はい、悪の親玉です。
こっから最終章ですが、やや静かな立ち上がり。
新生メタリカの本拠地は煉獄島に置かれ、煉獄島は戦闘にも耐えうる要塞施設になった。だが、メタリカすべての部署や人員が煉獄島に集められているというわけではない。
これはある意味当たり前のことだ。そもそも多くの人員や設備を一拠点に集めることは物理的に不可能だし、部署によっては島外においたままにしてほうがいいものだってある。また世界中に点在するメタリカの拠点はそこに位置することそのものに意味がある場合もある。
先日寧人が演説をしたときは煉獄島を本拠地として立ち上げるために多くの構成員を集めてはいたが、今では最後の戦いに備えて各地に飛んでもらっている。そしてあのときはモニタ越しに観ていたであろう全世界の構成員とともにそれぞれの仕事に取り掛かっていることだろう。
首領である寧人は、いったん本拠地の運営を専務取締役である新名に任せ、世界中の拠点や設備を順に訪れていた。
「えーっと……ツルギ、次はどこだっけ?」
寧人は専用機のシートに腰掛けたまま、隣に座るツルギに声をかけた。今日は古巣のマンハッタン、昨日はフランス支部、昨一は旧メガデス構成員たちが多い中東支部と、ここ数日はなかなかのハードスケジュールだったため寧人は少し疲れていた。
「明日にはいったん日本に帰国します。国内の各拠点を一日で回る予定です」
同じくハードなスケジュールを送っているはずの新生メタリカ副社長、ツルギには疲れが見えない。鍛え方が違うというわけなのだろう。
「そっか。じゃあもうひとふんばりってとこだな」
寧人はシートに腰掛けたまま背伸びをした。たしかに疲れはするが、これは必要なことだし、それゆえにやると決めたのだ。
各拠点を訪問し、構成員一人ひとりに会う。各地の状況を把握するべくその声を聞き、今後の改善に役立てる。同時に寧人の思いや今後の方針を説明していく。
ディラン率いるシンプルプランの動きも気になるが、これは最初に済ませておかなければならないことだ。
「……それにしてもボス。ついに、ここまで来た、というところですかね。今更ではありますが、おめでとうございます」
ふと、ツルギがそんなことを言ってきた。
ここまで来た、というのは当然ながらメタリカの首領に上り詰めた、という意味だろう。
「……そうだな。しかしちょっとおかしいな。この俺が『悪の親玉』なんだぞ」
悪の親玉、まるで子どもが口にするような言葉だが、今の寧人はまさにそういう存在だ。
「ふっ、違いない。だが俺は最初からアンタがこうなるような気がしていましたがね」
ツルギは例によってニヒルで渋い笑みを浮かべ、手にしたグラスに酒を注ぎ始めた。
「到着は半日後です。どうですボス。一献付き合いませんか?」
「ああ。んじゃ、ちょっとだけもらおうかな」
二人で無言の乾杯をし、そのまま一口に飲みほす。
「……そういや、だいぶ前にこんなことあったよな。覚えてるか?」
寧人はそんな話を振ってみた。たまには思い出話をするのも悪くはない。なにせ、ツルギは最初からずっと本気で自分と一緒に戦ってくれた男だ。当時の俺はたいした地位もなく弱かったのに、彼ほどの男が自らやってきてくれた。寧人の『悪』を自らが仕える価値のあることだと断言してくれた。
「ええ。沖縄に入るときですかね」
ツルギは目を閉じたまま、酒の余韻を味わっているようだった。
あらためて考えてみれば、寧人はこの男にどれだけ助けられてきたかわからない。強さだけじゃない。彼は、寧人の野望がただの夢想に過ぎなかったあのころから共に本気でそれを目指し、全力で走ってくれた。
多分、彼がいなければ自分はこの場所にたどり着くことはできなかっただろう。寧人はそう思っていた。
「……ああ、この際だから言うけどさ……」
寧人は、今までのことについて彼に言おうとした言葉をかけようとしたがツルギはそれを遮った。
「ふっ、湿っぽいのはゴメンですよ、ボス。……ああ、そうだそんなことよりも、日本の拠点回りは最後が開発室になります。それでそのあとボスには少し休みを取ってもらうことになっています」
「え? や、休み? なんで?」
ツルギは二杯目を注ぎながら真顔で答え、寧人は予想外の言葉にぽかんとした。
「それは、ボス。もちろん体力的なことで休みも必要ということもありますがね。アンタには会わなくちゃならない人がいるでしょう」
「……あー……」
ツルギが何を言いたいかということは寧人にもわかった。メタリカを離反するときにあったことをツルギには洩らしたことがあったのだ。
「いや……でもさ……」
鼻の頭を掻いて、口ごもる寧人。別に避けていたわけではないのだが、なんとなく『彼女』には会いづらかった。けっして会いたくないわけではない、それはむしろ逆であの笑顔がみたいし、穏やかな声も聞きたい。でも、どんな顔をして会えばいいものかわからない。
ウダウダとしている寧人に対して、ツルギの言葉にはよどみがなかった。
「ボス。いいですか。男が女を待たせるのは別にいい。だが、戻ると約束したのなら、命ある限りそれは果たさなくてはならない。……まあ、俺の持論に過ぎませんがね」
さすがはツルギ。そのニヒルな容貌と男らしい性格で色々モテているだけのことはある。情婦も結構いるらしいのはそういうところに起因しているのだろう。
言っていることはフェミニストからすれば微妙な内容かもしれないが、不思議と説得力があった。
が、寧人としてはちょっと違う。
「え? いやそういうアレじゃないぞ。単に俺はだな……」
あの人と自分は男だ女だ、という関係性ではない。同期であり、仲間だ。少なくともいままではそうだった。たしかに寧人は自分のなかにある感情があることは否定はしない。だが、それについての結論はまだ出ていないのだ。
「その辺が経験不足で苦手なのは知ってますがね。あまり情けないのはどうかと思いますよ。……アンタはなんでしたっけ?」
ツルギの視線は鋭く、寧人は思わず答えてしまった。
「……はい。悪の親玉です」
どうやらそろそろ覚悟を決める必要がありそうだな、寧人はそんなことを思いつつもう一口酒を飲んだ。
そして目を閉じて考えた。
うーむ。そうか、瞼の裏には彼女のたおやかな表情が映るし、優しい声も聞こえてきそうだった。優しくても実は強くて、凛としたところがあって、いつも真面目で。彼女はそういう人だ。
一緒にいると柄にもなくウキウキしたりすることもあったし、馬鹿みたいだがカッコつけたりもしたことがある。
寧人は何度か彼女の涙を見たこともあったが、できればもう見たくないと思う。誰にも言ったことはないが、それも寧人が戦ってこれた一つの要因ではある。
「うーむ……」
どうやら俺はやっぱりアレらしい。ソレらしい。
しかし、その感情は、多分。
寧人は複雑な思いを抱えて、ため息をついた。どうやら、このままにしておくわけにはいきそうにもない。
自分の気持ち、置かれている立場、これから先の未来。様々なことを考えた上で、自分自身の感情と彼女との関係に決着をつけなくてはならない。
「……はぁ……」
そのはずなのに。思い切ることが難しい。それどころか、もう全部忘れてただ彼女と会うのを楽しみにしたくもなる。
今まで何度も決断をして、そのたびに固い意志でそれを実行してきた。くぐってきた修羅場はもはや人類史上でも有数のものだろう。それなのに俺は。こんなにもヤワなのか。
寧人はモヤモヤとした頭でそんなことを考えた。
次回、影の薄さに定評のあるあの人が久しぶりに登場。