俺って天才っすから
ここも長くなったので二話に分けます。
新名数馬が防衛にあたっているポイントはメタリカ要塞内でも上層に位置する階であり、首領室へ至る二つのルートの一つだ。
首領である寧人の本来の構想では新名が戦闘要員として加わる予定ではなかったところを自ら志願して配置についている。
結論から言えば、これは正解だった。いやむしろ、こうしなければどうなっていたことか、と新名は思っている。
「6番から8番隊、ポイント25に移動!! 床を破壊、そのまま階下に向けてプラズマボムを投下っす!!」
新名はグラスモニタで敵の状況を把握し、インカムを用いて守備隊に指示を出す。
了解、と即座に部下たちは動く。
「……ちっ、ちょっと突破されたか。なら……俺が敵をひきつけて攻撃ポイントまで誘導します、みなさん一斉に攻撃ヨロ。んでアニスさん、今から20秒以内に俺が戻らなければ、すぐに東側をすべて爆破でお願いっす」
必要に応じて新名自らがソニックボードを操り戦場を駆ける。
自慢じゃないが、いや自慢だが、新名は自分ほど素早い思考能力を持っている人間を他に知らない。ついで言えば、人が想像しないことを瞬時に思いつくセンスも、あのソニックユースの技術を流用したクリムゾン特製のソニックボードを乗り回せる器用さも新名しかもっていないものだ。
これまではこの力を組織の運営や上司のサポートで使うことのほうが多かったが今は違う。
それほどまでに、この戦いはギリギリのものなのだ。
新名はさほど戦闘は好きではないし、痛いのも疲れるのも面倒なのも嫌いだ。
だから戦闘の場において新名自身がこれほどまでにフル稼働するのは初めてのことだった。当然、怯えもするし、消耗もする。
だが、いくらサポートが主体だったからといって、新名が潜り抜けてきた修羅場は伊達ではない。最下層から頂点まで登りつめる激闘のなかで、その中心人物を支えてきたのは他ならぬ俺だ。いつも日本刀を持っている渋い兄貴分からはイヤイヤながらもすこしは手ほどきも受けている。
俺はもう、いっぱしの悪党なんだ。だから簡単にやられはしない。それが新名の思いだった。
今どき流行らない男くさい世界、荒唐無稽な先輩、目指すもの。
めんどくせぇな、と思いつつも、ガラにもなく熱くなった。
器用でなんでも出来る、故に何に対しても『本気』になることが出来なかった自分が、気がつけば全力だ。なにせそうじゃなければ途中で終わっていたし、なによりあの背中が俺をそうさせた。
そしてこれが最後の戦いになる。
いつもどおり、いやいつも以上に限界ギリギリの戦い。あるいは限界を超えなくては勝てない勝負。
肌がひりつくような緊張感の向こうには、あのやべー先輩が目指したゴールがある。どこまで行くのか見てみたいと、初めてそう思った背中が前を行くのなら、俺だって。
「……っと! よっ、ほっ! ……うりゃぁっ!!」
誘導していたガーディアンの隊から一斉に撃たれた弾丸、ソニックボードを巧みに操り、トリックを決めて間一髪でそれらをかわす。
壁を走り、跳躍し、回転し、疾走する。閃光が体スレスレを通り抜けていくが、焦りはしない。その一方でタイミングを見計らい戦況も確認し、的確な指示を飛ばす。
狙い通り仲間たちの待ち受ける地点まで誘導を完了し、一網打尽にする。
「うーん。俺って、やっぱり天才だな」
ボードをスライドさせてブレーキをかけ、片足をついて自画自賛。正直言うと死ぬかと思ってヒヤヒヤしたが、ポーカーフェイスの達人が身近にいたので、それもちゃんと身につけている。
新名はすでに数十分も思考をフル回転させ、戦場を駆け回り続けている。まさに八面六臂の大活躍といえるだろう。体力は消耗しているが、運よくここまでやってこれたガーディアン程度なら遅れをとることはないだろう。
勝つ。そしてまた祝杯を挙げてやんよ。先輩とツルギさんと、みんなと。
そんで俺はプライベートも充実する予定だし、ご祝儀はたっぷり弾んでもらって豪遊する予定でもある。変わった世界を楽しんで生きてやる。それが出来なきゃウソだ。
戦いながらもこんなことを考えられるのが、新名数馬と言う男だった。
「と、ちょっと休憩」
今の攻防でしばらくは大丈夫だろう。そう判断した新名はドリンクに手を伸ばした。そのときだった。
〈聞こえるか、新名〉
不意にインカムに聞こえてきたのは先輩であり首領でもある男、小森寧人の声だった。
「? どーしたんすか? 先輩。こっちは今のところ状況に変化はないっすよ」
全体の戦略はすでに首領によって決まっている。だから一度戦闘が始まってしまえば、局地的においては現場での判断がもっとも優先する、というのがこの戦いの決め事だ。
だから戦闘中に直接寧人から連絡が来るということは事態の異常を示す。
〈下層階から、ガーディアン複数を伴って凄まじいスピードで上がってくるやつがいる。突入は遅かったみたいだが、もう間もなくお前が守るエリアまでやってくるぞ。用意をしておけ〉
寧人の声はすでに平時の優しげなものではない。冷静で非道な王のそれだ。その寧人が直接連絡を入れるということは、かなり大きな危険が迫っている、ということであり、それはつまりこういうことだ。
「……ロックスっすね。どいつっすか?」
一口ドリンクを飲み、平静に聞き返す。そりゃ来ないならこないほうが良かったが、まあ仕方がない。それが嫌なら最初から戦場には出ていない。
〈一条伴。……ヘイレンの変身者だ。短時間の変身を繰り返してこちらの戦力を次々と撃破している〉
とはいえ、やや勘弁してほしい内容だった。
「げ、マジっすか」
ヘイレンといえば、数少ないA級のロックスだ。と、いうことはラモーンやビートルよりは上で、あのソニックユースやスリップノットと同格の脅威ということになる。
さらに言えば、ヘイレンは戦闘能力のみならディラン並とも言われている。ロックスと直接戦うのも初めてなだけあって、非常にハードな状況といえるだろう。
「……あー、やべーなー……ま、仕方ないっすね。やるだけやってみます」
軽口のように聞こえるかもしれないが、これは本気だ。
〈……頼む。それから、新名〉
ふと、寧人の声の調子が変わった。新名のほうからはあえて聞かなかったことを言おうとしているのだということが直感的にわかった。
〈ツルギが特別分室とリョクヒを討ち取った。……そして、死んだ〉
伝えられるその内容は予想が出来る範囲で、最悪のものだった。体の奥のほうに何かが突き刺さったかのような、錯覚を覚える。
だが。
「……そうっすか」
新名はそれだけ返した。
言葉は要らない。
詳しい説明など聞かなくてもわかる。あの人がどう戦い、どう死んだのかなんて。
「……じゃあ、俺、戦闘の準備に入ります」
〈ああ。任せたぞ〉
短いやり取りを終え、新名はヘイレンを迎え撃つ準備を始めた。
「ニーナ? どうしたの?」
事情をまだ知らないアニスが新名の顔を心配そうに見つめてくる。
「え? ああ、いや、別になんでもないっすよ」
新名はすぐに思考を回転させ、強敵を倒すための策を練る。それが今出来ることだ。そしてツルギさんだって、そうしてほしいはずだ。
「……なんでもないって……でも、ニーナ」
「大丈夫っすよ。ほら、俺フツーっしょ?」
新名は思っていた。
流石はツルギさんだ。パねぇ。ガンズ&ローゼスとリョクヒ、トップクラスの戦闘力を持つ二組のロックスをたった一人で倒すなんてマジでパねぇ。あの人のことだ。どうせ超クールにカッコよく死んだに決まってる。ベンケーとかテンイとかあの系列だ。激シブだ。
あーあ、今度は大吟醸を奢ってもらう予定だったのに。ずりー。
ってことは、こっちはかなり勝利に近づいたわけだ。
ガーディアンの数も相当減らしてやったし、部下たちの働きでロックスだってもう数人しか残っていないはずだ。
そして今この場にもやってくる敵がいる。
なら、やってやるさ。俺だってやってやる。
閃いた作戦を実行に移すべくテキパキと準備を進める新名に、アニスはなおも心配そうに声をかけた。
「……でも、ニーナ、泣いてるヨ?」
「……えっ?」
アニスの言葉に、新名は自分の頬に手を当てた。
そこには、たしかに雫があった。
「……はははっ。マジだ……」
新名は少しだけ驚いた。そういえば、目が痛いわけでもないのに涙を流すようなことがこれまでの人生であっただろうか。
俺は多分、とても冷めていた。だけどなにせ優秀なので、あのままメタリカと係わらぬまま生きていればそこそこの人生を送れたはずだ。だけどあるときから俺は違う道を進んだ。
ちょっとばかりファンクすぎる人生になっちまったけど、俺はそれに本気だったんだ。本気だったから仲間を敬愛していた。
とても大事に思えていた。
だから、こんなに涙が出るんだ。
新名は涙を拭わない。それはそのままだ。だってそれが本当の気持ちの表れだから。
「……はは、まあ、でもほら、俺って天才っすから」
でも泣いてるだけじゃない。あくまでもやるべき準備はパパッとすます。一度に沢山のことが出来るのも、俺の数多い売りの一つなのさ。
新名は心のなかでそう嘯き、涙を流しながらも強敵を迎え撃つ準備を完了させた。
かかって来い、英雄。復讐だなんてダセーことを言うつもりはないさ。元々悪いのはこっちだし?
だけど、お前らを倒して進む。この世界を変える。
それが、あのイカれてる先輩が見せた背中が、この俺にもたらしたもの。新名数馬が見つけた『本気』でやりたいことだ。
あと7話くらいで完結です。