この中継を観ている世界中の皆様
〈し、信じられないことではありますが……これはCGではありません! 今まさに、この現場で起きている事実です!! 都会の中央でメタリカを相手に、一人の男性が戦っているのです! ガーディアンも出動していますが、ガーディアンは彼の戦いを見守るように周囲に展開し、現場を確保しつつ、市民の避難を誘導しています!〉
アナウンサーは興奮しきっている。それも当たり前のことだ。
これが、現実とは思えない。平和に暮らしていた一般人ならなおのことだ。
銃弾をかいくぐり、刃物を避け、的確な攻撃で黒い戦闘員たちを沈めるその姿は、あまりにも非現実的で、さながらアクション映画のようだった。あれは、改造により強化されたから、というだけではない。彼が生来もつ才能と、そして戦い続けて磨いてきた技術によるものだ。
「……あいつ……!」
寧人は温泉宿の客室でそのニュースをみつめている。気がつけば、背中に冷たい汗が流れ落ちていた。
モニタに映る映像は、まさに驚異的だった。
たった一人の男が、それも生身で、武装したメタリカ戦闘員を次々と倒していくのだ。
超人的なスピードとパワー、そして極めた優れた格闘術をもつその男、千石転希はまるで夜の都会に吹き荒れる小型のハリケーンのようだった。
寧人は一度だけ彼を退けたことがある。だがそれは超至近距離からの不意の一撃が成功しただけのことだったのだ。もう一度やれといわれてもゼッタイに無理だ。あの男は、本当に強い。
〈センパイ!? アイツが、ディランって……どういうことですか!?〉
通信を通して聞こえる新名の声。だが、そんなことは寧人のほうが聞きたいくらいだ。
これまで謎の存在であることを貫き通していたはずのあの男が何故こんなことをする?
まさか、変身能力を失ったのか? それで最後にやぶれかぶれの特攻をしかけているのか?
いいや違う。あの男がそんなことをするはずがない。
直接会ったことは短い一瞬だけ、だが寧人にはわかる。その程度の男が20年もの間、悪を相手に戦い続けられるわけがない。そして藤次郎を倒せるはずがない。
そしてもう一つわからないことがある。このニュースに映るガーディアンは、明らかに千石の存在を許容しており、その戦いに干渉していない。
おかしい。ディランの正体が千石であることを知っている人間はこの世界で5人だけだったはずだ。寧人、ハメット、ラーズ、そして今は亡き藤次郎とヘッドフィールド。
ディランはヒーローでありながらガーディアンに身元を明かしてはおらず共闘したこともほとんどなかった。そしてそれは正しい。
ガーディアン内部にもメタリカや他の悪の組織の息のかかったものがいる。もしディランがその素性を明かし、ガーディアンと接触しようとしたのなら、そこから辿って身元や情報を掴むことができる。そしてそれはあっという間に世界中に広がる。
いかにディランが優れていようとも、全世界の悪に四六時中命を狙われて生き残ることなど出来るわけがないし、活動に支障をきたさないわけがない。さらにいえば、身近な人間を危険にさらすことは間違いない。
千石はそれを理解していたのだろう。だから、メタリカと敵対した日から徹底して自分の痕跡を消し、追跡を不可能にしていたのだ。
誰一人仲間を作らず、たった一人で。自分の正義のみを信じて。ディランはそうやって戦ってきた。そうやって幾度も悪を討ち、人々を救ってきた。彼が何故そういう存在となったのか、寧人はまだ知らないが、それはこれからも変わらないのだろうと思っていた。
だが違った。少なくとも今この現場にいるガーディアンたちは、彼が何者なのかわかっている。そうでなければこのような連携をとるはずがない。これは、勇者の戦いを見守る兵士たちの動きだ。そしてこの中継も不自然だ。戦いが始まってからさほど時間はたっていないはずだ。なのに全世界で同時に中継されている。これは、最初からこの事態に備えていたからとしか思えない。
「……なぜだ……?」
わからない。目的が読めない。
そうした寧人の混乱をよそに、メタリカ本社前広場の戦闘は収まりつつあるようだ。
千石のみせる凄まじい戦闘能力とその場に倒れふした大勢の仲間たちをみて、メタリカ戦闘員たちが襲い掛かるのをやめたのだ。
〈……なんということでしょう! 謎の男性は、あれほどいたメタリカ構成員を相手に、いまだ無傷です! そして、構成員たちはそんな彼への戦闘行動を停止しました……! 降伏、でしょうか……?〉
アナウンサーはわかっていない。あそこはメタリカの本社だ。戦闘員の数こそそう多くはないが、改造人間や超兵器の類はまだまだあるし、ビル自体が要塞のようなものだ。だから戦おうと思えばまだまだやりようはあるのだ。いかに千石といえども、たった一人でメタリカ本社のすべてと戦える道理はない。
だから、戦闘員たちが戦闘行動を中止したのは、けして降伏したからではない。おそらく命令が下ったために一時下がっただけに違いない。
なにかが、起こるはずだ。
寧人はモニタから目を離さず、千石に注目していた。
千石は、自身の周辺に倒れている戦闘員には一瞥もやらず、毅然と立っている。まるで隙がない。全身を緊張させているのがわかる。
そして、その千石はまっすぐに上方に視線をやっている。射抜くようなその目。一点の曇りもないその瞳。それに気がついたのか、空撮していたカメラもまた千石の視線の先を追った。
モニタに映ったのはあの男だ。
月明かりを背にしたその巨躯の男は凄まじい威圧感を放っていた。。
メタリカ本社はデザインビルであり、その7階にはカフェテリアとガーデンテラスがある。
男は、ガーデンスペースの端に立ち、地上で激闘を制した千石を見下ろしていた。その目からはいつもの豪快さに加え、凶暴なまでの殺意がこもっているのがモニタ越しでも理解できる。
〈センパイ! あれ、ラーズさんっすよね!?〉
「……ああ。まさか……」
ラーズ・ウルリッヒ。
メタリカ専務、最古参の幹部の一人にして藤次郎の右腕だった男。
世界最強の呼び声高き豪傑、破壊と殺戮により世界を震撼させた男。
寧人にとっては、まだヒヨッコだった時代に目をかけてくれた上役でもある。その破壊的なまでの威圧感、そしてそれとは裏腹な豪快さ。恐れることはあったが、けして嫌いではなかった。
そのラーズが、あの千石と天地をはさみ睨みあっている。
一体何が起こっている。
「……なっ!?」
次の瞬間、ラーズはガーデンスペースから飛び降りた。
当然、それを映していたカメラはそれを追い、実況をしていたアナウンサーは驚きの声をあげた。普通に考えれば、それは自殺以外の何者でもない行為だからだ。
だが、これを見ている世界中の人間の一部は、当然寧人もその一人だが、知っている。
ラーズにとっては、これは階段を二段ほど抜かして飛んだ程度に過ぎない。
ラーズが地面に着地したのは数秒の後だ。轟音が鳴り響き、砕けたアスファルトが激しく飛び散った。だが、その中心となった巨躯の男は平然としたまま、千石から視線をそらさない。
それは千石も同じだ。二人の男がにらみ合う。ただそれだけのことなのに、モニタからは音が消えていた。
現場で遠巻き見ている一般人も、ガーディアンも、そしてアナウンサーも声一つ発さないまま、ただただその光景に目を奪われていた。その重く鋭い空気を感じたのだろう。
ラーズの口が動いた。どうやらなにかを喋ったらしいが、残念ながらマイクから遠いためか、何を言っているのかは聞き取れない。
千石もまた何かを答えた。こちらも聞こえない。
この二人は、顔見知りのはずだ。メタリカ発足時に、そして千石がメタリカに対して戦いを挑んだときに。語り合ったこともあるはずだろう。
長い長い間戦い続けた悪党の幹部と正義の英雄。今、その二人が再び己の言葉をぶつけ合っているのだ。
「新名!!」
とっさに寧人は部下の名を呼ぶ。この会話はきっと今夜の意味を知る鍵になる。
〈録画してるっす! 読唇すればいいっすね!?〉
「ああ、頼……」
頼む。そう続けようとした寧人は絶句してしまった。
ラーズが吼える声が、モニタ越しでもたしかに聞こえるほどの大音量のそれが響き渡ったのだ。
その咆哮に呼応するように、ラーズの肉体が黄金の輝きを放ち、爆風が周囲に立ち込める。踏みしめたアスファルトが宙に浮かび上がる。膨大なエネルギーを放っていることが一目でわかった。
続いて一瞬の閃光が走り、モニタが何も映さなくなった。
そしてその数秒後、再び現場を映すカメラに映っていたのは、もう先ほどまでいた巨躯の男ではなかった。
「あれは……」
寧人は勿論だが、メタリカにいるものなら大抵は知っている。ラーズは改造人間だ。だが、それを見たものはいない。
軍才と武勇に優れ、破壊的な強さを持つラーズはほぼすべての戦いに変身するまでもなく勝つことが出来る。そして、仮に変身したのなら、それを見た敵は、一人残らずこの世からいなくなる。
秘めた最強の変身体。それはメタリカが誇る最強の男、ラーズ将軍の伝説だった。
その伝説は、今この瞬間解き放たれた。
モニタに映っているのは先ほどまでのラーズではない。
たてがみの生えた獅子に似た頭部、超重量を感じさせる太く雄々しい肉体、全身を包む光り輝く金のオーラ。
黄金の獅子。ラーズはその真の戦闘形態をついに解き放ったのだった。
〈……うわ、あれ、ヤバすぎっすよ……〉
黄金の獅子は、千石に対してゆっくりと近づいていく。踏みしめるたびにアスファルトにヒビが入っていく。寧人とて数々の修羅場を潜ってきた経験がある。だからわかる。あの獅子は間違いなくメタリカ、いやすべての悪のなかで現在最強の存在だ。
いかに千石が強かろうと、勝てるはずがない。
だが、千石はまたも予想外の行動に出た。
左の肩に右の拳を近づける。周囲の風が、千石を中心にして集まっていく。
銀色の光が千石の体に宿る。
「ウソだろ……。アイツ、まさか……!?」
全世界に中継されている今それをやるというのか。世界中の人間の目前で、お前はそれに変わるのか。
次の瞬間、再び現場は光に包まれた。
数秒の後、現場からは弾けるような歓声が聞こえてきた。きっと、今全世界でこれを見ている多くの人間が同じように感動の雄たけびを上げているに違いない。
〈この中継を見ている皆様!! 聞こえるでしょうか!? 観えているでしょうか!? 私は……私は感動しています……!! たった一人でメタリカと戦っていた謎の男性は……、彼は……今夜だけじゃない、ずっと、ずっと戦ってきた、あの……!!〉
アナウンサーは興奮している。当然だろう。
幾たびも悪を討ち世界の平和を守ってきた存在。
ヒーローが実在するのだと、世界に希望を与え続けてきた力。
その気高い雄姿を鮮烈に印象づけながらも、謎に包まれていたヒーロー。その真の姿が、今明らかになったのだから。
〈彼は……!!! ディランです!!〉
夜の闇を吹き飛ばすような鮮やかな光を纏い、白銀の騎士ディランがその真の姿を表していた。
そのあまりにも勇壮で美しい姿に、一瞬見とれてしまった自分に、寧人は気が付いていた。
黄金の獅子と白銀の騎士、この戦いの勝者は、最強の称号を手に入れる。
そして、今夜、世界は動く。
誰もが、そう理解していた。
MFブックスさんの公式サイトで表紙が公開されているようです。良かったら観てみてください。
あと鈴村展弘監督、俳優の椿隆之さんをお招きして行う発売トークイベントの予約が開始されたそうです。ご興味のある方は下記URLをご確認ください。
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