負ける気がしない
しまった……11時に更新する予定が……うたた寝してしまっていた。
かなりヤバかったが、ギリギリのところで希望が出てきたようだ。
この島は依然として魔獣だらけだし、敵のボス、ベナンテまでたどり着くのはかなり難しい。そしてこの夜のジャングルは暑いし不快だ。
だが、さっきまでより状況は大分マシだ。
「……はーっ……」
新名数馬は次々に通信で与えられる池野の指示を受け取りつつ、一方でそれを冷静に分析して安堵のため息をもらした。
〈聞いているのか? 新名〉
「あ、はい。サーセン。次どうぞ」
ため息があちらにも聞こえてしまったのか、池野が厳しい口調がヘッドセットから聞こえてきた。
それにしても、やっぱり池野さんはパねぇ。単純なスペックなら、先輩よりヨユーで上だろう。しかもイケメンだし。
新名はそう思わずにはいられない。
そう、池野は冷静に指示を出しているのだが、彼は現在戦闘中なのだ。
新名がちらりと上空を見ると、彼らの高度も大分下がってきているためか上空で行われている戦闘の様子が確認できる。
上空部隊は飛竜の群れに突撃し、斬り捨て打ち倒し屠り進んでいる。そしてその先頭を行くのは池野なのだろう。
にもかかわらず、池野は戦闘と同時平行で全体の統率も行っている。
ときおり通信から漏れてくる斬撃音や銃声、飛竜のものと思わしき鳴き声からも推測できるが、驚くべきことに池野という男は激戦を繰り広げながらもあくまで冷静沈着そのものだ。今の指示の間だけでも飛竜一匹くらいは切り殺しているだろう。
ならば、と新名は思う。
俺も、ま、やるだけやってみますか。
〈俺たちはこのまま上空の敵を突破し、島中心部近くの地点に着地する。そしてすでに上陸している西側部隊をサポートし、敵をポイントA54まで押し込む〉
池野の言葉にはよどみがなかった。
「ポイントAっすか? そこって川っすよね?……あ、分かった。サンタァナさんたちはそこで待機っすね?」
数年前まで沖縄の人々の脅威であったサンタァナは半漁人のような性質を持っており、その力を最大に発揮できるのは水中だ。そこまで敵を押し込むことが出来たのなら、一気にそのポイントでは敵を殲滅できるかもしれない。
問題は、どうやって敵を川辺まで押し込むか、ということだが、空中部隊が合流することが出来れば戦力は増強されるわけで、池野自身の戦闘能力も相当なものだ。なにか考えもあるのだろう。
〈はっ、『先輩』に比べると知恵が回るな。その通りだ〉
「あー、どうも。で、東側はどうするんすか?」
新名はサンタァナと西側部隊に与えるデータを瞬時にまとめ、映像に起こし配信するという作業を行いながら次の指示を仰ぐ。
〈今お前らの周囲に展開している中央部隊をすべて東側に投入。そうすれば持ち直すだろう。東側については五分程度の戦況を維持するだけでかまわん。突破は西側から行う〉
「は? え? ちょ、マジっすか!?」
耳を疑ってしまった。たしかに、池野の指示は一瞬妙案のように思える。
東側では互角の膠着状態を維持しつつ、西側では水辺を利用した方法で敵を殲滅。
こちらの目的はあくまでも敵のボス、ベナンテを抑えることなのだからどこか一方からでも突破していき敵本陣までいければいい、東側については敵が西側の援護にいけないように戦況を維持できればいい、というわけだ。
だが、これを行うために池野が言ったことは無理がある。
り東側の戦況を互角に持っていく、そのためには新名、ツルギの両名の位置する中央部隊に展開中の部隊をすべて東側に送る。
それじゃ意味がない!
「ちょ、池野さん!? こっちはどうするんすか? 中央部隊の全員が東に回ったら、こっちの敵も東についてきちゃいますよ! したら同じことじゃないっすか!?」
新名やツルギは東・西の中間地点で統率を行いつつ戦っていた。ここをあけることは出来ない。そんなことをすれば、今中央にいる敵の相手はどうする?
だが、池野の次の言葉は新名の予想を超えていた。
〈誰が全員で東に回れと言った。そこには二人残れ、お前と、ガードナーだ〉
「はぁ!? ちょ、二人でこっち全部相手しろってんすか!?」
無茶苦茶だ。いくらツルギ・F・ガードナーが猛者とはいえ、魔獣の大群相手に二人で戦えるはずがない。
今こちらには12体の魔獣が向かっているという話だし、これからさらに増えるだろう。
「無理っすよ!」
〈言っておくが、お前ら二人だけでそこは大丈夫だと言ったのは俺ではない。……指示は以上だ〉
新名の訴えも虚しく、池野は通信を終了した。
マジかよ……。とも思う。
でも、この指示は池野の案ではない、という。ならば誰か?
決まっている。ならば
新名は端末を操作し、池野の策を全部隊に通達しすると、少し離れたところにいるツルギに目をやった。
ツルギもまた、ヘッドセットで通信を行っているようだ。その相手は多分、彼だろう。
「……承知……!」
そして、低く渋い声で、あの言葉を言った。
彼がそう答える相手は世界中に一人しかいない。
新名は慌ててツルギに駆け寄る。
「ツルギさん、ここ、俺らだけでやれ、って話っすよ」
あえておどけた口調で語りかける。
「だろうな」
ツルギはそう答えるとタバコに火をつけ、旨そうにそれを吹かす。
「無茶苦茶っすよね」
ああ、無茶苦茶だ。でも、いつだってそうだった。
「ふっ、そうだな」
ツルギもそれをわかっているのか、別に取り乱した様子はない。
「部隊に指示は……もう終わっているようだな」
「ま、仕方ないっすから。んじゃ、いっちょやりますか」
すでに指示は終えている。さきほどまで周囲に展開していた仲間たちはすでに別のエリアに向かっており、この場に残るのは新名とツルギだけだ。
「お出ましのようだ」
ツルギがそう言って視線を向けた先、熱帯雨林のジャングルの奥からうなり声が聞こえてくる。みれば、不気味に光る目がいくつも見える。
「……はぁ」
「下がっていろ新名」
は? と聞き返そうとツルギに視線をやり、彼の目をみてすぐにわかった。
「……変身、するんすね」
さっきの通信はやっぱり先輩だったんだろう。そういえば、先輩は単独で隠密行動に入ると言っていた。その一方で、ツルギさんに変身許可を出したんだろう。
その事実からも、この戦いが危険であり重要ということがよくわかる。
「ああ」
ツルギの目に迷いはない。そこにあるのは誇りと決意だけだった。
新名はそんな彼を見て、唾液を飲み込んだ。
ツルギは今から4ヶ月ほど前にシルエットシリーズへの改造手術を終えている。真紀が発案し、寧人が実現させたそれは、精神力をエネルギーに換えるというコンセプトを持つメタリカの新型だ。
シルエットシリーズのプロトタイプは他でもない小森寧人のエビル・シルエットだが、現在汎用化されているシルエットシリーズの改造人間はプロトタイプよりも精神エネルギーの変換効率をあえて落とし、低出力としている。
何故か?
それは、急激に上昇するエネルギーが危険すぎると判断されたからだ。自我の喪失や暴走、肉体の崩壊を引き起こすとして、現在ではより安定したレベルでの改造手術が行われている。シルエットシリーズは成長する改造人間なので、パワーは後々あげることもできることから、そうした措置が取られることになったのだ。
結果論になるが、寧人のエビルシルエットは奇跡的なバランスであったとされている。
高エネルギーを律する変身者の強い精神力、そしてビートルクリスタルという外的エネルギーの追加という要素があったから、寧人は不安定なプロトタイプで戦ってこれたのだ。
では、二人目のシルエットシリーズ、いわばテストタイプとなったツルギはどうか?
バランスを考慮した低出力タイプ、ではない。
プロトタイプ同様に、だがビートルクリスタルは無しで、より変換効率を高め出力を上げたものだ。
これは開発者の真紀には反対されたが、本人の強い希望と寧人の後押しで実現したことだった。
つまり、ツルギの変身には高い危険が伴う、そういうことだ。
「大丈夫なんスか? ツルギさん」
新名はツルギの改造手術のことを考え、一応聞いてみた。本当に、一応、だ。この人がどう答えるかなんて分かりきっている。
「無論だ。だが、心配なら離れておけ」
変身には暴走の可能性もある。改造人間であるツルギが無差別に攻撃したのなら、新名はひとたまりもないだろう。
「……ですよね。でも、ま、大丈夫っしょ。せっかくだから近くでライブで見せてもらいます。あ、でも俺、真紀さんに言われてるんで。いくらツルギさんでも、変身は五分くらいが限界だそうですよ」
二人が会話をしている間にも魔獣の群れは近づいてきていた。大型肉食獣を思わせるフォルムと黒い体、低いうなり声と鋭い爪と牙がもうすぐそこまで来ている。
闇のなかに光る目だけが、不気味だった。
「五分?……ふっ」
ツルギはニヒルに笑うと一歩前に出る。魔獣たちへ近づいていく。
その背中は、新名があきれてしまうほどに、カッコよく見えた。
「立ちふさがるものは斬る」
日本刀を高く持ち上げ、それを地面に突き刺す。
刀の柄を強く握り、正面を睨み、そして、魂を搾り出すような猛々しく重い声で、彼は吼えた。
「……変……身……っ!!!」
突風が吹き荒れる、閃光が密林を満たし、炎が燃え上がる。そして
「……五分もあれば、十分だ」
光と炎の中心に、現れたもの。
狼と人の中間を行くような肉体と牙の意匠を持つ鎧、その周囲にたなびく炎。
そして、彼がいつも持っていた日本刀もまた、それ自体が熱を放つ大剣へと変貌を遂げていた。
※※
眼前には無数の黒い獣が迫っている。だがツルギが怯むことはない。
それどころか、変身した自分の姿を確認する余裕すらある。
「……なるほど」
シルエットシリーズの改造人間は、変身者の精神がデザインとして発現する。と聞いたことがある。
自分の主君である小森寧人はそれで「え、俺って悪魔なのか?」と言っていた。
ボス、どうやら本当だったようだ。
剣狼。
これは、ツルギがメタリカに入る前、つまりイタリアンマフィアを前身とする組織で戦っていたときにつけられた通り名だ。
チャチでくだらない縄張り争いの助っ人として常勝をもたらしていたツルギを畏怖するその名は、本物の悪と認めた主に出会い世界を相手に戦うようになった今でも離れることはないらしい。
「ファングシルエット! ってのどうすかね? ケッコーかっこいっすよ。ツルギさんの変身体」
後ろから軽い口調の言葉が聞こえる。俺の変身は暴走の危険もある、近くにいるものを無差別に攻撃する獣になってしまう可能性だ。だがこの男、新名はいつもどおりだ。
こいつはこいつで、腹をくくっている。最初は腑抜けかと思っていたこいつも、今では背中を任せられる相手だ。
「ファングシルエットか……悪くない。……さて……ふんっ!!」
新たに手に入れた力、ファングシルエットはたしかに負荷がかかる。なにもかも破壊してしまいたい衝動が精神を圧迫する。
しかし、俺にはそんなものよりも重要なことがある。俺の剣は、道を切り開くためにある。世界を変えるために歩く男のために、剣を振るう。それが俺の有り方だ。
だから、俺の精神が乱れることは、
ない。
ツルギは大地を蹴り、虎のような形状の魔獣に突進した。
「ガアアアアアッ!!」
自分に迫り来る剣狼、ファングシルエットに反応し魔獣は鋭い爪を振り上げた。
「ふんっ!!」
だが、魔獣はその爪を振り下ろすことは出来なかった。
それよりもはるかに速く、ファングシルエットの大剣は魔獣を両断し、そして大剣が纏う炎は二つに分かれた魔獣の体を燃やしつくしたのだ。
「せあっ!!」
ファングシルエットの攻撃は止まらない。続いて、大型類人猿のような形状を持つ魔獣を無造作に殴りつけ、その体勢を崩したところで脚払いを打つ。倒れた魔獣に大剣を突き刺し、地面に釘付けにする。
「……燃えろ」
そして大剣を通して炎を伝わらせ、魔獣を灰に変える。
「ギャアアアアアアア!!!」
側面からは獅子型の魔獣が突進を仕掛けてくる。
「……ふっ」
ファングシルエットはその突進を正面から受け止め、そしてそのまま宙に投げ飛ばす。
落下してくるタイミングにあわせて大剣を振り、横一文字に切り裂く。
「これで三匹……次はどいつだ」
静かな、だが重い殺気を放ってやる。魔獣を使役しているシャーマンにも伝わるように、深く、強く殺気を放つ。
「ギ、ギギギッ!!」
一匹の魔獣がこちらから離れるような仕草をみせた。距離をとり、大木の陰に隠れている。
「……」
ファングシルエットは歩みを止めない。ゆっくりと隠れた魔獣に歩み寄り、そして
「はあっ!!」
大木ごと、魔獣の首を刎ね飛ばし、そして業火に包む。
「! よし、ビンゴだ!」
背後にいた新名がその光景を見て声をあげた。
「どうかしたのか? 新名」
「あー、そうっすね。シャーマンのやつら、隠れてこっちみながら魔獣操ってるんですよね。今の戦いで、大体どこに隠れてるのかわかりましたよ。角度とか距離とかであたりをつけて、ちょっと小型衛星飛ばして探りいれたんすよ」
新名はこともなげに言うが、それはそれなりに難しいことだろう。
「今までは細かく位置を変えてたから見つけづらかったんすけど、今四匹倒したからダメージフィードバックですぐに逃げられないっしょ。俺、ちょっと行ってきますわ」
そういう言うと新名はソニックボードに足を乗せた。
あのボードはクリムゾンの技術を利用して作った簡易版のソニックローラーだが、新名にはあれを扱えるセンスがある。ソニックユースには及ばなくても、たかだかシャーマンに遅れを取ることはないだろう。
「そうか。なら、こっちはお前の邪魔をさせないように、相手をしておいてやる」
「ヨロっす!」
新名はそういうと一気に加速し、岩壁を登っていった。
「ふっ……」
ツルギはさらに魔獣を一体屠り、笑った。
五分という制限時間を考えれば、新名が敵のシャーマンを倒してくれればより確実になるというものだ。
ツルギはけして口には出さないが、嬉しく思う。
自分が変身をするときに新名が逃げなかったことを、そして今ためらわずに戦いに赴くことを。
アイツは、ずいぶん強くなりやがった。
礼儀知らずの軽薄野郎だが、筋は違えない。
バカだが、賢い。
ツルギ・F・ガードナーは新名数馬を認めていた。
変身限界まであと3分、新名と俺なら、負けることはない。
そして、池野が統率する全軍は士気が上がっており、策も的確。戦況はこれで互角にまでもっていける。
その上でボスがいる。
寧人はなんらかの考えを持って一人だけ別地点から隠れて上陸し、現在単独行動中とのことだ。
「この戦……負ける気がしない」
剣狼は、紅蓮の炎に包まれた大剣を構え、再び魔獣の群れに迫った。