのは素材回収系の依頼が多い。
この辺りにはトラブルの起こる村や集落が当然少ないため、したがって依頼の数も少ない。
盗賊なんかも、こんな危険な場所では仕事なんかできるワケが無いし、そもそもこの辺りで奪う財産を持っているのなら、そいつは間違い無く腕利きだ。
つまり残る依頼はこの周辺でしか採れない希少な素材を求める商人等からのものしか無いのだった。
そして、その素材を持つ魔物は強力なもの達ばかり。中には今の私では手に負えなさそうなものも沢山ある。
いい感じの難易度の物を──報酬額はあまり気にしない──探していると、後ろから声がかかった。
「おい、お前」
「んー?」
振り返ると、そこには三人の集団がいた。
見た目からして壁役な戦斧装備の重戦士の男。いかにもなトンガリ帽子を被り、一目で霊具と知れる双剣を持っている女剣士。そして最後に──
「………闇森人」
最後尾に居たのは黒髪に褐色の肌、そして赤い目をした女だった。
年齢は長命種故によくわからないが、外見は人間種としたら二十歳ぐらいか、或いはそれより下ぐらいだろう。
「………えーっと、すみません。見るのに邪魔でしたか?私は別に後で良いので、どうぞお先に──」
パッと観で今の私よりもずっと格上であると判断できたので、面倒事を起こすのはマズいと思いさっさとスルーしようとしたが。
「いやいや、そんなんじゃねえんだ。ただ、最近話題のルーキーの顔をちっと見てみたいと思ってな」
壁役の男が気さくに笑いながら言った。
「………話題のルーキー?誰ですかそれ?」
「だーからお前だよ、真っ赤な嬢ちゃん。赤ずくめの服装した、やたら強ええ女の子がいるって最近この闇樹海じゃ有名なんだ。んで、そのカッコを見てさては噂の人物か?ってなったワケだ」
「……はあ、そうっすか」
おっと。
余りにうんざりな展開に、つい地が出てしまった。
うっわあ……面倒な事になってんな。
いかに私が美少女とはいえ、顔を知られるのは余りうまくない。
色んな意味で。
「それで、それはアナタでいいのかしら?『赤鬼』ちゃん?」
今度は後ろの識者の女が訊ねてきた、ん、だけ、ど……
「な、何ですかその赤鬼ってのは」
「名前がわからないって言うからみんなそう呼んでるのよ。真っ赤な格好に、やたら凶暴だっていうのでそう呼ばれてるらしいけれど………?」
「………………」
だああああれだあ、んな不愉快なあだ名つけたのわあ。
見つけ次第ハッ倒す。クズ野郎なら食い殺す。
………………
いや、そういえば私鬼だったか。
名付けたヤツはきっと滅茶苦茶鋭いんだろうなあ。
私は他人事のように感心した。
「いやあ、やっぱ噂なんざアテになんねえな。会ってみりゃあ素直ないい子じゃねえか」
「あはは、いっやあそれ程でも」
「後ろの子は妹さんか?姉妹がいるってのは聞いてなかったが………」
「ああ、いえ………妹じゃありませんが………」
ほんの一瞬、言葉に詰まりそうになりながら。
しかし私は、今度はしっかりと答えた。
「妹みたいなものですよ。ね?メリル」
「………!う、うん!」
メリルの方を見ないままそう言うと、喜色満面でメリルは返事をしてくれた。
「さて、じゃあ私達はこの辺で失礼させてもらいますね」
「おお、悪ぃな引き留めちまって」
「いえ、別に。行こ、メリル」
「うん」
そう言って、ギルドの出口へと向かう途中で。
何かが、聞こえた。
「………愚かな」
ピタリ。
と、足を止める。
「………えーっと、何か言われました?」
「愚かな、と言ったのだ」
その言葉を吐いたのは、後方で黙っていたハズの闇森人だった。
「………どういう意味か、教えてもらえるかな」
「言葉のままだ、『そんなもの』を妹と呼ぶとは………」
「あ″?」
私は。
嫌悪を隠す事もなく振り向く。
「おい、フルーリア。何を──」
「少し黙ってくれ、コルダム。身内の問題だ」
壁役の男の制止を気に留める事もなく、闇森人の女──フルーリアというらしい──は続けた。
「どういうつもりだ、オノマの仇児。お前があろうことか余所者とつるむとは」
「……あ……フ、フルーリア」
と、メリルが目に見えて怯える。
「お前達異端一家の愚行でどれだけの被害が出た事か………今度は何を企んでいる」
「お……お父さんと、お母さんの悪口は、言わないで……!」
「悪口?単なる事実だろう──」
と。
女が言えたのはそこまでだった。
「──死ねコラ」
赤月を頸部目掛けて最速で振るう。
「なっ……!」
上半身を反らして何とか躱わしたが、私は流れるように追撃の踵落としを見舞う。
「ぐうっ……!」
吸血鬼の膂力での渾身の一撃だ、相手は何とか腕で防御したが最低でもヒビはイってるだろう。
そのまま右手を振りかぶる。
何故か言葉が、喉の奥から湧き出るかのように吐き出された。
「我が五指に宿るは終焉の兆し──《失墜の尖指》」
右手の指が消失した、かのように見えた。
しかしその五指は暗き闇を纏い、圧倒的速度で女へと襲いかかり──
「──そこまでだな」
と。
闇色の疾風が目の前に巻き起こった。
「何をしとるんだ。バカ弟子が」
──師匠が私の右腕を掴み、そこにいた。
吐き捨てるようなその台詞に一瞬途轍もない悪寒が背筋を走ったが、しかしすぐさま憤怒が頭を埋め尽くす。
「……止めないで下さい、師匠」
「もう止めてるんだよ。いいか──」
と、そこで少し溜めた後──師匠は怖ろしいまでに冷たい声色で、言った。
「──黙れ」
「………っ」
その言葉で、ようやく私は自身に歯止めをかけた。
「………ふう。すまん、迷惑かけたな、オババ」
「カッ、年寄り扱いするんじゃないよ。あんたとは百も離れていないだろうが」
「それは失敬した……まあ、俺の躾の不行届きだな」
「へん、そんな嬢ちゃんに躾なんて言葉を使えるなら、あんたはたしかにまだまだ若いね」
などと師匠と話すのは、いつの間にやらギルドのカウンターに座っていた、これまた闇森人の老婆だった。
「大婆様………」
「フルーリア、ここは矛を納めな。あんたにも少し非があるよ」
「………はっ」
女は。
腰に佩いた剣の柄から手を話した。
「………バカ弟子、謝罪しろ」
「………っし、ししょ……」
「黙れ」
「…………う」
………唇を噛み締めながら、頭を下げる。
「………すみませんでした」
「………………」
「……さて、では失礼する。本当にバカ弟子が迷惑をかけたな」
「はん、この借りはしっかり返してもらうさ。それでいい」
「了承した………来い、二人共」
「………はい」
「はい………」
私達は黙って師匠の後に続いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ………あの、バルティオさん。あたしのせいなんです。クレアはあたしの為に──」
「違うよ」
私はメリルの言葉を途中で遮る。
「私が勝手にキレただけ。全面的に一から十まで徹頭徹尾に私が悪い」
「その通りだな」
コリエンテの町を出て、帰り道。
ようやく沈黙を破って私達は言葉を交わした。
「バカだアホだと何度となく言ってきたが、まさかあそこまで愚かだとは思っていなかった」
「………」
「バ、バルティオさ──」
「俺が止めていなければ──確実にお前らが殺されていたぞ」
「………えっ」
師匠はいつもの無表情を崩して、静かに怒りを露わにしていた。
「フルーリア・ユーノス……確か現『黒三葉』の一角だろう。あのままでは間違い無くクレアもお前も死んでいた。まあ、正当防衛だがな」
「………………」
「………実力差ぐらいお前は見抜けただろう。その上でメリルを死なす所だったんだ、バカにも程がある」
「………はい」
返す言葉も無い。
「二度とするなよ。今度やったら破門だ、バカ弟子」
「………はい、ごめんなさい」
「……ったく」
そこで師匠はいつもの無表情に戻り、私の頭を一発叩いた。
「………し、師匠ぉ………ふえぇぇぇ………」
「嘘泣きするな」
………ちっ。
バレるか。
甘えるチャンス到来かと思ったのに。
「………メリル、全然反省してなくない?」
「うん、反省はしてない。けど後悔はしてるよ」
「逆だよ、逆、逆」
「えー、私いつもそんな感じだよ」
「だからいつまで経っても成長しないんだろうな」
呆れ顔で師匠が言った。
グサリ。
「うー、いや、本当にもうしませんて。きっと、おそらく、多分」
「またしそうだなぁ………」
白い目線でメリルが言う。
私はもう信頼を失ってしまったらしい。世知辛い世の中である。
「まあまあ、そう辛辣なこと言わないでさあ。ほら、何か知んないけどやたら姉妹扱いされてたじゃん」
「………あ、あたしなんかのお姉ちゃんにクレアはもったいない──」
「コラーっ!」
メリルの頬を横に引き延ばす。
「ふぃ、ひふぁいほふふぇふぁ」
「そんなこと言ったら怒るよー」
「全くだ、このバカ弟子がお前と釣り合うワケが無いだろう」
「そっちー!?」
「当然だ、釣り合いがとれるのはせいぜい顔だけだな」
「ああ!そうですねそうですね確かにメリルなら私の美貌にも十分張り合え「黙れ」「酷いっ!」
はあ、とため息を吐き、師匠は続けた。
「釣り合うってのはそういう意味じゃない」
「へ?んじゃどゆ意味ですか?」
「ん?なんだ、姉妹扱いされたっていうのはそういう事じゃないのか?」
師匠がメリルの方を向く。
メリルは何故だか恐縮するように体を縮めた。
「え?え?どういう意味?メリル何のこと?」
「え、えーっと、それはそのぅ……」
初めて会った時のように挙動不審になるメリル。
私の方もなんだか距離を取りかねていると、師匠が呆れ顔で呟いた。
「まだ気付いてなかったのか、お前……他人に興味を持たない上に自分も見えていないようでは話にならないぞ」
「ふえ?」
師匠は、
どこか優しげな顔で、
言ってくれた。
「顔、ソックリだぞお前達」
「……………」
「……………」
私は、鏡に映らない。
私は、自分の顔を知らない。
けど──
この子に感じた、既視感は──
「………っぷははは!」
まったく──ここまで来ると、傑作だ。
「おーりゃあああ!」
「は、はひゃ、ちょ、クレアやめ──ははははは!」
思いっ切りメリルをくすぐり倒した後──問い掛ける。
「なーんで言ってくれなかったのさー」
「そ、そんなの、言えないよ……」
「まったくだ、何故わざわざバカに似ている事を告白しなくてはならん」
「ちょ、師匠辛辣すぎ!もう許して下さいよ~」
クレアちゃん泣いちゃうぞー。
「………ていうかクレア、さっきサラッと霊術使ってたよね?あれ何?」
「………あっ。そういえば」
明らかな会話の切り替えだったが、武士の情けで(武士じゃないけど)スルーしてあげた。
それにそうだ、確かにさっきなんかやってた。
何か詠唱っぽいのもやってたような。
「えっと、あの時はキレてたからあんまし覚えてないんだけど………」
「右腕の様子がおかしかったぞ、何かあるんじゃないのか?」
師匠が言った。
そう言われると、右手──いや、右腕に何か変な感じがあったような。
思うままにコートの右袖を捲ってみると、そこには──
「………あり?なんだコリャ」
「………っ!クレアそれ………!」
「これは………」
私達の目に飛び込んで来たのは。
私の右腕に余す所無く刻み込まれた、闇色の禍々しい刺青だった。
あんぜつもん。
二人は似てない双子くらいには似てます。
ようやく主人公が魔法的なものを覚えてくれました。
やっとこさ派手な戦闘を開始できます。
ファンタジーな戦闘をお待ちくださってた方、お待たせしました。
ぶっちゃけ、次回から本編開始と言っても過言ではありません。
我ながら長すぎる前置きでしたが、しかしこの先の物語は、ちゃんとクレアレッドの事を知ってから読んで欲しかったもので。