怩冉呉
──二年後。
「………いや、二年後ぉ!?」
と、何故かそんなセリフが口から出てきた。何故だろう。
「いや、そりゃあ二年経ったからなんだろうけどさ」
そんな風に独り言ち、師匠宅を出立してからの二年間を思い浮かべる。いやはや本当に色んな事があった。
「………つっても、それ程苦労はしなかったけどねえ」
言いながら手に持った肉をブチリ、と噛み千切り、咀嚼する。
一体何の肉かは、まあお察しだ。
こまめな栄養摂取のお陰かどうかは知らないが、この二年で随分と背も伸びた。
多分160はあるだろう。
どうやらロリババア化は避けられたようである。
「一安心一安心」
そういって残った『右手』を一口で喰った。
本来の私のちっちゃな可愛らしい口径なら到底出来ない行為だが、まあ顎を外せばなんとか入った、この位は『定義改変』を使うまでもない。
「ゲプ………んー、喰うのはもうこれくらいにしとこうか」
座っていた『者』に目をやる。
二メートル近い巨漢であったが、目に映る後頭部には風穴が空いていた。両腕は荒々しくもがれ、腹からは臓器がはみ出ている。
そして今いるこの部屋の中には似たような死体がいくつも散乱しているのだった。
「のだったってお前がやったんやろがい」
ノリツッコんでみた。
意味は無かった。
と、そのとき──
「………んー、きたか」
私の聴覚がこの建物内に入る足音を捉えた。
この二年で成長したのは身体だけでは当然無い、身体能力や五感も成長を遂げている。
そして。
踏んだ場数の数も──二年前の比では無い。
「それじゃとりあえず──死ぬとしましょうかね」
私はどこからともなく手に鈍い赤色のナイフを取り出し──自らの身体に突き刺した。
「よい………しょっとぉ」
そしてその突き刺したナイフでそのまま袈裟斬りの形に自らを引き裂いた。
アバラが寸断され、内臓がズタズタに引き裂かれていく感覚。
うむ、あまりいいものじゃないな。
そして大げさに血を撒き散らした後、部屋のド真ん中にいかにも分かりやすく大の字で寝そべった。
そのまま死人のように自らを『改変』する。
これで準備OKだ。
少なくとも見かけは完全に死体だろう。
つまり死んでいるのは見かけだけであり、内面では生命活動を続けているのだった。一年を経た今でも、流石に蘇生までは不可能だ。つまりさっき引き裂いたのは、ギリギリ命に別状が無い箇所である(とは言っても人間なら間違い無く致命傷だっただろうが、しかし心臓などの決定的な弱点は避けてある)。
そんなわけなのでよほど鋭い奴ならば気付くかもしれないが、これからやってくる奴らの中にそんなのがいるとは思えないので大丈夫だろう。
澄ましたままの耳には随分とドタバタとした物音が届いていた、まあこの建物内はすでに「真っ赤」に染め上げてある、当然の反応だろう。
やがて足音はひとかたまりになった、バラけているのはヤバいと判断したのだろう、賢明な事だ。
人数は7──いや、8か。
二桁にも乗らない数なら万が一という事も無い。安心半分ガッカリ半分な感じだ。
やがて私のいる最上階のボス部屋の前へと足音がやってきた。まあ、ここまでの足音だけでも大体の戦力は把握出来てしまったので焦りは全く無いが。
やがて激しいノックの音、何かを喚く声が聞こえてきた。
そういえば逃がさない為に錠をかけていた事を思い出す。
やがて、騒音が扉を破ろうとする音へと変わった。ドン、ドン、ドーンという分かりやすい音で扉がぶち破られる。
そして絶句する気配、まあ頼りになるボスと残りの仲間が虐殺されてりゃ当然だ。
しかしそんなありきたりな反応もこの二年でもう慣れた。
やがて何人かが戸惑いと怖れを浮かべながらも、部屋へと入って来る。
当然ながらすぐに私に気付いたのだろう、慎重ながらも他の人間も近付いてきた。
さて、Let's party .
などと言っても既に後の祭りだが。
一気に意識を覚醒させ、最も近い位置にいた男と飛びかかった。頸動脈を喰い破り、身体が崩れ落ちる前にその肩に腕を置き、体重を任せる。
そしてそれを起点として次に近くにいた男へと中空での回し蹴りを喰らわした。あっさりと首がすっ飛び、その中身を壁へとぶちまける。
これで残りは6人。
そして片腕に更なる力を入れて、全身を天井まで跳ね上げた(当然そこまでの力を受けるハメになった男は首から下までを床へとうずめる事となったが)。
そして天井を吸血鬼の握力で掴んで、相手の様子をうかがった。
因みにここまでにかかった時間は3秒未満である。
「キヒヒ──ようこそ人生の終着駅へ、クズの皆様方」
残りの6人は何が何やら、といった表情だ、まあ当然だろうが。
「つまんないなぁ………ま、いいや。んじゃ、そのままでごゆっくり~」
そう告げると、また片腕に力を込め、天井から爆発的速度で襲いかかった。
もう片方の手に持ったさっきのナイフで着地様に一人の首をハネる。
そして完璧に衝撃を殺しながら床へと着地、そのしゃがんだ体勢からまたしても跳ね上がるようにして、更なる一人にアッパーをキメた。
喰らった男は哀れ、天井から足首だけが出ているだけとなり、赤い血をその身体から床へと滴らせるだけとなる。
残り4人。
その4人もようやく動き始めたところであり、未だに攻撃が届く様子は無かった。
攻撃を待つのもよかったがもう流石に飽きた、武器を振るう前に両腕を二名の心臓部へとブチ込み、すぐに引き抜く。
夥しいまでの血が床にまき散らされた。最も、とっくに床は赤絨毯を敷いたかのようになっているのだが。
「ふう………んで?君らはどーするわけよ?」
首を傾げて訊ねてみた。
残った二人は私と同じ年頃の少年と少女だった、まあ背はかなり私の方が高いので並ぶと年下にしか見えないだろうが。
当然ながら二人は涙を流しながら震えている、足なんかもうガタガタのブルブルだ。
頼むから漏らしたりするなよ、なんてどうでもいい心配をしながら更に続けてみた。
「あんたら何?コイツらの見習いかなんか?」
そうならもう問答無用で処理するけども。
「ち、違う……さ、さ、さらわれてきたんだ」
震えた声で少年はそう告げた、もう一人の少女も必死にコクコクと頷いている。
「ふーん………ああそう、そうですかそうですか」
などと呟きながら、少々思考する。
さて、この子達をいったいどうしてやるか。
「……………ふむ、うん、よし、まあそんなトコかな、うんうん」
とりあえず決定、なんてどうせ答えは一つしか無いのだけども。
「おし、少年、君はもう適当にどっか行っていいよん。この女の子は私が適当なトコまで連れてくからさ、君は先にどこかへいっちゃってよ、男の子なんだから一人でも大丈夫でしょ?」
無料の笑顔を浮かべてそう告げた。
2人はしばらく固まっていたが、すぐに安心した笑顔を浮かべた。
やがて少年は足早に去っていった。
残った少女に向かい合う。
「で、君はどこからさらわれたのかな?私が送ってってあげるよ」
そういうと少女は少しだが笑みを浮かべた。
「いいんですか………そんな事までしてもらって」
「んんん?いーのいーの、キヒヒ、私は可愛い女の子がだーいすきで………」
と、私は少女の両肩に手を置いて、続けた。
「………嘘吐きが大嫌いなんだよ、クソガキ」
その言葉を聞いた途端に、少女は蒼白になった顔で仕込んでいたのであろう鉄針を私の胸に突き刺した。
が、当然そんな事に構いはしない私は笑顔を絶やさないままに、目の前の少女に人生の敗因を伝えた。
「シラをきろうとするならもうちょい努力しようよ。血の匂いバリバリだし、何より背後であの少年を脅して言わせてたのも気配でバレバレだったよ。はは、か弱いだけの少女を演じるにはまだまだ甘かったね」
それだけ伝えて、やがて私はゆっくりと、本当にゆっくりと少女の首へと顔を近づける。
抵抗しようとしていたようだが、しかし人外の膂力に敵うはずもなく、ただ少女は自らの首もとに牙が突き立てられ、そして自らの血液が一滴残らず吸い尽くされるのを、身じろぎ一つ出来ないまま待っているだけだった。
「………ふう、ごちそうさま」
水分というものがすっかりなくなったミイラ死体を放り、部屋からでた。
そして部屋を出てすぐにあるバルコニーへと出る、そこからはトボトボと歩く少年の姿が見えた。
「距離は50ってとこかな」
この建物は闇樹海の中では珍しい開けた地形にあるので、樹々に遮られる事なく少年の後ろ姿を見る事が出来た。
私は自分の右手の人差し指、その第一関節を抓み、そのままねじ切った。
「………いや、別に私Mってわけじゃないからね?」
誰に向けてのものかわからないが取りあえず釈明してみた。
まあそれはともかく。
やや短くなった人差し指をピストルの銃身に見立て、構える。
銃身の指し示す先は言わずもがな。
「BANG」
と口にした擬音とは裏腹に音もなく『それ』は指先から射出され──少年の後頭部を撃ち抜いた。
「ま、自分の運の無さを恨め──とは言わないよ。思う存分私を恨んでくれて結構」
別にそんなのどーだっていいし。
そんな事を呟き身を翻すと、建物内へと戻った。取りあえず目ぼしい物があれば回収せねば──
まあそんなわけで。
クレアレッドの闇樹海での「日常」とは、大体こんな感じであった。
にねんご。
少し時間が飛びました。
随分と吸血鬼らしくなった模様。
ここからは戦闘が入って来ます。
とは言っても、強化イベントはまだ残っているので少々地味かもですが。
そのうち馬鹿らしく暴れるので、もう少しお待ちを。