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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
最終決戦編~メタルジャスティス~
88/106

俺、あなたのことが好きでした。でも、さよならです。

うーん。ここなぁ……。長くなったので二つにわけます。

煉獄島の中心に位置するメタリカの要塞、巨悪の塔。その屋上には自分と真紀だけ。


 思えば、寧人がこの世界に飛び込むきっかけとなったあの日、『就職試験』のあの日、最初に出会ったのも真紀だった。

 

 ずいぶん昔のことのような気もするし、つい最近のような気もする。

 あのときの俺は、本当にただ弱いだけの青年で、なんの希望も、目的もなかった。それこそ、たまたま出会った可愛い子に乗っかる形で、メタリカに入社したようなものだ。


 色々なことがあった。本当に色々なことが。


 その道の果てに今日がある。


 寧人の目に写る真紀。

 彼女は胸の前で手を握り、深い青の瞳に雫を滲ませ、だがこぼすことなく寧人を見つめている。


「……戦うんですね。寧人くん」


 真紀の声は、身を切るような冷たい風に包まれながらもよく通っていた。透き通るようなソプラノが、耳に心地よい。


「……ああ。」

 寧人は短くそう答える。


 彼女は、他の仲間たちとは違い、いつも寧人と一緒だったわけではない。でも最初に寧人の決意を聞いてくれたのは彼女だった。そしていつでも寧人を信じてくれた。


 戦い疲れて、ボロボロになって。それでも寧人が折れないでいられた理由の一つは、間違いなく彼女だ。


一緒に世界を変えよう。あのとき、小汚いおでん屋で思いを共にした彼女が自分を待っていてくれたから戦ってこれた。一人じゃないと思えた。


そしてそんな事実とは逆に、彼女といるときは悪を束ねるカリスマなんかじゃない、ただの小森寧人でいられた。不器用で情けない普通の男でいられた。


真紀は寧人がどれだけの悪事を重ねてきたか、ということくらいわかっているはずとしてだし、それが曲げられない信念によるものだと理解したうえで祈ってくれた。


その一方で暖かなまま、ただの小森寧人として接してくれていた。そばにいるときも、離れていても。それが嬉しかった。


巨悪である自分、普通の男である自分。

真紀がいたから、どちらも合わせて本当の自分なんだと思えた。壊れないでいられた。


でも、迫り来る決戦と、その結末を考えるのならばそれは終わらせなければならないことだ。


「寧人くん、わたし……!」


「くっ、くくくっ、ははははっ。耐えられないな。傑作だよ。お前。でも流石にここにきて少しめんどくさくなったぜ」


 必死な顔で何かを言おうとした真紀を遮り、寧人は低い声で、荒々しく嗤った。


それは真紀や仲間には一度として向けたことのない種類のもの、己の道を阻む敵をことごとく焼き払い叩き潰してきた黒い炎。数々の正義を怯ませてきたその悪意を、真紀に向ける。


「……寧人くん……?」


少し驚いた顔をみせた真紀だが、寧人は言葉を止めない。肩に触れる冷たい感触、曇天から小雨が降りてきているようだったがそれを気にも留めない。


「涙目になってヒロイン気取りか? なにか勘違いしているようだから教えておいてやる。俺はアンスラックスやメタリカの雑魚どものことなんてどうでもいい。ただ使える駒だったから利用しているだけだ。当然、薄汚いサバスであるお前もな」


 体が急速に温度を失っていく。それは多分、雨のせいだけじゃない。

薄汚いサバス、俺はそう言ったのだ。


 真紀は寧人の言葉に、顔を俯かせた。前髪が顔にかかり、その表情は見えない。


「お前は科学者として優秀だからな。おかげでエビルシルエットの力も手に入ったし、メタリカでの地位も確立できた。十分役に立ったよ。お前は」


 寧人は次々と冷たい言葉をぶつける。


「この戦いが終われば、もうお前に用はない。俺の演説に熱くなっていた馬鹿どもの大半もな。俺はこの世界を手にいれる。ただ、俺のためにだ。そのあかつきには飽きるまで世界中を蹂躙し、楽しませてもらう。気に入らないヤツは皆殺しだ。何人死のうが、それで世界がどうなろうと知ったことか。なかなか面白ゲームだったぜ? 普段は優しい普通の男を演じて、お前や他の連中を動かすのはなかなかに骨が折れたがな」


 邪悪でいるのには、慣れている。だから、胸の奥が軋む音も、視界の歪みも気にならない。気になど、ならない。


「すいぶん心配してくれてるみたいだから教えてやるよ。俺は勝つ。いつものように卑劣な方法で楽勝だ」


 ウソだ。嘘ばかりだ。


 あの正義の超人たちを相手に楽勝など出来るわけがない。寧人はそれを誰よりも知っている。


 そして、寧人の体ももう限界に近い。シミュレーション値を大幅に逸脱するほど鋭く研ぎ澄まされた精神によって進化してきたエビルシルエットは、変身者である寧人を蝕んでいる。あと一度の変身で、寧人は限界を迎えるだろう。誰にも、特に真紀にだけは知られるわけにはいかないが、これは間違いない。感覚でわかるのだ。


 そして、寧人が変身して戦いに加わることなく勝てるほど、ロックスたちは甘くはない。


 勝っても負けても、寧人には先がない。

 命の最後の炎を懸ける。自分はそれで終わる。それでいい。後悔などない。


 ツルギや新名もそれをわかってくれると信じている。そして彼らなら後を託すことが出来る。身勝手なことはわかっている。だからせめて絶対に勝つ。文字通り、死んでも勝つ。


道を作るのが俺の仕事だ。


「理解したか?」


 寧人は俯いたままの真紀を見下ろした。

小雨が彼女の髪を濡らし、清らかな雫となって落ちていく。いつまでも見ていたくなるようなその可憐な佇まいはきっと、もう二度とみることはないのだろう。


 ツルギや新名は、寧人がいなくなってしまったとしても、その志を刻みこみ、前に進んでくれるだろう。

アニスにしたってそうだ。頂点を掴み世界を砕く、命を懸けてそれを成し遂げたのなら、きっと大粒の涙を流しながらも喜んでくれる。涙声のまま良くやったね、と言ってくれる。


でも真紀は違う。


 彼女の想い。小森寧人を愛しみ、共に生きていきたいと願う彼女の想い。


女性に縁のない朴念仁だったこともあり、最初は本当に気がついていなかった。

そしていつからか気がついていないフリをしていた。


寧人自身、そんな真紀のことを誰よりも大事に思うようになっていたから。同じ夢を持ち、自分の二面性を包み込んでくれた彼女を失いたくなかったから。


そして、自分がいずれいなくなることが、そのときにはもうわかっていたから。


 なにもかも放り捨てて真紀に思いを伝えたいと思ったこともあった。でも寧人は世界を制す道のほうを選んだ。それなのに彼女にはっきりとした態度を示さなかった。


 でももう許されない。


 いなくなってしまう男への想いなど、彼女の心を傷つけ、沈めてしまう楔に過ぎないのだから。

 

 だから断ち切らなくてはならない。

 そして彼女の夢は、自分が作った道の上を歩く新名たちが叶えてくれる。それでいい。


 寧人は真紀に一歩だけ近づき、彼女を、包む空気ごと押しつぶすように威圧した。


 きっと、いつものあの迫力は出ているはずだ。立ちふさがるすべてをねじ伏せてきた邪悪な炎は今、本心とはまったく逆のことを、ずっと大事に思っていた女の子に告げる


「真紀、お前はもう必要ない。戦いにも邪魔だ」


 真紀さん、俺、あなたのことが好きでした。


「失せろ、サバス」


 でも、サヨナラです。


 寧人の頬に伝わるのは、ただの雨だ。濡れた髪を一度かきあげ、そのまま真紀に視線を合わすことなく歩き始める。


 彼女が俯いたままなのも無理はない。


 打ち明けた秘密を侮蔑され、好意を裏切られ、悪の頂点を極めた男に殺意と悪意をまっすぐに叩きつけられているのだから。


 寧人は今まで誰にも嘘やハッタリを見破られたことはない。数々の敵を怯ませ退けてきた。メタリカの科学者であるとはいえ、うら若い乙女である真紀が耐え切れるものではないだろう。足が震え、動けなくなるのが普通だ。


 血が出そうなほど強く奥歯を噛んだまま、無言のまま真紀の横を通り過ぎる。震えているであろう彼女の姿が見たくなくて、寧人は目を閉じたまますれ違う。

 

 その、瞬間。


 乾いた音が鳴り、同時に寧人の左頬に一瞬の熱が走った。


 一瞬、何が起こったのかわからなかった寧人だったが、目を開けて視界を確認し、そしてじんわりと頬に広がる弱い痛みから、自分が何をされたのか理解した。


「……ふざけないでください……っ!!」


 見れば、目の前にいる真紀が、右手を抑えている。

 どうやら、彼女に頬を張られたらしかった。


 彼女はもう俯いてなどいない。宝石のようなその瞳から、紅潮した頬へはらはらと涙を伝わらせながら、それでもキッ、とこちらに視線を向けている。


「……私が、今の寧人くんの言葉をそのまま信じていなくなるなんて、本気で……寧人くんは、本気でそう思ってるんですか……!?」


 まるで、あふれ出る感情が可憐な唇を通して言葉へと変わっているようで、寧人は彼女のそんな姿をこれまで一度も見たことがなかった。


「真紀……さん?」


 反応できない。あまりにも予想外だったからだ。

まさか今の自分が本気で放った悪意を跳ね除け、正面から否定してくる人がいるなんて。ましてそれが真紀さん、女の子だなんて予想だにしなかった。


「……わかってます。どうして、寧人くんがそんなことを言うのか。寧人くんの体のことだって」

 

 しゃくりあげるのを必死に堪えているかのような真紀は、消え入りそうなのに強さを感じる不思議な言葉を紡ぐ。


 彼女からは侮辱された怒りや、裏切られた憎しみなどは感じられない。

祈りのような、願うような、そんな彼女の言葉は寧人のなかにもある大事ななにかを締め付けた。


「……寧人くんは、馬鹿です……!」


 頬を張られて呆然と立ち尽くしていた寧人の胸元に真紀がしがみつき、おでこのあたりを胸元に当ててきた。


彼女に掴まれた襟元が乱れたがそんなことは、この目の前にいる女の子が搾り出すように上げた涙声と、たしかに感じる彼女の体温や匂いに比べればどうでもいいことだった。

 

 寧人は抱き寄せることも引き離すことも出来ずに、ただ直立したまま彼女の言葉を待った。



そういえば二巻が今週末くらいに発売です。

よろしくですー。

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