昵憔
「おかわりー」
と、特盛りのアップルパイと桃のタルトを十秒もかける事なく平らげて、ついでにワインも一息に飲み干した私はそう告げた。
マスター(朗らかないい感じのおばちゃん)は顔をしかめて言う。
「あんたホントにいい加減にしないと太るわよ?というか身体壊すわよ?いつもいつもデザートとお酒しか頼まないなんて………いや、それ以前に普通女の子がんな暴飲暴食するもんじゃないわよ、豚だってそんなにがっつきゃしないわ」
ほっとけ。
激しくほっとけ。
「いいじゃん別に金は払ってんだしさあ、主食は勝手に喰ってるし、そもそも私は間食以外の目的でここに来た覚えないし」
「だったら喫茶店にでも行ってらっしゃいな」
「量が少ない、酒がない、何よりつまらない」
「十四の女の子の言うことじゃないわよね………今更だけど」
「そう、今更だね。てなわけでさっさとおかわりー、種類は問わないから甘いものと何より酒ー、さぁーけぇー!」
「自堕落を絵に描いたようなセリフね」
「しかし言っているのは絵にも描けない美しい少女である」
「あーはいはい、あーはいはい」
なんていいながらマスターは調理を開始した、結構結構。
あと、私があんな注文をするのは別に甘党だからでも、アル中だからでも無い。
わかりやすくどギツイぐらいの味じゃないといまいち食べた気がしないのである、それなら甘いものが一番食べやすいというだけだ。
同じく酒も特に理由は無い。単に何故だかずいぶんと酔いづらくなったので、こりゃもう呑みほうだいだぜキャッホォォォォォイ!というだけだ。
うん。
とある盗賊一団をアジトごと潰した後、私は拠点にしている闇樹海内の「安全地帯」である「ヨラク」という集落へと帰還していた。
集落といっても闇樹海内に用のある者達が寄せ集まって出来たようなそんな場所なのだが、しかしその分闇樹海内での必要な施設やら何やらは全て揃っている、宵王国公認の「闇樹海の拠点」だ。
二年前、ろくすっぽ闇樹海に対する知識を持っちゃいなかった当時の私はこの場所を「入ったら死ねる」ぐらいにしか思っちゃいなかったものの、二年を過ごせば流石にそろそろこの場所がどういう物なのか理解出来てきた。
「災害指定区域」という仰々しい名称に圧倒される者達も多いらしいが(例えば私とか)、しかしこの闇樹海は宵王国の生命線ともいえる最大の収入源らしい。
この闇樹海ではその名の通りに闇の「霊力」──世界を構成すると言われる力、らしい──が豊富らしいのだが、闇の属性を宿している物は世界的に見ても希少らしく、この闇樹海で入手出来るあらゆるものが盛んに交易されているとの事だ。
そんなワケでこの闇樹海には一攫千金の夢を持ったあらゆる人々が集まって来るというわけである。
無論その分危険度は言うまでもなく、「世界的に見ても希少」な闇属性の魔物達がわんさか犇めいているわけだが。
いくら外側が比較的安全だと言っても、それは所詮目安でしかなく、「奥」の魔物がたまたま気紛れを起こして外側へとやってくる事もそう珍しい事では無いらしい。
最悪の場合は、「災害指定区域」からやってきた悪魔的に悪夢的なバケモンがやってくるというのだから、全く生きた心地がしない。
しかしそのリスクさえ(運良く)回避できれば凄まじいリターンが保証されている。この場所で最も必要なステータスは「うんのよさ」なのである。
犠牲者の数は昔から変わらず多いが、命知らずのドリーマー共もまた昔から変わらずという事らしい。
「そう考えると業の深い国だよねぇ………」
無論本人達の意志でやっている事なのだし、命知らずの命など在って無いようなものかもしれないが、しかし闇樹海での主な活動をするだけで税金をかなり持って行かれる所を見るとなんだかなー、って感じである。まあ数割持って行かれた所でここでの稼ぎは随分なものなのだが、しかしそれこそが業の深い………
「ほら、おまちどうさん。言われたとおり、甘いものと酒ね」
「へい、おまちしておりましたよー」
出てきたのはブルーベリーのケーキになかなかにキツそうな酒だった。
「んがー」
と、一息でジョッキの半分を飲み干し(視界の端で見知らぬおっさんが目を剥いていた)、面倒だったので素手でワンホールケーキをかっ食らった。我ながら行儀が悪いが、この酒場でんなことを気にするヤツなど皆無なのでどうでも良かった。
七秒と少しでケーキを食い終え、残ったジョッキの中味を空にする。
手に付いたクリームもキチンと処理し、席を立った。
「ごちそうさま、旨くも不味くも無かったよ」
「相変わらず作り甲斐の無い子ね………まあ金さえ払ってくれりゃなんだっていいんだけど」
「うんうん、マスターのそういうトコが好きだよ、はいお代ー。おつりは要らないよー」
「そのセリフはおつりが出るように払っていうもんでしょうが」
代金ピッタシの貨幣を受け取ったマスターは呆れ顔で言った。
さて、久しぶりに師匠を探しに行ってみよう。
………………ふへへへへへへへへ。
スキップしそうな自分を抑えて外へ出ようとしたその時、誰かとぶつかった。
「………ったいなあ、どこに目ぇ付けてんのよ」
「………んだと?テメェがぶつかって来たんだろうが」
どこのラブコメだよ。
と、一瞬ツッコみそうになったが、相手の顔を見てすぐにそんな気は雲散霧消した。
なんせスキンヘッドの岩男だ、コイツとボーイミーツガールなんざ有り得ない、そんなもん想像を絶するどころか現実を滅しかねない。いや意味分からんけど。
「あんたがんなデカい図体してるからでしょうが、ちったあ周りを見てみれば?目まで筋肉で出来てんじゃ無いの?いやいやこの世を筋肉でしか判断出来てないのかねえ?」
なんだか不愉快になったので取りあえず罵倒してみた。
「ああん!?んでそこまで言われなきゃなんねんだ!?」
「女子にぶつかったってのに謝罪の一つも出来ない位器の小さな男だからに決まってんでしょうが、むしろこんぐらいで済ませてやってる事に感謝して貰ってもいいんじゃないの?そもそも女子に何か言われたぐらいで一々キレるのって男としてどうかって話よ。あーもういいよ、そこ退いて、私もう行くからさあ」
ブチリ、という擬音が聞こえた気がした。
「クッソッガッキィィィ!!」
「あーもう短気だなあ、猪だってもうちっと忍耐強いよ」
まあ狙ったけど。
岩男は丸太のような太さの左腕を私に向け、間違い無く本気であろう勢いで打ち込んで来た。
「トロいけどね」
私は左足を大きく踏み込み、左腕で岩男のストレートを弾き逸らす。
そしてその二の腕を掴み、勢いのまま思い切り引き寄せる。
そしてやってきた岩男の顔面に向けて、腰の回転をしっかり効かせて──
「そしてぇ!えぐり込むように──打つべし!」
打った。
首が変な方向に曲がった。
「……………………………」
「………………………(周囲)」
くたばる寸前だ、もう戦闘力は残っていない。
当たり前だ、首の骨が折れたんだぜ。
なんてセリフが頭をよぎった。
「…………………………」
チラリ、とマスターを見た。
またあんたは………的な視線が痛々しかった。
「………シツレイシマシタ」
そう呟くと、岩男を引き摺って店の外へ出た。
岩男をゴミ捨て場に捨てたあたりで酒場が大爆笑の渦に包み込まれていた。
にちじょう。
お約束の絡まれイベント。
これはやってみたかったテンプレです。