てめえの好きにはさせねぇ
同時刻、はネイトの演説と、ということです。
元々前話と今回は一話だったので。
――同時刻、日本中部地方、我名の隠れ里――
我名の里は、ある特殊な能力をもつ一族が世間を離れて暮らす場所だ。発祥は戦国時代中期とされている。
我名の里の者の大多数は里で生まれ、里で一生を終えるがその中でも一部の者、つまりはより能力に優れた者のみが外部の一般社会と係わることがある。
それは一族に伝わる掟によるものだ。
世に乱れあらば、我名はその力を持って太平のために働くべし。
かつては徳川家のために、そして近代以降はさらに広く万民のために、彼らはいつの世も歴史の裏にあり、働き続けた。姿を隠す仮面と装束に身を包み、戦い続けた。
その存在は秘匿され、けして表にでることはなかったが、22世紀現在は少し違う。超常の力を持つ悪から人々を救うために力を振るう我名の現当主はある事情から正体こそ謎のままだが、その『存在自体』は一般に知られており、そして別の呼び名で呼ばれるようになっている。
ロックス、である。
里の長老は今ではロックスの一人と呼ばれる現当主、緑日の求めた面会に応じていた。
「緑日よ、お前の用向きはわかっているぞ。あの銀の騎士、ディランという者の呼びかけに感じ入った、というのであろう?」
緑日といわれた男は一族に伝わる装束と仮面を纏っている。これは戦いに赴く意志の表れだ。
「……恐れながら、世の乱れを討つのが我らの使命。なれば、戦うときは今。私はあの男の意気に応じないわけには参りません。もしお止めになられるのであれば、現当主の身ながら、里を離れさせていただく所存です」
膝と拳を床につき、頭を垂れてはいるが、緑日の心は決まっているようだった。その体からはほとばしるような気迫が見える。
長老には彼を止めることは出来そうにもなかった。
また、止めるつもりもない。
緑日はけして礼を失わない冷静で折り目正しい男だが、そのうちには悪を許さぬ強い意志がある。
優れた才と長きに渡る習練によって身につけた術を、彼ならば正しく扱えるだろう。ならばこそ、彼は当主となったのだ。
「……よかろう。ならば行け。我名の長き歴史のなかで最強の使い手たるオヌシが当代に生れ落ちたことは、宿命だったのかもしれぬ」
「……はっ……! それでは、失礼」
先代当主である長老の声に応じるや否や、緑日の姿は煙のように消えていた。
その技は同じ里の者である長老の目でも追うことが出来ないほど見事なものである。
「……ふっ、ディランとやら、お主は今、万の軍に等しき助勢を得たぞ」
当代一の、そして史上最強と呼ばれた忍び、世に言うロックスの一人に数えられる男。
仮面の忍者リョクヒ。その力は必ずや太平の世を守る切り札となるであろう。
※※
――同時刻、ガーディアン特別分室訓練所――
「第一陣、構え。……掃射ぁ!」
室長である岩頭の指揮に答え、隊員たちは一斉に光力強化弾を発射した。
銃口からは薔薇の花弁に似た発光がおこり、発射された弾丸は厚さ5メートルの鋼鉄の壁にエネルギーに包まれた弾丸が深くめり込む。
これは、他のガーディアン部隊には支給されない光力強化弾や光力振動刃を戦力として用いる特別分室ではおなじみの訓練風景だった。
扱いが非常に難しい反面、たとえ相手がメタリカの改造人間であろうとも攻撃力として機能する弾丸による掃射訓練を行うことが出来るのは今のところと特別分室のメンバーだけである。
これは特別分室が、真に『特別』であることの一つの証明だった。
特別分室は実質的にはガーディアンと同様の職権を持ち共闘も行うが、厳密にはガーディアンではなく日本の警察官である。にもかかわらず特別分室が、他部隊に装備の優位性を持っているのには理由がある。
多数の悪の組織による犯罪や暴力行為に対抗するために世界的な統一機構として発足したガーディアンだったが、やはり超常の力を武力として有する敵に対しては遅れをとることが多かった。
結局ガーディアンは役立たずで、ロックスに頼るしかない、市民のそういう声がもっとも大きくなったのはおよそ8年前のことだ。
ガーディアンは公的機関であり、世論の支持を失うことは組織の存在意義を揺るがしかねない問題であったため、当時のガーディアン機関は対応策として特別分室の発足を決定した。
一人一人が高い戦闘能力とスキルを有し最高の装備を持つ少数精鋭のガーディアン、それが特別分室のコンセプトとして掲げられた。
特殊部隊に所属した経験を持つ者、知能犯罪対策のエキスパート、CQB(近接戦闘)のスペシャリストなど、各国の誇る最高、そして高いモチベーションをもつ人材により組織された特別分室は予想以上の成果をあげた。
小数であるがゆえにすべての案件に対応することはできないが、ひとたび出動すれば作戦に失敗はなく、それゆえに特別分室は今では市民からの信頼厚い集団となっている。
「……やめだ! 弾丸の収束率が低い! その程度では上級クラスの改造人間には通用しないぞ。訓練といえども集中力を切らすんじゃねぇ。ブラスターショット一発にいくら税金がかかってると思っていやがる」
室長の岩頭は隊員たちの訓練掃射をストップさせ、苦言を呈した。
隊員たちの射撃技術は世界でもトップレベルであるが、岩頭の求める領域には達していない。
「しかし……室長……。ブラスターの反動を考えれば速射も命中率もこれ以上は……」
一人の新米隊員が泣き言を挟み、岩頭はそれを受けて彼に近づいた。
「貸してみな」
一言そう言うと、岩頭は新米隊員のブラスターを手に取り、ホルスターに一度収め、そして。
「オラァっ!!」
裂帛の気合とともにブラスターを抜き放った。
特別分室標準装備品であるブラスターの銃口からは他の隊員の発砲時とは比較にならないほど大きな薔薇の花弁状の光が放たれる。
同時に、激しい衝撃音が鳴り響き、目標である鋼鉄の壁には一瞬のうちに大穴が空いた。
「……! 室長、今のは……? 何故破壊力までもがあがるのですか……?」
目の前で起ったブラスターによる異常な一撃に新米隊員は驚愕の表情を浮かべる。
「なーに。三発連射して、同じところに『同時に』ぶち込んでやっただけさ。発射角度を変えてやりゃあいい」
「……!? 三発!?…あの一瞬で…! 同時に……?」
新米隊員は絶句したが、岩頭はそんな彼にブラスターを返し、肩を叩いてやった。
「ま、お前も出来るようになるさ。元々お前、特殊部隊のスナイパーだったんだろ?」
ニヤリと笑う岩頭タツヒト。特別分室を率いる45歳のこの男は、他の隊員が元々エリートであることとは対照的な経歴を持っている。
彼は、元々ただの、ノンキャリアの警察官だった。交番で人に道を教えたこともある、靴底をすり減らして窃盗事件の犯人を追ったこともある。
岩頭がまだ20代のころにガーディアンは発足した。
それは、従来の治安維持機構が無能であることを暗に告げていることであり、それに耐えられなかった岩頭は、鍛錬に鍛錬を重ね、死に物狂いで努力し、現在の立場についている。いまだ本籍は警視庁にあり、出向の身でありながらガーディアン特別分室長の責をおっているのだ。
誰かを守りたかった、より良い社会に貢献したかった。たとえ、相手が怪物のような力をもつ悪党であったとしても。理不尽な暴力で望みを果たそうとする連中に負けたくなかった。
警察官を、舐めるな。
その思いとともに上り詰めたこの男は、実力は当然として、その人格においても特別分室を率いるにたる人物であるとされている。
「ディランが言ったように、近いうちに必ずでかいヤマがある。お前も俺も、そのときは死ぬ気でいかなきゃならねぇ。お前も覚悟を決めてここを志願したんだろ? なら、それが俺たちの誇りだ」
岩頭は新米隊員にそう告げた。同時に、他の隊員たちもまた新米にそれぞれの言葉をかけた、新米はそれに答える。
「はい……! やってみせます!!」
「……よっしゃ。次行くぞ!
これが、岩頭の率いる特別分室の強さ。全員が自身の意思で正義のために戦う決意をもつ男たちの力。
ガーディアン最強、特別分室。
この集団にはある有名な別の俗称がある。それは彼らの強さ、そして人々を悪から守るのだという断固たる姿勢をみた人々が一年ほど前から自然に呼ぶようになった名称。
戦い続けた警察官が率いるこの組織は、集団でありながらそう呼ぶに値する。
室長である岩頭の名と装備する光力装備使用時の薔薇色の発光から、彼らはこう呼ばれていた。
ガンズ&ローゼス。
ガーディアンが有する組織としての、ロックス。
※※
――同時刻、丁役高校、屋上――
「……よし、決めた」
丁役高校2年B組、一条 伴は学校の屋上で仰向けに寝転がりながら呟いた。
はたから見たら童顔の高校生が怪しい独り言を呟いているようにしか聞こえないことは伴にもわかっているが、どうせ誰も屋上にはこないので別にかまわない。それに、そもそも独り言ではない。
〈お! 伴、やっと決めたんかよ。ったく、おせーべ?〉
伴の脳内に響く、もう一人の声。
「うるさいな。お前と違って俺は普通の高校生なんだぞ。シンプル・プランとか即決してたらそのほうが異常だろ。常識的に考えて」
伴は「もう一人」にそう言ってやった。
まったく、こいつが来てからと言うもの、ロクなことがない。
〈ばーか。お前、もうとっくに普通じゃねーだろ〉
「だからそれはお前のせいだろ……」
この『もう一人』、伴の中に住み着いているヤツは、なんと驚いたことに宇宙人なのだ。
少なくとも本人はそう名乗っている。
本当かどうかは知らないが、遥か遠い星の住人であったこいつは無謀にも未完成なワープ装置を使って宇宙旅行を敢行、案の定失敗。肉体が消滅してしまい、残ったのは精神体だけ、ということだそうだ。
伴にとって不運だったのは、たまたま自称宇宙人の精神体が転送された場所に出くわし、怪我をさせられた上になりゆきで体に入られてしまったことにある。
以来、伴はありていに言えば二重人格者になってしまっている。もっとも基本的には伴のままだし自称宇宙人は伴の許可がなければ表には出られない。
〈そうかー? でもよー、俺が来なけりゃ、多分あの女とか死んでたぜ?〉
脳内に響く自称宇宙人の声。たしかに、それはその通りだ。コイツの力がなければ守れなかったものはたくさんある。しかし、それで全部チャラというにはあんまりだ。
「そりゃそうだけどさ……。もう少し地味にやれよな。俺は目立ちたくないのに、お前のせいで最近部活の連中に変な目でみられてんだぞ」
伴には部活仲間の女の子が何人かいる。部活といってもとくにたいした活動をしているわけでもなくなんとなく放課後をともに過ごしているだけなのだが、最近彼女たちには怪しまれているような気がしないでもない。
そりゃ事件が起きるたびにいなくなったり、翌日にはニュースに映っていたあのロックスと同じ場所を怪我していたりすることが続けば当然だろう。いずれ正体がバレてしまう心配もある。
〈そうかぁ? あの女たちだろ? あれはお前……変な目ってか、え、お前ホントに気づいてないのかよ。鈍感すぎんべ〉
「は? ……なにがだよ?」
〈……あー、もういいわ。おじさん甘酸っぱすぎてついていけねーわマジで。しかしお前、結局どの娘が本命なんだよ?〉
「は!? え、なに言ってんだよ。そんなんじゃねぇよ」
伴は慌てて否定した。自分でもあの子に対する感情がよくわからないのだから仕方がない。
でも、あの子を守りたいと思っている。それは本当のことだ。だからこれまでもヒドイ目にあいながらも戦ってきた。さっき固めた決意もそれによる部分が大きい。
〈ほー? 悪くねーんじゃねーか? 女のために戦うってのもよー〉
「心を読むなと何度言えばわかるんだよ……」
自称宇宙人にうんざりしながらも、伴はあらためて自分の決意について考えた。
俺はなりゆきでロックスと呼ばれる存在になった。でもなんだかんだ戦ってきた。あのディランのように世界中の平和を願っている、というのとは違う。
ただの高校生だった伴にとっては学校だったり友達だったり、ちょっと気になっている女の子が普通に暮らせる小さな世界のほうがずっと大事で、それを守るためなら戦える。それだけだった。
しかしここ最近の世界の動きを考えれば、俺も大きな戦いに身を投じざるをえない。もしシンプルプランが負けたのなら、小さな世界の幸せだなんて言ってられないかもしれない。だから決意した。
〈いいんじゃね? 俺はそっちのほうが好きだね。人間的だし、大体お前高校生だろ〉
「だから……読むなっての。……んじゃ、行こうぜ、ヘイレン」
伴はため息をつき、自称宇宙人の相棒、ヘイレンに声をかけた。
〈よっしゃ〉
ヘイレンの意識同調を確認し、伴は精神を集中する。
「変身」
二つの声が重なり、伴の肉体が変化する。全身タイツのようにも見えるが、これは肉体であり、鋼よりも硬い。
精神体であるヘイレンは伴の肉体を一時期に借用し、再構成することによって本来の肉体にメタモルフォーゼすることが出来るのだ。ただし、伴への負担から時間はそう長くはない。
「んじゃ行くぜ! 伴! あー、ガーディアン本部でいいんだよな?」
〈ああ。五分くらいか?〉
稼働時間ギリギリ、というところだろうか。
「シャラっ!!」
メタモルフォーゼした肉体は、重力を操り高速で空を飛ぶ。
なりゆきで力を得た普通の高校生が、ささやかな勇気によって変身するこのロックスは、ヘイレンと呼ばれている。
だが、二人組であることは誰も知らなかった。
※※
――同時刻、ガーディアン本部地下訓練場――
マルーン5のサブリーダーである小暮 蒼一は、リーダーである光太郎に要件を伝えるべく、彼がトレーニングをしている最中の訓練場に短距離テレポートで移動した。
青い光の粒子に包まれ移動自体は一瞬で完了したが、蒼一は光太郎に話しかけるのを一瞬ためらわずにはいられなかった。
「……」
光太郎はこちらに背を向け、精神を集中していた。
額に滴り落ちる汗、震える空気、時おり走る稲妻のようなエネルギーの奔流。
これは光太郎が持てるサイキックパワーを極限まで高めている証だ。
「……光太郎……お前……」
蒼一は光太郎の放つエネルギー量に驚愕した。
もともと光太郎、マルーンレッドはマルーン5のなかで最強のサイキックソルジャーだった。だが、この力はこれまでよりも遥かに強い。
「はあああああッ!!」
気合一閃、光太郎の体は光り輝くオーラに放つ。そしてその光が収束し、これまでのレッドとは違う形状のサイキックジャケットが光太郎を包んだ。
真紅に輝くそれは、マルーンレッドがさらなる段階へと進んだことを意味する。
いつのまに、これほどまでの力を得たのか。いつも一緒だったはずの蒼一ですらわからなかった。
三年前、煉獄島での戦いの時点ですでに光太郎のサイキックパワーは人類最強の域に達していた。
きっと、光太郎はあの敗北を経てさらに自分を磨いたのだろう。それは彼が誰よりも仲間を思い、正しくあろうとする男だからこそ出来たことだ。
子どものころの優しさはそのままに、強くなったこいつだからこそ。
その事実は、蒼一の胸を熱くさせた。
「………ふう……。あれ、蒼ちゃん、どうしたの?」
変身はわずか一瞬だけだったようだ。光太郎はいつもの優しく穏やかな表情に戻り、蒼一に笑いかけた。
「……ああ。千石さんが呼んでるぜ。ウイングスとかいう女の子のロックスが合流したらしい。お前も会うといい」
「あ、そっか。わかった。すぐに行くよ。ありがとう」
光太郎はタオルで汗を拭い、蒼一の肩に手を置いた。
「蒼ちゃん、テレポートよろしくね。僕、もうパワーないや」
そう言って情けない顔を浮かべる光太郎。蒼一はそんな彼がおかしく、そして頼もしかった。
「ちっ……ガキのころから甘ったれはかわらねぇな。借りは戦いのときに返せよ」
そんな光太郎に、蒼一はいつものように憎まれ口を叩く。
「……うん。僕は、もう負けないよ。二度と、誰も傷つけさせやしない」
蒼一は光太郎の言葉を受け、あくまでもクールに答える。
「ああ。俺も同じだ。マルーン5は絶対に勝つ」
「……ははっ、蒼ちゃんこそ、子どものころからカッコつけなんだから」
「うるせぇ」
カッコつけたつもりはない。
蒼一には予感があった。だからああ言った。多分、光太郎も同じはずだ。
シンプルプランとして戦う敵はおそらくはあの男だ。
マルーン5を退け、米国のロックスを倒しスレイヤーを率いた男。ヤツは必ず俺たちの敵となってもう一度現れる。
いいぜ。借りは返してやる。俺たちがいる限り、てめぇの好きにはさせねぇ。
※※
新たな王が誕生した悪、続々と集う正義の力。
動き始めた時代の流れは止まることはなく、世界の全てを賭けた決戦が始まろうとしていた
挑みかかるは平和を守る正義の勇者。
迎え討つは秩序を砕く悪の王。
決着の日は、近い。
組織頂点編、終わりです。
次回から、完結の章『最終決戦編~メタルジャスティス~』です。
今回ロックスが結構出ましたが、メタリカの幹部連中も強いです。さて誰が誰と戦うことになるでしょう?
書籍版もゆるゆると発売中!