しんどいです
溜めの回が続きますがご容赦ください
ヘイレンの攻撃を止めさせ、提案があると申し出るところまでもってくることが出来た。もう少しで目標を達成することができる。
寧人はここまでの自分の言動にミスがなかったことに胸を撫で下ろしつつ、しかし表層にはそうした感情を出さず、あくまでも余裕綽々の態度のまま一条伴の回答を待った。
「……提案、だって? あんたらにも俺たちにもメリットがあるような話があるとは思えないけどな……」
一条はこちらをいぶかしむ姿勢をとっているが、その奥には迷いと恐怖が見てとれる。彼は、いかに絶大な力を持つとはいえ高校生だ。これまで幾度となく戦ってきたロックスたちに比べれば精神的には一歩劣る。寧人はそう確信していた。だから、こう続けた。
「お前にここで話しても無意味だ。お前はシンプルプランを動かせる立場にはないんだろ?だからお前に依頼したいのは、会談の場を作ることだ。俺と、千石のな」
「なっ……!?」
一条の驚きはもっともだった。だが、冷静に考えればこれは当然の結論だ。ロックスやガーディアンを実質的に動かしているのは、千石の正義のカリスマ性であり、彼なくしてシンプルプランの発動はありえなかった。だからシンプルプランの意志の決定には彼が欠かせない。もちろんメタリカ側だって同じことだ。
寧人はこうしたことを一条に説明し、そして念を押すようにさきほど話した内容を言い聞かせる。
「このまま行けば、俺たちの戦いは何年にもわたる大規模なものになる。そして世界は傷つく。俺がディランに話すのは、それを避けるための方法だ。……ああ、心配するな。別にディランと会う機会を作ってその場でやつを殺すつもりなんてない。あくまでも平和的な『話し合い』だ。
だから、会談の場所も時間もそっちで設定してくれてかまわないぜ。もっとも俺だって待ち構えていたロックスに袋叩きにされたくはないからな。そっちは現場に来るのはせいぜい数名にしてもらいたい。ロックスが数名いれば、備えとしては十分なはずだ。
こっちは最低限の備えとして側近を二人連れて行く。元アンスラックスの頭目であるベナンテ、そして俺の片腕であるツルギ・F・ガードナーだ」
「……あんた、一体どういうつもりだ……!?」
一条は混乱しているが、ここまでくればもうこれ以上彼の疑問に答えることはない。一方的にこちらの言葉を伝えるだけだ。
「ベナンテがいれば、お前らがどんな罠を張っていようとも感知することが出来る。あきらかに俺を殺すつもりだということがわかれば逃げさせてもらう。まあ、お前らがそんな汚いことをするとは思えないがな。……さて、一条『くん』、俺の言いたいことは以上だ。
お前には俺に繋がる専用の通信機を渡しておこう。こちらの居場所を探知することはできないが、いつでもどこでも俺に繋がる。もちろん、千石や他のロックスと相談してくれてもかまわない。平和的な会談の用意ができれば俺に連絡しろ」
寧人は情報を整理しきれていない様子の一条に近づき、小型の通信機を手渡した。
「……そうだな。回答は一ヶ月待ってやる。それまではこちらも誠意としてメタリカの一般社会への攻撃をはじめとした様々な悪事を停止しよう」
風が冷たくなってきた海浜公園の中心で、寧人は高校生ヒーローに優しく耳打ちするようにそう告げた。
「……なぜ、これを俺に……?」
「偶然会ったからだよ。元々会談は行う予定だったが、どうきっかけを作ろうかと思案していたところだ。……もっともこの偶然もお前の持つ特殊な能力なのかもしれないがな。喜べ坊や、お前のおかげで戦火は世界中に広がらずに済むかもしれないぜ」
寧人は笑顔を浮かべてそれだけ言うと、一条に背を向け歩き始めた。
今背後から攻撃されればひとたまりもないが、それにビクついている様をみせるわけにはいかない。
ここではあくまでも『今この場で小森寧人を倒す意味はなく、小森寧人もそれを確信している』と一条に思わせなくてはならないからだ。
恐怖心を殺し、悠然と歩く。
「待て!!」
そう声をかけられるが振り返りもしない。
「嫌だね。俺の要件は済んだし、お前の話を聞く気はない。結論も出ていない話を聞くのは時間の無駄だ。高校生と違って、大人は忙しいんでな……じゃあな」
寧人はそれだけ答えると、後ろにヒラヒラと手を振ってやり、少し離れた場所で待っていた真紀の肩を抱き、そのまま立ち去った。
一条伴が背後から攻撃をしかけてくることは、やはりなかった。
※※
海浜公園を出て、舗装された並木道を歩き、たっぷり距離を取り、もう確実に一条の視界の範囲から出ているであろうことを確信したところで寧人は真紀の肩を慌てて離す
「ご、ごめん! いきなりこんな、それに『俺の女』呼ばわりを……」
必要なことではあったのだが、真紀に了承も取らずにあんなことをしてしまった。寧人は申し訳なさに小さくなって謝った。
「……い、いえ。その……あれはその……。え、演出なんですよね?」
真紀は少し顔が赤い。やっぱりいきなりあんなことをされて恥ずかしかったのかもしれない。でも意図はわかってくれていたようなので、寧人は少しほっとした。
そう、あれは演出だ。悪の大物、という印象を一条伴に与え、あの場での寧人の発言に説得力を持たしてこちらの望む方向に展開をもって行くためのハッタリの一つだ。
しかし今考えてみれば、自分が真紀さんの肩を強引に抱いて『俺の女』と呼ぶなんて、これまでは考えられもしなかったことだ。普通のときならシャイで奥手な自分には100%無理だろう。なにせ相手はほかならぬ真紀さんなのだから。普段なら熟考し、緊張し、意を決して彼女に触れようとして、で、結局びびって引っ込めるのがオチだと思う。
実際、あの海浜公園を出てここまで、真紀の肩を抱いて歩いている間、寧人の鼓動はいつもより速くなっていたし、右腕のなかにある自分より小さな温かさや、ふわりと香る桃のようないい香りには頭がどうにかなりそうでもあった。彼女のきめ細かい肌が桜色に染まっていることに気づいたときは寧人のほうがアタフタしてしまった。
それらはすべて、寧人の彼女へ対する感情によるものだ。寧人自身、それはよくわかっている。
でもあの場、ロックスを引かせるための判断の上では一瞬だった。なんの迷いもなかった。このことが示す意味は意外と大きい。寧人はそう思っていた。
「あ、うん。演出っていうか、ハッタリっていうか……。本気で言ったわけじゃないし、そんなつもりは全然ないから、安心して」
だから、寧人は真紀にそんな風に言った。
今までなんとも人を騙してきた極悪人であるはずの寧人だったが、今回はいつもとは別のベクトルで心が痛む。
「そ、そうですよね! わたしちょっとだけドキドキしちゃいました。あはは、おかしいですね!」
すこしだけ間か空き、真紀はいつもより元気な声で答えた。
「ごめん」
「いいんですよ! わたし、そういう意味では全然、その、気にしてないですから」
「……送るよ。駅のほうに車を呼ぶから」
「……はい。ありがとうございます寧人くん」
それで会話がとまり、二人は街頭に照らされた夜の並木道を無言のまま並んで歩いた。
寧人が横をみると、真紀はすこし俯いていて、なにか悲しそうな顔をしている。可憐な顔立ちをしているから、余計にそれが目立っていた。
寧人だっていい加減もう子どもではないしそこまでバカでもない。今日彼女と過ごしてみて、彼女が自分のことをどう思っているのか、ということについては確信はないもののなんとなくわかっている。だから、今彼女がどうしてそういう表情をしているのかといことだって、わかっている。
でも、だからこそ寧人はなにも言えなかった。
そのまま無言の時間が過ぎて、駅についてしまって。
真紀は車に乗り込む前に寧人をみつめて、言葉をかけてきた。
「今日はありがとうございました。会えて、嬉しかったです。……それに、あんなことがあってすごくハラハラしたけど、無事でよかったです」
そう言う彼女の表情は穏やかで優しいものになっている。きっと頑張ってそうした表情をみせてくれている。
寧人は彼女のそんな心遣いが嬉しかった。
「うん。俺のほうこそ、色々ありがとう。気をつけて帰って」
寧人はそんな彼女を見送る。車の窓から見えなくなるまでこっちを見て、手を振っている真紀を最後まで見送る。
一人残された寧人は一度ため息をついた。
自己嫌悪に落ちいらずにはいられない。
結局、真紀さんには決定的な言葉を言うことが出来なかった。それは俺の弱さだ。自分が置かれている状況や、真紀さんの幸福を考えれば本当はどうするべきなのかということくらいわかっている。
でも出来なかった。
それは俺が今の状態に甘えているからだ。
「……くそっ!」
誰も聞くもののいないなか、寧人は一人で自分を責めた。
「………でも、やることはやんないとな……」
本当はこのままなにもかも放り出してしまいたくもなるが、そうもいかない。寧人はプライベートな部分を一度強引に封印して、メタリカCEOとしての行動を即座に済ませることにした。
今日中にやらなければならないことをさっさと済ませて、もうそのあとは何も考えたくなかったからだ。
まずは新名に指示を出す。
前から計画していた例の策の実行を前倒しにする。関係各所に手を回しておき、いつでも発動できるような状態にしておく。そのためには新名は一度煉獄島の本部を離れること。
すべての下準備は一条が俺に回答をよこすまでには済ませておかなければならないが、新名ならなんとかなるだろう。
次に、その策が上手くいった前提での最終決戦のための準備を組織すべてに通達。
これはすこし時間がかかったが、おそらくは明日中にはなんとかなる。
ツルギ、ベナンテの両名には会談の際の動きを入念に打ち合わせしておく必要がある。
現在の状態を冷静に考えれば、メタリカは圧倒的に不利なのだ。シンプルプランはロックスとしての高い実力にくわえ、世界規模での数的優位をもつガーディアン、世界中の後押しも受けている。たいしてメタリカはあくまでも基本的には少数派によって構成された組織であり、個で考えた場合でもその戦闘能力でもロックスには及ばない。戦力の量でも質でも、厳しい戦いを強いられ、勝算は低い。
そもそも世界に挑む、というのはそういうことだ。
だが、今寧人が画策している会談と、それにあわせて放つ策があわされば、この劣勢を一気に互角にまでもっていけるはずだ。
「一週間、そのくらいではなんとかしないとな……」
考えをまとめ、寧人はそれを口に出す。
考えてみれば、今日一条に遭遇したことは幸いだった。この幸運がなければディランと会談を持つきっかけ作りは難航しただろうし、時間もかかったはずだ。
寧人には、もうそう長い時間は残されていない。
改造人間である寧人は定期的にバイタルチェックを受けなければならない。
前回はスレイヤーに所属していたから結果を握りつぶしたが、次のときは開発者である真紀の目をごまかすことはできないだろう。そもそもその前に異常が起きる可能性も否定できない。
「……ふーっ……」
寧人は様々なことを考え終えて、並木道で足を止めた。そして夜空を見上げた。
「……俺は絶対負けません。最後まで貫きます。……でも、ちょっとだけ、しんどいです……」
最後には記憶のなかにしかいないあの人に、泣き言を洩らした。