天国に行けるような男じゃねぇから
「くそっ!! 散開だ!! いいかてめぇら!! 覚悟を決めろ!! 最後の一人になってもだ!!」
岩頭もまた、瞬時に的確な対応をしてくる。もはや双方、犠牲無しで勝てるような戦いではないということが彼にもわかっているらしい。
だが、それでも退くことはない。
「了解……!!」
隊員たちもまた、その事実を知りつつも、誰一人逃げ出しはしない。
互いに譲れないものがあるのなら、戦うまでだ。
「ハアアアアッ!!」
飛び掛るファングシルエットに対し、全員が動き、攻撃対象を散らしてきた。
だが、ツルギが戸惑うことはない。どの道、彼らは全員倒さねばならないからだ。
一人に狙いをつけて突進し、切り裂き、燃やす。
「……この野郎おおおおおっ!!」
その隙をつかれ、別の隊員から掃射を受ける。
変身体である今、いかに特性の光力強化弾といえどもそれがすぐに致命傷になることはないが、一撃一撃がツルギの肉体を破壊していく。
「……フンッ!!」
それでも、片時も攻撃の手は緩めない。次の相手に狙いをつけ、炎の斬撃を衝撃波として飛ばす。
室長である岩頭を狙わないのは、彼らには岩頭を囮としたやっかいなフォーメーションがあることを見抜いているからだ。
衝撃波を放った直後に、背中をプラズマエッジで斬りつけられる。
斬りつけた相手を叩き伏せる。
その間にも、別の相手に銃弾をぶち込まれる。
それは無視し、さらに別の敵を殴りつける。
そんなことが、延々と繰り返される。
ツルギは回避行動を取らない。何故なら、攻撃を避けるときの隙を集団である彼らが見逃すはずがないからだ。守りに入れば連続で攻撃を受ける可能性がある以上、それは出来ない。ファングシルエットへの変身は短時間しか行えず、そしてもう一つ別の観点からもあまり時間をかけるわけにはいかないからだ。
叩きつけ、切り裂き、撃たれ、殴り、斬られ、焼く。
戦闘空間となった通路の床や壁が次々と破壊されていくその凄まじいまでの激闘は、二分間に及んだ。
「……お前で、最後だな」
残ったのは、体中に傷を負った狼と、仲間をすべて失った正義の二人。
互いに満身創痍の体を立たせておくのがやっとといった姿だが、その目に宿る輝きはいささかも曇ることはない。
「……ああ。あの世に行ったら、みんなに詫びねぇと、な」
「退却を指示しなかった事を、か?」
ツルギの言葉に、岩頭は首を振る。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。そんなこと言ったら俺が殴られてたさ。……てめぇに挑んだことは誰一人後悔しちゃいねぇ」
岩頭の答えが、ツルギにもよく理解できた。
「……許せ。失言だった」
あの者たちの気迫は本物だった。全員が自分の意志で、命そのものをぶつけてきた。それは、誰かが強制できるようなものではない。ガンズ&ローゼス、彼らは全員が信念のために戦う武人だったのだ。
「……詫びるのは、首領のところまではたどり着けなかったことだ。だが、てめぇだけは倒す」
メタリカの幹部であり防衛の最大戦力であるツルギをここで討てば、それは他の者に助けになり、メタリカの士気を落とすと信じての言葉だった。
岩頭もまた、最後まで折れることがない。
「来い。岩頭タツヒト」
ツルギは場にそぐわない笑みを浮かべると、ヒビの入った大剣を構えた。
足を引きずるようにして、互いに間合いを詰める。
「特別分室の、名に……かけて……!!」
必殺の間合いに両者が踏み込み、そして。
二人は静かに交差し、一人が倒れた。壮絶な戦いの幕切れは、あまりにもあっけなかった。
「……見事だった。ガンズ&ローゼス」
ツルギは、倒れふした岩頭タツヒトを見下ろし、敬意とともに短い黙祷を捧げた。
ファングシルエットに変身してなお、紙一重の勝利だった。自分でなければ、敗れていただろう。それほどまでに普通の人間であるはずの彼らは強かった。見事としか言いようがない。
そして、彼らはある意味、目的まで達成することが出来たといえるだろう。
「……ふっ」
ツルギは強敵の成し遂げたこと、そして自分がこれから立たされる境地に対し、笑った。
それは、他の誰でもない。ツルギにしか出来ないことだ。
「来たようだな」
顔を上げ、通路の奥に視線をやる。
ガンズ&ローゼスとは別のルートからこちらにやってきた者は、ほぼ無傷だった。
「……間に合わなかったか。すまない。岩頭殿」
声の主は自身の到着が遅れたことによってガンズ&ローゼスが全滅したことを悔いているようだ。
忍びの頭領の割には、情に厚い性格のようだ。
二組のロックスを同時に相手にできるはずもなく彼の通ってきたルートは過酷な防衛網を設置していた。
それを考えれば、事態の異常を察したこの男は本当に全力で駆けつけてきたのだろう。忍術とかいう奇妙な能力と、高い戦闘技術を持つこの男が到着するのは、予想よりも遥かに早かった。
「……メタリカ副長ツルギ殿とお見受けした。覚悟を召されよ」
仮面の忍者リョクヒの射抜くような視線が突き刺さる。
もとよりそのつもりはないが、ツルギには撤退することも傷の治療をすることも不可能であった。
ガンズ&ローゼスの猛者たちとの戦いで消耗しきったこの体は、限界に近く。もはや変身も数秒も持たない。肉体の崩壊すら始まっている。
ヘイレンやマルーン5に並ぶ上級ロックスであるリョクヒに対し、戦う手段はもういくらも残されてはいない。
それはわかっている。だが、それでも退くことはない。自分が敗れれば、主君への道が開かれてしまう。まして、まだディランの姿すら確認できていないのだ。
文字通り『死んでもここは通さない』
「ふっ」
ツルギは笑った。
覚悟? そんなものはとっくの昔に出来ている。
岩頭、お前は見事に意地を貫き通した。ならば、俺とて同じことだ。
主君の覇を叶える、そのために戦うのが俺の誇り。その誇りは、誰にも砕かせはしない。
「言っておくが、俺は簡単には討ち取れんぞ」
見せてやろう。この俺の、ツルギ・F・ガードナーの、最後の力を。
※※
寧人のいる首領室では、要塞内外の各エリアの戦況が音声と映像で確認できる。
それにより、寧人はベナンテ率いる野戦部隊がガーディアンの大半を退けていることや、要塞内に突入したロックスの数までも把握しているが、先ほどから状況がわからないエリアがあった。
「カメラは回復したか?」
通信係に声をかけるも、首を横に振られるばかりだ。
「……くそっ!!」
戦況がわからなくなっているのは、ツルギが守っていたエリアだ。ガンズ&ローゼスとの戦いによってカメラや集音装置が破壊されてしまったらしい。
戦況はツルギにやや有利なように見えたが、それでもあそこにはリョクヒが向かっている。そして他のエリアの戦力を回す余裕もない。また、生半可な者がツルギの助けになるとも思えない。
寧人自身が加勢に行きたくてたまらないが、それは絶対に出来ない。ツルギが望むはずがなく、もっとも危険な役割を買ってでた彼の意志を無駄にすることだからだ。
頼む。無事でいてくれ。頼むから。
そう願う寧人に、部下の一人が声をかけてきた。
「ネイト様! ガードナー様から音声通信が入っております!!」
それはまるで救いの声のように聞こえた。
「回せ!!」
胸を撫で下ろしつつ、寧人はツルギの言葉を待った。
通信が回復したということはあのエリアでの戦いが終わり、ツルギがなんらかの処置をしたということだ。
また、そんなことが出来るということは戦いの勝者はツルギだったということになる。
「……ボス、戦況は……?」
いつもの声とは少し違う。無理もない、二組とのロックスの戦いを終えたのだからいかにツルギといえども消耗して当たり前だ。
「ツルギ!! ああ、今のところ優勢に進んでいる。お前がそっちを引き受けてくれたおかげだ!それより、リョクヒも行ったはずだ。大丈夫なのか!?」
「……ふっ、ああ、アイツなら、俺の足元に転がって……ますよ」
ニヒルに笑うツルギの顔が目に浮かぶようだった。
「そうか……! さすがだ。ツルギ」
寧人は自分の顔がほころぶのを感じた。
もっとも信頼できる部下、自分の片腕。その活躍はいつも寧人に勇気を与えてくれた。これほどまで強く頼れる男はほかにはいない。
このギリギリの戦いでは死地と思える場所をツルギに任せるほかはなかった。寧人自身、身を切る思いだったが、彼は見事に果たしてくれた。心の底から嬉しく思うし、ホッとした。
「……ボス。こんなときですが、少しだけ、話をしても……?」
ツルギらしくない物言いだった。
「え? ああ、どうした?」
胸がざわつくような予感、寧人はそれに気がつかないふりをして、明るく答えた。
「……俺は、アンタと一緒に戦ってきたことを、誇りに思っています。その野望も、熱も……。ハンパなことをやっていた俺が、本物の悪に出会えた……」
何を言っている。何故今そんなことを言う。それも、そんなか細い声で。
「ツルギ、お前負傷がひどいのか。待っていろ。すぐに救護班を!」
寧人は湧き上がる感情を押し殺すように、声を張った。
「……いいんです。ボス、聞いてください……俺は、一度だってアンタの下についたことを後悔したことはありません……」
切れ切れに伝えてくるその声にはときおり、血の混じった音が聞こえてくる。
「もう喋るな!! ツルギ!!」
言うな。言うな。それ以上言わないでくれ。
寧人は何に対してかもわからない祈りを捧げた。ウソだろ。冗談だろ。
「……すみません。俺が、アンタについていけるのは、ここまで……です……。新名によろしく伝えてやってください……」
頭ではツルギの言葉は理解している。だが心がそれに追いつかない。
追い討ちをかけるように、ツルギを写すモニタまでもが回復した。
「……くっ……!」
モニタに映るのは、倒れふした仮面の忍者リョクヒ、言葉通りツルギはロックスを倒してみせたのだ。
そしてそのツルギはリョクヒの傍らに、壁にもたれかかるように片膝をついて座っている。
血だらけで、生きているのが不思議なほどの負傷を抱えていた。
「……ダメだ……! ツルギ……!!!」
もはや叫びとなった寧人の声に、ツルギはニヤリと笑うあの表情をみせた。そしてタバコに口元に運び、火をつける
痛くないはずはないのだ。恐ろしくないはずがないのだ。それでもなお、ツルギはそのたたずまいを崩さない。
こんなときなのに、その姿は、本当にカッコよく見えた。ボロボロのはずの狼は、震えるほどに男らしかった。
「……でも、アンタは勝ってください。それが……俺たちの目指したもののはずだ……。天国にいけるような男じゃねぇから……空の上からってわけにはいきませんがね……地獄からでも、見上げさせてもらいますよ……アンタの作った…世……」
タバコを持った手が、ダラリと落ちた。
どこか満足げな顔のまま、だがその瞳には、あの惚れ惚れするような輝きはない。
「ツルギィィィィィッ!!」
寧人は絶叫したが、もう、それに答える男はいなかった。
剣狼は、いなかった。
「……ツルギ様の生体反応……消失……しました……」
部下の言葉を受けて少しして、寧人は立ち上がる。
「ツルギ・F・ガードナーが特別分室とリョクヒを倒した。全軍に伝え、士気をあげろ」
「は?」
寧人は涙を流さない。そんなわけにはいかない。
「早くしろ。ツルギの死を無駄にしたいのか」
腹心の死を否定することもしない。受け止める。そしてその上でなお戦う。
強く奥歯を噛む。
ツルギは俺の側近だった。まだ下っ端で、野望だけはでかかったあのときからずっと、俺をボスと呼び、支えてくれた。それがどれほど大きなことだっただろう。
よく一緒に酒も飲んだ。大抵のことはツルギのほうが先輩で、たまには女の子のことや男としての生き方について忠告を受けたり、諭されたりしたこともあった。勉強になったものだ。
仲間だった。こんなすごいヤツにボスと呼ばれているのかと思うと、こんな自分でもシャンとすることが出来た。
ともに勝利の時を見届けたかった。先の世界を生きてほしかった。
それはもう叶わない。
奥歯を噛み締める。
最後の瞬間、俺は不様にも『ありがとう』とも『よくやった』とも言ってやれなかった。
ならせめて、みせてやる。
お前が見たかったものを、俺たちが目指したものを。
勝ってみせる。それが、無敗のままに散った誇り高い狼のために俺が出来るすべてだ。
「……っ」
寧人は涙を流さない。かわりに、血が出るほど強く、奥歯を噛み締めた。
――ガーディアン特別分室、全滅――
――仮面の忍者リョクヒ、再起不能――
――メタリカ副長ツルギ・F・ガードナー、戦死――
書籍版二巻、うっすら発売中です。今回と比較すると、ツルギがなんとも……