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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
新入社員立志編~ディラン~
9/106

バカかお前

 「……」

 

 ディランは眼前に現れた悪の尖兵を一認識したようだ。その視線を間中に合わせる。


 「よお、ヒーロー。生でみるのは初めてだけど、かっこいいな。それ、どうなってんだ? 何か着てるのか? それとも体が変質してんのか?」


 「……」


 「わりぃけど、ここを通すな、って言われてんだよ」


 「……」


 間中の語り掛けに、ディランはまったく反応しない。ただ、ゆっくりと、間中に向けて歩みを進める。

 ディランの右拳が輝きを放ちだす。

 

 ―あれも知っている。ニュース番組で紹介しているのを見たことがある。


 エネルギーをチャージしたナックル。ディランの必殺技の1つ。俗に言うところ『ジャスティス・ハンマー』だ。似た技は他のロックスも使用し、今では彼らの代名詞の1つとしても用いられるその攻撃は、一撃で大岩をも粉砕する破壊力を持つ。

 


 「ちぃっ!!」


 接近されては終わりだ。間中は手にしたライフルを構え、即座に発砲した!



 ……が。


 同時にディランは間中へ向けて加速。それは豹よりも速く、鷲よりも鋭い。仮にディランが100メートル走をしたのならば、世界記録を大幅に更新するタイムが出ることは確実なスピードである。


 「…ふっ!」


 ―そして間中の発砲した弾丸を腕の一振りで弾き飛ばす。


 そして


 「……せあっ!」


 ―寧人には、ただ閃光が走ったようにしか見えなかった。


 あたりに響く衝撃音、次の瞬間には遥か後方の倉庫の外壁に、吹き飛ばさ叩き付けられた間中の姿が確認できる。


 「…間中…さん…?」


 見れば、庶務課の戦闘服である間中の赤いプロテクターは粉々に粉砕されており、外壁からずり落ちて地面に倒れ付す間中は、ピクリとも動かなかった。


 ウソだろ。

 ウソだろ。

 ウソだろ。


 あんな一瞬で? なんの前触れもなく? 正義の鉄拳というのはそれほどまでに強いのか。

 悪の道を歩んできた男の人生を瞬く間に粉砕するほどに?



 寧人は動けなかった。恐怖ではない。目の前でおきた事実に、思考が追いついていなかった。

 そしてディランの存在感に、圧倒されていた。


 「……」

 ディランは結果を確認することもなく、進んでいく。そして姿が見えなくなった。


 「…! はっ! 間中さん!!」


 金縛りが解けたように、間中に駆け寄る寧人。


 「間中さん!! 間中さん!!」


 倒れた間中を抱き起こし、声をかける。


 「……寧人…か…?」


 間中は息も絶え絶えで、今にも消え入りそうな声だった。


 「しっかりしてください!! 間中さん!!」


 「……俺は、もう…助からない…」


 見ればわかる。でもそれを認めたくなかった。


 「ダメだ!! 間中さん! お願いだ!! …言ったじゃないですか!? 飲みに…飲みにつれてってくれるって…!」


 「…わりぃ…な…」


 「死なないでください!! 奥さんや、お子さんだって…待ってます!!…だから!!」


 間中の妻は、つい先日、子どもをつれて男と逃げている。寧人だって知っている。それでも。

 言葉をかけずにはいられなかった。


 「……いいか。よく…聞け…」


 初めて先輩と呼べた人は、寧人の手を握り締め、言葉を続ける。

 

「……お前には、才能がある…」


 なにをいいたいのかわからない。でもこれが最期になるのなら、聞き漏らしちゃいけない。寧人は手を握り返し、間中の言葉に耳を傾けた。



「……メタリカの頂点を目指せ。そして、世界を…」


 頷きながら聞くことしか、出来ない。メタリカの頂点、首領になるということだろうか。

 それはつまり、悪の王になるということだ。数ある組織のなかで、最古参にして最有力、その頂点に立つ、それは世界の変化に挑める立場。


 「…約束。だぜ…? 地獄で会ったら、教えてくれよ…。『悪』って言葉の、ホントの…」


 「うわああああっ!!! 嫌だああああぁっ!!!」


 間中は最後まで言葉を続けることは出来なかった。握り締めた掌からは力が抜け、ダラリと腕をたらす。


もう、喋ることはない。


 死んだ。死んでしまった。半ば流れのままに入った悪の組織。期待とは違う環境。そんな中、初めて自分とちゃんと接してくれて、おぼろげながらも道を示してくれた人。


 そりゃ、いい人だった、なんていえない。悪人に決まってる。だけど、寧人は間中が好きだった。戦闘のテクニックだけじゃない。何か、大切なことを教えてくれようとしていた。


 彼は、死んでしまった。


 「……っ」


 悪の組織の一員である仲間は、みんなの社会を守るヒーローによって倒された。

 


 間中が最後に言い残したこと。その意味は今の寧人にはよくわからない。だけど。


 もう立ち止まれない。このままにはしておけない。進む道は暗くてよく見えなくても、道の先を探しながら進むしかない。


 世界を変えたいと願った。そのために歩き出した。そしたら身の回りの色々なことが変った。

 間違っているのかもしれない。それでも。


 「……俺は…」


 間中はとても大きな課題を残し、逝った。それはこれから先ずっと考えていこう。


 でも、それよりも何よりも。


 「……このまま、行かせて、たまるかよ…!」


あの正義のヒーローを討つ。

復讐心ではない。それはお門違いってやつだ。このままアイツを行かせたら、間中さんは、俺たちは、なんの意味もない存在だったことになる。それは許せない。


寧人はこの作戦の意味もわからないし、大局的にみて、この戦いがどういう意味を持つのかも知らない。いずれはそれを知った上で行動する日が来るのかもしれない。

でも、今はただ、一人の戦闘員として、このまま終わりたくない。



「……やってやる。俺が、悪の王を目指すなら…」


正義のヒーローとだって、戦ってやる。


あの時と同じ感覚だった。いやあのときよりも強い。重田を脅迫して勝利を得たあのときよりも。


きっと、ものすごく痛い。でも、それがどうした。


寧人は纏っていた戦闘員のユニフォームとプロテクターを脱ぎ捨てた。下にはTシャツと薄手のチノパンを着ていた。ユニフォームを海へ投げ捨て、最初から持っていた麻酔銃はパンツと腰の間にねじ込む。


「借りますよ。間中さん」


さらに間中が持っていたライフルを手に取る。そして


「やめろ!!! 撃つな!! 撃たないでくれ!! 」


 寧人は大声でそう叫ぶと、ライフルの銃口を自分の左腕に当てた。

そして、極めて冷静に、だが満身の気合を込めて、静かに引き金を引いた。


 あたりに響きわたる銃声。


 銃弾は寧人の左腕の肉を抉った。


 「うわああああっ!!!!」

 

 案の定痛い。激痛に転げまわる寧人。

 

 「…ああああっ…ぐわああああぁっ!!」


 急所は外してはいる。だが、猛烈な痛みが体を駆け巡る。


 ダメだ。痛がって転げまわるのはいい。でもそれは演技としてだ。


 押さえろ。痛みを、苦しみを抑えろ。


 「……っ」


 奥歯が砕けそうなほど、歯を食いしばる。そして耐える。


 来る。ヤツは来る。必ず来る。それはアイツが、正義の味方だから。


 激痛に耐える永遠のような数秒。薄れそうな意識の中、視界の端に、彼が見えた。そう、ディランが。


 白い戦士。戻ってくると思っていた。ここにいるのはメタリカの構成員と自分だけのはず。なのに何故悲鳴をあげる者がいる? 偶然一般人が紛れ込んでしまったのか? と、でも思ったか?


 「…はぁ…はぁ…」


 都合のいいことに、寧人の周りは左腕からの出血が広がり、より重症に見えるはずだ。


 「!! 何故…! 大丈夫か! 君!?」


 すぐに駆け寄ってくる。さすがだ。そして、ディランはその変身を、解き、寧人を助け起こす。



 そりゃそうだろう。変身体はあれほどの力だ。大怪我した人間をうかつに触れないよなぁ。下手したらそんなつもりはなくても骨折くらいさせちまうかもしれない。たしか大分前にそんな事件があったよな。


 「君!? しっかりしろ…! どうしてこんな…」


 へえ。変身を解くと、渋くてカッコイイおじさんなんだな。てっきり若いイケメンかと思ってたけど、考えてみれば20年前から活動してるもんな。


 「…ここにいちゃ危険です。ここには…メタリカが…。俺をいきなり撃って…! まだ、そのあたりに…」


 「もう大丈夫だ! すぐに病院へ…!」


 自分を抱えるディランの腕。それは逞しく、そして暖かだった。


 ああ、やっぱりコイツはホントにいい人なんだな。そうだよな。たった一人で、みんなのために戦い続けてるんだもんな。でもよ。


 「ああ、病院へは後で行く。お前に、一撃食らわせたらな」


 表情を変え、言い放つ。


 「なっ…!?」


 寧人はすかさず、腰に隠していた麻酔銃を抜き、ディランの腹部に押しあて、

 

「食らえ」


 即座に発砲した。



 至近距離からの不意打ちの一撃。変身を解いた状態で、防御行動もとらせない。

 大型肉食獣を一発で昏倒させるメタリカ特製の小型麻酔銃が、ヒーローを直撃した。


 「……! キ…サマ…!! メタリカ…か…?」


 ディランは寧人からヨロヨロと離れ、おぼつかない足取りながらも気を吐いた。


 「ああ。そうだ。流石だな。あれを受けても動けるのか」


 「…おの…れ…。卑怯者…が…」


 「バカかお前。俺は悪党なんだぜ。悪いことして、何が悪い」


 寧人自身、痛みで気を失いそうだが、必死にこらえ、不敵に笑ってみせる。


 「……」


 「どうだ。クスリがまわってきたか? ここで眠っていけよ。そのあと、俺は仲間と一緒に、お前をゆっくり始末する」



 余裕をみせなくてはいけない。全て策略どおりにいった卑劣な策士として。


 「……くっ」


 ディランは力を振り絞り、その場から走り去っていく。象でも眠らせるアレを受けて、逃走行為が取れるとは思っていなかった。しかも速く、早い。動きも、交戦をやめて逃走を選択する思考も。


 「……倒せは、しなかったか…」


 寧人は出血による体力の消耗から、地面にへたりこむ。すでに日は落ちていた。

 ふっと気が抜ける。とても、疲れたようだった。


 「……間中、さん…」

 誰もいなくなった波止場で、寧人はそうつぶやき、気絶した。


  ※※

この日、メタリカの別働隊はディランの妨害を受けることなく、予定していた研究所の制圧を速やかに完了した。


たった一人の庶務課の新人が、ディランと交戦し、生き残ったばかりか、ディランを撃退した。というニュースがメタリカ内を駆け巡るのに、そう時間はかからなかった。

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