決着をつけるぞ。
メタリカ要塞、首領室。その玉座に腰掛けたまま寧人は、その瞬間が近いことを認識した。
戦略兵器を用いた脅しを用いることで実現した短期決戦は最終局面を迎えている。
「ネイト様。すべての侵入者の撃破に成功した模様です」
戦況把握のために数人残していた連絡員がそう告げてくる。だが、それは間違いだ。
「すべて、か……」
戦いの途中から、寧人にはロックスたちの狙いがわかっていた。それは奇しくも、こちらのプランと一致するものだった。
寧人は言った。自らが倒れればメタリカは終わりだ、と。俺を倒したければここまで上がってこい、と。
これは別に彼らを罠にはめるための虚言ではない。実際、寧人が倒れればメタリカは瓦解し、そして滅びる。だから真実の言葉だ。
これを理解していたシンプルプランは短時間で寧人を倒すための戦術として分散した上での突入作戦を取った。一度に全滅する可能性の排除、もともと共闘に慣れていないが故のデメリット、そして個体としても十分に戦力として機能するロックスの強さを考慮すれば当たり前のことだ。
が、その上で彼らは決めていたのだろう。一番に優先させて先へと進ませる者を。
それは最後の戦いで悪の王に立ち向かうにあたり最も信頼できる男のはずだ。
要塞内の各ポイントでは激戦が繰り広げられたが、それはすべてあの男の露払いのためのものにみえた。もっとも、先陣を切った他の者もここまで辿りつくつもりではあったのだろうし、勝算もあったのだろう。あの男を含めたロックスたち複数の手によってこの俺を討つ。そういう狙いだったはずだ。
だが、それは寧人の仲間たちの手によって阻止された。文字通りその命をかけて正義の行く手を阻んでくれた。
そして一方で、寧人はその男がこちらに近づいてきていることに気がつきつつもあえて対応しなかった。生半可な戦力をやったところで一瞬のうちに倒されることはわかりきっていたし、ツルギら幹部たちはそれぞれの持ち場だけでも限界以上の負担があったからだ。
もうすぐ、あの男が来る。
望むところだ。
この戦いは接戦になる。それはわかりきっていた。おそらく双方最後の一人になるまで戦いは終わらない。両陣営、最後の一人になるのが誰になるのかということは自明の理だ。
そして、あの男はこの手で直々に倒すと決めていた。そうでなければならない理由があった。
ならば。
「……お疲れさまでした。ここはもういいです」
「は? で、ですがネイト様!」
「大丈夫です。ああ、そうだ。例の件のセッティングは出来てますよね? じゃあ、もうスタートしてくれていいです。あとは俺に任せて、退避してください」
寧人は通信兵たちにそう声をかけた。彼らは戦闘要員ではない。これ以上ここにいてもなんの役にも立たないし、無意味に命を危険に晒すだけだ。
何度か問答があったが、なんとかお願いを押し通して彼らには退避してもらった。この後に及んで非戦闘員が討たれることはないだろう。一安心だ。
「……さて、と」
玉座に腰掛けたままの寧人は頬杖をつき、少しだけ目を閉じた。
駆け抜けた日々が頭をよぎる。多くの人々との出会い、温かい時間、止まらぬと決めた覚悟、修羅の道を歩き背負った罪。
すべてが寧人の一部であり、頂へ導いたものだ。
随分、長い戦いだった。色々なことがあった。正直に言えば、いくら仲間たちに支えられてきたとはいえ、自分ごときがよくここまでやってこれたものだと思う。
最初に先輩と呼べた人の最期の言葉への答え、それがもう少しで掴める機がした。
この世界を変えてみせる。
それは、けして正しいことなんかじゃない。多くのものを壊し、多くのものを傷つけるだろう。この満ち足りた世界を壊してまでやっていいことじゃない。
でもそれでも。このままでいることはできない。自分を含めたマイノリティが存在しないかのように無視されるこの世界を肯定することはできない。
世界の価値観を否定し、自分の野望を貫くために戦うことは悪だとわかっている。それでも戦うことはやめるわけにはいかない
気が遠くなるほどの罪と業を背負いながら。敬愛できる仲間たちに支えられながら。
幾多の正義を打ち倒し、世界のすべてを巻き込み。そして最後に戦うのは、やはりあの男だ。
寧人は運命など信じていない。だが、それでも不思議な感情を覚える。
瞬間、寧人の背後から轟音が聞こえた。まるで世界中に立ち込める暗雲を吹き飛ばしてしまいそうな、そんな音だった。
寧人は玉座に腰掛けたまま、首領室の奥のモニタの方を向いている。だから、これは扉が破壊された音だとわかる。
「……来たか。待っていたぜ」
玉座を回し、扉を破壊した侵入者へと向き直る。
生身だ。変身をしていない。そして、それにもかかわらずほぼ無傷だ。
「なるほど」
変身は体に負荷がかかる。ベストの状態で戦うために、その時がくるまで乱用すべきではない。この男はそれを知っている。その上でやってきたのだ。すべてのガーディアンとロックスたちの肩を蹴り、上がってきたのだ。
自分を犠牲にして人々のために戦う優しい男にとっては苦渋の決断だったはずだ。いかに彼の仲間たちが望んだのだとしても、いかにこの男が仲間の勝利と生存を信じていたのだとしても、その実行にはどれほどの決意が必要だったことだろう。
この男は、けして向こう見ずで直情的な熱血漢などではない。堅い意志と優れた知性をもつ正義漢なのだ。
もしかしたら。寧人はふと思った。
もしかしたら、俺とこの男はどこか似ているのかもしれないな。
「いや、そんなこともないか」
寧人は少しだけ笑う。そしてすぐに自分のそんな考えを打ち消し、玉座から立ち上がった。
右肩にかかるマントを翻し、男を正面に見据えた。
そして、湧き上がる闘志と悪意を閉じ込めるように、低く曇った声で告げた。
「決着をつけるぞ。千石転希、いや、ディラン……!」
※※
「いや、ディラン……!」
転希は目の前の男を憎んではいない。
この男は、藤次郎とは違う。
自身の破壊的な衝動と自己顕示欲のみによって世界を壊そうとした藤次郎とは違い、この男はビジョンをもって世界を制そうとしている。
だが、彼の為そうとすることのためには数多くの破壊と悲しみが生まれるだろう。
俺はそれを許すことはできない。だから止める。
それが転希の思いだった。
25年前のあの日、ただの捜査官として創成期のメタリカへ潜入捜査を行っていた転希は、大事なものを失った。ひきかえに、この力を得た。
望んでいたことではなかったが、そのときに決めたのだ。
多くの人が平和に暮らすこの今の世界を守ると、それを壊そうとする悪を討つと。
転希は人間が好きだ。たしかに世界は完全じゃないかもしれない、だがそれでも歴史上最も多くの人たちが、普通に、幸せに生きていけるこの世界は価値のあるものだと信じている。そして人は少しずつでも前進できる。だから世界はこれからもよくなっていくことができるし、いつかは本当に理想的な未来へ向かえるはずだ。そのために自分も尽力してきた。ロックスとして、そして一人の人間として。
だから、そんな世界を『征服』という形で否定し、犠牲を前提とした上で変えることを認めるわけにはいかない。小森寧人は、ある意味では藤次郎以上に危険な男だ。
戦い続けてきた。何度もボロボロになり、裏切られ、それでも立ち上がった。いつしか本来は間逆の目的のために作られたはずの自分の変身体は英雄と呼ばれるようになっていた。
いくら超人的な能力を持っていようとも巨悪を相手にして、すべてを守り続けることはできはしない。
それでも諦めはしなかった。一つ一つの戦いに意味があったし、悪の力を食いとどめることが出来た。そして、何よりも誰かを守ってこれたことが転希の誇りだ。
その戦いの果てに今がある。
自分と同じように、この世界を愛し命を懸けて守りたいと願う仲間たちとともに、決戦に挑むところまでやってきた。
そして、彼らの助けがあったからここまで来れた。藤次郎のあとを継ぎすべての悪を束ねる王の眼前に立つことが出来た。
仲間たちのために、自分自身の願いと誇りのために、この世界を守るために。
千石転希は、黒衣の男をまっすぐに見つめ、迷いなき凛とした声で言い放った。
「メタリカ首領、小森寧人。お前を倒す」
※※
向かい合う二人の男。いつの間にか天井に叩きつけるように降っていた豪雨も止んだらしく、フロアは静寂で包まれていた。
煉獄島メタリカ要塞最上階、首領室。まもなくここで始まる戦いは、文字通り世界の明日を決めるものだ。
沈黙する二人の間の空気が急速に固まっていく。
互いに隙を作らず、ただ決着をつけるためだけに、二人はその動作に入った。
小森寧人は自身のネクタイの結び目に手をやる。
千石転希は右の拳を自身の左肩に近づける。
タイプゼロである転希も、シルエットシリーズの試作体である寧人も『その時』には互いに定めているスイッチのような動作がある。これはメタリカ製の変身型改造人間すべてに共通するものだ。
だが、二人にとってそれは他の改造人間のように単に条件付けや反射として意識を切り替えやすくするために定めたもの、というだけのものではない。
それは男たちがそれぞれの信念を叶える力をその身に宿すための、相反する二つの概念の化身へと変貌するための、決意の表れである。
正義の名のもとに、悪の道の果てに。
「……変身!!!」
二人の男が同時にあげたその声は、互いの魂を込めた咆哮であった。
一瞬。黒い暴風と白い烈風が吹き荒れ、邪悪な光と美しい輝きが室内に満ち溢れる。
そして男たちは消える。
代わりにそこに現れたのは、譲れぬ思いをぶつけ合い戦う、悪魔と騎士の姿だった。
あと3話!
次回「お前は、俺には勝てない」