行くぜ、ヒーロー
連続投稿2こめ
※※
「おい。寝てんじゃねぇぞ新入り、寧人」
すぐ近くから聞こえてくる声に驚き、寧人は慌てて顔を上げた。
「!?……こ、ここは……?」
どうやらテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた、そういう状況らしい。そして何よりも驚いたのは。
「間中さん!? どうして……? 生きて、生きていてくれたんですか!?」
信じられない。メタリカに入社したばかりのころに世話になり、そして死んだはずの間中がいた。
「はあ? お前何言ってんだ? さっき頼んでた大根きたぜ。ったく、庶務課の訓練疲れか? どれ、俺がお湯割りでもつくってやらぁ」
そう言って笑う間中は慣れた手つきで芋焼酎のお湯割りを作り始めた。
ここは、あのおでん屋だ。
驚いて自分の姿を確認してみる。庶務課時代のジャージを着ている。黒衣のマントを羽織ってもいなければ、血まみれでもない。
「ほれ」
「あ、ありがとうございます」
混乱しつつも間中の差し出したお湯割に、口をつける。
あのときと同じ味だ。庶務課社員の安い給料だから、いい焼酎なわけはない。それでも温かかった。美味しかった。
なんだか懐かしくて、涙が出てしまいそうだった。俺は、夢を見ているのか、それとも夢をみていたのか。
寧人がそんなことを思っていると、別の男がやってきて、カウンターの隣に座った。
「年男さん、俺にも一献いただけますかね?」
空のグラスを間中にさし出し、ニヒルに笑う男。その狼を思わせる横顔を忘れるはずもない。
「ツルギ!?」
「どうしたんですボス。情けない声を出して」
ツルギは間中さんから受け取ったお湯割りを口元に運び、寧人をたしなめた。
ああ、そうか。寧人は理解した。
自分を新入りと呼ぶ間中、ボスと呼ぶツルギ、同時に会えるわけがない。
俺は死んだのか。
「……そっか」
それもいいかもしれないな。寧人はそんなことを思った。
極悪人が行く地獄のわりに、ここは暖かい。それに、ディランには勝てない。もう俺は限界だ。
「死んだ。そうお思いですか」
ツルギが言った。
「悪いやつほど長生きするっていうだろ。お前がそんな簡単に死ぬかよ。ま、本当にこのままくたばりたいってんなら、止めはしねぇ。よく、考えてみな。色々なことがあったんだろ?」
間中さんも同じように笑った。
本当にこのまま死んでもいいのか。
寧人はその言葉にすぐに答えることができず、目を閉じ、自分の心と向き合った。
色々な人の声が、聞こえてくるような気がした。
『わたし、おばーちゃんになったら自慢するんだ』
『それでも君は、その階段を登るのかい』
『それが出来るのは小僧、間違いなくお前だけだろうよ!』
『あなたと共に世界に挑みましょう』
『ガチで世界征服する一歩手前』
『私知ってます。寧人くんは、必ず約束を守ってくれるって。……信じてます』
『正義は、勝つ』
すべての言葉が、一つの結論に繋がっていく。
カウンターで隣に腰掛けていた間中はお湯割を一口飲ると、寧人に語りかけた。
「約束、なんて勝手に言っちまったけどよ。すげぇよお前、よくここまでやってきた。だから、もう十分だぜ」
その言葉に、寧人は笑った。もう、答えは出ていた。
「いえ、やっぱり俺はまだ死ねないです。でもこれは誰かのためじゃない。俺自身のために」
みんなの声が、逆に教えてくれた。
出会った人たちには感謝している。大事な仲間だと思っている。でも、俺が戦うのは俺のためだ。誰かのためじゃない
そうだ。俺は言ったじゃないか。前向きに善処する、と。それは真紀へだけ伝えた言葉じゃない。
自分自身に定めた誓いだ。
本当に俺は最善を尽くしたのか? あまりにも圧倒的な正義の前に、自分で自分の限界の線を引いてしまったのではないか。
「ふっ、だと思いましたよ。ボス。さすがは俺が神輿に担いだ男だ。正義や悪だって、世間はうるさい。でも男が本気で世界を変えたいと望むのなら、そんなことは知ったことじゃない」
正義は勝つ。俺はその言葉を本当の意味では否定できていなかったんだ。ミスタービッグは言った『悪は世界に認められない。だから茨の道を行き必ず磨耗する』と。
俺は、滅びていく体に気がつきつつそれを受け入れていた。精神力が強さに変わる、その有り方を知っていてなお、ディランには自分が及ばないと決め付けていた。
それが悪の否定ではなくてなんだというのだろうか。
そのことに、最後の瞬間に気がついたはずだ。そして、それを思い出させてくれた。
「正義は勝つ、ってばかりじゃ、つまんねぇよな。みせてくれよ。俺たちが見たかったものを」
寧人は間中の言葉に頷いて見せた。
「はい」
そして、立ち上がる。
これはきっと幻影なのだろう。シルエットシリーズの改造人間は自身の精神の作り出した幻を見ることがあるそうだし、寧人自身も以前に両親の姿を夢のなかでみたことがある。
でも、それで十分だ。たとえ幻想でも、そこでみつけた答えは、本物だから。
「ああ。俺は勝つ。たとえ相手が、かっこよくて憧れた正義のロックスであろうとも。そして世界を征服し変えてみせる。俺は、俺こそは……悪の王だ」
※※
メタリカ首領、小森寧人へ与えた一撃は、十分に彼を倒しきれるほどのエネルギーを込めたもののはずだった。
だが、ディランの拳に残る手ごたえには違和感があった。
正義は勝つ、そう告げた瞬間、あの男の中にあるエネルギーがほんの少しだけ高まったような気がしていたのだ。
だが、攻撃は問題なくヒットし、小森寧人は膝をついて倒れた。もう、立ち上がれはしないだろう。常人の数倍を誇る聴力でも彼の心音は聞こえない。
「……救助にあたらなければ」
この戦いでは敵も味方も負傷者の数は膨大だろう。決着がついた以上、これ以上無駄な死人を増やすことはない。
ディランは小森寧人に背を向け、その場を去ろうとした。
だが、
「……なっ!?」
突如発生した背後からの重苦しいプレッシャーに、ディランは振り返った。
「……馬鹿な……!」
完全に倒したはずの男が、小森寧人が立ち上がろうとしている。血だらけの体で、少しずつ、だが確実にだ。
「……は、……勝……義のロ……とも……」
何か独り言を呟いている。意識が朦朧としているのだろう。それでも、再び倒れることはない。
「……して……服して……みせる……俺は……」
即座に踏み込んでもう一撃、それで終わるはずだ。だが、ディランにはそれが出来なかった。うかつに踏み込めば、取り返しのつかない反撃を受ける。論理的な予想などではない、戦い抜いてきた月日が培ってきたカンがそう言っていた。
「………俺こそは……悪の王だ……!」
完全に立ち上がった小森寧人、その目はもはや半死人のそれではない。殺気をみなぎらせ、すべてを射抜くような、強い瞳だ。
ディランは、背筋が冷たくなるのを感じた。ゾッとした、というのが一番適切だ。
歴戦の兵であるはずの自分が、その気迫に飲まれてしまいそうだった、だと?
「小森寧人、戦うつもりか?」
ディランは警戒態勢を取りつつ問いかけた。この男は、もはやほんの少しでも気を抜けば、こちらが敗れてしまう。それほどの何かを秘めている。
「……ああ。お前、言ったな。正義は勝つ、と。それは違うな。絶対じゃない。ただ、守ることは変えることよりも容易いというだけだ」
傷が治ったわけでもなく、体力も回復しているはずはない。つまりいかに気を吐こうと、小森寧人は限界のはずなのだ。立っているのもつらいだけのダメージを受け、生きているのが不思議なほどのはずなのだ。
「変える。俺は悪として、この世界を変えてみせる」
「……何故。お前はそこまで出来る」
わからなかった。何故立ち上がることが出来る。何故戦える。守りたいという意志がある者ならばわかる。だが、この男の目指すことはそれとは真逆のことのはずだ。
「……わからないだろうな。アンタには」
小森寧人の体を黒い光が包み始め、風が巻き起こっていく。
再び悪魔の姿に変身するというのだろうか。
強い。これほどまでに強い悪を見たことがない。だが、それでも負けるわけにいかない。今ここで自分が負ければ、この男は本当に世界を壊すだろう。
「守ってみせる」
だから、ディランは再び構えを取った。
「壊してやるさ」
悪の王は、ネクタイの結び目に手をやり、そしてそれを解き、投げ捨てた。
これまでの変身とは違う。
「悪が正義を討つことがあるってことを、綺麗で正しくて強くてカッコイイお前らに、教えてやる……! ウオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
黒い風はさきほどの変身の比ではない。
荒れ狂う暴風が漆黒の炎と混ざり合い、フロア全体を吹き荒れる。猛り狂う闇の炎が小森寧人を中心に凝縮されていく。
そして。
フロアの炎と風が消え去り、すべての音が止む。
そこに立っていたのは、生身の小森寧人でも、悪魔の姿の怪人でもない。
「……黒い……ディラン……だと」
変身した自分によく似ている。だが、細部の意匠は禍々しく、なによりもその装甲の色は血のような赤と輝くような漆黒。蒼と銀の装甲を持つディランとは、対照的な姿だった。
「それが、シルエットシリーズの到達点か」
ディランはシルエットシリーズについての知識がある。戦ったこともある。
変身者の精神の形と強さにあわせ、進化し成長する。その力を持つ悪の首領が最後に変化したのは、皮肉にも、正義の化身といわれるディランに極めて近く、そして決定的に違っていた。
「ああ。なにせ、俺は正義には特別な思いがあるんでな」
そう言って、小森寧人は皮肉っぽく笑った。
対峙しているだけでわかる。新たな姿を手にいれた悪の王の力は、同格とはいかなくとも、ディランに近いレベルまで達している。これまで倒してきたシルエットシリーズなど足元にも及ばないだろう。
精神が、覚悟が、意志が、これほどの力を生むというのか。
「いや……」
この男ならば、不思議ではない。戦っていてわかった。この男は、けっしてもとから強い人間ではない。にもかかわらず、幾多の正義を倒し、悪を退けその頂点に立ったのだ。どれほど困難な道だっただろう。
それはすべて、信念の強さによるものだ。世界を変える、その理想を目指して走り続けたこの男は、悪でありながらも気高い。
「初めて、悪に敬意を抱く」
ディランは、素直な気持ちを伝えた。これから戦う相手に対してではあるが、けして負けるわけにはいかない敵に対してではあるが、不適切だとは思わない。
「……光栄だな」
そして、小森寧人もそれに応じた。
互いの力は拮抗している。これからそう時のたたぬうちに、どちらかが倒れるだろう。二人ともそれはわかっている。
だが、ディランは戦う。小森寧人も同じことだ。
白銀と漆黒。二人の超人が、互いに近づいていく。
戦いの構えを取る。ディランから見れば、その構えは素人の域を脱していない。だが、それでも油断はしない。
正義の勇者は、悪の王を招くように手をかざし、述べる
「来い。悪党」
悪の王は正義の勇者を指差し、告げる。
「行くぜ。英雄」
次回最終回「:悪」