力の差を教えてやる
静かな回です
21世紀末から22世紀初頭にかけて乱立した無数の『悪の組織』のなかでも、メガデスはその規模や成り立ちからしてやや異質の存在『だった』といえるだろう
メガデスの創始者、ディ・ムステインは創成期のメタリカに加わる予定だった男だが、ラーズら幹部との意見の違いから自組織を立ち上げ、その中心メンバーも自分でスカウトした者たちだけだった。
ムステインが部下としたのは各国の監獄に収容されているところを救い出した凶悪犯罪者たちである。ムステインはそうした者たちを自在に動かすマインドコントロールに長けている男だった。
またメガデスは特殊な薬品を用いて人間の筋力や思考力、サイキックパワーを強化することで独自の戦力とした。
創始者であるムステインは10年前にすでに他界しているが、メガデスは特殊経歴のメンバーたちの働きと独自の戦力によって勢力を拡大していき、悪の世界でもトップレベルの組織に発展したと『されていた』
そんなメガデスの本拠地はヨーロッパにあり、つい数時間前までは小規模ながら都市として『成立していた』
今は、廃墟となっている。
メガデスは戦いに敗れ、滅びたのだ。
廃墟と化した街ではすでに多くの作業員が逃げ遅れた人々の救出や消火活動にあたっていた。
事前に勧告を行ったことから非戦闘員はほとんど街には残っておらず、破壊規模に比べれば被害は軽微で済んだといえるだろう。
そもそも降伏勧告にはメガデスの構成員も多くが賛成し投降してきていたし、あくまでも抵抗する一部のみを制圧するために行われた戦いだったため、結果はやる前から明らかだった。
その廃墟の中心にはスーツ姿の五人の男がいた。
五人は先ほどまで行われていた戦闘の勝者となった組織、スレイヤーの幹部達であり、今この瞬間においては悪の世界でまさしく五指に入る男たちだった。
※※
寧人の予想よりもメガデスとの戦いはあっけなかった。
ディランのあの放送を受け、寧人は予定していたメガデス攻略を前倒しにして行ったが、意外なほどスムーズに制圧は完了した。
本来はもう少し時間をかけ、準備は万端にしてから行う予定だったことを前倒しにしたのだから、こちらに被害が出ることは覚悟していたが、それも予想より少ない。降伏勧告に多数が応じたことも大きかったのだろう。それでもこちらに抵抗する者たちのみを力ずくで叩き潰すのは難しいことではなかった。
魔獣、サンタァナ、クリムゾンのオーバーテクノロジー兵器、改造人間。これほどの超戦力を幹部たちが率いれば負ける要素などない。
「……あっけないものですね。ボス」
先ほどまでは狼の姿で燃え盛る剣を振るっていたツルギはタバコに火をつけつつ、そう語りかけてきた。
「ま、そりゃそうっしょ。今の俺達に対抗できるわけないっすよ。魔獣さんもクリムゾン製の兵器もあるし。大体人員に差がありすぎますって。つか、ツルギさんとベナさんだけでも大丈夫だったんじゃないすか?」
瓦礫にフライングボードを乗せて、その上に腰掛ける新名が欠伸をしながらそう応えた。
「さすがにそれは無理ですよ、ニーナ。あなたの臨機応変な働きがなければもっと被害は出ていたはずです。……ですが、これでひとまずの目標は達成できましたね。こちらに降伏してきた者たちは面談の上、戦力に組み込むこととしましょう」
リザードマンとして戦っていた姿からは想像もつかないほど穏やかな口調でベナンテはそう言うたしかに元アンスラックスの者たちと彼らの召還する魔獣だけでもこの制圧は出来たのかもしれないな、と寧人は思った。
「……ひとまずは、な」
すべての悪の組織を制圧する、というメタリカを離反したときの目的は当初の想定よりも早く達成できた。いや早くせざるを得なかった。
最後はあっけなかったが、これは最初にアンスラックスを制圧したときの電撃戦が劇的に成功したからこその成果だ。離反にいたる過程や準備、あの夜の森での戦い、全体を通して考えればけっして楽な道のりではなかったし、途中で失敗して死んでいても少しもおかしくはなかった。
思えば、戦闘においてこれほど圧倒的な勝利を収めたのはこれが初めてだ。
いつでも不利な状況で戦ってきた。そして陰謀と機転でそれに勝ち続けてきた。そのたびに自分は悪として強くなり、仲間を得てきたのだ。
限界ギリギリを乗り越えてきたからこそ、この力を手に入れることができた。恐怖の対象である悪の組織を一瞬で蹂躙できるこの力は、歩んできた道の果てにあったものだ。
もはや、悪に位置する者のなかで、敵などいない
すべての悪をこの軍門に下した。そしてその上で、これからメタリカに凱旋するのだ。
世界中の悪を束ねる存在が誕生する。そしてその力は世界をも変える。
それはもはや荒唐無稽な妄想などではない。あと一歩のところまで来ている現実であり、そしてそれが出来なければあの白い力には勝てないだろう。
もう時間はない。こうしている間にもディランは戦力を整えるし、混乱しているメタリカの瓦解は進んでしまう。だからこそ計画を前倒しにしたのだ。
一刻も早く新なるトップとしてメタリカに戻る必要がある。
ならば、これもすぐにやらなければならないだろう。
寧人は頼りになる同僚であり、しかしけして相容れることのない男に視線をやった。
「……さて、お互いノーダメージだな。池野」
「そのようだな。お前のことだから、この戦いの途中で後ろから攻撃してくるかと思ったが?」
池野はアーマースラスターの装備を外していない。冷たく端正な顔立ちのまま皮肉を言ってきた。
「やろうかと思ったけどな。お前があまりにも警戒してたからやめてやったよ。現場が混乱するといけないからな」
二人の間に冷たい空気が流れる。
スレイヤーがその目標を達成したとき、トップとして残るのは一人だけ。
小森寧人、池野礼二。現在のスレイヤーのトップは二人、だが戻るのは一人でなければならない。
寧人はスレイヤーが目的を達成するために池野を利用した。池野はそれを理解しつつ、寧人を上回り最強の存在となるためそれに応じた。
決着はつけなくてはならない。その取り決めは絶対だ。
そしてもう時間はない。長々と仕手戦を繰り広げるような暇はない。それは二人ともわかっているし、最初からこうするつもりだった。
「……今、やりあうんすか?」
新名がその空気を察し、観念したような口調で確認してきた。
寧人も池野も、本質的には誰の下にもつかない男だということはこの場にいるものすべてがわかっている。そして同時に、悪の頂点は一人でなければならない、ということも皆わかっている。
二人は共に戦い、死線を潜り抜けてきたがそれは必要があったからそうしただけのことであり、今でも馴れ合うつもりはない。
「ああ。まさか異存はないだろうな?」
池野は部下たちに問いかけるが、彼らは基本的には寧人の腹心であり、池野は当初は外様のような存在であったが、今では皆が彼を仲間であり上に立つものだと認識している。誰も反対などしない。
「無論」
「……まぁ、俺は反対っすけど。言ってもやるんでしょどうせ。仕方ないっすね」
「お二人が互いに譲れないのなら、そうするのが一番でしょう」
これは二人の男の決闘である、ということを全員承知しているし、その勝敗や結果がどうなったとしてもそれをどうこう言うつもりもないはずだ。
「新名、ベナンテ、お前らは少し外してくれ。やることも色々あるだろ」
寧人が二人にこのように言ったのは純粋に戦闘後の残務処理に当たったほうが建設的だということと、他にもう一つ理由がある。だがそれは説明しない。
「ツルギ、お前は残ってくれ。えーっと、こういうの、なんていうんだっけ? 決闘の……ほら、あれだよ。あれ。とにかく任せた」
「……立会人、ですかね。承知」
ツルギはタバコを一口吸い、目を閉じたまま答えた。
「……ガードナーか。いいだろう」
池野の言葉からは、ツルギ・F・ガードナーへの信頼が見て取れる。ツルギが寧人の右腕とも言うべき臣下であることは池野とて承知だろうが、それ以上に対等な決闘を乱すような男ではないという認識があるのだ。
ベナンテと新名が場を離れたあと、瓦礫だらけの廃墟のなかで寧人は池野と対峙した。
「……正直、メタリカに入社したときはお前とこんなことになるとは少しも思ってなかったな」
寧人は池野が嫌いだ。だが認めてもいる。最初出会ったころのようにただ反感を覚えてムカついていたときとは違う。
「はっ、そうだな。お前ごときと一騎打ちとは笑えるな。貴重な経験になりそうだ」
「ああ、笑えるな。良かったじゃないか? 人生の最後に貴重な経験が出来て」
互いに皮肉を言い合いつつも視線はにらみ合ったまま逸らさない。
世界を変える望みを持つ男と、世界で一番の強さを望む男。
寧人はあらためて『俺の下につくつもりはないか』と尋ねるつもりはない。答えはわかっているからだ。ここまで来たのなら、ただ戦うのみ。それが互いの認識だった。
「さて、じゃあ時間もないことだし、さっさと殺し合うか、池野礼二」
「お前の道とやらはここで終わりだ。力の差を教えてやる。小森寧人」
廃墟と化した街、見届けるものは一人だけ。
世界中に大々的に宣言された正義の集結とは対照的に悪の頂点を決める戦いは、
世界の片隅で、たった二人の男によって、静かに始まり、そして。
わずか2分34秒で、終わった。
この戦いの内容、決着にいたる流れは少し先で出てきます。
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とらのあな様→ショートストーリー入り8P冊子
ゲーマーズ様→SSブックレット(予定)
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※SSというのはショートストーリーのことです。書き下ろしてみました
※ポストカードというのは、僕もまだ見てないので楽しみです。
ちなみに発売は次の次の月曜日です。