俺とともに来い
書籍化することになりました。
と、いうことを告知しましょう、と編集さんからgoがでました。
気が向いたら活動報告もお読みください。
「わかっていない……? 何を言っているのかわかりませんね」
亜熱帯の森に囲まれた祭壇を前に、寧人はベナンテと睨み合う。池野は不測の事態に備え、二人から少し距離を開けていた。
寧人に突き刺さるベナンテの視線は鋭く、彼が褐色の肌とつややかな黒髪というエキゾチックな美しさだけの男でないことが伝わってくる。
だが
「ああ、お前にはわからないだろうな。当たり前だ」
わかるわけがない。これは随分前から計画していたことで、それは現時点では寧人以外の人間に知るよしもないことだ。
※※
(スレイヤーが行動を起こしたとき、メタリカにも当然その情報が入る。裏切り者は許さないのがメタリカの掟だ。スレイヤーはメタリカを裏切った者たちだ。だから討伐しなくてはならない、少なくとも表向きには。そのときに、あなたに動いてほしいと思います)
(別に本気で俺たちを潰してくれとも、援護してくれとも言いませんよ。所詮はポーズです。無能な人間でもできる。あなたは無能だが、地位は高い。裏切り者を始末するために動く人間があなただと言うのはアピールにもなりますしね)
(は? 何を言ってるんですか? 意味がどうとか、お前が気にすることじゃない。……忘れるなよ。……お前は、俺に逆らえる立場か? 死にたくなければ俺の言うとおりにするんだな)
これらはすべて、寧人がアンスラックスに攻め入る前にあの男に言った言葉だ。ついでに別にやりたくなかったが、踏みつけてもやった。そしてベナンテはそれを知らない。
「教えてやるよ。ベナンテ」
寧人は低く囁くような口調でベナンテに話しかけた。あたりはアンスラックスの者たちがベナンテをコールする声や踏み鳴らす足音がうるさいが、この距離なら聞こえる。そして他の誰にも聞こえない。
「今、この島にはメタリカの飛行艇が率いる戦闘機部隊が向かっている」
「……それはすでにこちらでも観測していますが、それがどうかしましたか?」
寧人はある意味決定的な言葉を告げたのだが、ベナンテは眉一つ動かさなかった。祭壇の炎の揺らめきに照らされるその表情はまったく怯んだようには見えない。
「メタリカがアンスラックスを攻めることはありませんよ」
ベナンテの言葉。それは事実だ。大手同士、不可侵の協定が暗黙のうちに結ばれているアンスラックスに対して、メタリカが攻め入ることはない。自身が危うくなるからだ。だからこそ、寧人はメタリカを離反するという形を取っている。
「……ああ、そうだな」
寧人はベナンテの言葉を肯定した。
「大方、あなたたちの離反はメタリカ本体も裏では認めているのでしょうね。ですが、仮にそうだとしても、メタリカがあなたちを助けて、私たちを攻撃してくることはない。あなたたちの存在などメタリカ全体からすれば小さいものです。『不可侵』を破り、他の組織に結託して敵対されるくらいなら、あなたたちなど見捨てる。飛行部隊とやらがこちらに向かっているのは『裏切り者を制裁にきた』あるいは『アンスラックスを援護に来た』というポーズでしょう。周辺の空域に侵入しようが、この戦闘に介入することはありませんよ」
ベナンテの舌鋒は淀みがない。しかも、こちらの離反がポーズだということをも見抜く慧眼を持っている。なるほど、その若さでアンスラックスを率いる存在となれるわけだ。
寧人は少し黙り、彼の言葉を聞いていた。
「その飛行部隊とやらがあなたの切り札ですか? なら、残念ですね。彼らは、あなたを助けてはくれません。そして、私が魔獣をこの身に降ろせば、あなたは勝てない。……終わりです。悪の才、とやらでこれまで正義を倒してきたそうですが、ここまでですよ……!」
そう言い切る彼の言葉は、穏やかな口調ではあったが、裂帛の気迫と意志に満ちていた。
しかし。
「……く、くくっ、はははははは。お前、何か勘違いしてるんじゃないのか?」
寧人はそんな彼を嘲笑した。
「俺はメタリカの救援なんてこれっぽっちも期待してないぜ。だが、戦闘には介入してくる。それも間違いなくな」
俺は、悪だ。悪の頂点に立つ者だ。だから倒す相手は正義だけじゃない。悪のすべてを上回り、操り、支配し、そして勝つ。
この策もやっぱり命がけだ。決めたときは怖かった。振るえが止まらなかった。
だが、それでやめることはしない。そして、当然のような顔をして成功させてみせる。
そのために池野を取り込み、ツルギを変身させ、アンスラックスの防衛網を破壊して戦いを一時的にでも互角にさせることで長引かせた。
「……何を……?……!」
いぶかしげな表情をしていたベナンテだったが、何かを知覚したのか表情に焦りが見えた。
「ああ、そろそろこっちの空域に入るころだな。すごいなお前、それがわかったのか? シャーマンの力ってやつか?」
予定時刻だ。まもなくメタリカの飛行部隊はこの島の上空に達する。
「何故だ……!?」
「メタリカは、あの部隊は攻撃してくるよ。『俺を』殺すためにな」
言い切る。そして同時にこの身に宿る黒い炎を燃やす。
裏切って倒したあの大きな人物に誓った。
だから、この炎は、これまでよりもずっと大きくて熱い。。
「あの部隊を率いているのは、俺を殺したくて仕方がない男、ヘッドフィールドだ」
ヘッドフィールド。プロフェッサーHという尊称のほうが有名なあの男だ。
あくまでも表向きのことだが、スレイヤーがメタリカを裏切り、アンスラックスを攻める。
このとき、メタリカがなんの行動もしないわけにはいかない。
裏切者を討つ。そのために動いたという姿勢を見せる必要がある。当たり前だ。
このとき、誰がその仕事をするのか? 寧人は事前にそれを決めており、また強引に了承させていた。
ヘッドフィールドは開発室時代からずっと強請り続けている。寧人に逆らうことはできない。
そして、いざこの場に来たとき、ヤツは気付く。そしてこう思う。『これはチャンスだ。自分を脅迫し続ける悪魔を殺す。千載一遇のときだ』
その結果が今の状況だ。
「ははは、見ろよ。近いぜ。しかし本当に予想通りの行動に出るやつだ。あれで一流の科学者だって言うんだから笑わせる」
すでに、迫り来る飛行部隊が肉眼で確認でき、音も聞こえてきた。寧人とベナンテを囲むアンスラックスの者たちもそれに気づき、声をあげている。
時間は、もうあまりない。
「お前は、何を言っている……!?」
ベナンテは額に汗を滲ませ始めていた。
「言葉通りだ。大方飛行艇のプレミアムシートに座りながら戦闘機部隊に指示を出しているんだろうぜ。小森寧人を殺せ、スレイヤーの者も皆殺しにしろ。そしてそのことを誰にも悟られてはならない。だから、目撃者もまとめて殺せ、ってな。分け隔てなく皆殺し、島ごと焼き尽くせ、簡単だろうぜ」
背中越しに、遠くのほうから爆音が聞こえた。おそらく、飛行部隊が爆撃を開始したのだろう。
「ほら、自慢のシャーマンの力で確認してみろよ。森が焼かれてるだろ。それともまだ砂浜あたりか?」
寧人は振り返りもせずそれを確信し、口の端を歪ませ嗤った。
アンスラックスの飛行魔獣は池野率いる超兵たちがすでに大半を始末している。だから飛行部隊を止めることはできない。
「何故だ……。そんなことを……」
寧人は畳み掛ける。
「するはずがない、か? 違うな。お前はわかってないよ。みんながお前のように自分の組織に献身的なわけじゃない。信念や仲間なんかより、自己保身を優先する者はいる。あの二流の悪党みたいにな」
ヘッドフィールドは、多分こう説明するつもりなのだろう。
外部に対しては『裏切り者のスレイヤーはこの島のアンスラックスを皆殺しにしていた。だからメタリカとして責任をとり、スレイヤーを始末した』と。
そしてメタリカ内部には『スレイヤーはアンスラックスに倒されていた。この機会なら言い訳も出来るので、残っていたアンスラックスを始末した』と。
もちろん、この言い分は苦しいものがある。メタリカは他組織からの信用を失う可能性が高い。
が、ヘッドフィールドにはそんなことは関係がない。
もともと、ヤツは自分の栄達のために開発室の情報をリークしメタリカを苦境に追い込もうとした男だ。多少組織が損害をこうむったとしても、自分を脅し続ける小森寧人を、自分のプライドをずたずたにした男を殺す千載一遇のチャンスを選ぶ。
そのためにヤツを散々いたぶっておいた。いつかこうやって使うためだ。
ベナンテにとって予想外なことはそこにある。
彼は優秀であり、そして一般社会的には悪であっても、神と仲間に対して誠実だ。
だから、思いが至らない。
そんな馬鹿なことを、そんな薄汚いことをする者がいることに。
だが俺は違う。俺は弱くて外道な男だ。だからこそ勝てる。
この島を落とす方法はいくつか用意していた。だがこれまでの攻防でベナンテの人間性が情報にたがわないものだと確信できた。だから、この策を取る。
「もうすぐ、この島のすべては炎で包まれる。俺たちもお前らも、誰も生きては出られない」
爆音が断続的に響きわたり、風が吹き荒れるなか、寧人はジャケットをはためかせつつも悠然とたち、そしてこのままいけば間違いなく実現する未来を端的に述べた。
アンスラックスはスレイヤーとの戦いで消耗している。迎撃も逃走も不可能だ。島外のアンスラックスの者の救援は間に合わない。そして今寧人が話した情報を他に伝えることもできない。すでにこの島はアニスのほうですっかりジャミングしており、外部への通信は断ち切っている。
「あなたは……!!」
憤怒の表情を見せたベナンテに答えるように、より近くから爆発音が聞こえた。炎が上がっているのも見えるし、見上げれば戦闘機も見える。
「この島にいるアンスラックスが一部だということは知っている。お前がさっき言ったように、たとえこの島にいる者が全滅してもすぐにはアンスラックスは終わらないだろうな。だが、統率者であるお前は死に、聖地であるこの島も、その祭壇も焼かれる。アンスラックスが受けるダメージは俺にはわからないな」
「正気ですか……? 貴方も貴方の仲間も死ぬのですよ……こんなことをして何になるというのです!?」
ベナンテは叫ぶと同時に、その身にトカゲの魔獣を降ろし、まるでファンタジー小説に出てくるリザードマンのような姿に変身した。爪の先には毒液が滴っており、たしかにエビルシルエットで勝てるモノとは思えなかった。
そして、ベナンテは激高したまま、その鋭い爪を寧人に向けて振り下ろす。
だが寧人は避けない。エビルシルエットに変身することもしない。
「予想がつくんじゃないのか? お前なら」
眼前に迫ったリザードマンの爪は、寧人のその言葉にピタリと止まった。
わずか数センチ先に、触れれば即死してしまうであろう爪があるが、瞬きもせず寧人は続けた。
「……貴方に降れ、というのですか?」
「ああ。俺のもとに来い。そうすれば爆撃を止めてやる。俺にならそれができる」
そう、暴走したヘッドフィールドを止める手もすでに打ってある。
周囲のアンスラックスの者たちは声もあげず、自分たちの統率者の指示を待っていた。
ちなみに池野はすでにこの場にはいない。
「……ですが……」
ベナンテは言葉に詰まった。それはそうだろう。彼らには彼らの信じる物がある。スレイヤーに降るという選択をすぐにできるはずがない。
だがそれは、覆せるはずだ。
「俺は世界を征服する。……絶対にだ!! そのあかつきにはお前らアンスラックスの居場所も保障してやる」
時間がない。だから端的に言う。
寧人は、彼らの文化や宗教をとやかく言うつもりはない。スレイヤーにはサバスやサンタァナもいるが、彼らについても同じことだ。
今ある世界は、歴史上もっとも多くの人が幸せに暮らしている。でもその一方でけして認められないものたちがいる。寧人自身もそうだった。それを、壊す、そう誓って走り続けてきた。
「……それを、その誓いを信じろと?」
ベナンテの眼光はいまだ鋭い。それも部族を率いる者として当然のことだ。
そして寧人は悪人で、とても人に信じてもらえるような男ではない。それは分かっている。だからこう答える。
「いいや。そもそも俺の誓いなんてこれっぽちの重さもないだろ。だがよく考えろ。今俺に降れば、この島は助かり、お前も死なない。アンスラックスはそのままスレイヤーに加わるだけだ。お前らは今までよりも強くなる。世界を制したそのときにはお前らだけの聖地が得られる。そして……俺が今の言葉を違える動きを見せたのなら、いつでも殺すなり裏切るなりすればいい。……お前がな」
結局選択肢は二つだ。
拒めば、アンスラックスは本拠地である島とベナンテを失いこれから先の時代を戦うことになる。
降れば、少なくとも一時的には戦力をまるまる残したままスレイヤーに加われる。単独でいるよりも強い。そしてともに世界を制することができるのならば、その先にはアンスラックスがアンスラックスとして生きている世界がある。
どちらが、得か。
当然、ベナンテからすれば寧人が裏切ることや策謀を巡らせてアンスラックスを崩壊させようとたくらんでいる可能性も考えられる、しかしそれもベナンテが生きてさえいれば止めるために動くことができるはずだ。
寧人は眼前でとまったままの魔獣と化したベナンテの腕にゆっくりと手をあて、下におろす。
ベナンテもそれに答え、変化を解く。
島のあちこちから聞こえる爆発音、上空の轟音とは対照的に、二人の間は静かな、だが張り詰めた空気が漂っていた。
アンスラックスの勢力としての強さ、そしてそれを作り上げたベナンテという男。
それは、必ず手に入れる。
「お前らアンスラックスが戦うのは、悪とされることはするのはなんのためだ? お前らの有り方を守るためじゃないのか?」
寧人は囁くように語りかける。
「ロックス、ガーディアン、他組織……『世界』。そのなかでお前らの理想を叶えることが難しいとういうことは、お前ほどの男ならわかるはずだ。いつまでだ? お前らはいつまで戦うつもりだ? その不安定な状態のままで、何年も何十年も。世界から否定され、それに抗い続けるつもりか?」
アンスラックスはすでに他の多くの組織と同じように停滞している。メタリカやメガデスといった悪の大組織とのパワーバランスやロックスの存在によってだ。当初目指した世界を制する、というのはもはや理想論に過ぎない。そうでなければ、メタリカとの間に不可侵の協定が存在するはずがないからだ。
ベナンテは寧人の言葉をただ、黙って聞いていた。
寧人はそのまま続ける。
「……俺は違う。変える。この世界を変えて見せる。……もう一度言うぞ」
寧人はまっすぐに立ち、ベナンテを見据える。池野に斬られ、上陸のときの衝撃を受け、体中ボロボロでも血だらけでも、あと数分で爆撃で死んでしまう恐怖が迫っていても、けして折れはしない。
そしてこの場にいるアンスラックスの者たちすべてに聞こえるように、島中から轟き渡る爆撃音で消えないように、力の限りを言葉にこめて、放った。
「神の民を統べる男、ベナンテ。世界を制する道を……
俺とともに、来い!!!」
次回でアンスラックスとは決着です。