それがどうした上等だ
一条伴のメタリカ要塞突入が他のロックスより遅れたのは、意図的なものだった。
伴は自身に宿る自称異星人「ヘイレン」に肉体を貸すことでロックスに変身することが出来るが、その持続時間は6分程度が限界だ。故に連戦には耐えられない。
そこで伴はマルーンブルーである小暮蒼一の助言通りに戦うことにしていた。
先発隊の要塞突入から時間を置けば、要塞内の敵や防衛装置の脅威は軽くなる。そこで、ガーディアンの部隊とともに伴が突入する。
基本的にはガーディアンに身を守ってもらいつつ、強敵が行く手を阻んだ場合のみ伴がヘイレンに変身して戦う。
結果から言えば、これは大変有効な戦術であった。
これには二つの理由がある。一つ目は、ヘイレンがロックスのなかでも一・ニを争うほど強いということ。メタリカにはヘイレンを止められるほどの戦闘力を持った存在はせいぜい3人ほどしかいないことを考えれば、伴たちが止められることはない。
二つ目はヘイレンの持つ特殊能力として生体の損傷をわずかながら回復させる力があるということだ。しかもこれは変身していなくても使用可能である。
突破していくにつれ、負傷して撤退してきた先行のガーディアンたちが目に付く。これを可能な限り回復して一団に加える。最初から同行しているメンバーは減ってしまったが、トータルの人員数はさほど変わっていない。
これにより未変身時の伴は安定して身を守ることが出来る。
「……もう少しだ。もう少しで……!」
伴は通路を駆けながら自分に言い聞かせた。
たしかに伴の戦闘は順調だ。負傷者は可能な限り治療し、危険だと判断すれば撤退をお願いしている。
それでも目の前でガーディアンの人が倒れる光景を何度も目にした。それも、伴自身を守るためにだ。
普通の高校生だった伴にとって、それは本当に辛いことだったが、歯を食いしばって進んできた。
本当はこんなこと、やりたいわけがない。
それでもやると決意した。
それはなんのためか。守るためだ。
実は伴は、世界の危機だという今の事態に対していまいちピンと来ていない。世界なんていう大きな考えかたは本質的には出来ていないとも思う。
でもわかることがある。通っている学校、友人、少し気になっている女の子。
それは全部、今あるこの世界が平和だから存在するものだということだ。
『世界のために』なんて崇高な信念ではないのかもしれない。でも伴には伴の戦う理由がある。
たとえちっぽけでも、大義なんかじゃないのかもしれないけど、それでも、俺は俺の守りたい小さな幸せを、誰にも笑わせやしない。
千石さんにそれを話したこともある。彼は『それでいいんだよ。伴』そう言ってくれた。
俺はただの高校生だ。でも偶然力を手に入れた。その力で守れるものがあるのなら。
〈ああ、感じるぜ! あのときの野郎、ネイトが近い!!〉
脳内に響く慣れ親しんだ声。ヘイレンにしてみれば、別に世界がどうなろうと知ったことじゃないはずだ。最初に出会ったときなどは、伴の行動や感情を理解できないと言っていた彼は、一緒に過ごすうちに人間のことを理解してくれるようになった。そんな彼が、この戦いに付き合ってくれている。
取り付かれた当初は迷惑以外の何者でもなかったヘイレンは、今では伴の親友といってもいい存在だ。
〈勝つぜ! 伴! そんで戻ったらあの子とデートだ!!〉
そう、俺は戦う。このちっぽけな勇気を持って、頼れる相棒と一緒に。
「! 一条くん!! 前方を!」
先行するガーディアンの言葉を受けて、前に視線をやる伴。そこは天上の高い広めのスペースになっており、どうやら先ほどまでは戦闘が行われていたようだ。何人かのガーディアンが倒れている。
破損が目立つ通路や、焦げ臭い匂いから察するに、爆薬によりダメージを受けたようだった。
「……くそっ……!!」
煉獄島攻略要員として配置されたガーディアンはいずれも精鋭ぞろいであり、全員が志願してこの場にやってきている。それぞれ自分の守りたいもののために、だ。それぞれに愛する人だっていたはずなのだ。
それを知っている伴は、メタリカに倒された彼らを見て、平静ではいられない。
〈おい、伴! 何人か、まだ息があるぜ!〉
たしかに、ヘイレンの言うとおり、良く見れば小さく動いている人もいる。ダメージで立ち上がれないだけのようだ。
「! いくぞヘイレン!!」
伴は倒れているガーディアンたちに駆け寄った。
血だらけで息も絶え絶えなようだが、まだ間に合うかもしれない。伴は急いで一人を助け起こした。
「しっかりしてください!! 今、俺たちが傷を……!」
ヘイレンのパワーの出力を調整するのは伴の役割だが、トレーニングも実戦も十分に積んである。発動するのに数秒もかからない。
緑色の発光が伴の全身を包んだ。
そして、次の瞬間。
「ありがたいけど、いらないっすね。なにせ自分でつけた傷なんで」
倒れていたガーディアンがやけに軽い口調でそう呟き、同時に小型のビームガンを抜き、伴の胸元に突きつけた。
〈な……!? 伴! 変われ!!〉
「っ!! 変身!!」
伴とヘイレンは瞬時の意思疎通で即座に変身したが、ガーディアンの発砲はそれよりもわずかに速かった。
※※
響き渡る銃声とビームガンの発光。
成功だ。新名は至近距離からの銃撃の手ごたえを感じつつ、ヘイレンから離れた。
この技は昔先輩も使ったことがあるとのことだが、そう何度も成功するものではない。だが、新名は今この局面なら必ず決まると確信していた。
それは要塞内のカメラが残したヘイレンの戦闘動画を3倍速ですべて確認済みだからだ。時間はわずかしかなかったが、それでも敵の行動パターンを把握していたのは大きい。
「っと、やっぱタフだなぁ。一撃では決まらないか」
銃撃してやった少年が一瞬遅れて緑色の発光に包まれ、そしてその光の中から脅威が出現した。
出来れば一撃で終わらせたかったが、そうもいかないようだ。
新名の眼前にはすでに変身を完了させたヘイレンが腹部を押さえて立ち上がっている。
「てめぇ……! 汚ねぇ真似をしやがって……!!」
どうやら未変身時に食らった攻撃でも、変身すればある程度は回復するらしい。人間なら出血多量死OR失血死しかねない位置を撃ち抜いたはずだが、ヘイレンはダメージはあっても戦闘不能の状態ではないようだ。
怒りに燃えるA級ロックス。その背後にはガーディアンの集団。
やべぇなこれ、死ぬかも。
新名は普通に怯えた。背中を汗がつたわり、ソニックボードでとっとと逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
だが、逃げない。逃げるわけにはいかない。倒れた仲間がいる。目指すものがある。決めたことがある。
ヘイレンやガーディアンだってそれは同じだということは新名にもよくわかっている。だから、戦うしかない。
「汚い真似?」
だから、新名は不敵に笑って立ち上がった。
「外道が!! 相手してやるから覚悟しろ!!」
ヘイレンが怒りの声をあげ、手が輝き始める。そこからエネルギー波が放たれるのだろうし、それが直撃すれば一瞬で全身の骨が砕かれ、即死するだろう。
だが、立ち上がった新名は後ろを見せることはしない。
辿ってきた道は、柄にもなく熱くなったこの気持ちは俺だけのものだ。
ロックスは正しい。ヘイレンが激高するのも当然のことだ。
でもそんなこと俺には関係ない。俺は最初から正しいとか正しくないとかどうでもいい。
「はぁ? だからアンタらは甘いって言ってんすよ。……俺はメタリカなんだぜ? 悪いことして、何が悪い!!」
憧れた男の魂の言葉を受け継ぎ、強く強く吼える。
メチャクチャな言葉だ。ギャグかよ。そうも思う。でも、これが俺たちの有り方だ。そうやってここまで来た。そして必ず勝利する。俺たちが目指すものを、誰にも阻ませはしない。
「へっ、そうかよ……ならこっちも容赦しねぇぜ!! お前、まさか俺『たち』に勝てるつもりじゃねぇよな。ああ!?」
新名の言葉を受け、ヘイレンは完全に戦闘態勢に入ったようだ。
たしかにヘイレンの言うことはもっともだ。行動限界時間はあるとはいえ、ヘイレンは強い。飛行能力にエネルギー波、さらに銃撃を受けても致命傷にはならない頑強な肉体、とても改造人間でもなく特殊な能力を使えるわけでもない新名が勝てる相手ではない。
「撃つぜ! 伴!!」
続いてヘイレンが独り言のように叫び、直後にその右手から帯状のエネルギー波が放たれた。
「!……っと」
予測はしていた。新名はヘイレンの攻撃よりも一瞬だけ速く地を蹴り、ソニックボードの出力を最大にした高速移動でエネルギー波を避ける。
紙一重、まさに数センチ程度遅れていれば右腕を吹き飛ばされていたであろう一撃だった。新名がさきほどまでいた場所の後方の壁は木っ端微塵に粉砕されている。新名の動きがわずかでも遅ければ死んでいた。わずかでも早ければ射角を修正されやっぱり死んでいた。
あぶねぇ。冗談だろアレ。殺す気かよ。いや殺す気なのか。新名はそう思いつつも不敵に笑ってみせる。
「どうしたんすか? 俺を倒せるんじゃないんすか?」
「……っの野郎!!!」
挑発に乗ったヘイレンが次々と放つエネルギー波は、すべて一撃でも直撃すれば即致命傷となるものだった。
「……!!」
連射される驚異的で攻撃的な閃光。
もう軽口を叩く余裕などない。新名は自身の持つ素早い思考能力をフル回転させて射線を読み、反射神経を限界まで駆使してボードを駆る。壁を走り、跳び、回転し、ときにヘイレンの後方に待機しているガーディアンたちを盾にすることで狙いを外し、正義の光を避け続ける。壁や通路がことごとく粉砕されていく。
これは、新名以外の一般的なメタリカ戦闘員なら一撃たりとも避けることは出来ないものだろう。故に、新名はあえて部下とともに戦う選択を取らなかった。
当然、新名も余裕があるわけではない。むしろ逆だ。一撃一撃に全力を尽くし、限界スレスレで避け続ける。一撃でも食らえば即終了。
極限の緊張状態は新名の精神力を体力を奪い続けていく。
「……はぁ……はぁ……で、あたらないみたいだけど? それはいいんすかね?」
だが、それを悟られるわけにはいかない。
速射砲のごとき攻撃のわずかな切れ目、新名はさらにヘイレンを煽った。
「それに、別にこっちからだって攻撃できるんすけど」
小型ビームガンでヘイレンを撃つ。
「しゃらくせぇっ!!」
だが、ヘイレンはもはやこれを避けることさえしない。新名が放った細い光の束はヘイレンの肉体に触れた瞬間に消滅。軽症程度のダメージを与えるものに過ぎないようだった。
無論、もっと重い、大型の火器を使えば別なのかもしれないが、それでは今度は新名がヘイレンの攻撃を避けられなくなる。
「どうだよ? お前は避けるのが上手いかもしれねぇが、俺はそもそも痛くもなんともねぇ。……俺の変身限界時間まで避けつづけるつもりか?」
「さぁ? あと4分21秒くらいっすか? そういえば」
実は、ヘイレンの言葉は半分だけ的を射ている。ヘイレンには変身限界時間があることは有名な話だし、おそらくそれを迎えればさきほどの少年の姿になるのだろう。新名の狙いはそこにある。
「残念だけど無理だぜそれは。言ったろ。俺『たち』に勝てるつもりか、ってよ……変わるぞ。伴!!」
ヘイレンは少しも新名に脅威を感じていないようだった。そして、何者かに呼びかけるようにそう叫び、直後再びその体が緑色の発光に包まれた。
「……なっ!?」
事態の把握が遅れた新名に放たれる『光』撃。
その光はこれまでよりも威力や大きさが小さく、だが変わりに比べ物にならないほどに正確で速い。
「しまっ……!! うわあぁぁぁっ!!」
その一撃は新名の肩口を貫通した。血が吹き出し、激痛が走る。
「……もう、退いてください……!」
さらに放たれたのは今度は帯状のビームではない。より面の広い、壁のような衝撃波だった。
ビームほどの殺傷能力はないのだろうが、避けることは極めて難しいその攻撃が新名を吹き飛ばす。遥か後方の壁に叩きつけられ、吐血する。
「……げほっ……がはっ……?!」
混乱する新名にゆっくりと近づく『ヘイレン』はさきほどまでとは少しだけ形状が違っている。
「……もう終わりです。貴方では俺『たち』には勝てない」
その声は、今まで戦っていたヘイレンのそれではない。それより前のあの少年の声だ。
「俺が表に出れば、出力は落ちる代わりに繊細なコントロールが可能になるんです。もう、簡単には避けられませんよ。それに、変身限界時間まで貴方と戦うつもりもない。俺は貴方を倒さなくても先には進める」
優しげな、だが断固としたその声は新名もこれまで何度も聞いた者たちと似ている。
守る者のためにどこまでも強くなる、英雄の声だ。
瞬間的に理解する。『ヘイレン』は二人組なのだ。どういう理屈なのかは知らないが、一見普通の少年のように見えた彼もまた、勇気と優しさを兼ね備え戦う強敵だったのだ。
二人で一つ、超常の力と正義の心を持った英雄。それが『ヘイレン』なのだろう。
ダメージを受けて座り込み、変身限界時間まではまだ四分近くもある。そもそも、交戦によって新名は『倒すまでもない相手』と認識されてしまった。避けることしかできないのだから、無視して先に進めばいい、というわけだ。
「……行かせはしないさ。たしかにアンタらは強いよ。俺よりも遥かに強い。でも、俺たちは、それでも負けない」
新名は座り込んだまま、強敵を睨み返した。
強い? それがどうした。全力を尽くして戦うということは『力で相手を制する試み』と同義なんかじゃない。新名はそれを知っている。
戦うということは、考えること、覚悟を決めること、誇りを貫くこと。
先輩が、ツルギさんが、池野さんが教えてくれた。だから俺は。
新名は、自身の体の奥にある何かが燃えていく感覚とともに、立ち上がった。
「……なら」
ヘイレンが戦闘体勢をやめ、先へ進もうとしたそのときだった。
「ぐわっ!!」
向かい合う新名とヘイレンから少し離れた場所で銃声とうめき声が上がる。これは新名が用意していたことだ。
「なっ!?」
ヘイレンは新名から視線を外し、振り返る。そこには血を流して倒れているガーディアンの姿と、それにより警戒態勢を取る味方たちが見えるはずだ。
何故唐突にガーディアンが撃たれたのか、この場には敵となる存在は新名しかいないはずなのに。 と思ったか?
新名にはヘイレンが考えていることは手に取るようにわかる。
「……少し考えてみたら?」
新名は不敵に笑ってみせる。
「な……?」
「さっき俺はガーディアンに化けて君を撃った。 同じことが出来ないとでも? 君はここに来るまでに何人のガーディアンを助けてきた。それは本当にガーディアンだった?」
新名はヘイレンをあざ笑い、そしてヘイレン以外の誰にも聞こえないよう囁くように告げる。
「理解できないなら教えてあげようか。今発砲したのはお前が引き連れてきた『ガーディアン』の中の誰かだ。9名のうち3名はメタリカ戦闘員が紛れている」
「……どういうつもりですか?」
ヘイレンの声に迷いが見えた。その瞬間を新名は逃さない。
「別に。ただこれから先、君の仲間たちは潜ませたこっちの手下による不意打ちで次々倒される。そして君は今度変身を解いた瞬間に滅多撃ちにされて死ぬ。それだけさ」
言い切る。説得力というのは、そうやって生まれるものだ。それを教えてくれた人がいた。
「……なんだって……?」
「そして君には誰が本物のガーディアンなのか知るすべはない。いいんじゃね? 無防備のところを殺されたくなければ、君の手で全員皆殺しにしておけばいいじゃん」
淡々と、あくまでもクールに淡々と、だ。
新名は冷酷な表情を作ってみせる。そしてなるべくゆっくりと喋る。錯覚を与えるためだ。
本来ならば、煉獄島に突入してくるような精鋭であるガーディアンが互いの識別方法を持っていないはずがない。
だが、それに瞬時に気がつくことが出来るか?
なにせついさっき偽者である俺に撃たれたばかりなのだから。
さらに言えば、ヘイレンは強すぎる。いままで一度たりとも戦闘で相手の裏をかいたり、読みあいを制したことはないはずだ。そんな必要はないからだ。
「あるいは、俺も味方も全部無視して先に進めばいい。その場合、残った君の味方は俺が漏れなく皆殺しにしとくよ。君の攻撃を避けられるほどの俺が、他のザコに負けると思う?」
考える隙を与えない。意図的に選択肢を提示する。これは『ほかに選ぶ道がない』と誤認させるためだ。
「やめてください!! そんなことをしてなんになるって言うんですか!? 死んでしまう人が増えるだけじゃないですか!!」
ヘイレンの動揺が手に取れる。ここからが勝負どころだ。
「やめてください? 嫌に決まってるっしょ。止めたければ俺を倒せばいい。俺は作戦を無視したら殺すってことでガーディアンもどきの戦闘員を動かしてる。俺が死ねば降伏するかもね」
ここからだ。
あと3分12秒。なんとしても逃げ切ってみせる。
「……話しても、無駄なんですね」
「あー、そう無駄。じゃあ、まあ頑張ってちょ」
言うが速いか、ソニックボードを再び起動させ、疾走する。
直後、ヘイレンもまた衝撃波やエネルギー波を放ってくる。
一撃一撃の威力は最初よりも低い。だが精密なその攻撃は新名の才を持ってしてもそう避けられるものではない。しかも、先ほどまではヘイレンを見守っていただけのガーディアンたちすら攻撃に加わってくる。
「舐めてんじゃ、ねえええっ!!!」
だが、新名は気合の雄たけびとともとともに回避行動を続行する。
直撃だけは許さない。代わりに、肩に、腕に、腹に、足に。体のあらゆる部位を削られるようにダメージを受けていく。
爆風の衝撃や飛び散る破砕物も容赦なく襲ってくる。
ときに壁に叩きつけられ、熱で髪を焼かれる。
全身が血で濡れていき、骨の数箇所にもヒビが入っているのがわかる。
痛くてたまらない。体温が落ちてきているのもわかる。もう、いつ体が動かなくなっても不思議じゃない。
それでも新名は諦めることはしない。
一瞬でも気を抜けば死という状況にあって、あくまでも冷静に逃げ続ける。
破砕音と眩しい光の爆発が連続して起こるなか、猛スピードで飛び回り続ける。
「……っ!!」
無様だということは新名にもわかっている。ハッタリを混ぜて相手を挑発し、やっていることはただ逃げているだけ。それも相手の体力切れを狙うという姑息極まりない選択によってそれを行っているのだ。
だが、これが命をかけて戦うということだ。正々堂々戦え、なんていうのは強者の傲慢だ。悪は違う。どんな手を使ってでも勝つ。
命と魂を削るような、果てしなく長く思える時間が過ぎていく。
「……あと、少し……だ……」
あと数秒。数秒持てばそれで勝てる。新名がそう思った瞬間だった。
「これで……っ!!」
ヘイレンは横なぎに腕を振った。そこからは横一文字の光が放たれる。
長く横に伸びたまま、通路の壁と瓦礫などの障害物を切り裂き、まっすぐに新名に迫るその刃のような波動は、これまで一度も撃ってこなかったものだ。
「……ちっ……!!」
想定外のパターンによる攻撃、スペースいっぱいに広がるその光の刃をかわすには、大きく上に跳ぶしかない。新名はその後に迫る危険性に気がつきつつも、高く跳躍した。
「……終わりだ!!」
ラスト2秒。ヘイレンは右腕をかざし、空中の新名に狙いをつけた。
跳躍した新名はそれ以上身動きをとることが出来ない。ソニックボードの風圧はあくまでも接地面が近くなければ大きな機動力を生むことはない。
また、上昇した物体は頂点で一度停止し、そのまま落ちるだけだ。
「くらえっ!!」
ラスト1秒。ヘイレンは最後の一撃を放ってきた。これも今までとは違う。大型の球体のような光の塊だ。攻撃面積が大きく、跳躍の頂点にたっするタイミングで放たれたそれは、とてもかわせそうにない。
「……あーあ、やっぱ、ダメか……」
新名は自分の命が消えようとする直前であるにもかかわらず、少し感心した。
この戦いのなか、ラスト数秒まで温存していた攻撃パターンを勝負どころで撃ってくるというのは並のことではない。確実に勝利するための策だ。これはあの少年によるものなのだろうか。
逃げ疲れた新名の体力も思考力も限界に近く。もっとも防御力が低くなっているその瞬間を狙って、もっとも命中率の高い攻撃を繰り出してくるロックスは、強い。その光の球は悪を葬る彼の必殺の一撃なのだろう。
だが。
「……ウオオオオオオオッ!!」
新名はコンマ数秒という一瞬で、行動に出る。
右足にかけていたソニックボードのロックを解除し、斜め下に前方に蹴り飛ばす
乗り手を失ったソニックボードは空をすべる。そして光球に飲み込まれる直前、さきほどまで乗り手だった男によってジェネレーター部を撃ち抜かれ、爆発する。
新名はジャケットを広げ、爆発の風圧を受け止めほんのわずかだけ、空中を移動する。
そして。
「あいにく俺は……天才なんでね……!!」
光球を間一髪で避けた新名が見下ろすのは、『信じられない』という顔をしてこちらを見つめる少年の顔。それはそうだ。彼はこの温存していた一撃で、勝てるつもりだったのだ。だからこそ誘いにのったのだろう。
彼の変身は今の一撃で解けていた。
新名はそれを確認すると、即座にジャケットの懐から小型のプラズマボムを取り出す。
ヘイレンが健在であれば消し飛ばすなり、バリアを張るなりして対応可能なそれは、今この場この局面では最大の効果を発揮する。
上空にいる自分、下方には敵の集団。この攻撃のために高さのあるスペースでの戦いを挑んだ。
ヘイレンは気がついていないが、そもそもガーディアンには誰もこちらの者を紛れさせてなどいない。最初の狙撃を少々工夫しただけだ。射撃の名手でもあるアニスに依頼し、遠距離から跳弾を用いた狙撃を行ったにすぎない。
この場に一人で出向いたが故に出来る攻撃。自分以外のすべてに対する広範囲無差別攻撃。
仲間に化けての不意打ち。同士討ちを疑わせた上で混乱を誘う。相手が戦力を失うまで逃げ続け、無力になった相手に一方的に攻撃を与える。一人残らず皆殺し。
少し笑ってしまう。外道にもほどがある。でも。
「……外道、それがどうした……! 上等だぁぁぁぁっ!!!」
新名は雄たけびをあげ、同時にプラズマボムを投げつけた。もちろん、コントロールに狂いはない。
眩い光と轟音がメタリカ要塞内に響く。
それは一人の男の、燃え上がる魂が起こした爆発だった。
要塞内の一角を外壁もろとも吹き飛ばし、その場のすべてを光のなかに飲み込む。
一瞬あの少年の内部からヘイレンの姿をしたオーラが現れ、少年を守ったように見えたことを除けば、その爆発は、すべて新名の計算通りの結果であり、勝利の一撃だった。
「ガハッ……!」
新名もまた、爆風の余波を受けて弾き飛ばされ、受身をとることも出来ず床に落下し、したたかに全身を打ちつける。
「……あー、これ……ガチで、やべ……」
倒れ賦した新名は消え入りそうな声で呟いた。意識が遠くなっていくのがわかる。
さきほどまでの戦闘ですでに体中がボロボロだ。肺にささった肋骨のせいか、吐血もひどい。
今の落下のせいで骨もさらに折れたようだし、裂傷や火傷の箇所は数えるのも面倒くさい。
もう、一歩も動けない。
そんななか、新名はわずかに顔だけを動かし、さきほど戦闘の現場であったスペースに目をやる。瓦礫と炎に包まれ、スプリンクラーの雨が降りそそぐそこには、動くものは一人もいない。
ガーディアンもヘイレンも倒しきることが出来たようだ。首領へ迫る敵を、食い止めることが出来のだ。ヒーローを相手に、勝つことが出来たのだ。
体は痛くてたまらないし、頭を使いすぎたせいでフラフラする。それでも、新名は笑った。
「……へ、へへ……」
目指すもののためにともに戦った仲間に誇れる気持ちだった。
初めて俺を真剣にさせたものは、あの背中は。俺を、すげーヤツにした。
だから後悔なんかない。全力で走った先にあるもの、その世界のために命をかけたことに、自分でも不思議なほどに満足していた。あとは、あの人が勝ってくれる。そう信じている。
「ニーナ!? ニーナ!? しっかり、しっかりして!! 死んじゃイヤだよ!!」
いつの間に駆け寄ってきてくれたのだろう。ふわりといい香りがした。
ああ、アニスさんか。この人がふられたってのは、マジで理解できないな。あと、サーセン。俺、もう返事も出来ないっす。
目を開けている気力すらすでになく。新名は瞼を閉じた。
「どうっすかね……? 俺、やれましたかね……? 先輩、みたい、に……」
新名は小さくそう呟き、眠りについた。
――ヘイレン、消滅――
――一条伴、変身能力を失い戦闘不能――
――メタリカ首領補佐筆頭 新名数馬、気絶。アニス・ジャイルズの適切な処置により、生存――
あと6話
次回「マルーン5の強さを、教えてやる」