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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
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汰違和




私こと、クレアレッドがバルティオさん宅で目覚めた翌日。

必要のない朝食をいただき、その後は暇を持て余していた。

何をする必要もなかったからだ。

今までは漠然としていたものの「遠くへ行く」という目的があった──しかしその目的は実にあっさりと達成されてしまった。

何せ現在私のいる国──宵王国アノゼラータはこの大陸の東の果て、此処より遠い場所へ行きたければもう大海を横断するしかないのだ。

というより、そもそも私が辿り着きたかった「最終地点」がこの国なのである。

「宵王国アノゼラータ」

「夜明けぬ国」と呼ばれるこの国こそが、私のもっとも生きやすい環境だと思うのは当然だろう。

何せこの国はその呼び名の通り、夜が明ける事がない国なのだ──無論限定的だが。

いやいや限定的というには広範囲過ぎるだろう、何せその地域は国土の半分を占めるのだから。

昨日バルティオさんから聞かされた私の現在地、「ウリギノグス闇樹海」──この「虹の大陸」に二つしかない「災害指定地域」の一つ。つまるところこの大陸のヤバい地域のツートップだ──には夜しか存在しない。その鬱蒼と聳える漆黒の大樹達は一閃の光も地上へと通さず、全てを幽闇へと閉ざしてしまうのだ。

そして国土の西半分──むしろこの領域「だけ」を国土と呼ぶべきかも知れない、国も樹海の中をまともに把握など出来ていないのだ、ましてや統治などお笑いぐさである──すらも陽の光が届くのは正午近くになってからだというのだから、いっそ馬鹿馬鹿しいぐらいである。

しかし、何で「宵王国」なのだろう………?なかなか夜が明けない国ならば「暁闇王国」とかがマッチしてると思うのだが。

まあどうでもいい事だけども。

問題は「これから」である。

目的地まで来て──そしてどうするか?

私としては少なくとも派手な動きはしたくない──「クレアレッドという人間」が出来上がるまでは大人しくしていた方が無難だろう。

そんな風に思考していた屋根裏のベッドの上の私だったが──


「クレア、待ち人来たるだ」


と、床下から聞こえてきた。

ハリのある声ではないのだから下から言うのならもっと大きな声で言ってくれ、と思った。

まあ吸血鬼の聴力ならば十二分に聞き取れるから別にいいっちゃいいのだけれど、まあ一般常識としてそう思ったのだ。


「まあ私なんぞに一般常識を諭される歳じゃないらしいけども」


私の名前を聞かされた時に言っていた事だったのでついスルーしていたが、私が彼の五分も生きていない、という発言通りなのだとすれば最低でも二百四十歳以上という事になるのだが………

あ、ちなみにこの世界には百年二百年生きる種族はゴロゴロいる。そういう意味ではまあ全然有り得ない年齢じゃないのだが。

さて、一体どんな種族なのだろう?私の知る限りの長命種の特徴は持っていなかったように見受けられたが………まあ確かに人間にしては少し容姿端麗過ぎたかも知れない。

今まで(前世等全て含めて)見てきた人の中では──

私の次にキレーだったな!

まあ、私自身がそうなのだし一般的に知れ渡っていない種族があってもおかしくはないだろう。

などと思いながら、一階まで降りていき(屋根裏入れて三階まである)バルティオさんの姿を探す──すると窓から外で待っている様子のバルティオさんが見れた。

それを見た後、迷いなく外へと続く扉を開き、初めて闇樹海へと足を踏み出した。



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「うおおおお……………暗」


そんな恐らくだが闇樹海の感想としては一番ありきたりなものが私の第一声だった。

どこを見渡しても闇、闇、闇、闇。

辺りに染み渡っているかのような暗闇のみが私の視界を占めている。

まあ。

「夜を往く(ナイトウォーカー)」たる吸血鬼としては闇は我が身と同義である。

初めてのこの地が私にとっては──生まれ故郷のように感じられるぐらいだった。

実に──心地好い。


「………感無量です」


「そうか、ならいい、少し歩くことになるからな……怖がられたら困る所だった」


「心外ですね、そこまで子供じゃありませんよ」


「ああ、うん、そうだな。クレアはもう大人だな」


「………子供扱いしかしてない人のセリフですねそれ」


こんちくしょう。

前世コミなら三十三歳なんだぞ………いや、うん、十二歳でいいや。

クレアレッドちゃん、ピチピチの十二歳である。

ていうかそもそも二百歳越えのから見りゃどうみても子供だろう、言い訳なんて何の意味もない。

………あと、自分で付けた名前を翌日にもう略すってどうなのだろう?

ひょっとすると略すのが好きなのだろうか、いや、或いは「クレア レッド」なのか?名前と、姓なのか?


「クレアレッドって名前なんですか?それとも名字コミなんですか?」


「さあ?お前の名だ、好きにするといい。俺は名前のつもりだったが」


「そうですか、それじゃ名前でいいです………名字はどうしましょうかね?」


「さあ?なくてもそこまで困るものでもあるまい、別に欲しいというのならば自分でつければいいと思うが………」


「そうですね、いい感じのを考えておくことにします」


名字ねえ。

確かにまあ必要に駆られている訳でもなし、暇があったら考えておくぐらいでいいか。


「それじゃあ行くとしようか、少し時間がかかるが、まあこの森に慣れる良い機会だろう」


「はい、それは了解しましたが………さっき「待ち人来たる」って言ってませんでした?なのにこっちから行くんですか?」


「まあ、いつも会う場所があるんだよ、そこに来る気配がしたからな」


「はあ………ちなみにそこってどの位の距離なんですか?」


「さあ……俺一人ならば十分で着くんだがな、お前を連れてとなればどれほどかかるか………」


「は、はあ………」


いや、ツッコミどころがありすぎだろう。

仮に十分歩いた所にあるんだとしても気配なんか感じるか普通。

なんとなくわかってはいた事だけども──この人、尋常じゃない。


「では、行くとするか」


「はい、わかりました」


そう返事するとバルティオさんは──私の手を握った。


「!?」


「しっかり掴まっていろよ」


そう言うとバルティオさんは私の右手を左手で握ったまま──闇樹海の闇の中へと駆け出した。



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「ひ、ひいいー!」


我ながら情けない声を上げる。

ありとあらゆる漆黒の植物群の合間を、ジェットコースターもかくやといったスピードで飛翔していた。

死んでも離すまい──というか離したら死んでしまう手を握り続ける事だけが私に出来ることだった。

ああこんちくしょう。

どんな闇をも見通す──というより闇がもっとも見やすいという吸血鬼の眼が今は酷く恨めしい。

おかげでしっちゃかめっちゃかに入り乱れる景色を見続けねばならない。

だったら眼を閉じればいいだろうと思うかも知れないがそれは出来ない、なぜなら──


「う、うひゃあああ!またなんか来たなんか来たあああ!!!」


私に向かって魔物──人に害なすもの、まあ基本RPGと一緒だ──が飛びかかってくる、確か昔図鑑で見たプラントクロウラーという種に似ていた、見た目は目を持つミミズか芋虫といったところだが頭の先には牙が生え揃い、二本ある腕か触手には鋭い爪があった。

ただ記憶とは違いその全身は漆黒に染まっていたが。

その醜悪極まりない魔物に噛みつかれそうになり──ギリギリで回避する。

いや、回避というよりバルティオさんに振り回されただけなのだが、まあとりあえずは避けられた。

しかし遠心力によって飛び出しそうな気さえする眼に映るのは──


「うううえー!上上上上ー!」


樹上から回転しながら落下してくる二メートル程の球状のそれが何なのかはわからなかったが、それが私に命中すればどうなるかは明白だった、そりゃもうグチャリといくに違いない。


「ふむ、流石に庇いながらは面倒だな………仕方ない、遣うか」


そう呟くとバルティオさんは自分目掛けて墜ちてくるそれを一瞥もくれることなく──声と共に右腕を真上に突き上げた。


「曇天貫け──禊月(けいげつ)


するとその手から黒と翠の閃光が走り──それに貫かれた球状の何かは円形にズタズタになった。

その手には──錐のような形をした武器が握られていた。

いや、長さ大きさからいえばレイピアになるのかも知れないが、しかしレイピアにつきもののあの丸い鍔が無い、剥き出しの手に握られているその武器は──光無き樹海の中にありながら確かに煌めいていた。


「す、すっげー………えええええっ!?」


するとさっきより更に増した速度で身体が飛翔した。


「これを遣うならもう少し荒っぽく進んでも大丈夫だろう、絶対に離すなよ、死ぬぞ」


「いや!もう死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬる!死ーんーじゃーうー!ちょちょちょちょちょまってまってまってまってあーーーーー!」


結局何が落下して来たのかわからないまま──

私は更なる速度に身を任せるしかなかったのだった。



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………そこから少し記憶が無い。

どうやら気を失っていたようだ──それに関しては実に真っ当な判断を私の本能は下したものだと思った。

でなければ一体どうなっていたかは想像もしたくない。

さっき吸血鬼の眼が恨めしいとかいったが、しかし今は吸血鬼の三半規管に感謝感激である……人間だった頃なら間違い無く吐瀉物を撒き散らしていた自信がある。

そんな風に思いながら目を開いた。

ピシャリピシャリと頬に伝わる衝撃により目が醒めてくると、目前にあったのは──


「よし、起きたな」


と、例の感情が酷く読み取りづらい、しかし全く読み取れないというわけでもない面倒な表情をしたバルティオさんだった。


「……………」


「……………」


彼我の差、リアルで目と鼻の先。


「ううっひゃああああ!?」


叫んだ。

さっきから叫びっぱなしなのだが吸血鬼の喉はビクともしていない、それはこの状況では良いのか悪いのかわからなかったが。


「………急に大声を出すな、驚くだろう」


「いいや驚くのはこっちですって!なんであんなに超接近してんですか!」


「なかなか目を覚まさなかったのでな、心配をかけるな」


「あ、う、しゅいませんした………」


そうして二人して立ち上がる、そうして辺りを見渡すと──


「うっおー………すごー」


そこは朽ちた大樹の根株だった。

直径百メートル近い大樹。

その朽ちた根株はまるでコロッセオのような形をしていた。

その中に居るのは私とバルティオさんと──

もう一人、いやもう一匹。


「ユ、一角獣(ユニコーン)……?」


そこに佇んでいたのは、さっき見てきた魔物達や植物達と同じく、全身黒に染まった──一角獣だった。


「残念だがハズレだ、一角獣は『こんな場所』には来やしない、コイツは「ナイトメア」という種族らしくてな──一角獣と対をなす種族らしい、まあ知名度からして全く対をなしていないがな」


バルティオさんが何気に失礼極まりない事を言ったが、ナイトメアさん(?)は鼻を鳴らしただけだった。


「えーと、ではこの人──じゃないこの……この方がその………」


「お前を俺に預けていった奴だな」


バルティオさんがそう言い終わる頃にナイトメアさんが近づいてきた。


「……………」


何も言わないまま見つめ合う、きっと互いが互いの瞳に映る自分を見ていることだろう。

そしてしばらく見つめ合い──やがて私は確信しながらも訪ねた。


「バルティオさん、この方──」


「ん?」


「女性ですか?」


「………よくわかったな」


やはりかっ……!

そういえば一角獣と対をなすとかいってたな。

一角獣といえばあれだ、清らかな乙女としか会話をしないとかいう差別主義な幻獣だった筈だ。

それと対をなすという事は──

後ろに立つ美少年にしか見えない二百歳越えの人を見る。


「……………?」


小首を傾げた。

うおおおお。

もはや芸術の域だろコレ。

改めてナイトメア(さん付けは不要だ絶対)を見直すとバルティオさんをガン見していた………いや、見とれていたと言うべきか。

馬の表情は解らなくても女の表情は解るぞ………

おにょれビッチ馬め。


「ホントにこの方が私を遥々運んでくれたんですか………?」


「ふむ………その様子では知り合いというわけでもなさそうだな、どうなんだ?ハティ」


「……………」


「………ふむ、だんまりか、お前らしくもない。という事はそれ相応の理由があるという事だな」


ハティという名前らしい。

それはともかく理由は話しては貰えないようである………

困った。

という程の事でもないか。

なんせ幻獣だ、単なる気紛れで助けたというのであってもおかしくはないだろう。


「気紛れで女を助けるようなお前でもあるまいし………ふむ、本当に謎めいているな」


………前言撤回、確固たる理由が有るらしい。

なんだか思い付きのビッチ馬という悪口が思いのほかフィットしてしまっているぞ………

しかし命の恩人なのだから感謝しない訳にもいかないしなあ。

はあ。

まあ今は礼を述べておくべきだろう。


「なんにしろ………危ないところを助けていただきご迷惑おかけしました、このご恩は忘れません」


頭を下げた。

もっとも恩なんて三日もすれば忘れるだろうけども。

まあ誠意なんてものはそんなものだろう。

下げた頭を上げてみるとハティは既に明後日の方向を向いていた。

馬刺にすんぞこのビッチ馬。


「まあ、命を拾っただけでありがたいと思うべきだろう。たとえ、礼の言い甲斐のない相手に助けられたとしてもな」


「はあ……そうですね、そう思っておきます」


そうだ、命あっただけでめっけものだろう。

そのせいで他人を殺め続ける事になったとしても、だ。


「ふむ………じゃあ何の進展も無くて拍子抜けも甚だしいが、帰るしか無さそうだな………時期が来れば話してくれるんだろう?ハティ」


ハティは──小さく頷いた。

まあそれなら確かに構わないか。

いや、けども──


「まだ──面倒見てくれるんですか?」


「当然だろう、コイツが何も言わないという事は現状を維持してくれという事だ──そうだろう?」


再び頷くハティ。


「えーと………バルティオさんはそれで構わないので?」


「構わんよ、十日以上も居座っておいて今更遠慮するな」


「いや、私気絶してましたし……」


「子供一人の面倒もみれない程甲斐性無しに見えるか?そこまで落ちちゃいないつもりだったが」


「………いえ、それでは御言葉に甘えさせていただきます。これからよろしくお願いします」


「うむ、請け負った」


まあ、そんな風に私の目醒めてから二日目になる日は終わりを迎えたのだった。



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翌日、というにはまだ早い深夜。

物音一つ立てず──気配一つ出さず──私はベッドから出て、そしてバルティオさん宅からも出ていった。

言うまでもなく、二度と戻る気もなく。



たいわ。

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