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第2話 混乱

 転校生の少女は、静かに、重く、口を開いた。


「私は先月まで、魔導区画第二十二区の安全地帯にある、魔法学園に通っていました」


 魔法学園――それは、現代で魔法の才能のある者が、魔法使いとして一人前になるために通う学舎だ。そこでは、年齢や年数などはあまり関係無く、魔法の力が常に優先される。

 この学校で魔法使いとしての階級と、A~Gの魔法ランクを取得し、戦場に出ていくための力を蓄える。そうして育った魔法使いたちは、それぞれがチームを組み、世界の脅威である魔導区画に挑んでいくのだ。

 現在、彼女が学校に通っていないということは、魔法ランクを取得したか、魔法不適正と見なされたか、自主退学だが。

 六花は目を細めながら対面を見つめると、和希は問われる前に答えた。


「一応は……魔法ランクBを取って、学校は先月に卒業しました」


「ということは、新人魔法使いとしてエリア踏破に入り始めたところか……」


「はい、今は魔法機関『アース』に所属という形になっています」


 彼女の口から聞き慣れた懐かしい名称が出た瞬間、六花は少しだけ目を張った。

 PIエリアで踏破を目指す魔法使いが存在するとして、当然、彼らだけでは前線で戦っていくことなど出来ない。

 魔法機関とは、PIエリア踏破を目的とする前線の魔法使いを後方から支援するためのスポンサー企業のようなものだ。

 ちなみに、機関は一国に数十ほどあるが、かつて六花が所属していたのも『アース』である。つまり、和希は六花の、直接的な後輩にあたるのだ。


「……それで?」


 後輩と分かったところで、六花の言葉は友好とは程遠かった。


「魔法使いになった水嶋さんが、どうしてこんな外れの学校に?」


 ここは魔導区画第六のセーフティーエリア。卒業後に魔法使いとしてやっていくかは自由だが、一般学校くらい二十二エリアにも普通にある。わざわざこんな遠い区画に来る理由など無い。


「あなたが……六道さんがここにいるという噂を聞いたからです」


 解答は予想がついていた。もとより、教室に来ていきなり声を掛けてくる時点で、それ以外にないだろうが。


「四年前、魔法の黄金第二世代を築き、十四箇所ものエリアを踏破した魔法チーム『E機関』のリーダー・六道六花さんの噂を……」


 あからさまに表情を歪める六花。


「昔の話だよ……今はもう、魔法にすら触れてない……」


「……いいえ」


 否定の言葉を唱えながら、和希は視線を、対面に立つ六花の首もとに合わせる。


「私も……曲がりなりに魔法使いです。魔法を保持する人を見れば、すぐに分かります」


「………」


「あなたはまだ、魔法を捨ててはいない」


「……仮にそうだとしても……なんで今さら…」


 本当に今さらだ。もう四年も前に解散したチームの話を持ち出されても、挨拶に困る。

 しかし和希は、顔を俯け、深刻な声で問いを出した。


「………現在の魔導区画の魔物状勢を……知っていますか?」 


 六花は首を横に振る。メディアに報じられているレベルではある程度知っているが、魔法に関わらなくなってからは、自分から詳しく調べようともしていないからだ。


「ここ数ヵ月。突然魔物の出現率が激増しているんです。――出現率の高い区域の第二十エリア。そしてその付近のエリアでも、セーフティーラインを越える魔物が多くなっています」


「……原因は?」


 ぶっちゃけ聞きたくもないが。


「わかりません。何しろ第二十エリアは、『支柱区』。そう簡単にエリア内を進むことは出来ませんから……」


 支柱区とは、魔導区画の中でも十、二十、三十という風に、十の刻みで上がる区域を示す。百二十あるエリアの中でも飛び抜けて踏破難易度が高いその箇所は、『十二の柱』、支柱区と呼ばれ、Aランク魔法使い数十人を導入しても生き残るのは困難とされる危険地帯だった。


「だから今……強い魔法使いが必要なんです」


「………私は……すでに第一線から引いた身だよ。今はあなたたちが、魔法使いとしての最前列に立っているんでしょ? なら過去の人物よりも、あなたたち自身が自分の力で戦っていくべきなんだよ……」


 六花の言葉に、和希は言葉を挟めない。単純に何も言えないだけだが、彼女の心情は陰が差しているだろう。

 やがて余鈴が鳴り、二人は無言で教室へ戻った。


 ◇ ◇ ◇


 今の六花には、ちゃんと確立した日常がある。

 魔法とは無縁の生活。

 魔法とは無縁の学校。

 魔法とは無縁の友達。

 六花にとって……この四年間で積み上げてきた、とても大切なものだ。

 他人に「戻れ」と言われ、「はい」と返せるほど、軽くはない。


 噂の美人転校生は、クラスメイトたちの質問攻めにも愛想よく答えていた。

 六花も案内役として取り敢えずは丁寧に学校のことを教えていたが、内心穏やかではなかった。

 まだ彼女のことを完全に信用仕切れていないのもそうだが、見知らぬ魔法関係者がそばにいるのは、やはり気を張ってしまうのだ。


「どうしたの? 六花……」


 体操着に着替えた女子たちが行く廊下で、隣を歩く綾が問い掛けてきた。よっぽど疲れている風に見えたのか、反対隣の香弥子も心配顔をしている。


「そういえば、水嶋さん……ホームルームのときのあれは…何だったの? しかもその後、六花が教室から連れて出ちゃうし……」


「……別に……何でもないから…」


 二人は、六花が四年前まで魔法使いだったことを知らない。 

 今の時代なら隠すほどのことではないが、わざわざ喋るようなことでもない。いや、六花としては、もう魔法に関わるのも御免被りたい身だ。出来れば秘密にしたかった。


 体育の時間。


 女子の授業内容はバスケ。

 美人転校生に、ボールが渡る。

 刹那。コート場に風が吹いた。

 ドリブルしてるにも関わらず、少女は周囲を隔絶するほどに速い。


「ウソ!?」


「は、速すぎ!!」


 敵チームに一人だけいたバスケ部が、ゴール前で和希を止めようと出てくる。が、勝負は一瞬で着いた。

 和希は何のフェイントもいれず、スピードだけで、前にいたはずのディフェンスを置き去りにする。

 バスケ部が全く動けない。

 抜いた数歩で、和希が地を蹴る。空中を舞い上がった少女は、跳躍の最高到達点に達した瞬間ボールを放り、ゴールネットを揺らす音を奏でながら、地に降りた。

 あまりに華麗な一連に、敵も味方もギャラリーも唖然としている。

 誰かが声を上げたのを皮切りに、味方チームが和希に寄っていく。


「凄いね…水嶋さん…」


 ギャラリー組の香弥子も感嘆の声を上げ、横に座る六花にも話を振るが、六花は大した感心もなく、あくまで冷淡に和希を見ていた。


「六花ちゃん?」


「え? ああ、うん……そうだね……」


 魔法学校の訓練の中には、ちゃんと運動能力を鍛えるカリキュラムもある。あれぐらいの動き、Bランク魔法使いなら出来て当たり前だ。


「六花ちゃんと……いい勝負出来そうだね」


「………」


 ◇ ◇ ◇ 


 昼休み。

 六花は高等部へ繋がる渡り廊下で、高等部二年の久菜と会っていた。

 手にした端末の画面に映る情報資料を眺めながら、六花は納得したように言う。


「水嶋和希……何処かで聞いた名前だと思ったら、去年FCオールスター選抜に選ばれた《剣舞の騎士》だったんだ……」


 フロンティア・チルドレン。一般にはFCと呼ばれるこれは、各魔導エリア地域から十五歳以下の魔法使いを集める、エリア踏破の英才教育チームだ。

 現役時代、六花も選ばれたことがある。


「そういえば、私たちがFCに選ばれたのは、もう六年も前だっけ? あの頃は、まだ六花も小っちゃくて可愛かったわよねぇ」


「………あなたもでしょ?」


 久菜は、この学校の中で唯一、六花が魔法使いだったことを知っている人物だ。

 彼女もまた、魔法使い。

 四年前まで六花が率いていた魔法チーム『E機関』の元メンバーであった。

 チーム解散と同時に引退した六花について、久菜もすでに前線から離れている。


「四年……か、なんだか……あっという間だったわね」


「高校生なのに、お年寄りみたいなこと言わないでよ…」


「………でも、実際そう思わない?」


「………」


「戦いから離れて、魔法から離れて。毎日が、信じられないくらい平凡で、穏やかで……」


「後悔してるの? 前線から離れたことを……」


 六花は声を沈めた。『E機関』を解散させたのは、チームリーダーの六花だ。直接的な原因はまた別にあるが、チームを率いていた者としては、無責任なことをしたと思っている。


「ううん、私はただ……六花のいないチームでエリアへ挑む気になれなかった……それだけだから……」


 所属チームが解散したところで魔法使いを続けるのは自由だ。それでもやはり、信頼する仲間、信頼するチームでなければ、死に迫るような場へ踏み込むことは、出来ない。故に久菜は、自分で身を引くことを選んだ。


「けど……もし六花が……また魔法に戻るっていうなら、私にも声を掛けてね」


 そんなことは無い、と六花は言えなかった。脳裏に浮かんだ、赤茶色の髪の少女が、言葉を詰まらせたようだった。

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