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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
19/90

黎恤





「あーははははははははははははははは!」


三日後、私は笑っていた。

もう大爆笑である。


「お、お腹痛い………うくっ、ぶふぉ!ふっ──くくくくくくく………」


新しい痛みを思い知った。

この痛みはあまり人間の痛みと大差ないようである。

……何故これが。

ちなみに爆笑の原因になったソレは、現在真っ白になった頭を抑えて呻いている。


「ううう……いったあい………!」


涙目になってこちらを睨んでくるのは、この家の主であるメリルだ。

こんな状況に陥ったのは全て彼女の目の前に落ちている黒板消しにある。


「黒板消しのせいにするなー!」


泣きべそをかきながらメリルは私に怒鳴った。


「いやいや、今時黒板消しトラップにかかる方が悪いって絶対」


「今時って何!?こんなことされたの初めてだよっ!ていうかトラップは絶対に仕掛ける方が悪い!それに二発目食らわしたでしょう!」


「いっやあ当たりどころが悪くてチョークの粉がかからなかったでしょ?せっかく痛い思いしたのに本来の結果に至らないのはもったいない気がするじゃん?だから私が直々に食らわしてあげたんだよ」


「何その意味不明な理屈!横柄だよ横暴だよ暴論だよっ!」


ギャンギャン喚くメリルを適度におちょくりつつ師匠を待つ。そろそろくるはずなのだが。

と、そう思った瞬間師匠が部屋へと入って来た。


「おお、随分と仲が良くなったな、結構結構」


「でっしょー?」


「なってないようっ!」


半べそをかいたままに文句を言うメリルだが、それも師匠はいつも通りの無表情でスルーした。


「で、今日は何なんですか?師匠ー」


この三日間はメリルとのコミュニケーションに費やし、随分絆が深まったように思う。

いやいやなんやかんやで可愛いは正義だというのは真理である、この私をすぐさまここまで篭絡するとは美少女恐るべし。


「知ったこっちゃないよっ!」


という嘆き声はスルーして。


「お前もそろそろ落ち着いた頃かと思ってな、霊術について詳しく教えようというわけだ」


「うえっ」


「霊術ですかっ!?」


私が顔をしかめたのと対象に、メリルは目を輝かせた。


「メリル、お前なら教えてやれるだろう?俺はほぼ門外漢なんでな、お前に任せる」


「は──はいっ!任せて下さいっ!」


そう言ってメリルはてとてとと教卓の前へと歩いていった。

改めて説明するとここはメリル宅二階。

メリルが言うには研究階らしい。

一階が生活の為の階で、屋根裏は書庫になっているんだとか。

そんなワケでここには黒板やら机やら大量の本棚とそこに詰まった分厚い本やらが在るわけだ。

なるへそ授業には丁度良い。

だが──


「やだやだやだやだーっ!勉強したくない勉強したくない勉強したくない勉強したくなーいっ!」


必要に駆られてもいないのに勉強など苦行でしかない。

何でんなもんしなくちゃいけないのだ。


「文句言うな、この世界を生きていく為には必ず知っておく必要がある」


「そうだよクレア、この世界は精霊たちの力と霊術という叡智によって支えられてるんだから!」


「世界なんてどーだっていーよー。世界が私に何してくれるってのさー」


口を尖らせて文句を言う。

確かにこの世界が霊術によって支えられていることぐらいはこの世界で生きてきた『私』がよく知っているし、それが無くともここでの二年間で嫌でも思い知る事になった。

だけど。


「使えもしないもの勉強したって仕方無いじゃんさ」


プイッと頬を膨らませ、そっぽを向きながら言った。

我ながらガキっぽい。

が、私は正真正銘ガキなので、全く恥じるつもりは無いが。


「ええ!もしかしてクレア、素養無いの……?」


「ま、そうかもしれんとは思ったけどな……」


などと言う二人。


「これで分かったでしょー?やる意味無いんだよ」


「でもでも!諦めるのは早いよっクレア、霊術っていうのは一つじゃなくてね………」


「あ、あーあーはいはいはいはい、言われずとも分かってるよそれくらい」


憮然としながら私は目を瞑り、天井を仰ぎながら唱えた。


「あー………『「霊術」とは「霊力(オド)」──世界を形作り、あらゆる生命の源たる力──を利用し、特定の事象を発生させる技術である。』」


そのまま、暗記してある内容を読み上げていった。


「『大きく分けて「始原能(オリジンセンス)」「精霊術(エレメント)」「魔導識(スペルコード)」の三つを指す。それぞれ内容、使用法、使用者ともにバラバラであるが、全て前述の「霊術」の定義に当てはまる。』」


そこから更に続けていく。

それと一緒にかつての『私』としての記憶が次々と湧き上がって来るが、すぐに消し去っていった。


「『「始原能(オリジンセンス)

特定の種族に発現する異能。種族によって様々なものがある。これを使用出来るか否かが魔物と動物の境界線となる。魔物から亜人種、魔人種、人間種まで、あらゆる生命に宿る。ただし、人間種の「始原能」は、ほぼ絶え果てており、行使できるのは特定の血族の者などである。』


『「精霊術(エレメント)

世界に住まう精霊達の力を借り、行使する術。特定の精霊に気に入られる、交渉する、屈服させるなどの方法で修得出来る。力を借りて事象を引き起こすモノと、精霊そのものを具象化するモノの二通りが存在する。主に亜人種の間で普及しており、人間種の間ではややマイナーな扱いになっている。精霊が宿った、或いは精霊術にて宿した道具を霊具と呼ぶ。(発展系である「界術(ヴェルト)」については別項参照)』


『「魔導識(スペルコード)

人間種の知識によって産み出された偉大なる『学問』。力の本質たる「呪色(スペル)」と力の形状たる「術式(コード)」によって成り立つ。必要な霊力を「掴む」為に必要な技術を「呪色現写(スペルドロー)」、霊力を「形付ける」為に必要な技術を「術式転換(エンコード)」という。人間種が編み出したモノであるため、基本的に人間種の使う霊術がこれである。亜人種にはあまり広まっておらず、そもそも使える才能を持った亜人種が少ない。使用者は主に「識者(ウィザード)」、または「魔導士(ソーサラー)」と呼ばれる。 』


──以上。グラペウス・アーフタル著書、「霊術醒書 上巻」より抜粋」


ふう、と一息吐き、片目を開いて二人を確認してみる。

メリルは案の定開いた口が塞がっておらず、師匠すら無表情が崩れ、目を見開いていた。


「──多分これで間違って無いと思うけど、どーお?メリル」


「うえっ!?え、ええっとええっと……ちょ、ちょっと待ってて……」


するとメリルは教卓の上の本を開いた。ふむ、別に狙ったワケではないがメリルも同じ本を使って授業をしようとしていたようだ。

まあ、確かに分かりやすさならあの本が一番だろうしね。

しばらくしてメリルが震え声で言った。


「い、一字一句違わず正解、です……」


「おー、そうだった?あはは、結構覚えてるもんだねえ」


と言っても、間違い無く合っていると私は確信していた。

何故かは分からないが、『私』の記憶は嫌にハッキリと脳裏に刻み込まれている。まるで本棚にでも丁寧にしまわれているかのように、いつでもどこでもいつのどこの記憶でも鮮明に間違い無く思い出す事ができるのだ。

それについては嬉し悲しなのだが。


「まあそんな感じがそんな感じで、一応基本的な──いや、応用的なのもだけど──知識は持ってるよ、これでも育ちはいいんでね」


「そ、そうなんだ」


「ふうん………育ち、ね」


と、二人は詳しく訊こうとはしないでくれた。


「でもでもっ、そんなに知識が在るのに使えないの?ホントに」


「あー、あー、いっやあ本ッッッ当に才能無いのよ私。『魔導識(スペルコード)』はかなり諦め悪く練習したんだけどねえ………『色を描きて式を綴らん、双織り成して識と為す』──なーんて、本に書いてる事は大体覚えたんだけども実践がねぇ………『呪色現写(スペルドロー)』は何とかモノになったんだけど、『術式転換(エンコード)』のセンスが壊滅的でね……あー、くそ、ヤな事思い出したあ………」


頭をガシガシと掻き毟る。

もしかしたら霊術の話を聞きたく無かったのは、『私』の思いなのかも知れなかった。


「でもさ、『呪色現写(スペルドロー)』が出来たなら『精霊術(エレメンタル)』が出来るようになるかも知れないよ?『呪色現写』と精霊具象化のプロセスは理論的に同じだからね」


「つっても精霊なんて見たこともない、し──」


………………ん?

何か思い出しそうになった気が。

が、しかしそれも師匠の次の台詞で吹き飛んだ。


「………というか、お前、『始原能(オリジンセンス)』なら持ってるだろう?物動かしたり色々やってなかったか?」


「…………………………………………………………………」


「……おい?」


「………………ああああああーーーっ!!」


「………はあ………」


そ、そう言えばそうだった!

うっわあ、完全にド忘れしてた!そうか、あれらって「始原能」だったんだあ!

「吸血鬼の特性」でずっと納得しちゃってた!いや、それも間違っちゃいないんだろうけど、「始原能」ってのはそういうモンらしいし!


「ふあああ………そっかあ、私もうとっくに霊術使ってたんだなあ……」


腕を組み、頷きながら呟いた。

なんか損をした気分である。

と、そこへ。


「クレアっ!クレアの『始原能』ってどんなのっ!?」


メリルが目をキラキラさせながら訊ねてきた。

………うーむ、この三日間で仲良くなれたつもりだが、それにしてもこの食いつきっぷりは少し驚く。基本はおとなしめの少女だったが………

チラリ、と師匠を横目で見る。


「………この家を見れば予想はついてたかもしれんが、こいつの両親は霊力(オド)の研究を行っていてな……コイツの霊術好きは遺伝だ」


呆れ顔を浮かべて──といっても無表情のまま、読み取れるのは私だからだ──師匠は教えてくれた。


「で、で、で!どんな霊術なの?」


「霊術、ねえ……うーん……」


そりゃ分類上はそうなのだろうが、しかし「始原能」は例えばドラゴンのブレスとかスライムの増殖とかそういう、いわば生態なんかも含まれるのだ。

ただまあ、亜人、魔人、人間なんかの「始原能」は確かに特殊能力的な心躍るものが多いのだが。

まあ何もかも打ち明けるのは流石に出来ない、いくらなんでも無理だ、少なくとも今は。

そんなわけで取り敢えず当たり障りの無さそうなもの──『人外通力』と、もう一つを見せる事にした。


「まあ、見せてはあげるけどさ……えーと、なんかないかな……」


「ほら」


と、師匠がリンゴを投げてきた。

さっき下から取ってきていたらしい、籠を机に置いて自分もシャクシャクと咀嚼していた。

こういう所、師匠は用意が良いというか用心深いというか、まあ多分根っこの所が生真面目なのだろう。

そんなワケで遠慮なく使わせてもらう事にする。


「……よっと」


クイっと人差し指を曲げると、リンゴが一つ中に浮いた。


「おおおおお!」


………………

そんなに興奮しなくていいんじゃないかなあ?

まあそう喜ばれるのは悪い気はしないので、そのままリンゴを適当に飛び回らせる。

そしてキャーキャーとメリルがはしゃいでいるうちに、空いた左手の人差し指を軽く噛み切り、血を滲ませた。

そのままそれなりのスピードで飛び回るリンゴに狙いを付け──左手を構えて、呟いた。


BANG(ばあん)


その言葉と共に指先から飛び出した何かが、リンゴを貫き、爆散させた。


「キャッ!?」


フッ、とカッコをつけて指先に息を吹きかける。

ハッ、決まったな。


「決まったな。じゃねえよ」


と、ツッコまれる。声の聞こえた方を向くと──

リンゴ果汁にまみれた師匠がいた。


「………」


「………」


「……何か言うことは?」


「ごめんなさい許して下さい勘弁して下さい結婚して下さい」


事のついでにプロポーズしてみた。

躊躇無しに土下座だ。


「………メリル、タオルあるか?」


「あ、はい。ちょっと待ってて下さい」


………シカトされた。

メンタルに痛恨の一撃。

誰かベ○マ唱えて下さい。

………しばらくして。


「で、何なんだ?さっきのは」


師匠はタオルで顔を拭いながら訊ねた。


「えっと、これです」


と、さっきの人差し指を見せる。


「……なるほど、血か」


「ええ、血です」


「ち、血ってどういう意味?」


おずおずとした態度でメリルが訊いてきた。


「血は血だよ、血液操作って事。今はあんな風に単純に飛ばす位しか出来ないんだけどね」


肩を竦める。

『血殲兵装』──血液操作はどちらかと言うとマンガとかでよく見る能力だが、まあ使えるに越したことは無い。


「まあこんなとこかな。後はまあ、肉体再生と暗視ぐらいでしょ」


『存在回帰』や『定義改変』等のガチ目なスキルについては、今はまだ話すべきでは無いだろう。


「へええええ、変わったものばかりだね。………ええと、その……一体どんな種族なのかな?」


遠慮がちに訊いてくる。

自身の身の上からして訊き辛かったのだろう。今まで訊いては来なかったのだが、霊術への好奇心が勝ったか、はたまたそれ以外の理由か。

だがしかし、そのあいにくと問いに答えるつもりは無かった。


「いっやあー、自分でもよくわっかんないんだよねー。メリルはさっきの聞いてなんか思い当たる節とか、無かった?」


「ううん、一つ一つなら心当たりはある能力だったけど、全部併せ持って人間種に限り無く近い姿っていうのは見たことも聞いたこと無いよ………ええと、そうなると魔族、なのかも知れない、けど………」


と、遠慮がちにメリルは師匠に目を遣った。


「………クレアには前にも言ったが、俺の知っている限りでは魔族内に似たような種族はいなかったな」


「……そ、そうですか」


と、メリルは目を伏せる。


「……いちいち怯えるな、そっちの方が気分が悪い」


「ははは、はい!すいません!」


それこそ怯えすぎだ、という反応のメリルだが、しかしそれは無理もない。

何せ師匠は常に無表情をキープしているのだ、怒っているのかどうかすら分からないのだからなかなかどうして心臓に悪い。

まあもうしばらくすれば微かな表情を見抜けるようになるかも知れない、メリルはずいぶん結構かなり滅茶苦茶賢い子だし。


「はあ、結局種族は分からず終いかー。まあ、別に期待もしてなかったけどね」


頭を掻きながらそう言った。

そこでメリルが訊ねてくる。


「あの、家族の人は………?」


「いないよ、んなもん」


反射的に即答し、断言した。


「ご!ごめ、ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!」


しまった。

つい言葉の中に不機嫌な雰囲気が入ってしまった。

メリルは涙目で平謝りする。


「いや、いいっていいって……こっちこそゴメンね。ちょと、感情入っちった」


にこり、と笑いかける。

笑えて、いるのだろうか。

自分の顔は、自分では見えない。

私は、自分を見ることが出来ない。


「………取り敢えず、今日はこれぐらいで良いだろう。そろそろ飯にするとしよう」


そこで師匠がそう言ってくれた。


「そうですねー。んじゃ、行こっかメリル。料理、腕を振るってね」


「う……うん!」


メリルは笑いかけてくれた。

私も、笑い返した。

はずだ。

多分。

きっと。

笑えていたらいいな。

そう思った。

そう願った。



れいじゅつ。




説明回。

何だかベラベラとしゃべくっていましたが、全て書き手の悪ノリの産物なので、読み飛ばしてくれて構いません。

というより、どうか読み飛ばしてください。

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