災開鍍頽挨
「………しぶといねえ、我ながら」
「まったくだな」
目が覚めてからの自分の第一声と、それに応える声を聞き、ベッドの上の体を起こした。
「おはようさん」
………そこには数ヶ月ぶりの再開となる、恩師バルティオ・ドルネーゼの姿があった。
「おはよーございます」
激しいデジャヴに襲われながらも、私は挨拶を返した。
「ええーっと、取り敢えずまあ質問を………」
「今日は霊暦二千十七年鏡の月百三十二日。場所はウリギノグス闇樹海の災害指定区域の手前、北側だな。お前が『ここ』に来てからは五日経つらしい」
と、あの時訊ねた内容を先回りして師匠は答えてくれた。
だがあの時から二年経った今、『ここ』がどこかという質問の解答は、聞かされたものだけでは納得出来なかった。
だが。
「………詳しい事は俺じゃなくてここの家主に訊いてくれ」
「………家主?」
と、そこで周りを見渡す。
記憶に無い部屋だ、なんというかいい感じの家具やら花やらがある、これまであまり見たことのないほのぼのとした内装。
まあ私もれっきとした女の子なワケで悪い気はしない、というか憧れてしまう感じの部屋である。
………ちなみに私にそういった類のセンスは無い。憧れくらいは有るのだが、しかしいざやってみろとなるとどうすればいいのか分からない。
基本部屋なんて生活出来ればそれで良いだろうという感じだ。
いや、けどまあ服ぐらいはちゃんと自分でコーディネートしてるし、うん、大丈夫だろう。
私は、ちゃんと女子してるハズだ。
と、そこで自分を見るとそこには簡素な白い寝衣を着ていた。着替えさせられたらしい。
………私には赤が似合うというのに。
師匠に文句の一つでも告げようとしたその時、トタトタと聞き慣れない足音が聞こえた。
「………目が覚めたんですかっ!?」
という幼げな声と共に。
金髪碧眼の少女が部屋へと入ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「メリル・オノマと申します!先日は危ない所をありがとうございました!」
その少女は見事な直角90°のお辞儀を決めながら、勢いよく謝礼をベッドの上の私に述べた。
「………えーっと、どちら様?」
私としてはまるっきり記憶になかったので、正直困惑するしかなかった。
「先日あの魔物から助けていただいた者です。本当にありがとうございました」
……んー。
先日の魔物って………あのアクター気取りの着ぐるみ野郎共の事だよね。
えーっとえーっと………ああ。
そういえば最初の方にいたような……気が、しないでも、無い。
そういえば、もともとはこの子を助けようとしたんだったような。
十秒後には忘れてたけど。
「本っ当になんとお礼を言えばいいのか………あたしなんかの為に命懸けで………」
「あ、いや、その、まあキミみたいな可愛い子が死んじゃったら世界にとっても大きな損失じゃん?ほら、可愛いは正義ってやつ?あははははは………」
まあ可愛いは作れる、けども。
つまり正義なんてものは幾らでも量産可能ということだろうか。
いや、わけわからん。
「……………」
あああああやめて師匠。
んな寒々しい目で見ないで。
ぐううう、流石にだいたいの事はお見通しか。
「そんな、あたしなんてそんな大した者じゃ………それなのに一歩も退かずに、逃げる素振りも一瞬も見せないで………本当にカッコ良かったです」
………あ。
そか、逃げるって選択肢もあったんだ。
近くに絶好の囮だってあったのに。
………………………………
う、うわ、うーわー。ものすごくアホな事してた。
なんであんなのと真面目に戦ってたんだろ。てかあいつが「目前の敵」にしか対応出来ないってんならつまり不意打ちならなんでもやりたい放題って事じゃん。逃げるとまでいかなくても一旦離脱して、そこから挑めばあんなズタボロになんなくて良かっただろうに。
……………わ、私って頭悪いのかな。
「ままままままあ、ななななななんて言うか?義を見てせざるは勇なきなり?困っている人を助けるのは当たり前、みたいなっ?」
スクラッチな口調になってしまっていた。
うわあ………ていうかキミ、そのキラッキラの目をやめないかね。
罪悪感とまではいかなくとも、少しばかりの自己嫌悪に陥ってしまうよ………
うう………
「………………………………………………………………………」
うぎゃああい。
し、師匠の………師匠の目線があっ………
氷点下の目線が、私を苦しめるぅ。
私だけの氷河期が到来したっ……
絶滅してしまいそうだ。
ぴぎゅう(謎の呻き声)。
「………まあ、要はバカ弟子は相も変わらずバカでアホでマヌケでダメダメだということか」
「グハッ(精神的吐血)」
「そ、そんなことないですよっ」
などと慌ててフォローしてくれる少女。
本来ありがたく思う場面だろうが、しかし今は自己嫌悪を加速させるだけだった。
………改めて目の前の少女を見る。
身長は百五十に届いていないぐらいか。輝くような金髪が肩ほどまで伸ばされており、そこから長い耳が出ている。
その顔はまあ一応私が助けようとしただけはあり、つまりは美少女だった。
その整った顔立ちや服装などから、どこか人形めいた雰囲気を感じてしまう。
………………
どこかで、見たことがあるような………
どこかで見た、誰かに似ているような………
「………いや、これこそデジャヴか」
「え?」
「いやいやこっちの話だよ」
ふう、と一息吐く。
「じゃあ、あれから気を失った私をキミがここまで運んできてくれた訳だ」
「え、いや、その、案内したのはあたしなんですけど……運んだのはあたしじゃありません」
「ん……?あ、ああ、もしかして師匠が?」
「いや、俺が来たのは少し後になってからだ」
「え………?じゃあ一体………」
「ハティだ」
「…………………………」
今私の顔が鏡に映るようになったとしたら、間違い無く鏡には凄まじいまでのしかめっつらが映るであろう。
「……あのビッチ馬ホントなんなのさ……行動原理が不可思議過ぎんでしょ………」
「そう言うな、助けて貰ったんだぞ」
「そりゃ分かってますけどもさあ………むうう、不愉快。くっそ、いっそほっといてくれりゃ良かったものの………」
あああああもう、腹が立つ。
今度会ったときの馬面を思っただけでムナクソだ。
不愉快不愉快不愉快。
「ああと、えと、その………」
美少女──メリルが申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
「ああ……ごめんごめん、キミには感謝しかないよ。どうもありがと」
と、感謝などちっともこもっていない口調で告げたが、メリルはそれでも嬉しそうな顔をした。
………………
じ、自己嫌悪があ………
「と、ところでさあ」
と、話を変える事にした。
「キミ──ええと、メリルちゃん?」
「メリルでいいです」
「そ、まあそれを言うなら私も別に敬語なんか使ってもらわなくていいんだけど」
「ええっ、でも………」
「ああ、いや、まあいいんだけどね、どっちでも」
どうでも、と言いかけたのは秘密だ。
「でさ、メリル。なんかヤな言い方になっちゃうけどもさあ、キミ、何者なわけ?」
「………っえ……」
「あ、あー、変な意味じゃなくてさ、こう、自己紹介?的な?そういうのしてくれないかなーって話」
正直な所未だにいまいち状況が分かっていなかった。
「あ……はい、そうですね………」
………何故だかメリルのテンションが下がったように見えた。
まあ、地雷を踏む事に関して私の右に出る者はそうそういないだろうと自負しているので(嫌な自負だ、ホントに)さして驚きはしなかったが。
チラリと師匠を横目で見る。
いつも通りの無表情。
だが、しかしその顔にはほんの僅かに何かが見え隠れしているようだった。
「あ、あたしは、ここで暮らしてる闇森人です。バルティオさんとは先日会ったばかりなんですが……」
「昔──五十年程昔か、こいつの両親と交流があってな。まさか子供が居るとは思っていなかったが………」
「ははあ、そうなんですか………んー、でも闇森人って確か………」
実際に見たことは今までなかったが、しかしこの闇樹海の中にその氏族があるのは情報として聞いていたけど………
「たしか闇森人の外見は、黒髪に褐色の肌と金眼じゃあなかったっけ?」
目の前の美少女の外見はさっき言った通りのもの。
闇森人の外見とは──まるで対極。
いやいやむしろ太極といった感じだ。
「………ええっと、それは、その………」
………メリルは弱々しい、なんてものじゃない声と呼ぶべきかどうかも怪しいぐらいの声量でそう呟く。
「………こいつは仇児なんだよ」
ビクリ、とメリルの体が目に見えて震えた。
……いや、んなリアクションされても。
「──そもそもあだごってなんですか?」
イナゴとアナゴのハーフだろうか。
などと考えていると師匠は溜め息混じりで教えてくれた。
「稀に産まれるんだよ、種族特徴がまるっきり反転したかのような子供が」
「へーえ」
「まあ、決まって虐げられるんだがな、災いを呼ぶとかどうとかのありきたりな理由で」
「ふーん」
そう言うしかなかった。
いや、他にどう言えと?
けどまあ、あの時一人蹴落とされてた理由が判明したわけだ。
そういやあいつら三人は、黒髪褐色だったなあ。
「………………」
メリルは黙して語らず、俯いたまま震えていた。
………?
なにしてんだこの子?
「ん?どうかした?」
「ええっと、いや、その………」
うーむ。
いくら私が地雷を踏むプロフェッショナルだといってもここまでの様子は少しばかり尋常じゃない。
虎と馬な感じだ。
面倒臭そうなので黙る事にした、下手に突っついても更なる地雷を踏み抜くだけだろう。
しばらく時間が経つと、案の定師匠が口を開いた。
流石師匠、私が出来ない事を(以下略)
。
「そんなにこのバカ弟子に気を使う事は無いぞ、神経の無駄使いだ。お前なんかよりよっぽど意味不明だからな、コイツは」
「ひどっ」
まあまったくもって事実だが。
「てゆーか身元不明度では師匠だって他人に言えたもんじゃ無いでしょうに」
「まあ、それもそうか………あー、ともかく下らん心配は不要だ。このバカ弟子のおかしさには介抱したなら気付いているだろう?」
「えっと………それは………まあ、はい」
「保証してやるが、コイツの方がお前などより何倍も面白可笑しく性質が悪いぞ」
「だからひどっ!いやそりゃどうしようもなくその通りですが!」
「そんなワケだ、無駄に怯える必要は無い………まあ、とりあえず飯でも持ってきてやってくれ」
「あ………は、はい!」
メリルは嬉しそうな顔をして部屋を出て行った。
トトトトト、と可愛らしい足音を立てて階段を降りていく。
「………いやはや、なかなかのお手前でしたねえ。流石師匠!ロリキラーぶりは相も変わらず………ぶへっ」
喉に手刀をキメられた。
「お前の阿呆さも相も変わらずのようだな、半年ぶりだというのに、まったく」
「何を言ってるんですかおもっきし成長してんでしょ!………ちょっとそこで背筋伸ばして立って下さい!」
「………?」
師匠は言われた通りの姿勢をとった。
私は向かい合うように師匠の目の前に立った。
手のひらを自分の頭に乗せ、そのまま平行に前へ移動させる。
「………………」
「………………」
何も手に触れる事無く通過した。
「イエッス!」
ガッツポーズ。
が。
ドス、ボゴ、バキ。
「………」
「ぐ、ふぅ………」
私はベッドに仰向けに倒れる。
「ぎゃ、虐待だ………PTAにチクってやるぅ………」
「黙れ、わけわからん事を言うな」
相変わらずの無表情だが、私からすれば怒気が見え見えだった。
いや、怒らせたのは私なんだけどさ。
「………まあ、またこうして無事に会えてうれしーっすよ」
と、素直に言っておいた。
「………だな」
と、師匠はほんの少しだが、頬を緩めた。
ぐっはぁ。
カッコカワイイ……
「………ふう、んじゃ、あの子にお礼言ってから出て行きましょうかね」
「いや、その必要は無いな」
「へ?」
「お前、しばらくここで厄介になれ」
「はあ!?」
「このあたりは今のお前の拠点として丁度いいだろう。ロクな生活をしていなかったようだしな」
「いや、私にロクな生活しろってのが無理な話でしょう!根無し草な生活が性に合ってるんですってば!」
「そうやってずっとブラブラしながら生きてくつもりか?」
「はい!」
べし。
はたかれた。
「お前はなあ………」
「私なんかと暮らたらあの子がどうなったって不思議じゃありませんよう」
「じゃあどうにかしろ」
「はあ!?」
「お前も、あいつも、そのままじゃどうにもならないままだぞ」
「………成長はしてるじゃないですか、さっき見た通り」
「だが進歩はしてない」
「………………」
「………別に無理に変われだなどとは言わん。ただ、いつまでも止まってはいられんぞ………まあこれも言われるまでも無いんだろうが」
今。
今今今今今。
どうして。
ずっと今を生きていけないんだろう。
今、笑えて。
今、幸せで。
それでも。
時間は進む、日はまた昇る、明日は明日の風が吹く。
嗚呼人生は素晴らしい。
誰にも平等に未来は来る。
笑えるとも幸福とも解らない、未来が。
分かってる事だ。
当たり前の、事なんだ。
「………分かりましたよ。分かった分かった了承します。ええ、了解しますとも。はあ、やれやれ………」
「………逃げるなよ」
……………
お見通しだった。
「まあ、逃げるのは勝手だがな………しかしそれなら俺もお前から勝手に逃げさせてもらうからな」
ぐはあ。
それは………それはちょっと………
この半年もかなりかなりきつかったのにぃ………
年単位で会えないとなるとキツすぎるぅ。
師匠が逃げたら私なんかが追いつける道理がないというのに。
「まあ、俺もしばらくはここに泊めてもらう事になったんだが」
「………えっ!?まじでっ!?」
「………ああ、まあ、是非二人とも、と言われたので」
「分かりましたっ!しばらくここで厄介になりますっ!」
「………そうか」
「そうですとも!!」
ひぃぃぃぃぃやっふぅぅぅぅぅ!!
師匠と同居!同棲ぃ!
「………あーそれと」
「ええ~?なんですかぁ~?」
おもっくそ頬が緩んでいるであろう私に、師匠は呆れ顔で告げた。
「メリルともちゃんと仲良くしろよ」
「………………」
「おい?」
「ええ、はい、分かってますよ、言われずとも」
などと言うのは当然口から出任せだ。
………まったく師匠は。
私が。
この私が──誰かと仲良く、なんて。
本当に。
つくづく。
笑えるぐらい、笑えない冗談だった。
さいかいとであい。
新キャラ登場。
主人公がアレなので、良い子を出してバランスを取らねばと思った次第です。
クレアレッドとどう絡むか、見ていて下さい。