そんな者たちに届いてほしいと願っている
転希にとってディランに変身するということは単に肉体的な性能を強化する、というだけのことではない。
最初のころは変身するたびに正気を失いそうになったし、激痛にも苛まれた。だがすべて乗り越えた。
守るために、戦うために。彼女も愛したこの素晴らしい世界を乱す者たちを討つために。
光に包まれ白銀の騎士となった俺はもうただの男、千石転希ではない。いかなる敵にもどんな困難にも立ち向かう魂を持った正義の化身へと、文字通り『変身』するのだ。
「……ほう。懐かしいな。『白銀』」
眼前に立つのは黄金の獅子へと変身したラーズ。若かった転希が、まだただの悪党だった藤次郎を追っているころからの付き合いだ。黎明期のメタリカに潜入していたころには言葉をかわしたこともある。
「ラーズ……。まずは礼を言おう。よくこの戦いに応じてくれた」
この言葉は本心だった。本来であればメタリカ本社への単独攻撃など馬鹿げている。いかに自分が強かろうと圧倒的な数の前になぶり殺しにされるのがオチだ。
だがディランには確信があった。自分たちの持つ因縁とラーズのプライドが、そうはしないと。
藤次郎はもうこの世にはいない。そしてそれは隠されているがラーズは絶対に真実を知っている。ならば、自分はラーズにとって、藤次郎の仇ということになる。そして何よりもラーズは戦いを求めている。
もしかしたらハメットは止めたかもしれないが、最終的にはハメットは折れるだろう。
だから、ガーディアンを通し、メタリカにメッセージを送った。ラーズならば、この一騎打ちに必ず応じるはずだと信じていた。
「ふん。自惚れるなよヒロキ。感謝したいのは俺のほうだ。これだけの舞台をよく整えたものだ。全世界の観ている前で、お前を壊してやる」
ラーズの性格は知っている。この男は闘争を自らの本質と考えている。
転希からすれば理解に苦しむことであるが、ラーズはその本質的衝動のままに歩み、そしてそれでもその強さ故に生き残ってきた。他の幹部とは違い、藤次郎への忠誠心は薄いのだろう。戦いの場を用意することが出来る藤次郎と友として戦ってきただけだ。
「変わらないな、ラーズ。……だが、お前でも俺には勝てない」
空気が震えた。それは二人の闘気によるものなのだろう
「行くぞ。ヒロキ。……いや、ディラン」
響いた轟音はラーズが地面を蹴った音だった。獅子の頭部をもつ大型怪人の跳躍による突撃はもはや大砲の発射と等しい
一瞬で超高速まで加速、そして次の瞬間には豪腕がディランの顔面近くまで来ている。
常人であれば一撃で頭を吹き飛ばされ、吹き飛んだ頭は後方のビルに大穴を空ける。そんな攻撃だ。
だが。
「はぁっ!!」
ディランもまた、ラーズの拳に自らの掌をあわせ、正面からそれを受け止める。
ぶつかりあう超エネルギーが爆発音を伴う衝撃波として周辺に広がった。周辺にいた群集がその風圧を受け腕で顔を覆っているのが見える。
「……貴様、ずいぶんと腕を上げたようだな……」
「ああ。悲しいことにな」
ディランはラーズの拳を離すと同時にハイキックを放つ。2メートルを超える高さの獅子の側頭部に向け、空を切り裂く右足を音速近くまで加速させる。
この蹴りは大型車両を木の葉のように空中に舞わせるほどの威力がある技だ。
「ぬるい!」
だが、これをまともに食らうラーズではない。
ラーズはその巨体を素早く沈め、旋風を生み出すハイキックをかわす。ディランのキックはラーズのタテガミの一部をかすめ、その頭部の上方を通り抜けた。
この攻撃は、かわされた。
そうなることは、最初からわかっている。
「でりゃぁぁぁっ!!」
右ハイキックを放った勢いのまま、ディランはその身を竜巻のように回転させる。ラーズに一瞬だけ背を向け、次の瞬間には左の裏拳をしゃがみこんでいるラーズの顔面に叩きこむ軌道に乗せる。
「ぬんっ!」
この攻撃すらも直撃しなかった。ラーズは常人の神経伝達の限界をはるかに超える速度でディランの攻撃に反応し、上体を起こすと、その豪腕でこちらの拳を跳ね上げたのだ。
だが、攻撃は終わらない。左の裏拳を放った勢いとそれを跳ね上げられた体勢を利用し、斜め下からラーズの腹部にむけて右のアッパーカットをぶち込む
「!」
直撃。拳には重く鋭い衝撃が残り、ラーズは斜め上に吹き飛んでいく。
夜の闇を貫きラーズが吹き飛んだ先にはビルがあり、ちょうど4階の壁に激突した。壁がクレーターのようにへこみ、ラーズはそこに埋まったように見える。
同時に、周囲の人々の歓声が上がった。
それでも気は抜かない。ラーズがあの程度で致命傷を受けるはずがないからだ。
即座に追い討ちをかけるべく跳躍。 ラーズがめり込んでいるビル外壁に向け矢のように飛ぶ。
時間にしてわずか0コンマ数秒に満たずにさらに一撃を加えられるはずだったが、そう上手くはいかないようだ。
ディランの強化された視力が捕えたラーズは、すでに迎撃体勢に入っていた。
ラーズはビルの外壁を蹴り、こちらに向けて突進。空中で激突することは間違いないだろう。
「残念だったなぁ!! ディラン!!」
夜のビル街を背景として、猛速で迫りくる黄金の獅子。
ディランはタイミングを合わせて左のストレートは放つ。
相対速度で考えればおよそ人間の目で捉えることすら不可能なその拳は、ラーズによって見切られ、紙一重で避けられてしまった。
そしてそのままラーズの豪腕に組み付かれる。
「ふん……!」
組み付かれたまま放たれる一撃はヘッドバッド。大岩をも粉砕する破壊力がディランの顔面に直撃した。凄まじい衝撃がディランの頭部に響き渡る。
「はははははっ!! どうするディラン!!」
そしてラーズは一瞬ふらついたディランの両腕を押さえ締め上げる。格闘技でいうところのベアバッグに近い技だ。
締め上げてくるラーズの豪腕にディランの強化外骨格がメキメキと軋みをあげた。
さらに身動きの取れないディランは強制的に下にされ、そのまま二人は重力に従い落ちていく。
超重量の獅子に押さえつけられたまま地面に激突すれば大ダメージは確実だ
「この程度か!? ぬるいわ!!」
最初の攻撃からすぐに体勢を立て直すタフネス、一瞬でこちらの動きを見切り空中で迎撃をしかける判断力、ヘッドバッドからベアバッグにつなげる格闘のセンス。メタリカ最強の名は伊達ではないということをディランは再度思い知らされた。
だが。
「……ぬるいのは、お前だ。ラーズ……!」
俺をこの程度で倒せると思うな。
数え切れないほど戦ってきた。死にかけたことも一度や二度じゃない。お前らを、この世界を壊そうとする悪を止めるために。俺は強くなり続けた。
魔獣、強化武装兵士、改造人間、超能力者。命をかけて勝ち続けた。
俺がかいくぐってきた戦いを、背負った宿命を、舐めるな。
「ハァァァァッ!!」
ディランは身体内包光力を限界まで高め、そして解き放つ。
銀色の光が爆発し、ラーズのベアバッグを外すことに成功した。
そしてそのままラーズの体を蹴り、空中で距離をあけ、受身をとって着地。アスファルトにはヒビが入ったが、落下によるダメージはほぼない。
だが、それはラーズとて同じこと。
「面白いぞ。さぁ、かかってこい。同じタイプゼロ同士、全開でやりあおうじゃないか……ディラン!!」
やや離れた位置に着地したラーズが打撃格闘の構えを取っていた。
その姿からは破壊的なまでの威圧感が放たれている。触れるものすべてを粉砕する男。それはあのころから変わらない。
「ラーーーズ!!」
再度ラーズへと突進し、連続で打撃技を放つ。
速射砲のごとき拳と蹴撃を連打する。
ラーズもまたそれを防ぎつつ、攻撃をしかけてくる。それを腕で、足で、肩で受け止める。
果てることもない連撃を互いに繰り出す。
常識を超えた攻防、マシンガンの連射がコンクリートを連続直撃するような破砕音が絶え間なく響き渡り衝撃波がオフィス街を震わす。
獅子と騎士の戦いはほぼ互角だった。
それは二人のバックグラウンドを知る者ならば当然にも思えるだろう。
二人がタイプゼロだから、だ。
狂気の天才ヘッドフィールドが発案した最初の改造人間、タイプゼロは今よりもはるかに危険度が高いそれだった。
素体となる人間の精神と肉体に過酷な負荷を課すかわりに絶大な力を与える。それがタイプゼロのコンセプトである。
当時、素体となった人間はほぼすべてが負荷に耐え切れず暴走、または死亡した。
このことからヘッドフィールドは嘆きつつも、メタリカの改造人間はパワーを犠牲にして安全性の高いコンセプトへとシフトしていき、実用に耐えるレベルとなったのだ。最近ではシルエットシリーズというまったく異なるコンセプトが採用されているらしい。
だが、理論値における最強の改造人間は20年前から一度として変わっていない。それがタイプゼロ。
そして、99.8%の素体が暴走・死亡していくなか改造に耐えた男が二人だけいる。
強靭な肉体と優れた運動能力、そして何よりもけして揺るぐことのない強い精神をもつ二人だけが、タイプゼロへと適応した。
0.2%の成功例。それがラーズと転希だった。
もっとも最初から問題なくその力を使いこなしていたラーズとは違い、転希はあの事件とそれによって決意した思いがなければ適応は不可能だっただろう。
だがそんなことはもう関係がない。それぞれの道を戦いつづけ経験を積んだ二人はすでにその力を十二分に操っている。
今はただ、互いに人間を超えた力を極めた二人が拳を交えている。それだけのことだった。
「ぬんっ!!」
ラーズのラリアットがディランの首を襲った。
ディランは跳躍してそれを避け、宙で回転してラーズの背後に回る。
「チョロチョロしおって……。そろそろ決着をつけようとは思わんか?」
「……そうだな」
互いに消耗しており、次が最後の一合になる。ほぼ互角の二人だからそれが分かる。
「なら見せてやるさ。俺がつくりあげた力を」
ディランは全身のエネルギーを高めた。
「ハアアアアアアッ!!」
内臓する光力機関から出力されるエネルギーを意志の力で臨界点まで上昇させる。
そしてそのエネルギーを右拳へと流し込む。
強化視覚を限界まで酷使し、打ち抜くべき正確な一点を固定する。
体を弓のように引き、突進力を最大にする構えをとる。
拳に銀の輝きが宿り、大気が鳴動する。
「これで終りだ。我が友の仇、そしてただ一人の宿敵だった英雄よ……!」
ラーズもまたそれに呼応し、金色のオーラで全身を包み、攻撃の体勢を取った。
超エネルギーによる黄金の突撃。単純にして究極を誇るラーズの必殺の技だ。
だが、ディランは世界中のすべての物質を粉々に破壊するその技を前にしても怯みはしない。防御の構えも取らない。
ただ、迎え打つのみ。
「……決着をつけるぞ。ラーズ」
受けろラーズ。お前にはけして持つことのできない、守るための力を、俺が作り上げたこの拳を。
ディランはこれまで守ってきた人々を思い出し、そして今この場を取り囲む一般の人々を見渡した。
そして思う。
ラーズ、俺は必ずお前に勝つ。そしてこの拳は、世界に対する目覚めの一撃となる。
※※
寧人はモニタから目を離せなかった。
獅子と騎士の戦いは、次元の違う領域で行われている。単純な戦闘力は勿論のこと、二人にはけして引かない、必ず勝つのだという意志が明確に感じ取れた
眼にも留まらぬ攻防は、まるで互いの魂をぶつけ合っているようだった。
そして、この戦いはもう間もなく終わる。
「……あれは……」
銀色に光るディランの拳は寧人の記憶に残るものと同じだった。
あれは、正義の鉄拳だ。
間中さんを倒したあの技。出力こそ桁違いだが間違いない。
あのころはわからなかったが今ならわかる。全開にして
放つあの拳は、ディランが本来もつスペックを超えている。
そしてそれを可能にしているのは、千石転希という男の固い意志だ。
「……っ!」
一瞬だった。二人は高速ですれ違う。変身もしていない寧人の目には、金と銀の閃光が交差したようにしか見えなかった。
閃光のあと、画面に立っているのは拳を振りぬいた姿勢のままのディラン一人だった。少しして、吹き飛ばされたラーズがアスファルトに落下した。
ラーズの変身は解除されており、動いていない。
死んではいないのかもしれなが、もう戦うことは出来ないだろうということが一目で分かった。
メタリカが誇る最強の豪傑は、負けた。
追いつかない。事態の理解が追いつかない。
モニタに映る群衆たちは歓声をあげている。
そして、ディランはさらに予想外の行動に出た。
変身を解き、激闘でボロボロになった素顔を晒す。戦いが終わればすぐに消えていたこれまでとはあきらかに異質な行動だ。
額から流れる血をぬぐいつつ、ディランはカメラにむけてその低い声で語り始めた。さきほどまでとは違う。これは、明確な意図を持って、言葉を発信しようとしている。
〈……俺の名は、千石転希。ディランと呼ばれる者だ。今この場を借りて、伝えたいことがある)
喝采をあげていた群集たちはいつの間にか静かになっていた。おそらく、それはこの中継が届いている世界中で起きている現象だろう。
ボロボロに傷つきながらも戦い抜いたこの男の気高い姿に誰もが胸を打たれてるはずだ。
ディランはゆっくりと、だが力強く言葉を続けた。
〈世界には、俺と同じように戦ってきた者たちがいる。この世界を壊す者に立ち向かい、そして人々を守ってきた者たちが〉
千石は息も絶え絶えだが、その瞳には、言葉には揺るがない強さが感じられた。
そして、その言葉を聞いた寧人の脳裏にはこれまで戦ってきたヒーローたちがよぎる。
ビートル、ラモーン、マルーン5、スリップノット、ソニックユース。いずれもとても強い男たちだった。
そして、彼らのような存在は他にもいる。
〈これから話すことは、そんな者たちに届いてほしいと願っている。英雄と呼ばれる者たちに〉
ロックス、その言葉が生まれた原因となった男、ディラン。
その男が今、自らを祖とする英雄たちに語りかけようとしていた。
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