刺躰
「うーりゃああああ!」
声を上げ、振り下ろした剣は空を斬る。
しかしそこから半ば無理矢理に軌道を変え、躱した相手を剣が追いかける──
「ダメだな」
そんな呟きと共に私の一閃は呆気なく弾き飛ばされる。
一目見るだけで量産品と解る粗悪な剣が宙を舞った。
「………うー、結構良い線いったと思ったのになー」
「まあ、成長が速いのは確かだな、驚いた」
「きっひっひー」
私がバルティオさんに紆余曲折の後に弟子入りしてから三日が経った。
毎日が生きていく為の修行へと変わり、私は日に日に腕を上げている。
「しかしながら本当に飲み込みが速いな………それも『吸血鬼』とやらの特徴か?」
「さあー?自分以外の吸血鬼見たこと無いんで。案外私自身の才能かもしれないですよー」
「ふむ、ならそう思っておいてやろうか」
と、ほんの僅かにだがいつもより明るい声で言いつつ、師匠は剣を仕舞った。
「それじゃあ今日はこの辺に──」
「えー?私まだまだいけますよー。剣以外も教えてくらさいよーししょー」
「お前と違って無尽蔵の体力が有るわけじゃないんだ、少しは年上をいたわれよ」
「ウソツキー、ぜんぜんちっとも疲れてないくせして」
「もう早朝から四半日は打ち合ってるぞ、休憩だ休憩」
「ぶー、変な気使わなくていいのにー」
頬を膨らませながら、私は師匠の後を追い、家へと入った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「いたらきまーっす」
キチンと手を合わせてから、昼食に手をつける。
相変わらずのビミョー極まりない味だが、それを掻き込む勢いも相変わらずなのだった。
「………確認しておくが、本当に通常の食事は不要なんだよな?何を出しても三分以内に平らげる様を見ているとそうは思えんのだが」
「…………………………………………ぶっはー!ごちそさまー!……え?あーハイハイ、そうですね、別に必要に駆られて食べてる訳じゃないですよ、この食べる速度が逆に証明してるでしょう、味なんか解んないまま食べてますからねえ」
「まあ別に俺も腕に自信があるわけじゃないから別にいいんだが………じゃあ何の理由が有ってわざわざ食うんだ?」
「んー、別になんとなくとしか言いようがないんですけども、えーっとお、あ、あー、あーあれですよ、私は料理を食べてるじゃなくてですね、材料になった命とか、作り手の思いやりとか、そういったモノを感謝を込めていただいてるんです…………とかそんな感じの理由でどうですかね」
「ふむ、まあそれでいいんじゃないのか」
「ですね、うん、それでいきましょうか」
などと言ってる内に、師匠も皿を空にしていた、言ってる師匠自身も大概食指が速い。
「で、さっき言った通りそろそろ剣以外のも見てみたいなー、なんて思ったりしちゃってるんですけども?」
「剣以外って………どんなだ」
「だーかーらー、大剣とか短剣とか槍とか弓とか斧とかそういった感じのー」
「節操の無い………そんな口はまず何か一つをきちんと極めてからだな………」
「だからだから、一つを極めるために色々見てみたいんじゃないですか、まだ何が向いているかわっかんないんですし、ししょーだって剣だけって訳じゃあ無いんでしょ?」
「いや、いやいや、俺は剣しか脳の無い男だよ」
「ヘッタクソな嘘吐かないで下さいよー、観てれば何となく解りますって」
「何となく、ねえ」
そんなもので解ってたまるか、などとグチりながら食器をかたずける師匠。
何度も私がやりますと言っているのだが、頑ななまでに手伝わせてくれないのだ。
何でも一度手を付けたものは全部自分の手でキッチリやらないと気が済まないのだそうだ、なんというか、真面目だなあ。
私にゃ到底理解出来ないものだ。
「ふう………ついて来い」
綺麗に食器をかたずけ、師匠は床を剥がして、正確には地下室へと続く扉を開けて、梯子を降りて行った、私もやや慌ててついて行った。
中は言うまでもなく暗い、まあこの樹海では暗いというのは当たり前以前の問題なので全く気にならなかったが。
梯子を降りきって、吸血鬼(私)の夜目に飛び込んで来たのは──
「ふっおおおおおお………」
広い部屋一面に、多種多様な武器が並べられていた。
私がさっき口にした大剣、短剣、槍、弓、斧はもちろん。
棍やら鞭やら爪やら鎌やらのキワモノな武器まで揃えてあった。
すっげえ!
私の中の何かが燃えてる!
テンション上がるー!
「ひゅぅぅぅ!なにコレすごー!うっわあ!マジぱないわー!浪漫溢れ出てるよコレ!ひゃっふー!」
「………俺はまだ若干お前との距離を計りかねてる気がするよ」
「何言ってんですか!これ見て興奮しない人はもう何かダメでしょう人間として!うっわあー!かっけえなあこれー!」
「………まあ、喜んでくれるのは見せた方としては普通に喜ばしい事だが」
「そーでしょうそーでしょう!さあ!今すぐこれを外に運び出しましょう!全部!」
「全部?」
「全部!!」
「……まあ、お前が運ぶなら、好きにすればいいんじゃないのか?」
「イエッサー!」
「……………いや、とりあえず必要なのは俺が持っていくからお前はもう外に出ておけ………」
「えー?ぶーぶー」
「うっさい」
まあそんなやりとりをしながら。
私達は今日も平和であった。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「鍛え甲斐の無い弟子だな」
自らの剣技を完全にトレースし、自由自在に振るっている私を見て──師匠は珍しく面白く無さそうな口調で呟いた。
「いっやあー私も予想外でしたよコレは、才気煥発という言葉はもしかすると私の為に作られたのかもしれませんねえ」
「ふむ、見事なまでに調子に乗ってるな、コレは師匠として心を鬼にしてしごかねばならないか」
「いいいいいいえ!ぜんぜん乗ってませんとも!私ほどノリの悪い奴はそうそういませんて!」
「ふむ、だろうな、他人に乗っかって生きてるような人間の対極にあるような奴だよお前は、良くも悪くもな」
「そこまで誉められると照れますねえ、たとえホントの事だといっても」
「………まあ深くは追求しないでおいてやるさ。しかしながら本当にどういう仕組みだ?あくまで基礎であり初歩の型だったが、しかしベテランの剣士だってそうブレのない動きはできんものだが」
「そうなんですか?私からすりゃあ「観れば解る」っていう感じなんですけども。ほら、そこは師匠の実力じゃあないですかね?ブレのない動きだとか言ってましたが、私から「観れば」まだまだ師匠には及ばないですとも」
「それはまあ、師匠としてはそうそう追い抜かれるつもりは無いが……しかしながらこの分だとそう時間をかけずに越えられる時が来るかもしれんな」
「あんましそんな謙虚過ぎると逆に反感買いますよー?私との実力差は天と地程もあるでしょうに」
「………それも、観れば解る、か?」
「ですね、まあ」
そんな風に口ごもる──まあ何の確証も無いのだから仕方ないだろう、しかし確証が無くとも何故だか確信はあるのだからあまり気分の良いものではない。
観た通り、思い通りに身体が動く──聞いてみれば羨ましい限りだろうし、事実私も便利に感じている、この先この体質(?)に助けられる事もあるだろう。
しかし、「思い通りになる」というのは存外気分の悪いものだ──或いはそれは自分の身体だからこそ、なのかもしれないが。
武道、スポーツ等の運動では練習に練習を重ねて、地道に少しずつ技術を身に付けていく──それは人間としての防衛機能のようなものなのかもしれないと、吸血鬼なって思った。
スポンジのように吸収する、という言葉があるが、しかしスポンジは言うまでもなく脆く、軽い。
吸収、脱水を繰り返せばすぐに崩れてしまうだろう──たとえとすればこんな事だろうか?
人間というものの他の生物の違いはその成長の遅さにこそあるという──二十年という長い時間をかけ遂に人は完成するのだ、そりゃ星で最も優れた生物にもなるってものだろう。
知識、技術といったものは強力な武器になるがそれが間違ったものだったならばもう毒にしかならない。
覚えるという事は、身に付けるという事は、生物としてリスクを伴う事なのだ。
だからこそ通常の生物は「本能」という絶対のマニュアルを持ち、そして生まれてくる、覚えるまでもなく教わるまでもなく学ぶまでもなく、知っている。
そして知らない事を知ろうとしたからこそ──人類は万物の霊長足り得たワケだ。
最も、赤紅朱緋の生きた時代にはその技術や知識が溢れかえり、先人たちの正しい技術や知識を当たり前のように受け止めていた。
「経験」という本来欠けてはならない筈の「慣らし」と「判別」のプロセスの無い技術と知識。
それは益となるのか害となるのか。
それは今の私にとって割と死活問題である。
あらゆる感覚が稀薄化している──そのくせあらゆる感覚を取り込んでしまう。
まるで幻のようだ、などと言えば少々ファンタジック過ぎるだろうか。
しかし。
何故だか「目醒めた」あの日からずっと──薄い硝子越しに生きているかのような気がするのだ。
生きたいという事を自覚した、今でも、だ。
どこかあやふやで。
なにかちぐはぐで。
そして全てがうやむやだ。
今確かに生きている「筈」の、クレアレッド。
なのに。
私はこんなに、曖昧模糊だ──
──ポン。
と、頭に手が置かれる。
「………またワケのわからん考え事か?」
と、声が聞こえ──そして私は、安堵する。
心の底から。
私は。
クレアレッドは──ここにいる。
「………ですよねー」
「ん」
「いや、考えても仕方ないですよねー、いつまでも思春期気取ってられません、「答え」なんて所詮価値観でしか無いですしね」
「ふむ、その通りだな」
結局、こういうのは怪談とかと同じく、「言ったもん勝ちの思ったもん負け」でしかない。
実際の所。
──現実と幻想に境界など有りはしないのだから。
「んじゃ、剣以外教えて下さいよー、槍いきましょ槍!あれもカッケーですよねー!」
「カッコ良さが何より重要なのか……」
「当然です!」
大声で答える。
うむ、ここは譲れない。
やや呆れ顔の師匠だったが、どこからともなく取り出した槍を放り投げてくる。
それを私は、きっと笑顔で受け取った。
鏡が無くとも、誰かが居てくれればそれで自分の顔が解るのだと知った一日だった。
してい。
そんなワケで弟子入り。
こういうパートは飛ばしてさっさと主人公を暴れさせた方が良いのは分かっているつもりなんですが、やっぱ修業してこその主人公だと思いますので。
本格的な戦闘はもう少し先です、ゴメンナサイ!