GO!
寧人と池野が東南アジアにあるアンスラックスが拠点とする島に向かう手段として選んだのは、メタリカがクリムゾンの技術を流用させ完成させた高速飛行船、『メガフォース』だった。
寧人はこれをわずか1時間以内に用意できる池野の手腕には素直に感心した。他勢力との共同作戦や技術交流を主業務とするグローバルレベニューマネジメント部の部長という役職は池野の才能を十二分に活かせる場所だったようだ。
メガフォースに搭乗しているのは寧人、池野、そして池野の腹心の部下4名及び、池野派閥というべきメタリカの精鋭たち。何人かは開発室時代にみかけたこともある。
このことからも池野がただ能力が高いだけの人間ではないことがわかる。メタリカを離反するという選択について来る者がこれだけいたのだから。
「小森、あと5分で作戦エリアに入る。覚悟はいいな」
メガフォースは戦闘機並みの速度でありながら、旅客機並みの乗り心地と武装をもつ高性能機だ。寧人は背中あわせの席に座る池野から話しかけられた。
移動中にも作戦会議はしておかなければならなかったが、隣に座るのは互いにゴメンなので、背中合わせの席についていた。
「へえ、もうついたのか。予定時間より大分早いじゃないか? たしかあと三〇分はかかる計算だぜ」
「パイロットの腕の差だ。俺の部下『も』優秀なんでな」
池野はいつかの寧人の言葉の意趣返しをしてくる。
寧人の部下は優秀だ、そして池野も、池野の部下も優秀だ。
「へえ、そうかよ。じゃあスレイヤーは俺以外全員、優秀ってことだな。頼もしい限りだ」
寧人はシートベルトを外してシートから立ち上がりつつ、池野に答えた。
本心だ。寧人には高い専門的なスキルも、卓越した知能も、常人を超えた格闘技術もない。それをこの機内でも改めて実感していた。
アンスラックスを壊滅させず、しかし制圧して服従させる。これが今回の作戦の目的だ。これを成功させるためには、最低条件として戦闘で五分程度には持っていく必要がある。
部隊をどのように統率し、どのような戦術で戦うか?
この点で池野と意見をかわしたが、はっきりいって池野の言うことはすべて自信に裏打ちされた的確なもので、寧人には到底不可能なことだった。
「だろうな。せいぜいたった一つしかない取り柄を活かすことだ。全体の統率は俺がやる。全員、作戦準備に入れ」
池野もまたシートから立ち上がった。
他の部下たちもそれにあわせ立ち上がると半分ががスラスター・アーマーを装備し、もう半分の改造人間たちは、変身を完了させた。みれば全員が羽、またはジェットエンジンのようなパーツを有するタイプのようだった。
寧人はこの装備を上手く扱えないので、ヘッドセットのみを装着。
メガフォースは徐々に速度を緩めていき、機内が大きく揺れるが寧人以外は誰も微動だにしない。冷静に機内後方のスペースに移動を完了させた。
「作戦開始10秒前、9、8、7、6、5秒前」
池野のコールが始まった。
池野やその部下たちは汗一つかいておらず息も乱していない。
やれやれ。恐ろしいやつらだ。素でそれとか本当に人間なのかよ。
寧人はうるさいくらいに高鳴る鼓動と体の震えを感じつつ、内心でそう呟くと、自身もまたいつもの過程に入った。
心の中にあるスイッチをONにする。
いつのころからか、任意でできるようになったそれ。
恐怖を殺し、情を無くし、ただただ己の目的のために走る。何を犠牲にしてもどんな手を使ってでも関係ない。
炎のように熱く、だが氷のように冷たく。小森寧人はそういうモノになる。
「池野、しくじるなよ。お前は気がすすまないかもしれないが……」
「黙れ。俺にミスはない」
機内でかわされる会話はこれで最後だ。池野のカウントが終わりに近づいていく。
「3、2、……」
メガフォースは限界まで減速している。島までの距離はあとわずかというところだが、この機体は、ここまでだ。
当然、これから到着する島にはメガフォースが着陸できる場所なんてない。
さらに、これだけ目立つ飛行物体が接近していることはアンスラックスだって気づくに決まっている。
彼らのシャーマンは超常の力を感知する能力があるのだからなおさらだ。
しかもアンスラックスの魔獣には大型の飛竜のようなタイプもいて、間違いなく迎撃部隊が展開されるはずだ。
魔獣に攻撃されれば、飛行艇は一瞬で落ちてしまうだろう。これまでアンスラックスを攻めた勢力たちと同じように。
島はアンスラックスにとって大事な拠点だし、空中防衛網は確実にある。だからこそツルギたちは海からステルス機能をもった船舶で上陸したのだ。
では、寧人たちはどうやって、島に上陸するのか?
答えは簡単だ。
「1、散開!!」
池野の号令にあわせ、メガフォース機内の床が開く。
「GO!!」
全員がアーマー各部のスラスターを噴出させ、あるいは各々の変身体のもつ飛行能力を駆使して機体から離脱。慣性を利用しつつ、斜め下前方に落下を、いや降下を開始。
高速で夜空を翔るいくつもの黒い影、池野が精鋭と呼んだ部下たちが、一斉に島に向かう。向かう先には案の定、飛竜の群れがいる。
「ウオォォォォォッ!!」
寧人もまた、生身のまま数多の星がきらめく亜熱帯の空に飛び出した。
一瞬後れて、無人となったメガフォースは飛竜の群れの放つブレスと体当たりによって爆発炎上するのが見える。さすがは池野、タイミングも完璧だ。
さらに遅れて、飛び出した寧人らにメガフォースを落とした飛竜たちが襲いくる。
「各自、回避運動を取りつつ前方へ!! 俺に続け!!」
池野の声がヘッドセットから聞こえる。全員がたくみにスラスターを利用し、ときにはガンブレードを飛竜に向けて発砲し、次々と包囲網に飛び込んでいく。
「ハァァァッ!!」
その先頭にいるのは当然池野だ。メガフォースから飛び降りた慣性を利用した高速突撃を行う。
飛竜は気味の悪い鳴き声をあげ、その進路をふさぐように移動、炎のブレスを吐く。
「はっ!」
だが池野は止まらない。高みからあざ笑うような、独特の気合の声とともにスラスターを吹かし回転運動で炎を避け、そのまま間合いを詰める。
「退け」
そして、そのまま冷酷な言葉とともに。すれ違う飛竜の首をブレイクブレードで刎ね飛ばし、血路を開く。
東南アジアの美しい夜空は一瞬にして魔物と超兵の戦う戦場と化した。
寧人の位置はその最後尾、ただ一人だけ武装もしておらず、変身もしていない。要するに、ただ加速度を伴って落下しているだけだ。
スカイダイビング、ただしパラシュートは無し。
普通ならショックで気絶してもおかしくはない状態だが、それはない。
今の寧人が恐怖で心を乱すことはない。
これは必要なことだからだ。極力敵に感知されず、一人だけ別の地点に上陸するためには、変身することは出来ない。
寧人はヘッドセットを起動させ、仲間たちに指示を飛ばすことにした。こうした緊急の場合にあわせる周波数は決めてある。ツルギも新名もアニスもそれはわかっている。絶対にあわせているはずだ。
「新名!! 聞こえるか!?」
寧人の部下のなかで最高位の者はツルギだが、こういう場合は新名だ。
これはあくまでも、戦力差のある相手に対する奇襲であり、現在の寧人は落下中だ。ネクタイやジャケットが凄まじい勢いではためいており、さすがに少し慌ててもいる。
文字通り、時は一刻を争う。一瞬で状況を把握し、現場を動かす必要がある。
〈なんすか!? 先輩!!〉
若干かぶせ気味に新名が答えた。さすがだ。
「お前らは」
〈池野さんの指揮で動くんすね!? わかってますよ! ぶっちゃけ先輩より全然池野さんの指揮のほうが頼りになりますから!!〉
さらにかぶせてくる。
「そうだ! それから……。俺は単独で身を」
〈身を隠すんすね!? 了解! んじゃ着地したらヘッドセットは捨ててください!! やつら、電波の発信源も変な力で感知できるみたいっす!! ちなみに先輩の現在の高度から算出すると落下予測地点は島マップC-12、砂浜エリア! 落下予測時間は20秒後っす!!〉
新名はそう言い切ると、すぐに池野との通信を始め、詳細な状況をポイントを絞って池野に伝達し、同時に池野の策を地上部隊のすべてに表示してみせる。
池野は戦闘中のため、口頭の伝達しか出来ない状況だが、新名はそれを素早く理解し、全人員の端末に映像によるポイント指定や、各自の行動の開始時間などのカウント表示をさせるのだ。
彼の反応はもはや寧人の想像を超えていた。おそらく、狙いまでわかっているはずだ。
まったく、アイツにはホントに参るぜ。
寧人の眼下に徐々に迫り来る島、当然このまま叩きつけられれば死ぬ。
だが、新名のおかげで少し余裕が出来た。あいつが20秒後と計算したからには20秒後なんだろう。前方をいく池野たちのおかげでこちらまでは攻撃は来ていないこともある。
寧人は猛速で落下しながら次の通信を開始
「ツルギ!!」
〈待ちくたびれましたよ。ボス〉
ツルギの声はいい。こいつがいれば、どんな状況でも戦える。そう思わせてくれる。
「お前に言うことは一つだけだ……。変身を許可する……!」
ツルギは寧人が米国に渡っている間にスピリチアル・シルエットシリーズへの改造手術を完了しているが「ある事情」からツルギは寧人の許可がなければ変身はしない。
その戒めを解くということはつまりこういうことだ。
――我が剣よ、立ちふさがる者を、その全霊の力を持ちて、蹴散らせ――
〈……承知……!〉
ツルギの言葉に迷いはない。ただ、力強さがあるのみだ。
〈ネイト!! ひさしぶり!〉
このタイミングでアニスから通信が入った。多分、まっさきに声をかけたかったところだったのだろうが、寧人には指示の必要があることはわかっていて、だから終わるまで我慢していたのだろう。
こんな状況なのに、その声は弾んでいて、歌でも唄っている様だった。そんな彼女の有り方に、これまで何度救われたかわからない。
「お、おお、アニス。元気か?」
〈うん♪ ネイトは?」
「あー、そうだな。数時間前に池野に腕を結構深く斬られた。痛い。あ、あと、あと数秒で砂浜に落ちる。多分それも結構痛い。それでそのあとは魔獣がウジャウジャいる島で単独行動しなきゃならないかな」
〈そっか。じゃあいつもどおりだね! 良かったー♪〉
「……ははは」
なんだか彼女にそう言われると、平気な気がしてくるから不思議だ。でもわかっている。彼女はある程度意識してそうしているのだと。だから彼女は、能天気というわけではない。どちらかというと健気、なのだ。
〈……ネイト、死んじゃ。嫌だヨ〉
祈るような彼女の言葉。寧人は答えた。彼女が
「大丈夫。俺は死なないよ」
少なくとも今、ここでは。死ねない。
〈うん! ファイトだよ♪ ネイト!〉
最後は励ましてくれるような元気な声。ああ、よかった。おかげさまで。
「多少はマシな気持ちで、地面に激突できる……」
新名の言葉は正確だった。凄まじい勢いで地表が迫ってくる。
「……変身」
落下の直前、寧人はエビルシルエットに変身し、衝突の衝撃への構えを取った。
空中を行く池野たちは飛竜の群れを突破して島に着陸するころだろう。
あわせて、地上部隊も士気が上がる。
そしてそれを池野が率いる。
こちらには高いリスクを払い変身をする最強の戦士ツルギもいる。
これだけの条件を整えてやっとアンスラックスとは戦える。そしてその上で俺の考えは実行に移せる。
さてと、アンスラックスの預言者ベナンテ。お前も、アンスラックスも、今夜で俺に下らせてやる。
隕石でも落ちたかのような轟音が島中に響き渡った。
凄まじい勢いで、地面に叩きつけられる衝撃、寧人は歯を食いしばってそれに耐えた。