わたしの初恋の人は
連続更新の二話目です。
曇天の下、悪の要塞の屋上という高所より空と海を眺める寧人。
一緒にいる四人の仲間たちはこれから始まる最後の戦いと、世界中の人間の希望を背負ってやってくる英雄に思いを向けているためか、誰も言葉を発してはいなかった。
「昨日、ニュースみた? カッコよかったな、ロックス」
場にそぐわない間の抜けたことを言い出したのは、寧人だった。
「それにひきかえ、見ろよ俺。偉そうな黒いマント、ははは、どっから見ても悪役だなこりゃ。そして似合ってなさすぎるよな」
情けない声を出し、自虐ネタを披露する寧人に、一同は少しだけ声をあげて笑う。たしかに普段の寧人にはあまり似合ていないのだろう。
自分でもたまに不思議に思う。こんな俺が、よくここまでやってこれたものだ。
「……お、そろそろ、かな」
遠くのほうに、機影が確認できる。それは宿敵たちを乗せた正義の船だ。もう、時間はない。
「時間のようだな。……ではボス。俺は持ち場に移動します。大将はアンタだ。ご武運を」
最初に寧人に声をかけてきたのは、狼を思わせる風貌とそれに恥じぬ強さを持つ寧人一の部下、ツルギ・F・ガードナーだった。
「……待て、ツルギ」
寧人は戦場に赴こうとする剣狼を呼びとめた。戦いを前に、どうしても彼には伝えたい気持ちがある。
ここまで俺を助けてくれてありがとうございます? そんな失礼なことは言わない。ツルギはその軍略と武勇を振るう理由と場所を自分で決める男だからだ。そんな彼が、自分を主としてここまで共に駆け上ってきた。
だから代わりに伝えるのはこの言葉だ。
「お前ほどの男がよく仕えてくれた。……お前という部下がいることは俺の誇りだ。これから先も、ずっとな」
普段なら赤面してしまいそうな言葉だが、自分でも驚くほど素直に言えた
寧人の言葉を受けたツルギはいつものようにニヒルな笑みを浮かべ、右の拳を寧人に向けてゆっくりと突き出した。
「俺はアンタの剣です。……これから先も、ずっと」
寧人はツルギの拳に自身の拳を合わせる。
もう言葉は発しない。
夢の果てへ。――信念のもとに共に戦い続けてきた熱さと絆がある、それで十分だった。
場を去ったツルギをみて、もう一人の側近も口を開いた。
「んじゃ、俺もいきましょーかね」
いつもどおりの軽い口調の新名は、両手を頭の後ろで組んだまま呑気な様子だ。
「……? お前は戦闘要員じゃないないだろ? 後方待機しとけよ」
新名は改造人間でもなく、超能力の類も持ち合わせてはいない。才覚はずば抜けてはいるが、それは戦闘で直接的に発揮されるものではない。この場で無理に戦う必要はないはずだ。
「あー、イヤっすね」
だが新名はあっけらかんとそう言いきった。
「嫌ってお前なぁ……?」
あまりにもテキトーな物言いに、寧人はずっこけそうになりながら彼を嗜めた。
「これって最後の戦いっすよね? どうせ負けたら死ぬんだし? 面白そうだし?」
ヘラヘラしている新名だったが、彼は状況判断が出来ない人間ではない。
それに彼は優秀だが、臆病なところもある。けして軽い気持ちで言っているわけではないのだろう。
寧人は新名の言葉を待った。
「俺はコーハイっすから。先輩の卑怯で外道な……ははっ、最低の戦い方を一番近くでずっと見てました。その俺が、この戦いで出ないわけにはいかないっしょ」
「……新名」
立ち尽くしてしまう。柄にもなく真顔になっている新名の言うことのほうが正しい。
この決闘は互いの死力を尽くしたギリギリの戦いだ。新名が戦力になるのは間違いない。
寧人が新名を後方待機にしようとしたのは、甘さだ。
でも、彼は戦うと言った。
適当、チャラ男、無礼者。それは今でも変わらない。でも、新名はあのころとはもう違う。それが寧人にもよくわかった。
そしてそれが、無性に嬉しい。
「わかった。頼む。……メタリカ首領のこの俺が公認してやる。お前は自慢の後輩だ」
新名にそんなことを言うのは、ツルギのときとはちょっと違っていて、やっぱり少し恥ずかしい。
「うぃっす。あ、そうだ。俺結婚披露宴もするんで、来賓祝辞ヨロっす」
「あー。はいはい」
ぴっ、と手をあげそんなことを言ってから去っていく新名に、寧人は思わず噴出してしまった。
「アニス、新名に着いていってくれるか? あいつバカだから、助けてやってくれ」
続いて、寧人は傍らにいた金髪の少女に声をかけた。
「ん。おっけー」
ポニーテールをひょこっと揺らし、アニスは元気よく答えてくれた。
アニスはあの夜のあとも普通に接してくれている。可憐な笑顔も明るい声も、そのままだ。
以前のようにところかまわず好意をぶつけてくることはなくなっていて、ワガママなのはわかっているけど、少しだけそれが寂しい。
「あ、あと忘れてた。これも預かっててほしい。この戦いが終わったら、新名に渡してくれ」
きょとんとしているアニスの白い手のひらにメモリーチップを載せる。
「……?」
「頼む」
寧人はそれだけ言うとアニスの手を取り、メモリーチップを握りこませた。
やっぱりその手はとても柔らかくて暖かくて、健康な青年である寧人は正直言うと「あーもったいないことしたな」と思わなくもない。
トテトテと新名の後を追おうとしたアニスだったが、何かを思い出したように足を止め、寧人のほうを見つめてきた。
「ネイト。こーんなに可愛い子をフったんだから、絶対勝たなくちゃダメだヨ!」
頬に手を当て、楽しい唄を歌うような彼女。
「わたし、おばーちゃんになったら自慢するんだ♪ わたしの初恋の人は、世界を征服したんだヨ、って!」
言ってる内容がちょっと物騒でどこかおかしいところも彼女らしい。
彼女は最後まで元気をくれた。
寧人はそれに心から感謝し、答えた。
「ああ。任せとけ」
「おっけー♪ ぐっどらっく!」
ぐっ、と親指を突き出すとアニスは駆け出していった。
仲間たちが次々と場を離れていき、残ったのは二人だけになった。
寧人、そして真紀だ。
寧人にとって真紀は、仲間、というのとは少し違う場所にいる人だった。
寧人は一度深呼吸をした。これからやることに備えるためだ。
俺は、今から嘘をつく。それは多分、これまでついてきたどんな嘘よりも、辛い。
次回は多分、影の薄さに定評のある本作ヒロイン真紀さんの最大の見せ場かと思います。需要があるかどうかは置いておきます。