その6 『公然の咎め』
6.
サヴィトリア王城、王の間。蕩けるような日光が真上から差し込み、見上げれば空は突き抜けるように遠い。城の中でも、建築士がこぞって腕を競い合った場所であるのだろう。頑丈に、見くびられぬように豪華に、相反するさまざまな要求を満たすべくして作られたのだ。
アーチ形の天井には、内部に”舌”をもたない巨大な鐘がつりさげられている。サヴィトリアとの友好を記念して、アルテミアから贈られたものだ。
玉座には冠を戴いたエスヴァダルが座っていた。マントをはおり、気難しげな顔で肘置きに頬杖をつき、ただ、じっと黙っている。その佇まいにはやはり年季が入っており、さまになったものだ。
そのそばに、今日ばかりは数年ぶりにミランダが控えている。形ばかりの報告が終われば、エスヴァダルはメビウスとの話を進めるだろう。
もっとも、とてもそうはいかないのだろうが。
ワーロックは、ヒヤヒヤとした気持ちでミランダの顔を見た。
メビウスが持ってくるのは、ニセモノのペンダントである。
凛と前を向くミランダは、これからひと騒動起こる算段であるというのに、戸惑いのかけらすら見えない。底知れぬ恐ろしさがある。
王座から間隔をあけて、両脇に兵士たちが立ち並んでいる。ワーロックもまた、数人の文官を背に巻物を持ち、控えている。しばらくするとラッパの合図とともに兵士が現れた。
「魔術師メビウス殿、帰還なされたようです」
「ご苦労、通せ」
兵士が扉を左右に開くと、メビウスとサッフィールが現れる。
メビウスは王の御前ということもあって、わずかに金糸の施されたローブを纏っている。しかしながら、それ以外はいつも通りだ。メビウスはほんの僅か、ミランダを見ると、なつかしそうな表情をにじませた。
サッフィールはきょろきょろとあちこちを向いていて、どうも落ち着きがない。ワーロックは深くため息をついた。
「エスヴァダルさま、ミランダさま。メビウス、帰還いたしました」
「このたびはご苦労様でした、メビウス」
ミランダのことばに、メビウスは深く礼をする。
「姫さま、お帰りになったと聞きました。不肖メビウス、王より賜った公務に身を預けていた次第です。挨拶をおろそかにして、申し訳ございません」
「気にしておりません。そちらはどうでしたか」
「はい。おかげさまで、私はなにごともなく……」
形容詞を探してかメビウスの視線がじっとつま先を見つめ、しばらくの間をおいて顔を上げた。
「ミランダさまもお元気そうで、お変わりなくてなによりです」
「お綺麗になられましたな、くらい言えないのかねえ?」
マッハヤードが、声を落としてメビウスに囁く。メビウスは一瞬、口角をひきつらせ、フンと鼻を鳴らした。
「して、メビウス、とっとと例のものを。それから本題に移ろうと思う」
「はっ」
メビウスは懐から小箱を取り出す。
「こちらが、フォンコルドのペンダントでございます、陛下」
サッフィールは気が気ではなかった。
その箱の中に入っているのは、ニセモノだ。
よくもまあ、ミランダは平気な顔でいられるものだと痛感する。
メビウスは意匠が施された箱を、慣れた手つきでひねっていく。
パチリと冷たく響いた音は、空間にヒビを入れたようにも思えた。ワーロックとサッフィールにとっては、永遠にも一瞬にも思える時間だったろう。
メビウスは箱を開くと押し頂いて、恭しく捧げる。
「はっ」
マッハヤードはメビウスの前で動きを止め、がなった。
「おい、これはなんだ、メビウス?」
「どうなさいました?」
ペンダントを見ると、メビウスの顔が次第にこわばってゆく。
「いや、待て、……なんですって? 馬鹿な……!」
「何か問題ございましたか、メビウス」
ミランダはしれっとしている。
「いや、お、私は……」
サッフィールはごくりと唾をのんだ。
「どうした、メビウス。なにがあったのだ?」
異変を察して、エスヴァダルが立ち上がる。
「王! 恐れながら、コイツは、ペンダントを取り戻し損ねたようですな」
マッハヤードははんと息を吐くと、ペンダントを掲げ上げる。
「誰の目にもわかる。ニセモノでございますぞ!」
「いったいどういうことだ!」
王の間に、どよめきが走った。
「コレクターとは、いったい何をしでかすか……」
「馬鹿な! 金に困るほど俺は……」
メビウスは言いよどんだ。
「おい、サッフィール、まさかお前、……」
「……」
売ってははいない。サッフィールは押し黙るが、ほとんど肯定のようなものだった。
「大事なものなのですよ」
悲痛さをにじませて、ミランダが言った。
「古い品ですが、フォンコルドは賜ったのです。これまで、そしてこれからの忠誠のほうびとして。あなたの杖と同じく。そのペンダントをなくしたフォンコルド家は、……まあ、改めて述べるのは、良いでしょう」
「ミランダさま!」
「なんという、なんということだ」
エスヴァダルはわなわなとふるえた。
「フォンコルドに続き、お前まで信用ならんというのか! メビウス!」
「姫!」
ミランダの作ったような侮蔑の表情を見て、メビウスは悟った。ゆっくりと目を開き、次第に険が強くなる。ミランダはゆっくりとほほ笑みを浮かべた。
箱が開けられるのは、おそらくソーマだ。もちだしたのは、サッフィールだ。
命じたのは……。
「金に目がくらみましたか、メビウス」
「その不届き物の魔術師を捕えろ!」
マッハヤードが叫ぶ。
兵士は、互いに顔を見合わせると、メビウスを捕縛して良いものか戸惑っている。
メビウスは、反射的に素早く杖を振りあげた。兵士ははっとして後ずさる。
「ええい、臆病者どもめ!」
だが、ミランダは一歩も引かなかった。
「ミランダ、下がれ!」
ミランダとメビウスの目がかちあう。ミランダの瞳は、挑戦的にきらめいていた。
一瞬ののち、メビウスは何かを悟ったようだ。
「姫、この私に、いったいどうしてほしいというのですか」
メビウスのことばに、ミランダはひるみもしない。
「牢屋で頭を冷やしてください」
「……いつまで」
メビウスは屈辱に顔をゆがませていた。
「いつまででも」
メビウスはミランダを見、ふうっとため息をつく。杖をミランダの喉元に向けた。
「メビウス!」
しかし、メビウスは杖をおろすと、はっきりとした声で吐き捨てた。
「畜生!」
あたりは一瞬だけ、しんとした。
「捕えろ!」
マッハヤードの号令により兵士が群がり、メビウスに縄をかける。一人が杖を取り上げ、それからはあっという間だった。
メビウスは特に抵抗するでもなかった。引きずられるようにして、メビウスは部屋を去ってゆく。
「わしは、お前を息子のように思っていたのだがな……メビウス。見込み違いであったのか」
誰に向けたものでもないエスヴァダルの声は、悲痛に満ちていた。
「ワーロック、わしは部屋に戻る」
ワーロックが慌ててエスヴァダルを追う。
サッフィールは、青い顔をして頭を抱えてうずくまっていた。
「同情するぞ」
マッハヤードはぽんぽんとサッフィールの背中を叩いた。
これが、本当に、上手くいくんだろうか。
上手くいくかどうかは、自分にかかっていると言っても過言ではない。そこはかとない胃の痛みを感じて、サッフィールは気が気ではなかった。




