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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
最終決戦編~メタルジャスティス~
98/106

お前は俺には勝てない

連続で投稿します。一個目です。

エビルシルエットに変身した寧人は全身のエネルギーを高め、目前の敵へ備えつつも、考えていた。


ディランと自分の戦闘能力に差があることはわかっている。

 だが、策がないわけではない。策といっていいほどたいしたものではなく、一発限りのバクチのようなものだ。問題は、そのバクチのテーブルにつくことが出来るのか、ということだ。


 エビルシルエットは成長し続けてきた。羽もツノもそしてこの禍々しい黒い肉体も、最初のころとは比べ物にならないほど大きく強くなっている。


そして今変身してみてわかったが、今が一つの限界点だ。この全身に漲るエネルギーは、これまでとは比較にならない。


 精神力を力に変えるシルエットシリーズは、最終決戦に臨む変身者の覚悟に呼応し、レベルを上げたようだ。


これ以上エネルギーを高めれば、体のほうが持たず即座に崩壊するだろう。いや、そもそも自分の精神的な強さが今以上のレベルに達することなど考えられない。これが、俺の限界なのだ。


寧人はそう認識していた。


 この強さを十分に使いこなすことが出来ればあるいはチャンスはあるかもしれない。


 ディランを強さで上回ることは無理だ。だが戦いというものは強ければ勝てるというものではない。それを寧人はよく知っている。


 ほんのわずかでもいい。ほんのわずかの間、一方的に倒されることなく戦いを成立させることが出来れば、ヤツにあの行動を取らすことが出来れば、策をうつことができる。


「……ふう」


 自分でも呆れてしまう。仮にその局面が訪れたとしても、自分が策を正確に実行できる保証もなければ成功しても倒せるという確実性もない。そんな途方もないほどかすかな勝算。

だが、これしかない。万に一つのチャンスを作り出し、千に一つの可能性に賭ける。


「行くぞっ!」


 一瞬、気を散らしてしまった寧人の隙をディランは見逃さなかった。


凄まじい爆発音が聞こえた。同時に、さきほどまでやや離れた位置にたっていたディランの姿が目前にまで迫っている。


爆発音は、なんのことはないただの踏み切りの音だったのだ。


 まるで空間を飛び越えたようにしか思えないその現象が単なる脚力によるステップインだったことに驚愕してしまう。


「セアァァァァァッ!!」


 蹴りだ。右脚によるハイキックが来る。鋼鉄をも粉砕するその一撃がすぐそこまで来ている。


「ちっ!!」


 寧人は受けの構えを取った。

内受けよりは外受け、外受けよりは体捌き。それが超人的格闘能力をもった者同士の戦闘における防御行動の優先順位である、とツルギから教わってはいた寧人だったが、あまりにも速すぎるディランのキックに対しては体全体で避けることも、払いのけることも叶わず、ただ腕でガードすることしか出来なかった。


「ぐっ……!」


 強烈な打撃音と風圧、周囲に広がる衝撃波。


寧人は、受け止めた腕が爆発してしまったのではないか、という錯覚を覚える。

体中のエネルギーを左腕に集中させてガードしたはずなのに、まるで威力を相殺できていない。


 だが、かまわない。最初からこのくらい想定済みだ。

 腕の一本で済むならたやすいものだ。


「……の野郎……!」

 ディランは右ハイキックを放った体勢のまま、つまり左脚だけで立っており、右脚は寧人の左腕に蹴りこんだ姿勢のままである。キックを受け止められるとは思っていなかったのか、この男にしては隙がある。格闘における体勢のミスを犯している。


「死ね……!」

 左腕はしばらく使い物にならないだろう。だがそんなことはどうでもいい。寧人は右手の爪を、不安定な体勢のままでいるディランの胸元へ伸ばした。


「ハァァァァァ……!!」


 だが、ディランは身を守ることはしなかった。逆だ。

 こちらに蹴りこみ、そして触れたまま停止していた右脚に力を込めたのだ。エネルギーを集中させ、受け止めていた寧人の左腕を押し込んでくる。


「……なっ……!?」


どう考えても無理のある体勢であるにもかかわらず、ディランの脚撃キックの威力は想像を絶していた。まったく止めることが出来ない。それどころか寧人の左腕は顔面に押し付けられ、めり込んでいく。


 嘘だろ……。コイツ、まさか、このまま。


もう攻撃どころではない。理不尽なまでの圧力が寧人の重心をゆがめていく。

そしてそのまま。


「ハァッ!!」


 ディランは一度完全に停止したはずの右脚を振りぬいた。当然、寧人はまるでゴムマリのように弾き飛ばされる。そしてそのまま、十数メートルほど離れていたはずの首領室の壁に、猛烈な勢いで叩きつけられた。


「……がはっ……」


 プラズマ弾ですら傷一つつかないはずの首領室の壁は、叩きつけられた寧人の体によってヒビが入っていた。これはエビルシルエットの頑強さというよりも、速度によるものだろう。


 背中が痛む。立ち上がれそうにもない。背中の羽をつたう骨は一撃でバラバラに砕けていた。

もちろん変身状態でなければ即死していたことは間違いない。


これほどの質量のある物体を高速で弾き飛ばす。しかも無理な体勢からの片脚だけで。


「……なんて、ヤツだ……」


 寧人は乱れた呼吸を整えつつも驚愕と羨望が混じった声をあげた。

 ヤツのやったことは、ただ俺を脚で押しただけなのだ。にもかかわらずこの威力。ミスを犯した、なんてとんでもない。ヤツはただ、自分の性能を理解しているだけだったのだ。

 

冗談じゃない。これでは。何も出来ないまま……


「わああああああっつ!!」


 寧人は自分のなかに芽生えた絶望の芽を切り払うように、座った姿勢のまま右腕を振るい、爪による衝撃波を放った。

 後筋の爪状の衝撃波が、フロアを削りつつディランに迫る。

 だが。


「無駄だっ!!」

 ディランは両腕を十字に交差させた。ただそれだけだ。頭部、喉、胸部といった急所のみをカバーする単純な防御体勢である。


 寧人の放った五筋の衝撃波はすべてがディランの身を削る軌道で通過した。

だが、白銀の騎士には傷一つつけることが出来なかった。


「……うそだろ……」

 愕然とする。変身したディランの防御力はそれほどまでに高いのか。


「でやぁぁぁっ!!」

 間髪いれずに、ディランの突進が来る。


 慌てて立ち上がり、迎え撃とうとした寧人だったが、ディランの行動はさらに予想外だった。


「なっ!?」

寧人の眼前まで迫っていたにもかかわらず、ディランは一度バックステップをした。

そして、防御体勢を取った寧人の構えの穴を確認し、わざわざサイドステップで横に回りこんだ上で、正確なボディブローを放ってきたのだ。


「……げほっ……」


 腹部に突き刺さった鉄拳は、寧人の全身に激痛を走らせ、呼吸を奪う。殴られた箇所は、痛いというよりも熱い。まるで燃えているようだ。内臓がどんなことになっているのか、知りたくもない。


「……ぐっ……!」


 寧人は消え入りそうになる意識を必死につなぎとめ、地べたをはいずるようにしてディランから離れた。


 なんて強さだ。この男は、これほどまでに強かったのか。

 

寧人は驚愕した。単純な戦闘能力は性能などについてのみではない、ディランはその戦い方においても最強だと理解する。


今の攻撃のとき、ディランは一度フェイントを入れた上でこっちの防御の穴を確認し、冷静にその隙を狙って正確な一撃を入れてきた。


はたして、そんなことをする必要があるか?


 仮にあの突進のままなんの工夫もなくただ殴りかかってきたとしても、寧人がそれをガードしたとしても、そんなことはまったく問題にならず、防御の上から叩き潰されたはずだ。


そしてさっきこちらが衝撃波を放ったとき、ヤツは頭部などの急所を守る構えをとったが、それもたいした意味はない。なにせ別に防御していない箇所にすら傷一つつけられなかったのだから。


にもかかわらずディランは急所を守る構えをとった。


最初の蹴りもそうだ。ヤツは俺の至近距離から爪撃を一つ二つ受けたところで致命傷にはならないだろう。あるいは、普通に回避を試みることも出来ただろう。


だが、避けなかった。逆に蹴りを振りぬいた。


何故か?


今ならわかる。ディランは、勝利するために万全な行動を取る戦士なのだ。それも、自分の超越的な強さを完璧に把握した上で、だ。


 故に、相手を侮ることはない。戦いを楽しみ遊ぶこともない。彼我の実力差を正確に正確に理解し、最小のリスクで、最大の効果を発揮すべく戦う。


 どんなにわずかなリスクであろうともそれを避けるために十全を尽くし、どんなにわずかであろうとも攻撃を成功させる確率をあげるための動きを怠らない。

 

それがディランなのだ

これがどれほど恐ろしいことか。寧人にはよくわかる。普通に戦っても最強な男が最善手を打ち続ける、これはシンプルにして究極の形だ。


これまで寧人が倒してきたロックスたちには、それぞれ付け入る隙があった。故にその隙を抉るような悪意を持って勝利してきた


 だがディランは違う。この戦いでも、もし単に戦闘能力が劣っているくらいであれば、なんらかの卑劣な手を用いてわずかな間でも戦いを成立させることは出来ると思っていた。


だが、コイツは次元が違う。変身したディランは完全な存在だ。


「……はぁ……はぁ……」

「……お前は俺には勝てない」


 寧人は必死に呼吸を整えようとするが、ディランはゆっくりと冷静に近づいてくる。

 理解しているのだ、今与えたダメージが即座に回復するものではないということを。

 そして警戒しているのだ。焦ってトドメを指そうと突っ込み、こちらが予期せぬ反撃をしてくるのを。


 輝く闘志や正義の心とは裏腹に騎士は冷静に、確実に悪に迫る。


「……くそ……っ!」

 ダメだ。体に力が入らない。寧人はゆっくりと間合いを詰めてくるディランから逃げることはできそうにもなかった。


思えば、あの全世界同時放送で行ったロックスへの呼びかけも、その場でラーズを倒しておいたことも、すべてこの男が最善を尽くした結果として存在する。


25年もの間メタリカを初めとした様々な悪の組織と渡り合いその悪事を食いとめ、いくつもの組織を滅ぼし、藤次郎すらも倒した男。


その過程ではいくつもの準備や適切な判断と行動が必要だったはずだ。

高い判断力と優れた決断力がなければこの男が生き残れたはずはないのだ。


過小評価していたつもりはなかった。ただ戦闘能力が高いだけの男だと思っていたわけではなかった。巨悪に立ち向かう英雄は優れていると理解しているはずだった。


だが、英雄はその予想を超えていた。

そして、自分の強さは肉体的にも精神的にももう限界まで成長した。エビルシルエットはこれ以上強くならない。

削除

それにもかかわらずまったく歯が立たない。


「……ぐうっ……!」

 

 寧人は歯を食いしばり、立ち上がった。


「よく立った。だが、もう終わりだ。……この戦いを放送していたようだが、裏目に出たな」


 ディランはふらつく寧人を前に、そんなことを言ってきた。


「気がついていたのか……?」

「ああ」


 寧人はこの首領室の戦いをいくつもの隠しカメラで撮っていた。世界中の人々にディランの敗北する姿をみせつけ、その心を折るために。もうメタリカにはどうやったって歯向かえないと認識させるためにだ。


 もともと、今夜が世界のすべてを賭けた戦いの日であることは世界中が知っている。特番なども組まれている局も無数にあれば、ネット配信を行うものもいるだろう。そこに映像を与えてやった。   

倫理上の問題から映像が黙殺されることもあるだろう。だが、生の映像を放送しているチャネルは一つや二つであるまい。


多くの人間が、この戦いを見守り、そしてディランを応援しているだろう。


「……へっ……、今頃お茶の間は盛り上がってるだろうな」


 見抜かれていたこともあり、寧人は首領室のあちこちに設置してあるモニタの表示をONに切り替えてみた。

 

 もちろん、映し出されるのは悠然と構える白銀の騎士と、ボロボロの悪魔の姿だ。

 なかには、この映像をバックにキャスターが喋っているものや、街のパブリックビューイングで戦いを見守る一般市民たちが映し出されている映像もある。


『ごらんください! ディランの勝利まであと一歩です!!』

『ディラン!! ディラン!! ディラン!!』

『くたばれ!!ネイト・コモリ!!』

『負けないで……ディラン!!』


 誰もがみな、ディランの勝利を祈り、願っている。それは、彼が英雄である一つの証なのだろう。それは誇っていいことだ。

 また、彼を見守る市民たちの気持ちもよくわかる。それは人として当たり前の感情だ。


「……俺はお前がやりたかったことは理解しているつもりだ。だから憎いとは思わない……だが倒す。誓おう。この生涯をかけて『みんな』が笑って暮らせる世界を作るために戦う、と」


 ディランはどこか悲しげだった。


「……お前……」


彼は、その表情のまま弓のように拳を引いた。


「正義は、勝つ」


 その言葉はあまりにも大きく、寧人の魂を揺るがした。

 そんなことはあるはずがない。あってたまるか。

どうしてもそう言い返してやりたかった。証明したかった。負ける自分が認められなかった。

初めて、気がついたことがあった。


「……くっ」


 だが、もう動くことはできなかった。


「さらばだ」


 立っているのがやっとだった寧人の胸元に、ディランは一直線に拳を放った。

 その一撃は、寧人がこれまで受けたどんな攻撃よりも鋭く、とても避けることは出来なかった。

 エビルシルエットの変身が解けていくのがわかる。体中の力が抜けていく。もう立っていられない。膝から崩れ落ちるように、寧人は冷たい床に倒れこんだ。


「……う……あ……」


 ディランの名を呼ぶ人々の声を遠くで聞きながら、視界は、真っ暗になった。


あと2話!


そしてすぐ次を投稿します。

次回「行くぜ、ヒーロー」

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