惷屍
「ししょー!ししょーーー!どっこでっすかぁーーー!?」
そんな風に叫びながら私は闇樹海の中を駆け抜けていた。
無論敬愛する恩師、バルティオ師匠を追い求めてである。
あの師匠は基本的に特定の場所に居着く事が無い、本人曰わく『俺の帰る場所は一つだけ』だそうだ。
………それは帰りを待つ人がいる人のセリフだと思うけども。
「まあ帰りを待つ人はいなくとも一緒に帰るのを待つ人はいますよ!てなわけでどこですかししょおおお!」
ああくそ、ダメだ。
三週間も逢っていないせいで、ブレーキが掛からなくなっている!
一体どこをぶらついているんだ!あの師匠は!
「師匠師匠師匠師匠ししょおおおおお!!」
と、湧き出てきた魔物達──デカいネズミ(黒)やら、やたら手の長いサル(黒)やら、近付くと槍みたいな蔓を突き刺しに来る植物(黒)やら、馬ぐらいのサイズのアリ(言うまでもなく黒)やらなんやらを師匠から譲り受けた私の主軸武器、銘を「赤月」という真っ赤なバスタードソードにてざっくばらんに斬り刻んで行く。
何でもバスタードソードは両手持ち片手持ち両用の剣という特性を持つだけに、通常の剣とは重心が異なるためクセのある武器とのことらしいが、そもそもが初心者だった故かはたまた吸血鬼のセンス故か、割とアッサリ使いこなせた。
しかし何というか、チート武器だよなあこれ。
斬ってる感覚殆ど無いもん。
昔RPGの序盤でカジノでバカ勝ちしてトップクラスの武器を入手したのを思い出す。
故に主軸武器ながら普段は封印しているのだが、今の私ならここら辺りの魔物は素手でも瞬殺できる。
だったら少しでも馴らしておいた方が良いだろうとの考えだ。
「まあ師匠も私の成長っぷりは知ってるだろうし………もしかすると奥にいるのかもね」
あの人の放浪癖は、私が言っちゃなんだがかなりヒドい。
自由闊達というか縦横無尽というか………
本当にあの自宅に長い間籠もっていたのか疑わしいくらいだ。
「………ふぅむ、とすると闇雲に探してもダメかな?」
今まではヨラクからそう離れていない場所に居てくれたが、しかし更に奥に行ってしまったとなると今までとは探す範囲が段違いになる。
人に訊いて回った方がいい、いや、訊かなければ見つからないぐらいだろう。
「まあ、目立つ人だから案外心配しなくても直ぐに見つかるかもしんないけど………」
なんせ「絶世の美男子」という代名詞がピタリとハマる容姿をしているのだ。まともな女なら見ただけで、なんというか、こう、クるものがあるレベルの。
まあ本人の方はまるで自覚していないようだが。
「………となると、別の拠点を目指すべきなのかな。まあここらじゃもう修業も出来ないから丁度良いけれども………っとお」
一旦足を止める。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか………」
どうやら近付いてきたようだ。
師匠を探していたのは事実だが、もう一つそれ以外にも目的があった。
とある魔物の討伐、である。
あんな風にランチキ騒ぎもいいところな行軍をしていたのは、無論そいつをおびき出す為だ。
とは言っても、それとは関係無く出くわしたようだが………
「………この匂いは、標的で間違い無いとして………他にも、いるなぁ」
どうやら魔物ではないような香りが、四つ。
既にそこそこの奥地にまで来ている事を考えれば、只の一般人という事は無いだろうが。
しかし、これは覚えのない香りだ。
いや、強いて言えば………
ほんの少し、師匠に似ているか?
「………急ごうか」
我ながら単純だが、師匠の知り合いとかだったら一大事だ。
主に師匠の私に対しての好感度が。
うん。
樹々の間を跳ね回る用にして飛翔し、そして──見つけた。
四人──いや、三人と一人、というべきか。
なぜなら一人は三人に樹上から蹴落とされていたからだ。
悲鳴を挙げながら落下していく。
「ありゃりゃあ………」
お気の毒。
まあ樹の根元にて待ち構えている『ソレ』をみる限り、そう三人を責められるものでも無いかもしれ、ない、が──
…………………………
「なぁにやっとるんじゃそこおぉぉぉぉぉ!!」
と。
気付けば私は叫びながら、『彼女』を救うために飛び出していた。
「おおおおおおおおおりゃああああぁぁぁぁぁ!」
と、私は手に持った赤月を槍投げの要領でブン投げ、落下する『彼女』を樹の幹へと縫い付ける(服を狙ってだよ?)。
そして。
樹の根元にいる『ソレ』──錆び付いた鎧を纏い、血のこびりついた剣を持つ魔物へと、凄まじい速度を乗せたドロップキックを見舞った。
が、不意打ちとは到底言えないものだったので(叫びながら相手の真上に武器をブン投げてた)、当然もう片方の手に持った厳めしい盾により防御される。
が、それは吸血鬼の常識外れな膂力による渾身の一撃。流石に衝撃を全て受け止める事は出来ないようで、そのまま少々後退する。
「ふーむ………前情報からは『蠢く鎧』か『蠢く屍』のどちらかだと思ってたけど………どうやら後者かな?」
漂う腐臭は隠しようが無い。
かつては荘厳だったであろうフルプレートアーマーに中身があるのは明白だった。
収納の指輪からは手斧を取り出す。
赤月は手元にないし、鎧が相手ならこれを使うのが吉だろう。
ジャラジャラと鳴るそれを両手に取った。
──銘は「夕噛」。
これもまた師匠に譲り受けた内の一つであり、副武器として扱っている。
形状は双となる橙の斧が血色の鎖で繋がれている。鎖鎌ならぬ鎖斧だ。
相対する標的が、これを使うに相応しい久々の強敵であることは間違い無いだろう。
ドロップキックを難なく防いだ事、そして吹き荒れるような威圧感が何よりの証明だ。
「………んじゃ、往かせてもらうよ。個人的に「不死者」の類は好かないんでね」
………いつもそうだ。
「不死者」を見る度感じる──既視感。
決定的な、同族嫌悪。
本当に、嫌気が差す。
「………………キヒッ」
少しだけ、笑みが零れた。
右手から柄を滑らせ、ジャラリ、と鳴る鎖を掴む。
ビュゥンビュゥン、と空を斬る音。
回転を徐々に強め──やがて朱色の旋風が巻き起こった。
「お………らぁ!」
たっぷりと遠心力を蓄えた斧頭を鎧目掛けて解き放つ。
しかし鎧はそれに目もくれず、私に向かって突き進んで来た。
首を狙った一撃、しかしそれは盾によりあっさり弾かれる。
その重厚な雰囲気のまま驚くべき速度で間合いを詰められ、豪剣が私に襲いかかって来た。
「──!マジかっよっ!?」
致死の一閃を伏せるようにして避けながら、私は叫んだ。
ドロップキックぐらいの単純な攻撃ならまだしも、鎖によるそれなりの変化を加えた「夕噛」での一撃を難なく防御するとは。
通常「不死者」は殆ど知能は持たない。ただその死んだ肉体に由来する底無しの体力や、生者に対しての憎悪による愚直なまでの執念がウリの魔物達だ。
無論、それは一般的な例であり、師匠が言うには生前の記憶──というよりは妄執というべきらしい──を持ったままの強大な個体もいるとの事だ。
が、言うまでもなくそんなものはそうそうお目にかかる事はない。
そう。
「不死者」の源とも言える闇の霊力が満ち溢れる、ウリギノグス闇樹海でもないかぎり──!
「──キヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
まあ、これもこれで好都合。
熟練の技術を持つ不死者、これほどの相手はそうそういない。
せいぜい生前の技術とやらを、盗ませてもらう事にしよう──!
もう片方の刃で足を刈り取る──事は出来ず、放たれた凄まじい蹴りをギリギリで躱す。
が、構わない──左手を大きく引き絞ると鎧の背後から片方の刃がまた襲いかかる。
今度は──命中した。
「まだまだぁ!」
高位霊具である「夕噛」の鎖は伸縮自在だ、数倍の長さになった鎖を怯んだ一瞬の隙に巻き付ける。
そして──
「せぇ、のぉ!」
渾身の力を込め、鎖をブン回した。
鎧は鎖から逃れようともがいているようだが、「夕噛」はそんな甘っちょろい武器ではない。
敢え無く鎧は宙を舞った。
「どりゃあああぁぁぁぁぁ!」
と、乙女にあるまじき声が喉から出たが、気にしない。
一本釣りのイメージで、鎧を背後の大樹へと叩き付けた。
当然、一撃では済まさない。
「もいっちょぉ!」
今度は一本背負いのようなイメージで、地面へと叩き付けた。
「これで……どうかな?」
という言葉が口から出た。
………やべ、これフラグだ。
──案の定土煙が晴れると、そこには鎧が健在していた。
………片腕が自由になった姿で。
「………っ!まず──」
い。
と言う間もなく、鎧はその自由になった手で鎖を掴み、そして思い切りブン回した。
一本釣り。
一瞬バンジージャンプの感覚を思い出した。
歪む視界。
迫る地面。
「───ガハァッ!!」
痛覚が稀薄化している吸血鬼といえど、衝撃はどうしようもなく身体の芯まで伝わる。
次の一撃を喰らう前に、なんとか「夕噛」を指輪に戻した。
「ちっくっしょ………」
かなりの数の骨がバランバランになり、内臓も幾つか破裂した。
人間なら確実に即死、吸血鬼としてもかなりのダメージだ。
もう一発、同量のダメージを喰らったら、キツい。
少なくとも後二発喰らえば、その時は流石に『回帰』しきれないだろう。
長期戦は不利だ。
真っ向勝負もご覧の通り。
つまるところ──
「搦め手しか無い、か………」
思い出せ。
そして思考しろ。
自分の手札、相手の情報。
全てを統合し、導き出せ。
「…………………………キヒ」
指輪から、再び武器を取り出す。
何の変哲も無い剣、五本。
その内一本を手に取る。
そして残りの四本も、『人外通力』を使い、宙に浮かせた。
まともな人間なら驚く所だろうが、当然鎧にリアクションなどない。
そして、そここそが付け入る隙だ。
フウ、と息を一つ吐く。
今、私を凄まじいまでの頭痛が襲っている。私がまともに感じる数少ない痛みの一つだ。
当然念動力による剣の操作は初めてではないが、しかし今までは最高でも二本まで。
その上自らが戦いつつ、というのは正直ムチャクチャである。
が。
「そうでもしなきゃ勝てそうにないんでね………」
スゥゥ、と息を吸い込み──駆けた。
剣四本を鎧の死角にキープし、突撃する。
「──ラァ!」
一閃、しかし熟練の技を持つ鎧には通用しない。
が、そんな事百も承知である。
「りゃあああああああ!」
両者の間に文字通り、火花が散る。
剣戟の応酬だ。
無論、実力差は歴然。
私の剣は鎧にかすりもせず。
鎧の剣は私の身を斬り裂いていく。
ザ・ナルシストの私をして圧巻と言わしめる剣捌きだ。
そして、その剣技こそが。剣技のみしか残らなかった自我が、盲点。
鎧はドロップキック、「夕噛」による変化を加えた攻撃、そして足を狙った一閃は見事な技で防御したが──しかし背後からの一撃は避けられなかった。
背後からなのだから当然、とも考えられるが、しかしこれだけの技能を有していながら、鎖斧という変則的な武器でまず注意すべきな死角からの一撃は避けられなかった。
──いや、避けなかった。
つまり、コイツは──私しか頭に入っていない。
事実逃げていったあの三人には目もくれなかった、つまり自身の技をぶつける相手しか目に映らないのだ。
つまり、「戦闘外」はまるで見えちゃいない。
そしてあくまでも人間の死体で、人間の鎧なら──こんな手は間違い無く「戦闘外」だろう。
──一本目。
鎧の踏み込んで渾身の一閃を、紙一重で避ける。ギリギリだったので私には反撃しようがないが──しかし念動力を振り絞り、剣を射出する。
強烈な踏み込みで地面を抉っている左足に向けて。
何とか貫通させ、右足を地面へと縫い付ける。
──二本目。
ほんの一瞬だが、動きが止まった鎧に向けて、倒れかかるような体当たりを喰らわせる。左足が動かせないためバランスがとれずにそのまま仰向きに倒れ──そして左腕に二本目が突き刺さった。
──三本目、四本目。
間髪入れずに、右腕左脚を縫い付ける。
そして、トドメとばかりに私は手に持った剣を頭に振り下ろし──
──そしてその剣は、砕け散った。
うごめくしかばね。
対魔物戦。
よく考えたら対人戦ばっかだったので、ファンタジーっぽさを出さねばと思い、決行しました。
人間相手なら考えなしに暴れるだけのクセに、魔物とのバトルになると小細工を使いだす所にクレアレッドのキャラが表れている。
「やったか!?」
「バカめ、それはフラグだ!」
的なやり取りもやりたかったテンプレです。
いや、最早やっても寒いだけだってのはわかってるつもりなんですが。