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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
組織頂点編~シンプルプラン~
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未来を選ぶ

爆発音が連続して聞こえてくるなかベナンテは敵対する組織を率いる男、ネイトの強い言葉と視線を受け、わずかだが自身の体が震えたのを感じた。


震えた? この私が?


意外ではあった。だが、否定はしない。

私は、たしかにこの男の言葉に震えた。


だが、それは恐怖からではない。


世界を変えてみせる。その言葉にはほんのわずかの戸惑いも恐怖もなかった。シャーマンとしての感知能力を使うまでもなく、それがわかる。


この男は、心の底からそれを実現させるつもりなのだ。今この場で私を、つまりアンスラックスを陥落させ、そして上空からの爆撃をなんらかの手段で止めるつもりなのだ。


アンスラックスは、ベナンテは自らの信じる神とともに生きていける世界を望んだ。そしてそのために世界を相手に戦いを始めた。


たしかに特殊の力をもつ私たちは、十年前とは比較にならないほど居場所を広げることができたし、世界に対する影響力もあがっている。だが、そこまでだ。


ベナンテがいかに優れていようとも、魔獣の戦闘能力が高かろうとも、この世界には多くの敵がいる。アンスラックスと同様に世界に覇を唱えるメタリカ、ガーディアン、そして正義の英雄ロックスたち。


優れているからこそベナンテには戦い続けるなかで悟った。この世界でアンスラックスが勝ち残るのがどれほど困難な道かということを。


現在世界に浸透する共通の価値観の上ではアンスラックスは認められない。そのなかで自分たちの生き方を守るのなら、強敵だらけの終わりのない戦いを続けるしかない。


それは、永遠に続く修羅の世界だとベナンテは気づいてた。そしてその上でそれを同胞に伝えることなく戦っていた。そうするしかなかったからだ。


だが、この男は、ネイト・コモリは違う。

明確に言い切ったのだ。なんとしても勝ち残って世界を制し、居場所を作るのだと。


大組織メタリカを離れ、サンタァナやサバスを配下に加え、そして今まさにアンスラックスを落とそうとする男。


自らこの危機的状況を作り出し、それを利用して目的をかなえた上に生き残ることを可能にすると豪語する男。


その類まれなる悪の精神性と力。それがよくわかった。


だから、ベナンテが震えたのは恐怖からではない。


その男の、極限の状態となってもけっして折れない精神に。

その男の、いまだ誰も叶えたことのない野望に本気で挑もうとする魂に。


ベナンテは、ほんのわずかだけだが、感動したのだった。


もちろん、今にも島中が焼き尽くされそうとしている現状をふまえた上での合理的な判断もある。だが、それとは違う理由から、ベナンテは向かい合うネイトに答えた。


「……あなたを信じられなくなるときが来たのなら、私たちの神を冒涜する日が来たのなら、私は迷わず貴方を討ちます。かまいませんね?」


 そう言って、一歩ネイトに近づく。


 「いいぜ。そんな時が来ればの話だがな。こっちも、お前らが裏切ったなら容赦はしない。絶対に潰す。いいか? 俺の『絶対』は絶対だ」


 ネイトは唇の端をゆがめて笑い、ベナンテへ一歩近づいた。

 

 ベナンテは一度振り返り、同胞アンスラックスたちを見渡した。

 皆が頷くのが分かる。


「皆のもの!! これより、私はアンスラックスと共にある未来を選ぶ!!」


 さきほどのネイトの声に負けないほど強く、ベナンテは言葉に力を込めた。

 仲間たちは、それに対して吼える声と地鳴りのような足踏みで答える。


 ベナンテはその音を背負い、ネイトに歩み寄り、そして跪いた。


「このベナンテ、そして我らアンスラックス。あなたと共に世界に挑みましょう……!!」


 ネイトはしばらく沈黙したのち、しゃがみこんでベナンテの肩に手を置いてきた。


「……あー、良かった。マジで死ぬかと思った。んじゃ頼むな。あ、歓迎会とかはいったん落ち着いてからでいい? 焼酎とか飲めるか?」


 そう言ってくしゃっと笑う表情には力がない。さきほどまでとはまるで別人のようだ。


「は、ははは。あなたは、本当におかしな男ですね……! そんなことよりも」


 つられてベナンテも笑ってしまったが、今はとにかくやらないといけないことがあるはずだ。依然としてプロフェッサーHが率いる戦闘機部隊の爆撃は続いているのだ。


「あ、そういえば、さっさと爆撃止めないとな」


 ネイトもそれに気がついたのか、立ち上がると小型端末を取り出して電源を入れると、どこかに通信を始めていた。


「あ、お疲れ様です。はい。……はい。こちらは終わりました。なのであとはよろしくお願いします」


 とても、あっさりとした口調だった。


※※


 プロフェッサーHは戦闘機部隊を率いる飛行艇のプレミアムシートにすわり、笑っていた。


 周辺の空域に散開する戦闘機が次々と島を焼いていくのがモニタでも肉眼でも確認できる。


愉快でたまらない。


 これだけの数の部隊だ。よもや敵に負けることはないだろう。


 小森はもう終わりだ。


 煉獄島の一件をネタとしてずっと脅されてきた。さんざんに罵倒され、踏みつけられ、それでも逆らうことが出来ずヤツの言いなりになりあらゆる便宜を図ってきた。小森が現在の立場まで上り詰めることができたのはこのプロフェッサーHの力でもある。


 今回もそうだ。見せ掛けの裏切りをしたスレイヤー。あの男はそれを討伐に行くポーズのためだけにこの私を動かした。重役が動いた、という形をつくるためだけに、だ。


 それ自体は非常に不愉快だったが、実際に近くの空域に到着し現場の状態を確認してあることに気がついた。


戦況はほぼ五分、他に目撃者はいない。そして、メタリカ内外に対して、攻撃理由を説明できる根拠がある。


 今このときならば小森を、そして小森配下の者どもを一度に皆殺しにすることが出来る。


さらにいいことに薄気味悪くおぞましい連中であるアンスラックスの聖地を焼き幹部を殺すことも出来る。


プロフェッサーHはそう判断した。


「さて、次は西側に爆撃を。ジワジワなぶり殺しといきましょう」


「……承知いたしました。全部隊に通達します」*1 「了解」は「敬意が含まれていない言葉」です。通常「同格」か「自分より身分の低い相手」に用います。また、年配の方ほど、より「失礼な言葉」という認識が強いためご自分より「年齢の高い方」には決して用いてはいけません。


 シートに腰掛けたまま、オペレーターに指示を飛ばす。この絶対的優位は動かない。いかに小森が悪魔のような男であったとしてもアンスラックスとの戦いで疲弊した彼が、この戦況を覆せるわけがないのだ。

 

 虫のように殺してやる。この私を、数多の怪物を創造しメタリカを成長させつづけていたこの私を踏みつけたことを後悔して逃げ惑い、そして死ねばいい。


 おそらくヤツは私が到着する前に決着をつけるつもりだったのだろうが、計算が狂ったようだ。

 そして私がこのような行動に出るなど予想もしていなかったに違いない。


 何が闇の天才だ、悪のカリスマだ。

 

 世界征服だと? くだらない。そんなものは妄想だ。この世界で権勢をふるい、思うがままに生きていくことのほうがはるかに重要だ。わたしはメタリカの重役としてそう有り続ける。この居心地のいい椅子から降りるつもりはない。


 たしかに一度は裏切りをしくじり、小森に屈服した。

 だが最終的に勝つのは私だ。

私なのだ。

私であるべきなのだ。


 屈辱を耐えぬいた上で一瞬の隙をつきやつを裏切り上回る。私こそが、真の悪なのだ。


「くっくくくくく……!!」

 

 これが嗤わずにいられるものか。さて、そろそろ本格的な攻撃を指示することにしよう。


「結構。では一気に島の中心部に爆撃を。大型プラズマ弾の使用を許可します」

 

 笑いをかみ殺して、オペレーターに声をかける。


「……」


 だが、彼は答えなかった。なにか小さな声で喋っている。誰かから通信でも入ったのだろうか・


「聞こえないのですか? 早くしなさい」


「……終わりましたか。では、はい。こちらも」


 おかしい。会話が噛みあっていない。不愉快だ。誰から連絡が入ったのかは知らないが、この私より優先される人物などいるはずがない。わたしを誰だと思っている。


「……プロフェッサーH」


 オペレーターがゆっくりと立ち上がった。作戦中にオペレーターがモニタを離れるなどあってはならないことだ。また私の指示も実行していない。これは問題だ。


だが、パイロットも、他の乗員もそれを無視している。

おかしい。


「なにをしているのですか? あなたは。シートに戻りなさ」


 次に聞いた音が、プロフェッサーHがその長い人生で最後に聞いた音になった。


 パン、という乾いた音。銃声だ。


「……は……?」

 

 続いて胸のあたりに衝撃が走り、みれば赤い液体が次々に噴出している。もう何も聞こえない。


「………ぁ、ぜ……」


 プロフェッサーHは

 この明晰な頭脳をもってすれば事態の把握は容易い。

そうだオペレーターに銃撃されたのだ。だが、何故だ?


私はメタリカの副社長だ。メタリカの人間に撃たれる理由がない。

このオペレーターは狂ったのか? 


いや違う。この異常事態に対して乗員の誰もなんの反応もしていない。それどころか、全員もくもくとパラシュートを装備し、機から脱出しようとしている。

つまりこれは最初から計画されていたということだ。


この私を殺すなど、許されるはずがない。殺される理由がない。

組織が認めるはずがないし、そんな指示をするものがいるはずがない。

ハメット老、ラーズ、彼らとは折り合いが悪いこともあったが、メタリカは裏切りを許さない。重役の自分が組織内で暗殺されることなどありえない。彼らが認めない。


小森のさしがね、ということもないだろう。彼の裏切りをメタリカが許容していることを知っているのは一部上層部のものだけだ。そんな彼がメタリカを動かし私を殺せるわけがない。


 「……ぅ……」



 おかしいそんな馬鹿ななぜ赤い胸がなぜ乗員が離脱を始めて飛行艇に爆薬をセットバカな誰か私をこのシートから何故ラーズ小森止血しなくては生き延びることができれば藤次郎様急がなければまさかセンゴクが誰が私を裏切り早く冷たい落ちる誰も何故ぃうぁ


 炎に包まれ、落ちていくのがわかった。そして、それでプロフェッサーHは終わった。


※※


「いったい、何をしたのですか……?」


 ベナンテは上空の光景が信じられなかった。


戦闘機部隊を率いていたと思われる中型飛行艇が炎に包まれ落ちていき、他の部隊は次々に島近くの海面に着水していく。


 この状況を、さきほどのわずかな通信で作り上げたというのか? 


プロフェッサーHはメタリカの重鎮であり、さきほどの話からすれば自分の意志で攻撃してきたということだ。ネイトの影響下にあるわけではないはずなのだ、ならば何故?


「え? なに?」


 だがベナンテの眼前にいるネイトがきょとんとしている。


「貴方が、あれを落とした。そうですね?」


「ああ。うん。あ、そっか。えっと、俺ヘッドフィールドを脅してたんだけどさ。あいつ一度メタリカを裏切ったから」


 こともなげに、当然のことのようにネイトは語る。


「俺に逆らえばバラすぞ、って感じで」


「なるほど。それでヘッドフィールドはこの機にあなたを消しにきたのですね?この機に口を封じ、恨みを晴らす為そんなところですか。それをどのようにして止めたのですか?」


「簡単だよ。飛行艇に乗っている人にお願いしただけ」


 ネイトは落ちていく飛行艇に視線をやる。それはもう敵を見る目ではなかった。


 鳥を焼いて、身を残さず食べて、もう食べる部分がなくなって放り捨てた骨を見る、それだった。


「ヘッドフィールドの生殺与奪の権利はもう大分前から俺に任されていたのさ。ラーズ将軍もハメット相談役も承知の上で。それを今発動させた」


 飛行艇の高度はすでにかなり低く、このままあと十数秒ほどで海面に落ちるだろう。燃え上がる飛行艇がネイトの顔を照らした。


「アイツが屈辱に耐えて、必死に俺の命令に従って守ろうとした『ヘッドフィールドがメタリカを裏切った』という事実は、とっくの昔に証拠を固めてバラしてる。知らなかったのはアイツだけだ」


 ネイトはこともなげに言い、そしてベナンテもそれを理解した。


 今夜起こったことは二つ。


 一、アンスラックスはスレイヤーに降った。


 二、裏切者スレイヤーを始末するためメタリカはなんと重役であるヘッドフィールドを向かわせたが、スレイヤーはこれを撃退し、ヘッドフィールドを殺した。


 真実とは違う。だが、事実はこれでいいのだ。


「……恐ろしい男ですね。あなたは」


「そうでもないさ。内心結構ビクビクしてたぞ」


 重鎮の大物であるヘッドフィールドが討伐に向かい倒されたという事実は、スレイヤーの離反劇がメタリカにとって想定されていないものであり、許容できないものであったと世界に知らしめる効果がある。ポーズで殺してしまうには、ヘッドフィールドは大物すぎるからだ。


 これにより、メタリカは他組織からの言及をかわすことが出来る。

 そして、スレイヤーは本気で討伐にきたメタリカをも退ける力を持つと知らしめることができる。

 

「さて、行こうぜ。ベナンテ。色々やらないといけないことがあるしな。お前は全世界のアンスラックスメンバーにスレイヤーに加わることを納得させろ。俺はメタリカに残してきたクリムゾンの人たちを全部こっちに加える」


 ネイトは再び静寂が取り戻された森の中で、静かにそう述べ、歩き始めた。


「ええ。いきましょう」


 ベナンテは答え、彼のあとに続く。


※※


 この夜、スレイヤーは世界に名乗りを上げた。


 アンスラックスを一夜にして陥落させ、クリムゾンを従え、そしてメタリカをも敵に回して勝つことのできる恐怖の存在として。


 ベナンテにとって少し意外だったことがそのあとにいくつか起きた。


仕事を終えたあとネイトが疲労からか倒れてしまったこと。


同時に彼の部下のニーナという男が「あー、やっぱ倒れましたか。体力ないなー」とか言って準備良く用意していた担架に彼を乗せたこと。


ニーナが『ベナンテさん、何やってるんスか? 仲間になったんすよね。この担架、船まで運んでくださいよ。俺重いから嫌っす』といってきたので、わ、わかりました。とつい答えてしまったこと。


 船では金髪の可憐な女性が待っていて、まぶしいような笑顔で迎えてくれたこと。


 イケノがすでに次の戦いのプランを完全に構築していたうえで『小森なら放っておけ、どうせたいしたことはないし、しばらくは必要もない』と言い切ったこと。


 ツルギという鋭い気を持つ男が飲んでいたサケが妙に旨そうだったこと。

 

 ベナンテはそうした意外なことがいくつかあって、歓迎会とやらが、少し楽しみになった。


 



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