第5話 反撃
綾と香弥子に結界魔法を掛け、近場の教室へ運んだ後。鍵を掛ける。さらにその教室にも外側から空間遮断型の結界を張った。
「鍵なんてどこから持ってきたの?」
六花が問えば、久菜はあっけからんと、
「どさくさに紛れて、職員室からマスターキーを拝借してきました」
極めて笑顔な返しは、語尾に音符でも付きそうだ。手際が良いといえばそうだが、言い方が悪いのか優等生の解答とは若干ズレているような感覚を覚える。こんなのが本当に学園の生徒会長をやっていていいものなのか悩ましい。
「それより、これからどうする?」
久菜が訊ねる。
「学内に入り込んだ魔物たちは、まだかなりいるみたいだけど?」
「ええ…」
気配でも探っているのか、耳を起てるような仕草をする久菜に、六花が頷く。
「生徒の避難はあらかた終わったようだね……さっきまでバタバタしてた人の足音が静まってる」
とはいえ、いまだ学内では複数の魔物の足音がバタバタしていた。また増えたのではないか、と思うほど、その存在感をアピールしている。水嶋和希が校舎に【白】の結界を張っていたため、増えるはずはないのだが。
「………この地区を担当している警備部の魔法使いが来るまで、私たちだけで凌ぐしかないけど……」
六花は渋い顔で言った。警備部を待つ、といっても、実際にエリア踏破に踏み出したこともないCランクそこそこの魔法使いを待っていられるとは思えない。来ても役に立つのかも分からない。そもそも、警備していてこの様なのだ。期待するのが間違いかもしれない。
「あー、ヤダヤダ……仕事は生徒会だけで十分なのに……機関連中が来たらバイト代でも請求しようかしら?」
「……………久菜…」
咎めるように六花が目を向けると、和希は肩を竦めた。
「冗談よ……」
声が本気としか思えなかった。
「私は六花姫様の指示に従うけど………水嶋さん……だっけ? あの娘のことも考えておいた方がいいんじゃないの? 魔法学校卒業したてのBランク魔法使いじゃ、現場の戦いに慣れてるとは思えないし……」
「………そうだね。でも、現場から離れた人間が現役に口を出すのは……」
「後輩指導は先人の役目でしょ?」
渋った六花に久菜がすかさず言葉を挟むと、難しい顔をしながらも、それ以上は御託を並べなかった。
六道六花は、自分はあまり面倒見のいい性格ではない、と自己評価している。現役時代も後輩との関わりはほとんど久菜に丸投げしていて交流すらなかった。ついでに先輩との交流、果ては『E機関』以外の魔法学校同期卒業生との交流もなかった。
一時期は誰ともチームを組まず、一人でエリアに突撃していた身なので仕方がないが。こんな自分が何故チームリーダーをしていたのか当時は不思議でならなかった。
敢えていうなら魔法使いの実力で選ばれたリーダーだったのだが。六花自身はそう思っていない。
一息吐いてから、六花は首のチョーカーに手をやる。
「校内清掃は、やっぱり水を撒かないとダメかな………」
「まあ、避難も終わったならちょうどいいんじゃないの? 乾かすのは私がやってあげるわよ?」
久菜が答えながら杖をチラつかせる。
二人の方針が定まったところで、
「さて、と」
六道六花が呟いて、
「では、」
久乃木久菜が続きを促すように笑うと、
彼女たちは同時に言った。
―――反撃と行きますか…。
◇ ◇ ◇
水嶋和希は地に膝を付いた。
華奢な両肩を上下させ大きく呼吸をする姿は、スタミナの限界を意味している。
正面に倒れ伏した巨体を確認して、視線を周囲へ巡らせた。そして和希は愕然とする。
「まだ……あんなに……」
校庭には、十匹はいるだろう大型の狼が唸りを上げていた。
二匹倒して膝を落とす和希にとっては、気の遠くなる数だ。
このままでは、魔力も体力も到底もたない。
自身の体に鞭を打つように立ち上がるが、その様は明らかに力なかった。今にも取り落としそうな短剣を握り直して、再び戦いの構えをとる。
疲労を言い訳に出来るのは訓練のときだけだ。実戦では、もうダメだと言って倒れ込む訳にはいかない。守るべき者を後ろに置き、前には敵が攻めてくる。逃場のない状況が当たり前の如く用意される正義の味方ほど、追い詰められた存在はいないだろう。
息も出来なくなるような場所に立ち、水嶋和希は覚悟を決めた。
その瞬間、
背後の校舎に張っていたはずの結界が消し飛ばされた。
「……え?」
驚きのあまり、思わず振り返った。
ドドドド、と校舎の中から音がする。激しく流れる、水音が。
河川が決壊したような勢いで、大量の水が玄関から流れ出てきた。よく見れば水に呑まれて流されていく狼の魔物たち。流れ出した激流は止まることなく、校庭全土に広がっていく。
「な、何が……」
和希には何が起きたのか分からなかった。立ち尽くす彼女を避けるように、大洪水は枝分かれしていく。流れから弾き出された狼たちは、ダメージの大きさに魔力を失ったのか、跡形もなく消え去っていく。
「少しやり過ぎたかな……」
「いいんじゃない? 乾けば校舎に被害は無いんだし……」
悠々とした足取りで校舎の中から出てきたのは、二人の美少女。
六花と久菜だった。