第3話 襲来
それは、突然だった。
美人転校生が学校中を騒がせ、その熱がまだ止まない一週間後。
魔法チーム入団の勧誘を受けたことは記憶の奥にしまい、六花が和希を普通のクラスメイトと見て過ごし始めていたある日。
前触れは無い。
大きな地響きが、学校の校舎全体を揺らした。
「「「!?」」」
「な、なに!?」
授業中だった教室は、揺れにより倒れた教師と生徒が、唖然としている。
は!? というような顔は、大きな地震が起きたから、ではなく。窓の外にあった。
校舎の二階、にも関わらず、獣の眼が教室内を覗いていた。
ありえない光景を頭が認識する前に、窓の外は白い壁紙に覆われた。
◇ ◇ ◇
授業中の教室で、魔物が現れたと察知した瞬間、和希の反応は早かった。
「『集え魔力――【白】リフレクター』」
言霊によって、校舎の建物全体を、白光が纏う。
突如現れた魔物に対する驚愕が、瞬間言霊を唱え、魔法を発動させた彼女に移った。
「……とうとう、セーフティラインまで越えてきたか」
真っ白な窓の外を見ながら呟いた和希。それが耳に届いたのか、彼女の前の席であった綾が、意識を現実に戻して声を上げた。
「な、ど、どういうこと!? あなた、いったい………」
「……私は国家魔法機関『アース』に所属している魔法使いです」
和希はあっさりと自分の所属と職業を口にした。
「この地区に来た理由は言えませんが、セーフティラインを越える魔物は、ここ以外のエリアでは最近頻繁に起きています。とにかく今は、逃げることを優先してください」
あくまでも冷静に語る。が、すでにパニック状態に陥っている生徒たちは理解が追い付かないためざわざわと次第に動揺の波を広げていく。ニュースなどで観る事象が、自分の身に降りかかるなど考えたこともないのだろう。
無理もない。というより、こんな状況、容易に想像出来る訳がない。
動けない人々。
だが、頼れる生徒が、このクラスにはいた。
「……先生、水嶋さんの言う通り、緊急マニュアルに従って避難しましょう」
生徒会長・六道六花は、この時間の授業を担当していた教員に向けてそう言うと、いまだに呆然となっている生徒たちに声を掛け始めた。
「みんな、落ち着いて! 慌てずに、学園の地下にあるブロックフロアへ向かうから、全員、列になって!!」
よく通る声は、教室内の動揺を瞬時に打ち消した。彼らは六花の指示通りに動き、避難の体勢をとっていく。
「先生、みんなの先導をお願いします。私は他のクラスの人たちにも避難を呼び掛けてきます」
「……わ、わかった」
例え、大人の教師であろうと、不安がないということは、ありえない。だが、震える声を発しながらも、彼は頷いた。
「移動はあまり音を起てないで、なるべく静かに動いてださい」
窮地にも関わらず、冷静に的確な指示を出していく六花に、
「……流石ですね…」
和希が言った。
それが生徒会長としてなのか、それとも疎ましきもう一つの要素か、いちいち睨んでるのもバカらしい。
「水嶋さん……あなたは?」
「……私は………自分の義務を……」
そう口にする和希の手元―――短剣に目をやり、六花は眼鏡越しの瞳を細める。
(……ノーマル仕様の、【白】の『メルティー・ダガー』、か……)
様々な思考が頭に浮かんでいたのか、やがて目を進行方向に戻し、
「…………わかった」
六花は廊下を駆けて行こうとした。
だが、
「待って六花!」
「私たちも手伝うよ!」
綾と香弥子が、後ろについてきた。
良いも悪いも言わなかったが、六花の表情は苦く歪んでいた。
◇ ◇ ◇
魔物は、校舎内にも侵入していた。
獣が三匹。
一見ただの狼に見えるが、よく見れば尻尾が三つ。長い牙は、短刀並みの鋭さが光っていた。
「ヒィッ!!」
避難を促す六花たちの前で、短い悲鳴が聞こえた。
人の流れが一斉に止まり、相次いで叫び声が上がりだす。
「なに!?」
綾がその方へ顔を向けた。人で埋まる廊下は、突然として冷気を帯、凍るような雰囲気に包まれている。
「まさか……校内にまで……」
青い顔になる六花は、反射的に左手を首もとに持っていきそうになったが、ハッとなり周囲を見回して、
(人目が多すぎる……でも………)
数秒の思考後、六花は動いた。
「六花ちゃん!?」
香弥子が叫んだ。しかし、六花は人混みの隙間を走り抜け、列の先頭に飛び出した。
「こっちだよ!」
狼の視線が、六花の方へ集まる。三匹の魔物を引き連れて、彼女は正面の廊下を逸れた。
渡り廊下へ駆けていく六花の後ろを、狼たちが追走する。
つまり、囮だ。
「六花ちゃん!? 」
「ダメよ六花! 戻って!!」
友人たちの呼び掛けにも答えず、青紫色の髪を靡かせ、彼女は走り去った。
◇ ◇ ◇
久乃木久菜生徒会長も、教員たちに生徒の避難を任せた後。一人校内を動いていた。
高等部の校舎にも魔物が入り込んでいる。逃げ遅れた生徒がいないか見回るためだ。
「……っと!」
進行方向に現れた狼に足を止める。
唸り声を鳴らしながら、ゆっくりと間合いを計るように歩く獣は、鋭い目で久菜を睨み付けていた。
「………」
生憎と、にらめっこに付き合う暇はない。久菜は制服のスカートのポケットから、一本の杖を取り出した。
杖先を狼に向け、久菜は言霊を唱える。
「『風を纏え――【ウィンド】ブリット』」
空気に渦巻く風の球体が魔物に直撃し、廊下の壁までぶっ飛ばした。
遠慮のない魔法の使用は、人目を全く気にしていない。が、幸いかなのか何なのか、今のところ一般生徒や教員に見られるようなことにはなっていない。
「六花が見たら呆れるわね…たぶん……」
◇ ◇ ◇
その六花は、逃走の一手を持続させていた。
「いい加減……きついかな……」
本来、生身の人間が狼から逃げ切れている時点でおかしいのだが。
言葉と違い、六花は息切れもしていない。走る速度は変えぬまま、周囲に人がいないことを確認し、彼女は首もとに左手をやった。
触れた黒いチョーカーが薄く光を纏い、足を止めた彼女は身を反転させる。
そして、
「『我が手に水を――【アクア】クロスショット』」
魔力によって空間に現れた水の塊は、追走してくる三匹の狼を打ち払った。