お前……マジで?
またしても大筋が進まない溜め回ですが、必要なのです。
一条伴、つまりはシンプルプランからの回答はあの海浜公園での遭遇からわずか一週間後のことだった。千石を含めた三名で会談に応ずる、という内容だった。
それ事態は寧人にとっては意外でもなんでもないことだ。
犠牲を最小限に抑えるという提案は望むところのはずだし、この会談が彼らにとってマイナスになるようなことは考えにくいからだ。
場所も時間もシンプルプランで決定し、メタリカの幹部数名がそこに出向く以上、どちらかと言えばメタリカ側にとってリスクの大きい行為だ。メタリカ側は罠や事前の備えをすることもできないのだから。
だから寧人にとって予想外だったことは彼らの判断自体ではなく、その回答の早さだった。
正直に言えば、焦った。
この会談は周到な事前準備が必要であり、それには資源も時間もかかる。間にあわないのでは、と思わされた寧人だったが、またしても彼に助けられる形となった。
「先輩? どーしたんすか? もう酔ってんすか?」
彼。目の前でドライビールを旨そうに飲んでいるこの男、新名数馬は本当に天才かもしれない。放送、戦略兵器、拠点の防衛の備え、すべての事前準備をこの短期間で片付けた手腕は並大抵のものではない。
寧人は気が付けばこのテキトーで優秀な後輩をボンヤリ眺めてしまっていたようだった。
「いや、別に酔ってるわけじゃないけど……。それにしても久しぶりだな。お前と二人で飲みにくるのは」
寧人も芋焼酎をちびりと飲んでからそう答える。ツルギやベナンテは今日までは煉獄島におり、明日合流の予定だった。
予定しているディランとの会談は、明日。十年以上前のブラックサバスとガーディアンの戦いで廃墟となってしまった都内の1エリア内のビルが舞台だ。
「まさか、明日あんなことを予定してるのに、普通に飲みに誘われるとは思わなかったぞ」
「え? そうすか? だって準備終わったし、別にカンケーなくないすか?」
新名はケロリとしている。とても彼らしい。
「だって先輩。明日のアレ、やっちまったらもう普通に飲みにもこれないっしょ」
ネギマを頬張りつつ、新名が言う。
たしかに、その通りだった。
寧人はなんとなく周りを見渡してみる。いつものおでん屋は遠かったので、今日は通りがかりに入った焼き鳥屋だ。それなりに繁盛しているらしく、客も入っている。
客の大半はサラリーマンの男性で、一見すればスーツ姿の寧人も新名も違和感なく溶け込んでいる。誰も、ここにいるのがメタリカの首領とその側近であるとは思いもしていないだろう。
明日以降は、こんな風に普通に、気軽に都会の居酒屋に入ることはまず不可能になる。
「……そうだな」
「でしょ? それに、俺ちょっと先輩に話あったんすよね」
ネギマを食べ終えた新名は今度はつくねを手に取り、軽い口調で言ってきた。
口調こそいつも通りだが、コイツがこんなことを改まっていうのは珍しい。
「? どうした? なにか問題か?」
「いや、事前報告っすね。俺、結婚するんすよ」
オレケッコンスルンスヨ。という音声の羅列の意味が一瞬わからなかったので、寧人はおもわず、は? と聞き返した。
「だから、俺、この戦いが終わったら結婚するんすよ」
「…………ブフォッ!」
一瞬遅れて、後輩の言っている内容を理解した寧人は口に含んでいた焼酎の水割りを吹きだしてしまった。
なお、吹きだした水割りは新名が素早く手にしたおしぼりで素早く的確にブロックされた。ちなみに寧人のほうのおしぼりである。やはりこいつの抜け目なさは異常だ。
「ちょっ! なにクラシカルな反応してんすか。前世紀の漫画じゃあるまいし」
「いや、だってお前……マジで?」
「マジっす」
寧人にしてみれば、まったく予想もしていなかったことだ。この新名が、ミスターチャランポランとの異名を持つこの男が、結婚?
すこし考えたが、部下が上司に結婚の報告をする、ということ自体はさほどおかしいことではない。ただ意外すぎただけだ。
「……あー、えっと、その、なんだ。おめでとう?」
微妙なリアクションをした寧人に対し、新名ははは、と笑った。多分寧人のリアクションも想定内だったのだろう。
「ははっ。まあ、そっすね。とりあえず面白いことは全部しちまいそうだし、そうすると本格的にやることなくなっちまいますしね。幸せな家庭ってやつでも築いてみようかと思いまして」
「……いまいち意味がわからないぞ新名」
「あー、だからほら。俺って天才じゃないすか? ガキのころからなんでもソコソコできたんすよね。別にマジにならなくても。……で、だからメタリカに入ったんすよ。悪の組織ってやべーし、少しくらい面白いことあるんじゃないかと思いまして」
ビールをあおる新名は少しだけ照れくさそうだった。
こいつがこんな風に自分のことを言うのは本当に珍しい。
そして言いたいこともよくわかる。寧人とは違い、新名ならばどんな道に進んでもそれなりの人物にはなれたはずだ。それこそ、さして本気にならなくても。
凡人である寧人には想像するしかできないが、それはもしかしたらとてもつまらないことなのかもしれない。
「で、それでいきなり先輩の部下っしょ? うわ、これガチでミスった。と思いましたよ。最初は」
新名が寧人の部下になったのは、沖縄支店に異動する直前だ。つまり左遷につき合わされた形なのだから、それも当たり前だろう。
「……ああ。そうだよな」
「死にそうになりましたしね。めっちゃビビりましたよ。でも、なんて言うんすかね。初めてだったんすよね。すげぇ、と思ったのは。先輩はありえねぇ人だったし。俺がマジになんなきゃならないことが多くて、マジでやったらそれだけとんでもないことになっていって」
そういって笑う新名につられて、寧人も笑ってしまった。たしかにいつも無茶苦茶だった。そうせねば勝てなかったし上ってこれなかった。
いつのころからかわからないけど、新名は寧人の決意と信念を叶えるためにガラにもなく熱くなってくれていた。
「……はは。そうだな。悪いな」
「で、気が付けばこれっすよ。ガチで世界征服する一歩手前。次の戦いに勝てば、それがマジで叶う。バカげてるけど、マジで」
寧人も新名も少し黙り、互いに酒を飲みほしておかわりを注文した。
「だからなんつーか、サイシューケッセンが終わればいったん満足感出ると思うんすよね。宇宙征服しにいくわけにはいかないですし。……てなわけで、結婚でもしてみっかって感じっすね。ちょうど好きな子もいますし? もちろんメタリカは辞めませんよ。世界征服後も今とは違う仕事もあるでしょうから。俺は世界を制した極悪人の側近として、仕事も楽しみつつ幸せな家庭でぬくぬくと平和に生きていきます」
新名の話すことは寧人には実感としてはわからない。でも意味を理解することはできる。たしかに、自分たちがしてきたことは普通に生きていれば絶対にありえないことだ。
この世界自体へ挑むという戦い。世界を変える極悪人の信念とともに歩く道。
変な言い方だが、退屈していた天才にとってこれ以上に『やりがい』のあることは多分ないだろう。この戦いに勝てば、それは一度終わる。
寧人の構想ではそのあとにこそ新名が必要となるが、その力は多分もてあますだろう。
好きな子もいる、と軽く言っているようだが、それは本当なのだろうし、新名は頭がいい。この先の人生の幸福まで考えたうえで家庭を持つつもりなのだろう。
「どうすかね? 結婚。いいっすか?」
新たに運ばれてきたビールには手を付けず、新名は少し真面目な顔で聞いてきた。
「いや、なんで俺に許可を求めるんだよ。いいよ別に。お前らしいと思うぜ。めでたいな」
新名の話を聞いた寧人は自分でもびっくりするほど嬉しかった。
新名は戦いに勝つつもりだし、しかもそのあと自分自身が幸せに生きることまでちゃんと考えている。もう何度思ったかわからないが、あらためて、そして強く思う。
さすがは新名だ。
「でも、先輩は……」
新名が言いかけたことは寧人もわかっている。でも言わせない。
「しかし、お前も大人になったよな。結婚する上にきちんと上司に報告するとか、新入社員のころからするとすごい成長だぜ」
「……なーに言ってんすか! 成長とか先輩に言われたくないっすよ。先輩、入社試験の面接で特技はそろばん三級です、とか言ったって噂ですよ」
新名は一瞬だけ黙ったが、すぐにそう切り替えしてきた。
「なっ……!? お前、そろばん舐めんなよ。俺のそろばんすげーんだぞ。三ケタの掛け算までできるんだぞ!!」
ムキになってそう反論してみせた寧人に対して、新名はぷるぷると震え、次に太ももを叩いて心底おかしそうに笑った。
「うひゃひゃっひゃ!! まさかの、マジ話……!! メタリカの面接でそろばんって先輩。しかも級って……! 馬鹿じゃないすか!? あー、呼吸が……!!」
「お前、上司に向かって……ぷっ! たしかに、バカ丸出しだよな!! はははっ!」
と言おうとした寧人だったが、考えてみると自分でもかなりおかしいので一緒になって笑ってしまった。周りに迷惑にならないように声を殺していると涙目になってくる。
20代中盤の悪党二人が居酒屋で爆笑。
明日には世界の命運をかけた会談が行われ、それに備えて仕掛けていたことを発動させる。そうなればもう戻れない。最後の戦いまでもう余分なことは何一つできず、しくじれば二度とこうして酒を飲んで笑いあうことなんてできない。
それは二人ともわかっている。だからこそおかしくて楽しくてたまらない。
そしてそんななか、戦いが終われば結婚する、と言う後輩が本気で嬉しかったし、心から祝福したい。
「うひゃひゃひゃ……! あー、笑ったら腹減った。白レバー五本くらい頼んでいいすか? あ、あと俺も焼酎にします。プレミアムなヤツで。ああそうだ。ゲンもいいし、魔王にしましょう魔王」
さんざん上司をバカにして笑い、どさくさに紛れて高くなるであろう会計を払わせようとする新名。でも全然イヤではない。
「ああ。仕方ないから奢ってやるよ!」
仲間はたくさんいる。心から信頼する側近もいる。
でも、年下で、こんな風に笑って気さくに話せて、でも頼りになる相手。
『後輩』はこの世に一人しかいない。
寧人は大事な会談を明日に控えた夜ではあるが、この愛すべきバカな天才と二日酔いギリギリまで飲むことを決めたのだった。
次からいよいよ寧人の考えていることがあきらかになり、物語はラストにむけて加速します。明日には投稿します