表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

その6 『公然の咎め』

6.


 サヴィトリア王城、王の間。蕩けるような日光が真上から差し込み、見上げれば空は突き抜けるように遠い。城の中でも、建築士がこぞって腕を競い合った場所であるのだろう。頑丈に、見くびられぬように豪華に、相反するさまざまな要求を満たすべくして作られたのだ。

 アーチ形の天井には、内部に”舌”をもたない巨大な鐘がつりさげられている。サヴィトリアとの友好を記念して、アルテミアから贈られたものだ。


 玉座には冠を戴いたエスヴァダルが座っていた。マントをはおり、気難しげな顔で肘置きに頬杖をつき、ただ、じっと黙っている。その佇まいにはやはり年季が入っており、さまになったものだ。

 そのそばに、今日ばかりは数年ぶりにミランダが控えている。形ばかりの報告が終われば、エスヴァダルはメビウスとの話を進めるだろう。

 もっとも、とてもそうはいかないのだろうが。

 ワーロックは、ヒヤヒヤとした気持ちでミランダの顔を見た。

 メビウスが持ってくるのは、ニセモノのペンダントである。

 凛と前を向くミランダは、これからひと騒動起こる算段であるというのに、戸惑いのかけらすら見えない。底知れぬ恐ろしさがある。

 王座から間隔をあけて、両脇に兵士たちが立ち並んでいる。ワーロックもまた、数人の文官を背に巻物を持ち、控えている。しばらくするとラッパの合図とともに兵士が現れた。

「魔術師メビウス殿、帰還なされたようです」

「ご苦労、通せ」

 兵士が扉を左右に開くと、メビウスとサッフィールが現れる。

 メビウスは王の御前ということもあって、わずかに金糸の施されたローブを纏っている。しかしながら、それ以外はいつも通りだ。メビウスはほんの僅か、ミランダを見ると、なつかしそうな表情をにじませた。

 サッフィールはきょろきょろとあちこちを向いていて、どうも落ち着きがない。ワーロックは深くため息をついた。

「エスヴァダルさま、ミランダさま。メビウス、帰還いたしました」

「このたびはご苦労様でした、メビウス」

 ミランダのことばに、メビウスは深く礼をする。

「姫さま、お帰りになったと聞きました。不肖メビウス、王より賜った公務に身を預けていた次第です。挨拶をおろそかにして、申し訳ございません」

「気にしておりません。そちらはどうでしたか」

「はい。おかげさまで、私はなにごともなく……」

 形容詞を探してかメビウスの視線がじっとつま先を見つめ、しばらくの間をおいて顔を上げた。

「ミランダさまもお元気そうで、お変わりなくてなによりです」

「お綺麗になられましたな、くらい言えないのかねえ?」

 マッハヤードが、声を落としてメビウスに囁く。メビウスは一瞬、口角をひきつらせ、フンと鼻を鳴らした。

「して、メビウス、とっとと例のものを。それから本題に移ろうと思う」

「はっ」

 メビウスは懐から小箱を取り出す。

「こちらが、フォンコルドのペンダントでございます、陛下」

 サッフィールは気が気ではなかった。

 その箱の中に入っているのは、ニセモノだ。

 よくもまあ、ミランダは平気な顔でいられるものだと痛感する。

 メビウスは意匠が施された箱を、慣れた手つきでひねっていく。

 パチリと冷たく響いた音は、空間にヒビを入れたようにも思えた。ワーロックとサッフィールにとっては、永遠にも一瞬にも思える時間だったろう。


 メビウスは箱を開くと押し頂いて、恭しく捧げる。

「はっ」

 マッハヤードはメビウスの前で動きを止め、がなった。

「おい、これはなんだ、メビウス?」

「どうなさいました?」

 ペンダントを見ると、メビウスの顔が次第にこわばってゆく。

「いや、待て、……なんですって? 馬鹿な……!」

「何か問題ございましたか、メビウス」

 ミランダはしれっとしている。

「いや、お、私は……」

 サッフィールはごくりと唾をのんだ。

「どうした、メビウス。なにがあったのだ?」

 異変を察して、エスヴァダルが立ち上がる。

「王! 恐れながら、コイツは、ペンダントを取り戻し損ねたようですな」

 マッハヤードははんと息を吐くと、ペンダントを掲げ上げる。

「誰の目にもわかる。ニセモノでございますぞ!」

「いったいどういうことだ!」

 王の間に、どよめきが走った。

「コレクターとは、いったい何をしでかすか……」

「馬鹿な! 金に困るほど俺は……」

 メビウスは言いよどんだ。

「おい、サッフィール、まさかお前、……」

「……」

 売ってははいない。サッフィールは押し黙るが、ほとんど肯定のようなものだった。

「大事なものなのですよ」

 悲痛さをにじませて、ミランダが言った。

「古い品ですが、フォンコルドは賜ったのです。これまで、そしてこれからの忠誠のほうびとして。あなたの杖と同じく。そのペンダントをなくしたフォンコルド家は、……まあ、改めて述べるのは、良いでしょう」

「ミランダさま!」

「なんという、なんということだ」

 エスヴァダルはわなわなとふるえた。

「フォンコルドに続き、お前まで信用ならんというのか! メビウス!」

「姫!」

 ミランダの作ったような侮蔑の表情を見て、メビウスは悟った。ゆっくりと目を開き、次第に険が強くなる。ミランダはゆっくりとほほ笑みを浮かべた。

 箱が開けられるのは、おそらくソーマだ。もちだしたのは、サッフィールだ。

 命じたのは……。

「金に目がくらみましたか、メビウス」

「その不届き物の魔術師を捕えろ!」

 マッハヤードが叫ぶ。

 兵士は、互いに顔を見合わせると、メビウスを捕縛して良いものか戸惑っている。

 メビウスは、反射的に素早く杖を振りあげた。兵士ははっとして後ずさる。

「ええい、臆病者どもめ!」

 だが、ミランダは一歩も引かなかった。

「ミランダ、下がれ!」

 ミランダとメビウスの目がかちあう。ミランダの瞳は、挑戦的にきらめいていた。

 一瞬ののち、メビウスは何かを悟ったようだ。

「姫、この私に、いったいどうしてほしいというのですか」

 メビウスのことばに、ミランダはひるみもしない。

「牢屋で頭を冷やしてください」

「……いつまで」

 メビウスは屈辱に顔をゆがませていた。

「いつまででも」

 メビウスはミランダを見、ふうっとため息をつく。杖をミランダの喉元に向けた。

「メビウス!」

 しかし、メビウスは杖をおろすと、はっきりとした声で吐き捨てた。

「畜生!」

 あたりは一瞬だけ、しんとした。

「捕えろ!」

 マッハヤードの号令により兵士が群がり、メビウスに縄をかける。一人が杖を取り上げ、それからはあっという間だった。

 メビウスは特に抵抗するでもなかった。引きずられるようにして、メビウスは部屋を去ってゆく。

「わしは、お前を息子のように思っていたのだがな……メビウス。見込み違いであったのか」

 誰に向けたものでもないエスヴァダルの声は、悲痛に満ちていた。

「ワーロック、わしは部屋に戻る」

 ワーロックが慌ててエスヴァダルを追う。


 サッフィールは、青い顔をして頭を抱えてうずくまっていた。

「同情するぞ」

 マッハヤードはぽんぽんとサッフィールの背中を叩いた。

 これが、本当に、上手くいくんだろうか。

 上手くいくかどうかは、自分にかかっていると言っても過言ではない。そこはかとない胃の痛みを感じて、サッフィールは気が気ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ