第4話 戦闘
空気を浸透させるように、高まっていく魔力。
魔法の発動とは、基本的に言霊によるものが多い。魔力を込めた言により、自分の心の中にあるイメージと力を具体的に現実へ現す。
想像の顕現。
魔法使いによって、使える力は多種多様、十人十色だ。
四年前まで、魔導区最強の魔法使い《水の姫》と呼ばれていた六道六花の力は、四大元素の一つに部類される限定魔法【アクア】を主体にしている。
「『我が手に水を――【アクア】ストリーム』」
響き渡る声と共に、校舎の廊下を、大量の水流が走る。
生徒の鞄やら教科書やら、いろいろ呑まれ、流されているが、ここは目を瞑って頂きたい。
激流により、獣たちは水に溺れて、堕ちていく。
「……思ったより数が多い………早いとこ、久菜と合流した方が良さそうかな」
校内がこれだと、街の方もどうなっていることか。
掴みきれない状況は、焦らずにいられない。かといって、すぐにどうにか出来る訳でもなくて、もどかしさと歯痒さが、苛立ちとさらなる焦りを生んでしまう。
六花は経験上、それらの心境をちゃんと理解していた。
一つ、深い呼吸をして、体と心を落ち着かせる。
彼女は、再び駆け出した。
◇ ◇ ◇
水嶋和希は、教室の窓から校庭に飛び出した。
白い壁を抜け、大型狼の魔物の前へ。
同時に、制服の袖口から、刃渡り十五センチほどの短剣を抜いた。
「『【白】の剣』」
白刃の色が白光し、研ぎ澄まされたような鋭さを見せる。
突撃しようと構えたところで、
「そんな……PI魔導区画の魔物が……セーフティエリアでここまで強力な魔力を……」
和希は気圧されるほどの魔力を受け、身を震わせた。獣の威圧。野生の殺気。本能的に、無条件に、危険を察知してしまう脅威は、そのまま戦意喪失に繋がることもあるが、
「………」
彼女は、短剣を力強く握り直し、闘気でもって、対抗する。
和希の足が、地を蹴った。
走る。そんなレベルの勢いではない。体育のバスケで見せた走力より数倍は速い。風を切る、という表現があるが、このスピードは空間を裂くようだった。
獣の正面に立っていた和希は、瞬間でその背後にいた。
グゥオオォォォォォォ!!
と、天に雄叫びが上がった後、黒い血が中空を舞った。しかし獣は倒れることなく、四本の足をしっかりと地に立てた。
和希が振り返った途端、吠えるような殺気が増す。
まさに恐怖の塊。
魔法学校で体験した精神訓練などまるで役に立たないが。水嶋和希は実戦派だ。卒業して間もないにも関わらず、すでに戦闘経験値はかなり高いレベルにある。
卒業して一年目や二年目の先輩たちなどごぼう抜きの勢いだ。
強い魔法使い。勇ましい姿。
魔物の前に、退きはしない。
それでも、
(私じゃ……ダメなんだ……)
正確には、和希だけではダメだった。
この状況、すでに世界の崩壊は始まっているかもしれない。
やはり、どうしても必要なのだ。
現在の前線をいく水嶋和希と、共に戦う強い仲間たちが。
無用な雑念を払うように、和希は意識をさらに高める。
正面と、加えて校庭を闊歩している複数の大型魔物の気配を感じながら、彼女は再び地を蹴った。
◇ ◇ ◇
「六花!」
聞き慣れたら声に呼ばれ、振り向いた先から久菜が駆けてきた。
「久菜……無事…?」
「ええ。けど…どうなってるの?」
「分からない…」
会話の最中にも魔物が向かってくる。
「ッ!」
複数の獣型の四足走行を見て、すぐさまチョーカーに手をやる六花と杖を構える久菜。迎撃体勢に入った二人は、
「『【アクア】ストリーム』」
「『【ウィンド】ハリケーン』」
響き、重なる声と共に、水と風による嵐が巻き起こし、獣を撃ち払う。
「さすが六花……鈍ってないわね…」
「お互いにね…」
どうやら、歴戦の記憶は体と心の中で生きているようだ。
生きていて、活きている。
強者は強者。
何があろうと、彼女たち二人はそこから外れることはない。真の魔法使いとは、そういうものだった。
「校内の避難はあらかた終わったけど……」
「六花…外の方は…?」
「水嶋和希が動いてる」
強い魔力の気配を感じる。高位魔法を展開しているのは間違いない。が、それと同じく、彼女と対峙しているであろう魔物は、
「随分と多いみたいね…」
感じ取ったのか、久菜が声を潜めながら言う。
「たぶん、心配ないとは思うけど。まあ、どっちにしたって玄関は開けないと出られないから」
開けないと、というか空けないと?
待避所に避難した生徒や学校関係者だって逃げられない。六花や久菜が経験してきた戦いから見れば大して強い魔物ではないが、一般人から見れば魔物という時点でアウトだろう。
「行く?」
「その前に校内清掃が先かな…」
さっきと同じ獣型が二体。
次から次へと、魔物は切れること無く噛み付いてくる。
ここは本当に、どこにでもある中学校の廊下なのか?
ため息を吐きそうになりながら、再び魔法を発動させようとした六花だが。
「六花!」「六花ちゃん!」
思わぬ声に阻まれた。
今の六花の日常が、
「な!! 綾ちゃん!? 香弥子ちゃん!?」
魔物とは反対になる六花の背後から無防備にも現れてしまった。
おそらく二人にはまだ、この獣型が見えていない。獣型は狼。当然、速力は人間の走力とは比にならない。
(呼び止めてたら間に合わない!!)
崩れそうになる自分の日常をやむ無く、しかし悔いるように思い、六花はチョーカーに左手を掲げた。
「『風を纏え――【ウィンド】ローラ』」
瞬間、発動した魔法は久菜のものだった。
杖を向けた先から駆けてくる二人の少女は、突如吹き荒れた風を受ける。反射的に、身を守るため両手を前に出そうとするが、一秒も経たないうちに台風は止み、後には気を失った二人が廊下の床に伏していた。
「『我が手に水を――【アクア】クロスショット』」
その後、難なく獣を撃破した六花は、ジロリとした目を使って言う。
「全く……私の友達に向けて魔法を使うなんて……」
「ごめんごめん、でも直接当てた訳じゃないでしょ? 魔力で気絶させただけなんだし」
魔力を持たない普通人には、魔法による圧力は息が止まるほどにキツい。身体的にも精神的にも。さながら蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまい、さらに強大になると、人間の本能が意識をブラックアウトさせてしまう。
六花は溜めていた一息を震えるように吐き出して、小さく一言。
「……ありがとう」
「………」
何が? とは返さない。久菜は感謝される理由を意識的に行ったのだから。
「気を遣ってくれて……」
六花が現在の友人たちに魔法を隠していることを、久菜はちゃんと理解していた。
隠してる。友達だからといって自分の全てを話す訳じゃない。敢えて言い訳を添えるなら、言う必要などないから言わないだけ。それを友達と呼べるのかは問わないが。ただ、久菜は六花が望んでいるからそれを守る。
今も昔も、変わらない。
「さて、二人に結界系と隠密系の魔法をかけて、鍵の掛けられる教室にでもいてもらおうか?」
「そうだね。さすがに待避所まで連れていく暇はないだろうから」
久菜の提案に答えてから、六花は二人の友人に向けて魔法を発動させた。