マルーン5の強さを教えてやる
「かかってこいよ。俺が相手だ」
マルーンブルーに変身した蒼一が、メタリカの改造人間を挑発してみせる。
「グガアアアアアッッ!!!」
それに応じ、高速での突撃で蒼一に迫る一体の敵。通路を削りながら進むその突撃は触れるものをすべて吹き飛ばすほどの重量と速度を持っており、戦車すら砕きかねないほどの破壊力があることが一目でわかる。
だが、仲間たちは誰も蒼一のカバーには入らない。彼の実力への信頼があるからだ。
牛の頭部を持つ怪人の巨体が蒼一に触れる直前、蒼一の体は青い粒子に包まれ、消える。
「!?」
事態が理解できていない怪人、そして直後に怪人の背後に出現する青い光。短距離瞬間移動、蒼一の最も得意とする技だ。
「ノロマが」
蒼一は即座に腰のガンベルトからS-ガンを抜き、怪人の背中を滅多撃ちにする。サイキックパワーを増幅・集中して放つその武器は、マルーン5の新型武器だった。
「! カオルさん!! そこです!!キョリは3メートル!!」
続いてマルーングリーン、レイ・エヴァグリーンがあらぬ方向を指し示し叫ぶ。
「しゃあ!! お任せやぁぁっ!!」
指さす先には何もないように見えるが、指示を受けたイエロー、山吹薫は一切の躊躇いもなく、その方向に飛び込み、何もない空間を思い切り殴りつける。
虚空を殴りつけたように見えるその拳、だが見た目とは裏腹にフロア内には低い打撃音が鳴り響いた。
「が、がはっ……!?」
クリムゾン製と思わしき光学迷彩によって透明化し、こちらを狙っていた改造人間がその姿を現した。
レイのサイコメトリーで敵を察知、そしてサイキックパワーを格闘技に乗せることを得意とする薫が攻撃。そのコンビネーションにはいささかの狂いもない。
「どっせい!!!」
薫が敵を投げ飛ばし、蒼一が蜂の巣にしているもう一体の敵に叩きつけた。
「行くぜ光太郎! みんな!!」
すかさず蒼一が指示をだし、マルーン5が一か所に集結する。
「……ハァァァッ!」
全員のサイキックパワーをマルーンレッド、光太郎に集中させる。
光太郎は握りしめた右拳に左手を添え、狙いをつけ、そのエネルギーを解き放つ。
「ジャスティス・ハンマー!!!」
五人のなかでもっとも強いテレキネシスを持つ光太郎が全員の力を束ねて放つ攻撃的テレキネシス『ジャスティス・ハンマー』。
マスコミが付けたその技名は心を一つにする合言葉となっていた。
マルーン5の放った光の波は二体の怪人を壁面に吹き飛ばし、防弾であろう壁を三枚ほど次々と貫通し、四枚目の壁には大型のクレーターが残った。
圧力にして数トンを下らないその技は、いまだかつて一度も破られたことはないマルーン5必殺の一撃であった。
「……ふうっ」
これでこのフロアは制圧が完了したはずだ。
光太郎は変身を解き、息をついた。
「少しそのままで、みんなの怪我の治療をするわ」
さくらが変身を解いた皆を治療していく。彼女のヒールのおかげで、ここまでマルーン5はほぼダメージを残さず進むことが出来ていた。
「ありがとう、さくらちゃん」
光太郎は幼馴染の少女にそう声をかけつつ、要塞内に残る気配に意識を集中した。
ESP(探知能力)はあまり得意ではない光太郎だが、それでもわかることがある。
この戦いは、もう決着が近い。
メタリカ要塞内に突入した味方の数は多くはなくすでにそのほとんどがすでに戦闘不能となっているが、それはメタリカ側も同じはずだ。
倒れてしまったのであろう仲間たちを思うと胸が締め付けられるようだが、それでも光太郎は足を止めない。ただ、最上階を目指して進み続ける。
それは最終決戦に挑むにあたりシンプルプラン全員で決めたことがあるからだ。
たとえ、誰が倒れようとも、何が起ころうとも、戦いを完遂させる。そして誰か一人でも生き残り、メタリカ首領を倒すことができればそれが勝利だ。
光太郎は戦いなど好きではない。戦士として、優しすぎるといわれたこともある。だけど、悪に屈するつもりはない。
だから走る。唇をかみしめ、涙をこらえ、ただ進む。それがマルーン5のリーダーとしての、ロックスの一人としての自分の使命なのだと、光太郎は決めたのだ。
己の目的のために人々の幸せを壊す者、悪。そんな連中に傷つけられる人をみるのはもうたくさんだ。
わかっている。今あるこの世界はけして完全なんかじゃない。でも自分は神様なんかじゃないから、世界中の人々全員を救うことなんてできない。ならせめて、この目に映る人々を、普通に生きる人たちの幸せを守ってみせる。
傲慢なのかもしれない。でも何もしないではいられない。
超能力を悪用するべく設立された『マルーン』、そこでの洗脳教育には負けなかった。そして同じ超能力者たちの凶行を食い止めることができた。そして今、新たな、最大の脅威に対しても立ち向かう。
「……光太郎、お前、大丈夫か?」
隣にやってきた蒼一が肩に手をやってきた。
いけない。また心配をかけてしまったようだ。
「平気だよ蒼ちゃん」
そうとも、平気だ。僕は一人じゃない。仲間がいる。同じ施設で育ち、ともに同じ決意をもって戦い続けてきた誰よりも頼れる仲間たちがいる。
「……それより、みんなももう気付いてるよね?」
光太郎はマルーン5の仲間たちに問いかけた。
「おう。あれやろ光太郎くん。もう首領が近いで。それに、敵の幹部はもういないはず。ワイらの勝ちやな!」
マルーンイエロー、山吹薫が笑顔で拳を握り掲げてみせた。いつも陽気で前向きな彼には、これまでどれだけ救われてきたかわからない。
「最後まで油断はするな。薫。それに、予想よりははるかにこちらの被害も大きい」
蒼一が薫をたしなめる。光太郎も同感だ。
たしかに戦況はこちらに有利だし、勝機は見えている。だが、作戦前のシミュレーションでは、これほどの激戦になるとは想定していなかった。
ロックスの多くが敗れた戦況は、予想外のものだったといえるだろう。
それほどまでにメタリカは強かった。むき出しの魂を叩きつけてくるかのような彼らの気迫は本物だった。
あれほど多くの仲間が要塞突入もかなわず撤退を余儀なくされたことや、大半のガーディアンが下層階すら突破できなかったことは完全に想定外だ。
まして、一条伴やガンズ&ローゼスの敗北はにわかに信じられない。
僕には、一条くんや岩頭さんが負けたことが信じられない。いや信じたくない。
それが光太郎の偽らざる本音だ。だが、彼らがいなければすでに敗北していただろうというともまた事実である。
そんな彼らのためにも、絶対に勝たなくてはならない。
「……うん。行こう。この戦いを、終わらせるために」
だから光太郎は皆に声をかけ、歩き出した。
散っていった仲間たちが作ってくれたこの勝機を逃すわけにはいかない。
把握している限り、もうメタリカ側でまともに戦えるのは首領だけのはずだ。部隊指揮を行う人間もいくらも残っていないだろう。
それに対し、マルーン5は全員が健在であり、さらにディランという最強のカードを残している。また、わずかに残ったガーディアンたちも別ルートから上層階まで上がってきているという連絡も受けている。
首領、小森寧人。何度か目にしたことのあるあの男は、常人ではない。悪の王たる力を持っている。だが、マルーン5とディランを同時に相手にして勝てる者などこの世界にいるはずがない。
マルーン5は一度小森寧人に敗れた。それもこの煉獄島でだ。
あの男の苛烈な悪意と策略の前に、撤退するしかなかった。
あのとき、あの男を倒していれば。
光太郎はずっとそう思い続けている。だからこの二年間、自らを鍛え続けた。もう二度と負けないために、誰も傷つけさせないために。仲間たちとともに、平和な明日を守るために。
小森寧人を倒し、メタリカを止める。そのチャンスは、いまだ。
光太郎が自身の決意を再確認したその時だった。
〈……き……きこえ……マルーン5!……お、応答を……!!〉
携帯していた通信機から音声が聞こえてきた。このコードは、ガーディアンのものだ。上層階まで上がってきたわずかな生き残り、彼らからの通信であるはずだ。
だが、ノイズが混じり途切れ途切れに聞こえるその声は、あきらかに異常だった。
「!? こちらマルーン5! どうしたんですか!?」
〈救援……を!……! 敵の小隊が……!! もう……8割も……!! 早く!〉
よく聞き取れない。それは爆発音や発砲音によっても彼の声が遮られているからだ。
「!? 蒼ちゃん!! これは……?」
「わからねぇ。だが今のわずかな時間で、上層階にたどり着いていたガーディアンの反応が20は一気に消えた。近くで戦闘が始まっみてぇだ」
蒼一は携帯端末で情報を確認し、焦った表情を浮かべている。蒼一がそんな顔をみせるということは、これは本当に異常な事態だということだ。
「なんでや!? さっきガーディアンさんたちと交信してから数分も立ってへんで!? それがいきなりなんでそんなことになるんや!?」
薫もまた、事態を把握できず声を荒げた。
無理もない。そんなことは、ありえないのだ。救援を要請しているガーディアンはさきほどの怪人と戦う直前に交信した部隊のはずだ。あれから5分程度しかたっていない。
敵の幹部はもう残っておらず、満足に指揮を取れるものもいないはず。
また、もし改造人間や魔獣といった高エネルギーを内包する敵が急に出現したのなら、マルーン5が一人もそれを探知できないはずがない。
ならば、ガーディアンたちは一体何と戦っているのか?
メタリカがそんな戦力を残しているのなら、なぜこれまでそれを使ってこなかったのか。
まがりなりにも煉獄島突入部隊に選ばれたガーディアンは精鋭ぞろいだ。こんなわずかな時間で大幅に損害を受けるということはありえない。
いや、考えるのは、後だ。
「すぐにそちらに向かいます!! なんとか、なんとか持ちこたえてください!!」
通信機に向かってそう叫ぶと同時に、光太郎はテレキネシスで通路の壁を破壊した。サイキックソルジャーとして極みの域に達している光太郎は変身していない状態でも、それができる。
「急ごう、みんな!!」
「ああ……嫌な予感がしやがるぜ……!」
※※
通路の壁を破壊して、あるいは短距離テレポートを駆使することで大きくルートをショートカットし、マルーン5がたどり着いた先は、要塞上層階でももっとも外側に近いフロアだった。
フロアの天井や壁はすでに大部分が破壊されており、上層階にほど床面積が狭くなる要塞の構造上、ここからは夜の曇り空を見ることが出来た。
遠くに見える海から推測するに、高度は300メートル程度だろうか。
「……どうして……?」
光太郎は嘆きの声を上げた。
フロア内にはたくさんのガーディアンが倒れていた。絶命しているものも少なくないようだ。
天井が破壊されたことで明かりがとだえており、立っている者は影しかわからないが、どうやらメタリカの戦闘員のようだった。やはり改造人間や魔獣、サンタァナなどの超兵はいない。
メタリカ戦闘員の数はわずか4名ほど。たったそれだけの数で三倍近い人数のガーディアンを一方的に倒したというのだろうか?
「遅かったな。マルーン5」
立っている影のなかの一つがそう声を上げた。どうやら彼がこの場の指揮官らしい。
怜悧で澄んだその声には、聞き覚えがあった。
「……てめぇ……」
蒼一もまた、光太郎と同じく『心当たり』があるようだ。
「さて、わかっているとは思うが。貴様らは全員ここで死ぬ。この俺の手でな」
男が、一歩一歩こちらへ近づいてきた。
夜闇に浮かび上がるシルエットが徐々にくっきりと形を見せ始める。
男がまとっているのは、メタリカの開発したアーマー・スラスターだった。
ビートルの技術を転用したエネルギー転換装甲と各部位に取り付けられたスラスターの働きで高速での戦闘を可能にするその装備は、非常に取扱いが困難であるとのことだ。
高い運動能力と戦闘技術、頑強な肉体と明晰な頭脳。その全てを兼ね備えた者でなければ性能を十分に発揮できないとされるアーマー・スラスターを完全に使いこなす男は、一人しか確認されていない。
男が握っている剣のような武器は、メタリカ特製のブレイク・ガンブレードのようだ。
最新型であるこのガンブレードもまた取り回しが困難だとされており、これを用いて幾多の実践で戦果を残し続けた者は、一人しか確認されていない。
アーマーもブレードも、実質的にたった一人の男の専用武装とされていたのだ。
『一人』、それが誰か、マルーン5には分かっている。スレイヤーの幹部たちの戦闘画像から一目瞭然だった。
「……生きていたんですね」
光太郎は男に問いかけた。
そう、この男は死んだものだと認識されていた。スレイヤーを率いた二人のうちの一人でありながら新生メタリカのメンバーには加わっていなかったことから、そう考えるのが当たり前だった。
メタリカのトップを争う内部抗争で死亡した。誰もがそう考えていた。そうでなければ不自然だからだ。
「笑わせるな。何故俺が死ななければならない」
男は、そんな光太郎を見下すように告げた。
彼の背後の曇り空が厚くなっていく、それはまるで彼の殺気に天が反応しているようにも見える。
「なるほど。トップ争いで負けて、小森寧人の下についた、ってわけかよ?」
蒼一が彼に軽口を叩いた。
が、彼はそんな蒼一を小馬鹿にするように、鼻で笑ってみせた。
「はっ、勘違いするな。あのとき勝ったのは、俺のほうだ」
その自信にあふれた言葉は、とてもハッタリや虚言とは思えない。
「なっ……? なら、なぜ……」
彼の発言の真意がわからない。ただわかるのは、事実を言っているのだろう、ということだけだ。
「これからすぐに死ぬ者がそれを知ってどうする?」
男の言葉と同時に空が唸りを上げ始めた。厚く発達した雲は雷雲へと変わったようだ。
「……ぼくらは、負けない」
「マルーン5の強さを、教えてやるぜ」
光太郎と蒼一、ほかの三名も戦闘の構えを取る。
「はっ、面白い。だが残念だな? 俺はこれまでも、そしてこれからも誰にも負けることはない」
男が断言と共に放つ殺気は、小森寧人のそれとは種類が違う。
重苦しく押しつぶしてくるようなそれではない。鋭く切り裂くような気迫。
熱く燃え上がるようなそれではない。冷たく凍りつかせるような闘気。
「来い」
男の言葉と同時に、遠くに雷が落ちた。その雷光が、影であった男を照らす。
均整のとれた長身、冷たく整った容貌、鋭く光り輝く瞳、一分の隙もない美しい立ち姿。
池野礼二。その男はまるで、冷たい稲妻のようであった。
バレバレだったかな……。でもボイントは理由なのです。
あと5話で終わり!