緒弟駈
翌朝。
私は外出用の服に着替えていた。
と言ってもいつも通りの、赤ずくめな服装だ。
赤いロングコート、その下にチェインシャツ。紅いグローブ。朱いフーデッドコート。緋いロングブーツ。
無論髪も瞳もいつも通りの赤。
佩いている剣と、それを納める鞘すらも赤だ。
「……その服装どうにかならんのか?目に悪い」
「おおっと!このイカすファッションは少々殿方には目に毒でしたかね!」
「いや、目に悪い。ド派手すぎてな」
「いやいやみなまで言わなくとも結構です!美しさとは罪なものですねぇ………ってあ痛!」
叩かれた。
ヒドい。
「調子乗りすぎだよクレア………けど、バルティオさん。服装自体は似た感じ……というよりもほとんど同じじゃないですか?」
「ん、そう言えばそうだな。奇遇だな」
「………ええ、はい、そうですね」
………無論。
単に私が師匠とのペアルックを狙っただけなのだが。
にっぶいなあ、師匠。
ラブコメの主人公かよ。
まったく。
「………ま、そんなこんなで。ではではでっぱつと行きましょうか」
「ああ、行ってこい」
「はーい、行って来ま……すううううう!?」
ズッコケながらツッコんだ。
「え!?師匠わっ!?」
「俺は俺でやることがあるんだよ」
「いやいや!じゃあ私は一体どうすれば……」
「メリルがいるだろう。案内も出来るし霊術の腕もあるしな、安心しろ」
「そ、そんなぁ………」
デ、デートがあ……ペアルックデートのはずがあ………
「ク、クレア。その、あたし、がんばるから………」
メリルがしょんぼりした顔で俯いていた。
「あー、いやいや!メリルじゃ不満だとか言うんじゃなくてね!うん、考えてみればメリルと一緒かあ!うんうん、たっのしみだなあ!」
「え……そ、そう?」
と、それだけで機嫌が直った。どころか、やや良くなった。
単純というべきか、素直というべきか。
まあ、ここはよい子だと言うべきなのだろう。
………よい子、ねえ?
まあいい。
「んじゃそれはそれで、行こっかメリル」
「うん、クレア」
私達は並んで歩き出した。
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──突き出された粗雑な槍を腕力だけで打ち逸らし、その手で相手の脳天目掛けて血液の銃弾──銃血と呼ぶことにする──を数発撃ち込む。
崩れ落ちる相手に一瞥もくれる事無く、クルリと手の紅月を逆手に持ち替え、背後に突き出した。
耳障りな悲鳴が聞こえるが、無視して赤月に込められた霊力を解放する、背後で紅炎が燃え盛った。
残るは二匹──
「深緑の息吹よ、我が囁きに応えよ──《森の騒めき》」
メリルの唱えた霊術──おそらくは精霊術──により、周りの木々の枝が相手に襲いかかる。
結果相手は枝々に貫かれ、穴だらけになって地面へ転がった。
最後の一匹、雄叫びを上げ錆びたハルバードを振り下ろしてきたが、それをカウンターで半ばほどで斬り飛ばし、返す刃で逆袈裟に両断した。
「ホイホーイ、一丁上がりっと」
「す、凄いねクレア。強いのは分かってたつもりだったけど………」
と、死屍累々の惨状を見回してメリルが呟いた。
道中私達に襲いかかって来たのはファンタジーでお馴染みの魔物、豚鬼の上位種である猪鬼だった。
一応は人型である為魔物にしては知能が高いらしいが、やはり亜人種である獣人族とは一線を画する存在であるらしい。
まあ確かに本能丸出しなツラして襲って来たもんなあ………詳しくは語らない、つーか語りたくないけど。
因みに体色は予定調和の如くに黒だった。
まあ、強さはそこそこだったかな?
それでも──
「こんくらい楽勝だっての。メリルだって凄いじゃん。今の、精霊術でしょ?」
「ううん、今のは正確には始原能に分類されるものだよ」
「え?でも詠唱してたじゃん」
「今のは闇森人に伝わる霊術でね。崇める闇樹海の神の加護により生み出される秘術──って言われてるんだ」
「闇樹海の神?何それ精霊とは違うの?」
「うん、霊暦の始まり、始原の時から闇森人を見守って下さっている──というものらしいんだけどね」
「ハッ、胡散クサ」
「……それには同感だけど、あんまり大きな声で言わないでね?」
「え?同感なの?」
「あたしは無神論者だから」
「へえ、まあそれは私も大いに同感だけどね」
この世界にはかなり多くの宗教がある──宗教というよりも信仰の対象、だろうか。
様々な種族の数だけそれぞれの信仰があるといっていい。どころか種族内で更に氏族や国に別れているのだから、当然それだけ多くの宗教がある事になるワケだ。
そんなワケで、宗教はこの世界でも面倒なのである。
宗教戦争なんざ昔は幾らでもあったらしい──今は理由あってそうでもなくなったのだが、この大陸上では。
しかし何故だろう、私としては神を信仰しているとやけに哀れみを感じてしまうのだ。何というか、「アンタら物凄く損してるよ」、と肩を叩いて教えてやりたくなるというか。
『私』だった時は別にそんなことは無かったのだが。
うーむ………何故だろう、思い出せないな。
………思い出せない?何を?
………………………
まあ、いい。
思い出せないなら大したことじゃ無いんだろう。
「けど、そんなの許されるワケ?」
「ううん?許されないよ?」
何てこともないかのようにメリルは答えた。
「だからあんな所に住んでるんじゃない」
「………ああ、ね」
なーる。
「それに関しては思うところとか、無いわけ?」
「無いよ?」
やはり何てこともないかのような口調だった。
「下手に居座ったところで氏族を乱す事にしかならないからね。かなり根強い宗教だから。なんてったって二千年モノだもん」
「んなワインみたいな………」
とのツッコミもどこか力が無い。
メリルの顔が、どこか諦観めいたものを漂わせていたから。
「種族柄頭でっかちばかりだからね。だからお父さんやお母さんみたいな変人はお互いに邪魔にしかならなかったんだって」
「まあ、学者ってのはいつの時代もどんな場所でもそんなもんなんじゃない?」
「そうかもね」
メリルは肩を竦めた。
「どうだっていいんだよ、別に。あんなヤツらの何がどうしたところで──私は、何も変わらないもん」
「………………そう」
私は。
黙ってメリルの頭をクシャクシャと撫でた。
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で、私達が何をしに来たかというと、単純な買い出しである。
やってきたのはメリル宅から半日程の距離にある、闇樹海内の最前線──言うまでもなく災害指定区域の境界だ──に最も近い場所にある希少な安全地帯であるコリエンテという町だ。
町を丸々囲むちょっとした砦を見るだけで、この周囲の危険度が分かろうというものだろう。
それだけにこの町の治安は極めて良好である。誰もこの危険地帯の中、命をある程度は保障してくれる貴重な場所を荒そうとはしないのだ。
まあ、ここに集まる冒険者達は当然腕利き揃いなので──きっと今の私では適わない奴だって大勢いることだろう──元々チャチなチンピラなんかの立つ瀬が無いというのが一番大きいのだが。
なんて説明をメリルから聞きながら、私は歩いていた。
「取り敢えず、どこへ行くのかな?」
「まあ、手持ちの素材とかの売れる物を全部売っちゃおうよ。その後で買い物を、ってところかな」
「そっか、うん、そりゃそうだね」
RPGと違い魔物が金銭が落としてくれるワケでもないし、魔物を倒したところで別に依頼等を受けていなければ報酬なんかも有りはしない。
その辺ゲームとは違ってシビアなのだ。いや、当然と言えば当然だけれど。
まあ猪鬼の肉は結構美味いらしいので──私は遠慮しておいたが──メリルが喜んで調理していた。
結構高く売れるらしい。
それ以外にも私の溜め込んで来た色々──素材やら標的から引き取った財産やら──や、メリルの手製の「識具」──魔導識にて造り上げる特殊な力を宿した道具──なんかを売っぱらう事になった。
「てゆーか、識具造れるとか凄いねえ。将来安泰じゃん」
「有望じゃなくて安泰なトコがクレアらしいよね……」
メリルは苦笑していたが、私としては珍しいことにこの賞賛はいたって本音だった。
何せメリルは始原能、精霊術、魔導識の三つを全て使いこなせるらしいのだ。いやはや大した才能である。
両親が使えたのが、始原能と精霊術魔導識をそれぞれ、ということだったらしく、幼少の頃から両親にそれぞれを教わっていたらしい。
師匠曰わくご両親は研究者としても、精霊遣い、識者としても優秀だったそうで、言わばメリルは英才教育を受けて育ったサラブレッドというワケだ。
そして今も慢心することなく、日々研究と研鑽に邁進しているというのだから、いかな私でも舌を巻かざるをえない。
「将来安泰ってことは将来有望ってことでしょうよ。で、どんな識具造ってるワケ?」
「大したものは全然造れないけどね。単純な属性を付与しているものだけだよ」
「あーね、属性因子付与かあ。けどまあシンプル故に便利でしょうよ、なんなら私も買っておきたい位だね」
「そんな、お金なんて貰わなくてもクレアにならタダであげるよ、命の恩人なんだから」
「無欲だねえ、お金の事に関してはちゃっかりしてるぐらいが丁度良いと思うよ、私は」
などと話している間にメリルの行きつけの買取屋に到着した。
自分の素材等はメリルに預けて、私は店の外で待つことにした。
値段交渉なんかには向いていない事ぐらい自覚している。
通り過ぎる人々の視線をドヤ顔で受け流しながらしばらく待っていると、メリルがホクホク顔で店から出て来た。
かわええなあ。
「はいこれ!クレアの取り分!」
「ああ、サンキュ……って重!」
いや、吸血鬼の腕力からすれば無いも同じの重さだったが、しかし予想を上回る重量に驚いてしまった。
「うおっ、軽くいつもの倍額はあるじゃん!」
中にはかなりの枚数の貨幣が唸っていた。
「ええ?あの素材やアイテムなら当然の値段だと思うよ?」
「え、そうなの?」
「そうだよ!クレアぼったくられてたんじゃないの?」
「んー、そうかもねー」
ぼったくられてたかどうかはともかく、足元は見られてたかもしれない。
別に生活に困らなけりゃそれで良いって思ってたしなあ………
ていうか、苦言を呈するまでもなくメリルは意外とちゃっかりしているらしかった。
一人暮らしとなると、今まで結構色々と大変だったのかもしれない。
「まあ、いいんだけどね、何でも」
「自分でちゃっかりしておけっていた直後なのに……」
「あはは、私の言うことなんかあんまし真に受けない方が良いよ。大抵が成り行き任せの口から出任せなんだから」
「全っ然威張って言える事じゃないよね………」
メリルらしくもないジト目で言われた。
ちょっとショック。
「まあまあ、そんな事は置いといてさあ。取り敢えず、買い物へ繰り出す前にどっかで何か食べていかない?メリルもお腹すいたでしょ」
「うーん、まあそうだね。あたしはここ結構知ってるけど、どんなお店がいい?」
「なーんでも良いよ、強いて言うならメリルのオススメのお店でお願いするね」
「了解!まかされたよ!」
微笑みながら私の手を引き、小走りで進むメリル。
一瞬、『私』の記憶の中のとある光景が脳裏を掠めるが、気付かないフリをして歩き出す。
今日一日は、二人で思い切り遊ぶ事にしよう。
そんならしくもない事を思いながら、私黙ってメリルの後に続いたのだった。
おでかけ。
ドレミファドレミファ♪ドッドドレミファ♪
……はい、すいません。