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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
13/90

夙截





「外へ行くぞ」


と、師匠バルティオがそんな事を言い出したのは弟子入りから一週間後の事であった。

あ、ちなみに今まで言わなかった事だがこの世界の暦は「赤紅朱緋」の世界の物とはかなり違っている。

面倒なので説明はしないけど。


「え?え?外?外って何処ですか行くってどういう意味ですか私が最も生きやすい場所が不本意ながらもこの闇樹海であるということは以前説明したはずなのですけども」


「あー、いや、別に外といっても闇樹海の外という訳じゃない。だからそう突っかかって来るなよ、ちゃんとお前の事を考えて言ってるんだ」


「………はあ、そですか………」


ぐうう。

反則だよなそういう言い方。

はあ。

やっぱり、善い人は苦手だ。

嫌いという訳では断じてないけど。

けど、どこまでも苦手だ。

………いや、こんな一言で善い人判定してりゃあ世の中善人まみれになるだろうけど。

だからこれは師匠がどうとかいう問題じゃなく──どこまでも私の問題だという事だろう。

単なる私の、劣等感の問題なのである。

はああああ。

我ながらいちいちいちいちめんどくさいヤツだなもう。

一言一言で一喜一憂してさあ。

パワ○ロくんかよ。


「まあ、端的に言うとだ。お前にとって生きやすいのが闇樹海だと言ってもここのエリアはお前にとって危険過ぎる。その辺の魔物に出くわせばお前一人じゃ太刀打ち出来んだろう」


「はあ、まあそうですね」


「だから太刀打ちできる領域まで行くという訳だ」


「いやいや!だから危険だとしても闇樹海が一番私にとっていろんな意味で都合がいいわけで………」


「だから闇樹海の中でも危険度が低い場所に行こうと言っているんだ」


「ええ?でもあの災害指定区域にそんな安全地帯があるわけが……」


「いや、前に言っただろう。災害指定されているのは──中域以降だ」


ああ、言ってたね。

けどなあ、それでもあの災害指定区域のすぐ隣じゃん。

五十歩百歩という言葉が脳裏に浮かぶ。


「………まあ噂を聞いているのなら無理はないかもしれんが、しかしこの闇樹海はもう一つの方と比べればかなり良心的だぞ?本来なら中域まで災害指定されるレベルじゃないからな」


「え?そうなんですか?」


「そうなんだよ、そもそももう一つの方とは指定範囲が違いすぎるだろう。国土の五分の一を占めているんだぞ?」


「はあ、つまりは闇樹海内でも四割までという訳ですか」


「ああ、まあそういうことだ」


そう言いながら師匠は机の上に地図を広げる。


「宵王国の地図ですか?」


地図にはこの虹の大陸における東の果て、楕円の形をした夜明けぬ国の国土が記されていた。


「ああ、で、闇樹海はこの更に東側半分。境界がここら辺だな………といっても年々少しずつだが樹海が成長し、広がっているらしいから境界はかなりあやふやなんだが」


「何それおっかない………」


最後には宵王国丸々が災害指定されるのではあるまいか。

そんな事を他人事のように思ったが。


「いや、災害指定区域は指定された百五十年前から変わっていないから安心していい」


あ、そうですか。


「で、今居る我が家の位置が──ここだな」


トントン、と叩いた箇所は大陸の最果てである闇樹海の中の更に果て──文字通りの大陸の最東端だった。


「ええええ、言わば闇樹海最深部じゃないですか………」


「そうでもない、この闇樹海における最深域は──ここになるな」


と、師匠は指を少し左にずらした。


「この一点から同心円状に広がるようにして、言わば『危険度』が減少していくわけだな。ちなみに今居るこの位置なら闇樹海内での危険度は──まあ中の下という所か」


「ちゅ、ちゅうのげ………」


いやいや、結構なショックである。

そりゃあこれまでは、あくまでチンピラやらなんやらの有象無象としか戦って来なかったけども、それでも一応死線と呼べるものではあった筈なのだ。

そんな私をこの近辺の魔物は、まるで虫けらの如くに捻り潰すだけの暴力を備えている訳だが、それが中の下とな。

と、それなりに落ち込んでいた私を見て師匠が声をかける。


「言っておくが落ち込む必要は無いぞ。ここはれっきとした災害指定区域──熟練した戦士でも入ろうとはしない場所だからな」


「はあ、そういうものですかね」


「そういうものだ。普通この領域に入ろうというものは自殺志願者しかおらん」


「………」


今まで私はそんな所で暢気に暮らしてたのかよ、とか、なんであんたはわざわざそんなところに居を構えてんだよ、とか、それじゃ正しく樹海じゃんか、いろいろツッコミ所満載だったが今更な気がしたので言わないでおいた。


「で、そんな訳で外へ行こうと思う訳だが………」


「行きましょう、今すぐ直ちに迅速果断に出発進行全速前進です」


「……………そうか」


なぜだか師匠の視線に生暖かいものを感じたような気がしないでもなかったが、多分気のせいだろう。

そんな訳で、私達二人は我が家から旅立つ事となったのだった。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「二人じゃねーじゃん!」


荷支度を済ませて家から出てみれば、そこにいたのは師匠とその傍に佇む黒のユニコーン──ナイトメアのハティだった。


「仕方ないだろう、お前の足で進むにはこの場所は危険過ぎる。ハティが自分から引き受けてくれたんだぞ?」


「えっ?マジでっ?」


と、黒き幻獣の表情を見ると──


「………はい、期待した私がバカでしたね」


幻獣は一目で分かる嫌々で渋々な空気を醸し出していた。

マジで女嫌いなのな。

となると、私なんかを助けた理由がマジで不明瞭だ。

まあ、答える気なさそうだからどうしょうもないけど。


「では、出発としよう。荷物は全部渡せ」


「へ?あ、はあ、まあ、どうぞ」


と、片端から武器を(防具は皆無)詰め込んだどでかいバッグパックを手渡すと。

バッグパックは音も無く闇に溶けた。


「うえっ!?」


「霊具だよ、いちいち驚かなくてもいいだろう?お前はハティの背に乗せてもらえ」


「はあ………了解ですが、荷物はどこに?」


「この中だ」


師匠はこれまた真っ黒な手袋を取ると、その指に(めえええちゃくちゃキレーーー、ピアニストの指ってこんな感じなんだろか)付けていた黒光る指輪を私に投げつけた。


「やる。収納の指輪だ、ちょっとした倉庫ぐらいの質量を保管しておける」


キャッチしたものの、驚きを隠せない。そんなアイテムをあっさり貰って良いのだろうか?


「え、あ、ど、どうも。でも良いんですかそんな貴重っぽいもの」


「だからいらん気を使うなと言っているだろう?それぐらいの霊具ならそう珍しいもんじゃない、もっとランクの高い物を幾つも持っているさ。単なる在庫処分だ、受け取らなければ捨てるぞ」


「はあ、じゃあありがたく頂戴しておきます」


と、感謝の言葉を述べながら鈍色に光る霊石を嵌め込んだ指輪を指に──念の為言っておくが人差し指である──通した。

そして試しにバッグパックを取り出そうと念じてみると──


「おー、出た出た」


私の手にバッグパックが現れた。流石はファンタジー、便利な道具があるものだ。


「さて、もういいな?恐らく二週間は掛かるだろうからそのつもりでな」


「………はい、分かりました」


二週間。

最後に「食事」をしたのは──一週間前だ。

衝動は、後十日持てばいい方だろう。

ったく、面倒な。

などと思っていると、師匠が口を開いた。


「………まあ、あれだ。クレア」


「はい、何ですか?」


「二週間の間何があるかはわからん」


「はい」


「災害指定区域を出れば、他の人間に出逢う事もあるかもしれん」


「………?はい」


「その時「たまたま」俺が睡魔に襲われて、「たまたま」眠りこけてしまって、「たまたま」お前が気晴らしに散歩にでも繰り出したとしても俺にはどうしようもないからな」


「………………っ!」


おいおい。

ちょっとちょっと。


「………師匠、それは──」


「俺は」


と、師匠はこっちを見ないまま言った。

まるで。

何かを誓うかのように。


「顔も名前も知らんそこら辺のどこにでもいるような誰かより──お前が大事だよ」


………


「まだまだ付き合いは短いが──それでも俺は、お前が大切に思えるんだからな」


………………


「……………………ん?」


………………………………


「………おい?クレア?」


…………………………………………取り敢えず。

唾でも吐きたそうなハティの顔が非常に愉快だった、とだけ。




▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 ▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲




それから私達は出発し、この大陸で最も危険な領域に足を踏み入れた。

のだが、以外と話す程の内容でもなかった。中の下などと言っていたのは真実だったようで、出てくるのは私など片手間で瞬殺して余りある魔物達だったが、しかしバルティオ師匠の敵ではなかった。

鎧袖一触、一騎当千、疾風怒濤にひたすら突っ走る師匠に、凶悪極まりない筈の魔物達は何の見せ場も無いまま引き立て役にすらなれずに、ただただぞんざいに蹴散らされるだけであった。

そしてさながら除雪車の通った後のような道をハティと私が続くというだけの、本当に何の面白みも無い内容になってしまった訳である。

しかしまあ、そのおかげで八日で災害指定区域を抜ける事が出来たのだから是としよう。

などと思いながら、私は「散歩」している最中である。

匂いに誘われて、ではあるが。

何の匂いかと問われれば、まあ言うまでもなく血の匂いである。

元々吸血鬼の嗅覚は犬並みとまでは行かずとも、まあなかなかのものらしいのだが、しかし血の匂いとなれば犬など物の数ではない。

まるで鮫さながらに血に誘われて足が動き出すのだ、いよいよ(今更とも言う)化物じみている(いや、化物なんだけども)。


「………みーつけた」


目線の先には軽剣士っぽい装備の餌がいた。

観た感じではまだまだ災害指定区域に近いこの場所に相応しいだけの力量(レベル)は無いようである、恐らく迷い込んでここまで入り込んで来てしまったルーキーだろう。

もし魔物にエンカウントすれば、まず間違い無く魔物の養分となるに違いない。


なら、ここで私がいただいても弱肉強食ってもんだよね?


指輪を発動させて得物を取り出し、奇襲をかけた。


 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼


もしかしたら初撃でケリがつくかも、という願いはあっさり潰えた。

完全に隙を突き、投擲された二つの手斧(トマホーク)、一つは軽剣士が体を捻る事によりギリギリで回避し、もう一つは見事ラウンドシールドで防御した──かにみえた。

しかしそのラウンドシールドはあっさりと爆散し、左腕を決定的に破壊した。

まあこれは当然の結果なのだが。

手斧の破壊力は弓や投げナイフなどの比ではない。ましてやこれは師匠の倉庫からいただいた物だ、装備としての格が違い過ぎる。

そんな物が吸血鬼の腕力で投擲されればどうなるかは、まあご覧の通りである。

そして呻く剣士に引導を渡す為、更なる武器を取り出した。


燃えているかのような赤い刃は闇樹海の闇によく映えていて──


そして私は笑みを浮かべながら、その剣を振り下ろした。




しゅったつ。




テスト期間が一番筆が進むという。

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