出来るものならやってみろ
連続二話更新します。
これが一話目です。
寧人は千石から目を逸らさない。あくまでも堂々と、そして悪党らしく口元を邪悪にゆるませる。これをみているであろう全世界の人間に『残虐な悪党が世界を滅ぼそうとしている』という、極めて事実に近く、だが違う錯覚を与えるためだ。
世界のすべてに害をなすこの俺を止めてみろ、その問いかけはこの局面において絶大な意味がある。千石がこれにどう答えようとも、だ。
場所を限定した上での短期決戦、これはロックス側からすれば望ましくない選択といえるだろうガーディアンを含めた戦力ではロックスのほうが上、しかも彼らには社会的な正当性を持つが故の後ろ盾援助というアドバンテージもある。メタリカと長期戦をすればほぼ確実に勝てる。
これは、ミスタービッグも言った。正義の強さの理由の一つだ。
こうした状況を作り出した時点で千石はほぼ勝利していたはずなのだ。
だが寧人はこれに対し、全世界を標的にした非道な攻撃をチラつかせ、それを止めたければメタリカにあわせて戦うしかないという状況を演出してみせ、その対応策を千石にゆだね衆目に晒す
千石にはYESかNOの二択以外の選択肢はない。
仮に千石が勝利を優先し寧人の誘いに応じなかった場合、世論はロックスをどう見るだろうか?
ヒーローとして絶大な力を持ち世界を守ると述べたはずの彼らが、戦いの危険性と残虐非道な悪の首領から逃げ、世界を危険に晒した。そう捉えるものはけして少なくはないだろう。大衆とはそういうものだ。
そうなれば千石の信頼は落ちる、人格への攻撃すら始まる可能性がある。各国の統一意志としてなされていたシンプルプランを支える動きすら失われかねない。
シンプルプランは千石転希という正義のカリスマがあればこそ成り立っていた力だ。核となる千石の求心力が失われれば、これまでと同じではいられない。その後のパワーバランスは崩れかねない。
また、千石が寧人の誘いに応じて煉獄島での決戦を受けた場合はどうか?
三日以内と時間の指定、島という限定された戦場では大戦力による攻撃は実質的に不可能だ。だがメタリカの凶行を止めるためには最善を尽くすしかなく、ディランを含む動員可能なロックス精鋭による攻撃をするほかはない。それもメタリカの本拠地という戦術的にアウェイとなる地で、だ。その条件なら、メタリカにも勝機が生まれる。
YESでもNOでも、正義の優位性は大きく損なわれる。
これが、寧人の考えだった。
「……黙ってちゃわからないぜ? ヒーロー」
やや顎を上げ、見下すように千石に視線をやる寧人。
「……」
千石は凛々しい瞳を閉じ、なにかを考えているようだった。
本当は寧人にはわかっている。この男がどう答えるかなんて、わかりきっている。
それはこの男が千石だから、ディランだから。彼が彼であるかぎり。答えは一つしかない。彼がそうした男だからこそ寧人の最大の脅威となりえた。
彼が黙っているのは、答える前に必要なことを寧人がまだ言っていないからだ。それに気がついた寧人はゆっくりと告げた。
「勿論、こちらは幹部一同、それに俺自身が煉獄島に入りメタリカを率いる。なんだったら今日俺を煉獄島まで送ってくれてそのあと脱出しないように監視してくれても一向に構わないぜ。どうだ? これで罠の線は消えたな? 心配するな。呼び寄せておいて島ごと破壊するような無粋な真似はしない」
放送を見ている一般市民はそこまで思いが至っていない者も多いだろうが、これは当然の懸念だ。千石は、けして無鉄砲に進むだけの男ではない。寧人がそうする、ということを確信した上で黙り、喋らせている。これはきっとロックスが戦いに勝つことで、世界を守ることが出来るという確信を人々に与えるためだ。
そしてさらにもう一つ。寧人は言葉を続けた。
「……この戦いで、お前らが俺を討ち取れば、メタリカは終わりにしてやる。現在の幹部が全滅すればメタリカは成り立たない。そして先の戦略兵器による無差別攻撃もなくなるだろう。いくらメタリカとはいえ、あんなことを指示できるイカれた悪党は、この俺一人だけだからな」
決定的な言葉。これは寧人の本気だった。
煉獄島に乗り込んでくるロックスたちと戦うには、こちらは死力を尽くすしかない。敗北すればもはやメタリカは立ち上がれないだろう。
さらに、寧人は衆目にその素顔を晒している。もう戻ることはできない。
一方、集結したロックスたちが敗北すれば、もうメタリカに挑むものはいなくなるはずだ。
負ければ終わり。これはそういう戦いだ。
世界のすべてを賭けた戦いが、特定の場所で、特定の人間たちの手によって、短時間で行われる。
物語の世界ではありがちなそれは、本当は不自然なことだ。だが寧人はそれを実現させるつもりなのだ。
「……もう一度聞くぞ。ディラン。我らメタリカとの決戦を受ける覚悟が、貴様にはあるか」
寧人は椅子から立ち上がると右手をかざし、大仰な言葉で再びそう問いかけた。
これを受けた千石はゆっくりと立ち上がり、そして閉ざしていた目を開けた。
胸の前で硬く拳を握りしめ、こちらを射抜くかのような鋭い視線をこちらに向ける
威風堂々たるその姿は、あまりにも気高く、そして強かった。
「望むところだ。お前らの野望は俺たちが止めてみせる」
ゆっくりとした、だが重い言葉。千石の後方にいた一条と小暮も、力強くそれに頷き、こちらを睨み付けてくる。
瞬間、寧人の体に電流のような衝撃が走った。
それが、鋼の決意による言葉だけが持つ力であることを寧人は知っている。
きっと、この放送を見ているすべての人間は今、震えたはずだ。そしてその熱はメディアを通してあっという間に拡大する。
「……結構。なら話は終わりだ。……行くぞ」
寧人は無表情のまま、ツルギとベナンテに声をかけると同時に放送を停止させた。
そのまま千石に背を向け歩き始める。
「小森寧人。礼を言おう」
寧人の背中に、千石の言葉が送られた。
「……礼だと?」
「ああ。たしかに名案だ。被害を最小に抑えた上で、戦いを終わらせることができる」
千石は寧人が仕掛けた『選びようがない選択肢』には気がついているし、それで自分たちの優位性が失われたことくらい理解しているはずだ。だがそれでもなお、今の言葉からは偽りを感じない。この男は、本気でそう思っているのだろう。
「……それはどうも」
寧人は足を止めたが振り返ることはしない。これ以上、平然とした顔でいられる自信がなかったからだ。
「……似ているな。お前の目は」
「似ている? 藤次郎に、か? はっ、お前に負けた老いぼれごときと一緒にするなよ」
背中越しにそう言い返す。極悪非道な生き方のためか、藤次郎に似ていると言われたのは初めてではない。
「……名前も知らないあの男に、だ」
寧人は一瞬、千石が何を言っているのかわからなかった。だが千石はそのまま続けた。
「メタリカ首領、小森寧人。次に会うときは……『三度目』はお前を倒す」
寧人は言葉を発しなかった。さきほど千石が言った言葉の意味を理解したからだ。
背中が振るえ、涙がこみ上げてきそうになる。だから何も答えなかった。
三度目。たしかに千石はそう言った。
千石と寧人が相対するのは決戦の場が三度目、そして二度目は今日だ。
一度目は今から五年も前のことだ。それを知っているのは自分だけだと、寧人は思っていた。
でも違った。きっと、千石はこれまで戦ってきた悪を、正義のために倒すしかなかった人々を、一度も忘れたことはないのだろう。その心と体に刻み付けるように。
そしてその彼が、俺をあの人と似ていると言った。
「………」
寧人は側近とともに立ち去りながらも、渾身の殺意と敬意を込めた言葉を告げた。
「出来るものならやってみろ。叩き潰されるのはお前のほうだ、ディラン……!」
寧人の決意は変わらない。たとえ強すぎる精神によって引き起こされた変身の副作用によって肉体の限界が迫っていようとも、誰を敵に回そうとも、個人としての幸福をすべて失おうとも、揺るぐことはない。
そう、たとえ命の最後の一滴を悪に捧げたとしても。
※※
会談で告げた猶予期間である三日は、またたく間に過ぎた。
メタリカは主要戦力の大半を煉獄島に集結させ、迎撃の準備を万全に済ませている。
同様に、シンプルプランも可能な限りの人員を動員しメタリカの暴挙を止めるために間もなく煉獄島にやってくることは明らかだった。
曇天と吹き荒れる風が、この島で起こる最後の戦いを予感させている
煉獄島の中心には、メタリカの拠点がある。旧開発室だったこの場所は、もはや防衛にすぐれた要塞と化しており、外装は中世の塔のようでもある。
決戦の直前、この塔の最上階には5人の人間がいた。
吹き荒れる風の中、島を見下ろし、水平線の彼方から来訪するであろう正義を待つ。
すぐ次行きます