悪の王が一の剣
長くなったので二話に分けます
岩頭率いるガーディアン特別分室の隊員とメタリカの男が相対するのは要塞内の廊下だ。
だが、そう細い通路ではない。接近戦でも三人ほどが一斉に攻撃をしかけることができるし、光力強化弾による遠距離戦ならば数の利をさらに生かすことが出来る。
岩頭は他の誰よりも知っている。特別分室の強さは、組織の強さだ。
「全員、二歩後退。俺が前で抑える、角度をつけてあの野郎を撃て!!」
したがって、岩頭の判断にはいささかの迷いもない。全隊員にすばやく指示を伝えると同時に自身は光力振動刃を起動させ、前に出る。
「……ほう。悪くない戦術だ。貴様が、この俺をわずかでも止められるとすれば、だがな」
メタリカの男は鞘を投げ捨て、ギラギラと光る抜き身の日本刀で構えを取った。
まるで隙がない。まともに一対一でやりあったら勝てるかどうかはわからない。だが、それは岩頭には関係がない。
「できねぇとでも、思うのか」
言い返すと同時に通路を蹴り、岩頭は瞬時に間合いを詰める。そして両腕で握った刃で突きを放つ。
「ふんっ!!」
これに対し、メタリカの男は手にした日本刀を切り上げてきた。
豪腕が繰り出すその一撃は、爆風のようですらある。
両者の刃が激突するその刹那、岩頭はなんの迷いもなく刃を握る自身の握力を緩め、手を離した。
激しい金属音、そして次の瞬間には剣撃によって弾き飛ばされた光力振動刃が天井に突き刺さる。もし、岩頭があのまま武器を離していなければ腕ごと体勢を崩され、返す刀で真っ二つにされていたはずだ。また武器を放すタイミングがわずかでも速ければ、敵に対応され、やはり斬り殺されていただろう。
「……くっ……」
メタリカの男がわずかに表情を歪める。岩頭の挙動に気がついたからだ。
光力振動刃から手を離すと同時に、ホルスターに手を伸ばし、ブラスターを抜き構える。コンマ数秒にも満たないわずかな間に岩頭はこのすべてのアクションをこなしていた。
そしてこの直後には、岩頭の放つ至近距離からの銃撃で怯んだ相手に対し、すぐさま地に伏せる岩頭の背後にひかえた仲間たちが一斉射撃を行う。もちろん全員が精密な射撃技術を持つが故に、それは正確に敵に対してのみ行われる手はずとなっている。
これは特別分室、ガンズ&ローゼスが持つ無数の攻撃パターンの一つだった。
岩頭は自分を英雄だなんて思っていない。あくまでも凡人に過ぎないと思う。部下たちもきっとそうだ。
でも、だからといって理不尽な悪党に屈するつもりはない。
それは、自分が警察官だから。ガーディアンだから。超人の力を持つ英雄でなくても、それでも守るものと貫きたい思いがあったから。それは、税金でメシを食っているからという事実以前の問題だ。
若かったころ、自分で進んで警察官になった。誰かを踏みにじる悪党どもをブタ箱にぶち込み、誰かの涙を止めるためだ。
悪が肥大化し、戦いは激化していくなか、無力な存在になりロックスに頼りっぱなしでいることが警察官として情けなかった。
だから鍛え上げた。
血反吐を吐くような思いでやってきた。自分の意地だけを頼りに、20年もの月日をただ愚直にまっすぐにやってきた。気がつけば同じ志を持つ仲間たちがいた。そして今では、ガンズ&ローゼスなんて呼ばれている。
これが最後の戦いになることは岩頭にもわかっている。悪を纏め上げ、世界を砕こうとするあの男を倒せば、きっと、この世界は今よりも笑顔の多いものになるはずだ。
だから、負けない。負けるわけにはいかない。立ちふさがるこの男を倒し、進み、そして小森寧人を討つ。
ここは通る。そのためなら命を懸ける。
だからこそもっとも攻撃力が高く、だがもっとも危険なこの戦闘パターンを取ったのだ。
「食らいやがれ!!」
脳裏によぎる様々な思い、だがそれでも岩頭の動きにはいささかの狂いも遅れもない。
抜き放ったブラスターの銃口が光を放つ。
※※
一合で仕留めるつもりであったツルギは、少しだけ驚いていた。
ガーディアン特別分室室長、岩頭の動きは予想以上だ。
わずかでもタイミングを誤れば命に関わる状況であるにも関わらず躊躇なく自身の武器を捨て、瞬時に銃撃の構えを取っている。見れば、背後にいるヤツの仲間たちもまたそれに続く構えだ。
これはかなり習練された動きだが、危険でもあったはずだ。もししくじれば当然岩頭は即死、そしてその勢いのままツルギが突進していけば、指揮系統を乱された上に接近戦の構えを取っていないほかの者も一網打尽だ。
だがこの男たちはやってのけた。
自分たちの上司が、かならず成功させると信じて。
鍛え上げた技と仲間に対する信頼、一撃にすべてを賭ける精神力、そうまでして悪を止めようとする意地、世界を守ろうとする信念。
認めよう。この男たちは、英雄と呼ばれるにふさわしい。
一瞬の激闘のなか、ツルギは敵対する男たちに賞賛を送った。
彼らは強い。この俺でさえ、勝てるかどうかはわからないほどに。
だが、それでも。
――あいにくと、ここを通すわけにはいかない。
「ハァァァァッ!!」
ツルギは岩頭の銃口から身をかわすことはしない。どうせ避けられはしないからだ。
逆だ。さらに間合いを詰める。
ブラスターの銃口に自身の左腕を押し付け、超至近距離でその直撃を受ける。
光力強化弾独特の発光と銃声、それはいかに改造人間であるツルギといえども変身していない体ではダメージは免れない。銃弾が肉に食い込み、衝撃が走る。
「……なんだと……!? てめぇ……!」
だが、そこまで接近したのには意味がある。ツルギは、残された右腕で岩頭の肩に掴みかかり、彼に伏せることをさせない。
「……どうした。仲間ごと撃つのは気が引ける、か?」
常人ならば失神してしまいそうな激痛を受け、動かない左腕からおびただしい血液を流しながらしかし、ツルギは不敵に笑ってみせる。
「ちっ! てめぇら! 撃て!!」
岩頭が指示を飛ばす。だが
「……もう遅い」
ツルギは右腕で刀を振るい、天井の一角を破壊する。
瓦礫が降り注ぎ、わずかの間だけそれは身を守る壁となる。
「……詫びよう。お前らは全身全霊をかけずして、戦える相手ではなかった」
ツルギは重く、圧力のある言葉を放つ。
この区画の防衛を担当しているのには理由があった。
数的不利を抱えるメタリカは、敵の突破が予想される全区画に十分な人員を割くことが出来ない。そしてロックスを止めることは生半可な者には不可能だ。そして突破を許したのなら、その先にはけして倒されてはいけない男がいる。
ならば、こちらから敵を誘導し、殲滅する。それはもっとも危険であり、そして重要な役割だ。
それを任されたということは最強の戦闘力を持っていること、そして首領から絶大な信頼を寄せられている証左にほかならない。
あの優しい男が、これほど危険な役割を部下一人に任せることはさぞ辛い選択だったことだろう。
だが、それでも任された。それは、ツルギがツルギであるからだ。
他の誰よりもツルギ自身がそれをわかっていた。そしてその事実は男の魂を燃やす。
「もう一度言う。何人たりとも、ここを通しはしない」
こちらへやってきたガンズ&ローゼスは組織でありながら高い戦闘力を持つ非常に危険な存在であり、そしてこの場にはもう一つの脅威が迫っていることがわかっている。長い時間を全力で戦うことの出来ないツルギにとっては、いまだかつてないほど危機的な局面だ。目前の敵はいまだ健在であり、左腕は動かない。そしてさらなる敵もここに向かっている。
結果としてツルギが布陣した場所と戦術は最適であり、そして最悪であったといえるだろう。
「……ふっ、最後の戦いには丁度いい」
日本刀を高く掲げ、そして床に突き刺す。
タバコに火をつけ、一度だけ吹かす。
腕に任せて各組織を渡り歩き、それでも熱くなることはなかったあのとき、俺はあの男に出会った。
けして壊れぬ覚悟を持ち、荒唐無稽な野望へとまっすぐに走るその男を主君と決めて、ともに駆け抜けた。
主君を阻む敵を斬る刃として、支える右腕として。
世界を変えると吼えた主君の熱に、自身も夢をみた。
あの男の作る世界を、この目で見たいと願った。
そうして進んできた道が、俺の得た誇りだ。
貴様らに正義の意地があるのなら、俺には悪の誇りがある。
その誇りとともに。
「……変……身……!!!」
体中に滾る熱と、魂の奥底から湧き上がる気迫とともに、剣狼が低いうなり声を上げた。
鉄をも溶かす熱が体を包み、肉体が変貌していく。日本刀が大剣へと変化する。
そして、炎を纏う鋼の狼、ファングシルエットがその姿を現す。
「悪の王が一の剣、ツルギ・F・ガードナー……参る……!!」
剣狼は烈気を込めた名乗りをあげて前方の瓦礫を吹き飛ばした。
そして、対面する正義の男たちにその牙を剥く
すぐ次行きます