こんにちは。
11月2日。
その場所に訪れるのは、いかにメタリカ首領に登りつめた寧人であろうといささか緊張していた。
付近までヘリで移動してきて途中で降下。十数年前の戦いで廃墟となった見晴らしのいい街を歩いた。あえて身を隠して移動することはせず、どこからみてもわかるように側近二人のみを連れて堂々とやってきた。
これは、相手側、つまりはロックスたちの警戒を解く意味とこちらに戦いの意志がないことを示す意図がある。上空にはガーディアンのものらしきヘリが飛んでおり、こちらの姿を捉えている。これで彼らにこちらがこの場で武力行使に出るつもりがないことは理解してもらえただろう。
もちろん、こちら側もまったく警戒していないわけではない。そのための側近二人だ。シャーマンとして高い感知能力を持つベナンテがいれば敵の仕掛けにはまることはなく、仮になにかあったとしてもツルギとベナンテの二人がいればやすやすとやられることはないとの考えだった。
が、結果としてこの備えは無駄に終わったようだ。
正義たちは、特になにもしてはこなかったのだ。寧人にとってはそれは予想通りのことであり、そして矛盾しているとは思いながらも、敵であるロックスたちのそうした姿勢に感動もした。
そもそも会談の場は別にどこでもいい、と言ったのはこちらだ。だからガーディアン本部にでも出向くつもりだった。だからここを選んだのは、ロックスの、おそらくはディランの誠意なのだろう。
周囲に何もなく、互いに大戦力を持ってくることも出来ない場所。
それでいていざ戦いが起ったとしても周囲の被害を心配しなくてもいい場所。両陣営が対等に立ち会える場所。そこがこの廃墟だ。
静寂に包まれた夕暮れの廃墟を抜け、寧人たちは一つだけ残っていた比較的損傷の少ないビルへ足を踏み入れ階段を上る。
そして、今。
簡素な椅子とテーブルのみがある室内に無言のまま足を踏み入れた寧人は、こちらを待っていた者たちにゆっくりと視線をやった。
「……やはり、お前か。小森寧人」
まずはマルーンブルー、小暮蒼一。
クールな容貌と鋭い視線を持つこの男は、たしか短距離テレポーテーションの名手だった。サイキックソルジャーである以上、感知能力も持っているのだろう。不測の事態にあって即座に対応するための備えだと考えられる。
「……三人、か。アンタ本当に、戦うつもりはないんだな?」
そしてヘイレンの変身者、一条伴。この会談を行うパイプになった高校生ヒーローであり、そして変身時の単純な戦闘力ならロックスのなかでもナンバー2の実力者でもある。
寧人は会談に同席する相手側のメンバーをみて、皮肉っぽく鼻で笑って見せた。
なるほど。人間の善意を信じ、燃える正義感を持つヒーローといえども最低限の備えはしている、というわけだ。だがこちらの人数に合わせるというところがなんとも甘く、そして美しい。
寧人はそんなことを考えつつ、視線を彼らの中央に移した。
そこには、あの男がいた。夜のオフィス街で最強の力を示し、シンプルプランの中心となった男。
まだ悪の道を歩み始めたばかりの頃の寧人が最初に戦った正義にして、間中を倒した男。世界の、希望。
逞しく均整の取れた肉体。意志の強そうな瞳。男らしく、それでいてどこか無骨な優しさを感じる顔立ち。隙のない立ち振る舞いからは強者のみが放つオーラのようなものすら感じられる。
直接会ったのは一度だけ。だが片時もその存在を忘れたことはない。
これ以上ないほどに対照的な道を歩んできた果てに、初めて同等の存在として向き合うにいたった男。
白銀の騎士ディラン。千石転希。
彼は、見ていた。まっすぐに、寧人を見ていた。
狭い室内の空気が、急速にその重みを増していく。
正義のために戦い続けたその男を前にし、寧人は憧れや感動にも似た感情が自身のうちに沸きあがるのを感じた。
だが、寧人は居丈高な態度のまま用意されていた椅子にどっかりと腰掛け、足を組む。そして、すべての感情を仮面の奥底に隠した上で、低く重い声で端的に言いはなった。
「ご足労感謝する。だがディラン、最初に言っておくが、俺はお前らに対してほんの少しの譲歩もするつもりはない。この会談は、あくまでも俺の要望を一方的にお前に告げ、そして選択を迫るためだけのものだ」
普段の寧人しか知らない者がみれば、その落差に呆然とするであろうその立ち居振る舞い。だがこの場にいるツルギやベナンテ、そしてここにはいない寧人が背負う数万人の仲間たちは知っている。
これが戦いの場でのみ現れる、主の真の姿なのだと。
だから寧人は本当の気持ちや弱い自分など切り捨てる。目の前にいる男が、『あの』ディランだったとしてもだ。
「……なっ!? お前、どういうつもりだ!?」
寧人の言葉に即座に反応したのは小暮蒼一と一条伴。二人とも警戒を強め、こちらへの攻撃の構えを取る。
これに対し寧人の背後に控えているツルギとベナンテも同様に、寧人を守る構えに入ろうとしたが、寧人は振り返ることなくこれを手で制する。
そして、小暮にも一条にも一瞥もやらず、ただ千石のみを見据えたままその反応を待つ。
「やめろ。蒼一、伴。まずはこの男の話を聞こう」
流石というべきか、千石は眉一つ動かさず冷静なままであり、澄んだ声は力強かった。そしてそんな千石への絶大な信頼のためか、二人の若いロックスは矛を収めたようだ。
「ふっ。さすがは元祖ロックスのディラン様だ。物分りが良くて助かるぜ」
「……お前は言ったな。犠牲を最小に抑え、この戦いの決着をつける方法がある、と」
悪の王と正義の勇者は、静かに言葉を交わしつつも互いに目を逸らさない。
済んだ顔つきのまま、曇りなき眼で寧人をみる千石。
侮蔑的な表情を浮かべ、邪悪な目で千石をみる寧人。
まるでひりついた熱が発生するかのような睨み合いだった。
寧人の頭に、疑問がよぎる。この男は、俺のことを覚えているのだろうか?
あのとき、末端の庶務課社員、一戦闘員だった自分を覚えているのだろうか。間中さんのことはどうだ?
いや、覚えているはずがない。幾度となく悪を倒し人々を救ってきたこの男がそんな小物のことまでいちいち記憶しているはずはない。
「……まあ、いい」
無関係なことに思考をやってしまった。こんなものは、ただの感傷だ。
寧人はそう思い直すと、一度千石から視線を外し、口を開いた。
「……ベナンテ。あとどのくらいだ?」
「ええ、あと30秒というところです。ニーナのことだ。よもやミスを犯すことはないでしょう」
控えていたベナンテの回答を受け、寧人は手にしていた端末を操作し始めた。
こちらに鋭い視線を向けてくる千石に対し、余裕の笑みを浮かべてもやる。
「……気になるか? 千石。心配するな。コレはただの映写機だ。俺は二度手間が嫌いなんだ。だから一度で済ませる。お前と、そして『世界』への要望をな」
寧人が手にしていた端末は文字通り映写機だ。電波を捉え、光を放ってスクリーンに映像を映す。ただ、それだけ。この場にはスクリーンなどと言う気の利いたものはないから、むき出しのコンクリートの壁に向けて光を放つ。
「……どういう」
つもりだ。そう言いかけた千石は絶句した。三十秒がたち、予告時間に正確に映し出された映像はそれだけで即座に危険性が判断できるのものではないはずだが、どうやら彼の持つ直感や経験則が警鐘を鳴らしているらしい。
だが、もうどうすることも出来ない。
「……こ、これは?」
一条伴は映像の意味を捉えかねているようだった。無理もない。
画面には一人の男が映し出されている。禍々しく大仰な玉座に座る、マントを羽織った男だ。
「……どうだ? 俺もなかなかカメラ栄えするだろ?」
そして画面に映っている男と同じ人物、小森寧人が彼らの目前にもいる。
なんのことはない、ただの録画映像だ。だが、これは世界を刺し殺すための重要な一手でもある。このために新名はあらゆる準備を完璧に整えてもいる。
そして寧人はあえてこれまで一般に知られてはいなかった自身の実態を晒し、素顔のままでこれを撮影した。
「……くっくっ……」
寧人はおかしくてたまらない、と言う風に邪悪に笑ってみせた。
ロックスたちは映像に視線をやったまま、動けないでいる。
「この放送はジャックした回線とWEBを通し、全世界同時に流れている。俺は、やられっぱなしというのが嫌いでね」
もちろん、言葉通り、数週間前に千石が行った全世界に向けた正義の呼びかけの意趣返し、という意味もある。
だが、真に重大なことはそこではない。これは、最後の舞台を整えるための最悪の行い、その始まりだ。
劣勢を覆し、同等の条件で戦うためには、正義を折るにはこれしかない。だから、迷わなかった。迷うわけにはいかなかった。
画面に映る寧人。黒き帝王の装束を纏うその男は、椅子に深く座り肘を置いたまま、ゆっくりと口を開く。
〈こんにちは。全世界の皆様。私がメタリカの首領、小森寧人です。さて早速ですが、皆様には一つ、絶望的な光景をお届けいたしましょう〉
それが、世界のすべてを恐怖のそこに陥れる悪の王の第一声となる。
そして、総力戦でやりあえばいずれは倒されてしまう正義に勝つための、決戦の舞台を作る。
長くなったんでここも二話に分けます。
……早く2巻の発売日にならないかしら。ツルギのイラストのご感想をお聴きしたい。