どこに行くんですか?
寧人は池野のスピードに少々驚いた。
最新鋭のアーマー・スラスターを装着しているとはいえ、その加速力は人間離れしていて、予想よりも数段速い。
仮に寧人が変身体になっていなければ、反応することすら出来ずに一刀両断にされてしまっていただろう。
だが、池野が変身していない自分を攻撃することはないと確信していた。
コイツは、強いだけではなく頭も切れるし策も打つ。
しかしそれは相手の戦力を削ぐ種類のものではなく、自身を有利な立場に置こうとするものだ。
相手の強さを落としはしない、ただそれを上回る力で勝つ。それがこいつの本質だ。
それは強者の戦い方。寧人の戦い方とはいわば間逆のものだ。
だからわかる。こいつは俺に対しては正々堂々小細工無しだ
地上3メートル程度の高さまで一瞬で飛び上がり、そこから急降下し振り下ろされる一撃はロックス相手でも十分通じるものと思われた。
しかし
「っ!」
鈍い金属音が鳴り響く。
寧人はエネルギーを右腕に集中させ、黒く発光する肘よりさきの部分でその斬撃を受け止めていた。
寧人とて修羅場を潜ってきた経験がある。何人もの正義を倒してきたのは伊達ではない。
ブレイク・ガンブレードは刃自体が微細に振動しており、岩をも切り裂くメタリカ固有の銃剣装備だが、池野が装備しているそれはその最新型だ。
だが、それでも寧人の、エビルシルエットの腕が切断されることはない。
シルエットシリーズの改造人間は、精神力によってその強度やエネルギーを増すことが出来る。
そして、小森寧人は幾たびの戦いを超え成長している。
ぎりぎり、と刃と腕を押し合う二人。その間に鋼鉄を挟んだとすれば、即座に潰れてしまうほどのプレッシャーだが、寧人は、そして池野も引くことはない。
「……卑怯なだけが能じゃない、と言いたそうだな?外道」
「少しは戦えるみたいじゃないか。お坊ちゃま」
互いに侮蔑的に相手を挑発する。
「ハァッ!」
池野はブレードを握る手を片方離し、空いた拳で寧人を殴りつけた。硬質ナックルガードを肘のスラスターで加速させた一撃。致命傷というほどではないが、一瞬寧人の視界が奪われる
驚くべきは、改造人間である寧人との力による押し合いを成立させる膂力と脳波でコントロールする
vスラスターの扱い、そして即座にブレードを片手に持ち替え殴りつける動き。
「ちっ!」
対する寧人もそのままただダメージを受けたりはしない。殴られると同時に左手の爪で池野の肩部分のアーマーを削り飛ばした。
一瞬の衝突、そして再び二人の距離があく。
「どうした? 俺に勝てるんじゃなかったのか?」
池野はブレードをガンモードに切り替え、 連続して発砲してきた。
メタリカ製超強化鉄鋼弾は射手の肩の関節を外すほどの威力があるが、池野は微動だにしない。
正確無比な射撃姿勢と鍛えぬいた筋力を持つ池野ならではの技だった。
「ああ、勝てるさ」
寧人は片方の羽根で体の前面にかぶせ、弾丸を防ぐ。
一瞬だが、池野の顔に驚きが見える。
その理由はわかる。以前のエビルシルエットにはこんなことは出来なかった。
だが、今は違う。より禍々しく巨大になった赤く黒い羽は強度もケタが違う。
鍛錬により少しずつ成長を重ね、そして米国での戦い。つまりはミスタービッグを葬り去ったあとの変身では形状の変化もあった。
「どうした? 冷や汗くらいはたらしてもいいんだぜ?」
寧人はさらに間髪いれずに爪を振るい衝撃波を放つ。トレーニングルームのフロアを削りながら、五本の衝撃が池野へ飛ぶ。
「冷や汗? 笑わせるなよ」
スラスターを巧みに操り、池野はその全てをかわす。
銃弾と衝撃波、互いに遠距離攻撃を繰り返し、そして互いにそれを防ぎ避ける。
そうした攻防が三合ほど続くが致命打はない。
寧人はやや心を乱し始めていた。
池野が簡単にスレイヤーへの誘いに乗らないことは読めていた。
その場合は戦いに持ちこむつもりだった。
ここまでは予想通りだ。
だが、池野は寧人の予想よりもはるかに強い。
まだ互いに様子見程度で戦っている。
寧人からすれば、池野の実力が未知数だったので、一撃で殺しかねないと思っていたからだ。
そして多分、池野は寧人が何らかの策を持っていることを警戒しているのだろう。
だが、60%程度は力を出している寧人に対して、池野のほうはどうだろうか?
もともと、池野に勝てる確信はなかった。そしてそもそもここで池野との決着をつけるつもりもない。
そう、大事なことは、池野を倒すことではないのだ。
だから、この場では卑劣な策は用意していない。
出来るのか? この男を相手取り目的を果たすことが?
迷ったのは一瞬。すぐに迷いを打ち消す。
勝つ必要はない。負けたと思わせる必要もない。ただ、池野にこう思わせればいいだけだ。
『池野礼二は小森寧人に劣っているのではないか?』
ほんのわずかでもいい。そう思わせることが出来れば、目的は果たせる。
何故ならこの男は、池野と言う男は……
「それで全力か!」
池野はスラスターの出力を上げ再度高速で距離を詰めて来る、そして衝突の直前で強引に軌道を変えて寧人の側面に回り込み、刃を横なぎに振るってきた。
もう、寧人はそれを避けることはしない。
速い、だがその動きはソニックユースほどではない。
重い、だがその攻撃はジャスティスハンマーほどではない。
だから。これしきのこと。
「ウオオオオオッ!!!」
「なっ!?」
寧人は刃をまともに受けつつ、池野の胸部に掌底を強く当て、弾き飛ばした。相打ち覚悟ならば、この程度のことは出来る。
「……くっ」
寧人は左腕に切り傷を負い、血を流した。
「ぐはっ……!」
池野は数メートル離れた壁面、ロッカールームが透けて見える強化ガラスに叩きつけられ膝をついた。
おそらくダメージはほぼ互角。
寧人の変身はダメージによって一度解けた。
「……貴様……」
池野のほうも動きが取れないでいた。アーマー・スラスターはダメージによって機能を停止している。再起動には少し時間がかかるだろう。
「……首領が、藤次郎・ブラックモアがすで死んでいるのは予想がついていた、と言ったな」
左腕の切り傷を右手で押さえ、寧人は語り始める。
「……ああ。予想がついていなかったお前がマヌケなだけだ」
池野の目は死んでいない。再起動が先か、変身が先か、そのタイミングを計っている。
「じゃあ、それがどういうことを意味するかわかるか? 首領の死を隠し、トップ会議をもって首領の意志としてメタリカが動いている意味が。お前は、どこまで上がれるつもりだ?」
わからないはずがない。
王座の空位を隠し、その側近たちが組織を動かしているという意味が、この男にわからないはずがない。
メタリカの頂点への道は、途切れている。
「……ああ、そうだろうな」
池野もそれを察したようだった。
亡き王の重臣だったものたちは、新たな王の誕生を望んではいない。だから構造上、それは生まれようがない。
そして今、寧人がいる地位はそのなかで限界にあたるものだ。
メタリカの頂点に立つためには、普通の方法ではダメだ。絶大な力を持った上で認めさせるしかない。
その認識を確認しておくことは、池野を引き入れる上で大事なことだ。
何故なら、この男は……
「さて、エリートでイケメンな池野くん」
寧人は皮肉に満ちた表情を浮かべ、さらに続けた。
「お前、やっぱり俺には勝てないで終りだ」
もちろん、本当はそんなことは思っていない。単純な戦闘力ですら勝てる確信はない。
今だって腕が痛くて仕方がないが、あえてそう言って寧人は笑った。
ロッカールームが見通せる強化ガラスを背にしている池野には見えていないが、寧人にはロッカールームの様子がわかる。
ちょうどいいタイミングだった。
「今、ここでお前を殺す」
池野は寧人の言葉を受け、立ち上がった。アーマー・スラスターも再起動が完了したらしい。
「言っただろ? お前には無理だ」
寧人も再度変身し、再び二人が対峙する。
互いに重役である二人が直接の戦闘で白黒つけようなんて馬鹿げているとも思う。
でも、それでも譲れないものがある。
だから。
「ハアァァァァァっ!!」
「ウオォォォォォッ!!」
池野はアーマーのウイングを展開し、スラスターを全開にして突進してくる。
寧人は精神エネルギーのすべてを突進力に変え、強くフロアを蹴る。
高速での突進、相対速度で考えれば音速に迫る二つの影。
その衝突の直前にそれは起こった。
「なっ!?」
予想外だ、という声を上げたのは池野一人だった。
寧人はそれがおこると予想していた、というよりもそう期待していたし、そうなるように仕組んでいたので、焦ることはない。
トレーニングフロアの中央あたりで激突しようとした二人の間に、突如として衝撃吸収用の強化防弾カラス製のシャッターが降りたのだ。
「くっ!!」
「……!」
寧人と池野は互いにブレーキをかけ、シャッターの間際で停止した。
もちろんシャッターを破壊することは出来るのだが、それをしてしまうと互いに向こう側にいる敵に対して隙を作ってしまう。だから、正しく正確な判断ができるものであれば、ここは止まるしかない。
池野はそれが出来る男であり、寧人はそれを知っていたから止まった。
「……これは、どういういことだ!? 小森!」
「俺がやったわけじゃないぜ? 外部からの操作だろ」
強化ガラス製の防弾シャッター。
これはメタリカのトレーニングや研究所には必ずある設備で、不慮のアクシデントのさいの備えだ。
が、火災が発生しているわけでも、改造人間の暴走が確認されているわけでもない今、重役の二人が個人的な『トレーニング』をしている今、それがオートマチックに発動することはない。
ではなぜそれが今このタイミングで降りたのか?
その答えはすぐにわかる。
〈やめてください! どうして二人がそんなことをしなくちゃいけないんですか!?〉
トレーニングルーム内のスピーカーから聞こえてくる声。隣接しており、ガラス越しに見ることが出来るロッカールームからの音声だった。
池野が振り返ってロッカールームの人影を確認する。
まあ、本当はそんなことをしなくてもわかるだろう。このどこか優しげな声の響き、その持ち主が誰なのか。
「……真紀? なぜここに……」
黛真紀、寧人と池野の同期入社の社員であり、今は開発室を担当している女の子だった。
「……さあな。お前の秘書が呼んだんじゃないのか?」
寧人は池野の疑問にそう口を挟む。強化ガラス越しなので少し声を張った。
そしてそれは事実だ。
だが、秘書の女性に真紀を呼ぶように頼んだのは他ならぬ寧人自身だった。
煉獄島での一件があり、開発室は再び本社に戻っている。彼女を呼ぶのにそう時間はかからない。
そして彼女がこの場を見たのなら必ず止める。
そう確信していた。
〈池野さん、やめてください……〉
真紀の涙声が響く。それはつい先ほどまで限界近くまで熱くなっていた男の精神にはあまりにもそぐわない。だがそれゆえに気勢が落ちていくのを感じる。
寧人はそうした空気を感じつつ、池野との間に降りたシャッターに手のひらを当てた。声をよく伝えるためにだ。
「……ちっ。まあいいさ。良かったな池野。俺に倒されずにすんで」
皮肉たっぷりにそう言葉をかける。真紀には申し訳ないが、この場では完全に無視する。
「……それはお前のほうだろう」
さすがによくわかっている。実力は伯仲していた。どちらかが死んでいてもまったく不思議ではなかった。
だがそれで十分だ。
勝った、そうは思えていないだろう?
「勝負はこれからだ。かかってこい」
池野はまだ勝負を続けるつもりのようだった。だが寧人は違う。
「あいにく俺は忙しいんだ。これ以上お前と付き合ってる暇はない」
寧人はそう言いながら変身を解除し、続けた。
「お前とはこれで終わりだ。俺はこれから先行しているツルギたちに合流して今日中にアンスラックスを潰す。そしてスレイヤーとして世界に名乗りを上げる」
邪教を組織の理念とし、魔獣を召喚する悪の組織アンスラックス、メタリカにつぐ「大手」だが、現在は不可侵の条約がある。
だが、隙をついて一気呵成に攻めれば勝機はある。少数精鋭による奇襲でトップを潰す。
「なんだと……?」
池野もまたアーマーをパージし、ガラスシャッターに近づく。
透明な壁をさかいに睨み合う二人。
「言葉通りの意味だ。俺は今日から新しい道を行く。お前の言ったように死ぬかもしれないが。そのときはそのときだ」
「……正気か?」
「ああ、当たり前だろ。さっき言ったよな? 今のままだとメタリカでこれ以上登れない。俺が目指すのはあくまでも頂点だ。幹部なんかじゃない」
池野の視線が険しくなる。何を考えているのかよくわかる。
そして多分、池野は俺の狙いももうわかっている。
「ああ、そうだ。俺がいなくなれば、多分代わりはお前だろう。おめでとう。行けるところまでは来たじゃないか? 安全な本社でぬくぬくと重役の椅子に座って待っていろよ。俺が他の組織に負けてくたばるのを、ラーズ将軍たちが引退するのを。……ねだったプレゼントを届けてくるサンタを待つ子どもみたいにな」
池野に対して皮肉たっぷりに言い放つ。
最初からこの方向にもっていくつもりだった。だから戦闘では実力をみせなくてはいけなかった。
大事なことは二点。
池野に負けないこと。そしてもう二度と戦う機会がないとわからせること。
池野礼二は強いし、強い自分であるために戦い続ける男だ。世界のあり方にかかわらず望む自分であるために。
上回り、勝つ。そういう男だ。
この男が、このまま寧人を行かせるわけがないのだ。
初めて自分と対等と感じた相手に勝たないわけにはいかない。
最後に直接対決に応じたことからもそれがわかる。
メタリカに残れば、今の寧人より上に立つことはない。
どこかで寧人が死ねば、もう永遠に寧人との決着をつけるときはこない。
本社にいて、寧人の死の報告を聞いたそのとき、勝った、と思えるだろうか?
もちろんそう思う人種もいる。だが池野は違う。
池野が勝利を望むのなら、俺がスレイヤーとしての戦いの道を完遂するしかない。そしてそのために、池野が必要だと語った。
こいつは必ず答えるはずだ。
何故なら、この男は、池野礼二という男は
――生涯、一度たりとも負けたことがない男だからだ――
「……ちっ、イラつく野郎だぜ……」
池野は悪態をついた。
寧人が自分の人格を読み、シナリオを作られていたことがわかるのだろう。だがそれでも、池野は寧人のシナリオに乗らないわけにはいかないのだ。
「知ってただろ? 俺はクズなんだよ」
寧人はにやりと笑ってみせた。
「スレイヤー、か……いいだろう。だが忘れるな。今日の戦いの決着は……」
「ほかを全部潰したら付き合ってやるよ。光栄に思えよ。この俺が、正々堂々一対一で戦うと言ってやってるんだ。そんなことしたことないんだぜ」
二人の悪が世界を潰し、そしてその暁には決着をつける。
その戦いの勝者こそが、悪の頂に立つ者となる
言葉には出さなくても、それは互いの共通の認識で、ある種の契約だった。
「……ツルギ・F・ガードナーたちの作戦開始時刻はいつだ?」
互いに視線をあわせず、手のひらをガラスシャッターにあてて言葉を伝える。
「あと4時間後ってところだな。少数精鋭での奇襲で一気に上を抑える。お前も加われるな?」
「当然だ。俺を凡人と一緒にするなよ」
多くの言葉はいらない。
かわりにやるのは景気付けだ。せいぜいデカくて派手な音を立てよう。
号砲の代わりだ。
池野はブレイクブレードによる斬撃で、寧人は昨日のツルギを参考にした右腕だけの部分変身をした上での爪撃で。
二人は互いに強化ガラスに一撃を加え、粉々に砕け散らした。
※※
真紀にはなにが起きているのかさっぱりわからなかった。
同期入社の池野の秘書の女性から寧人が来てほしいと言っていることを伝えられ、慌ててトレーニングルームまで来てみれば、寧人は変身をしたうえで池野と戦っていた。
エビルシルエットは変身者の寧人の成長のためか、スペックや形状が変わっていて、対する池野はアーマー・スラスターパックを十全に使いこなし、ロックスもかくやと思われるハイレベルな攻防を展開している。
これはトレーニングなの? そう思って少しだけ戸惑ったが、正面から激突しようとする二人はどうみても互いに本気で相手を倒そうとしているように見えた。
二人が激突すれば、どちらかが、あるいは二人とも無事ではすまない。
真紀は寧人に特別な思いがあるし、池野にしても大事な同僚で、尊敬できる人だと思っている。
だから、何とか止めたくて、でも自分の声が届くとは思えなかった。
ロッカールームのコントロールパネルを必死に操作して、なんとか強化ガラスシャッターを下ろし、二人を止めた。
何が起きているのかわからなくて、泣きそうになりながら二人に声をかけた。
二人は互いに真剣な顔つきで何かを話していて、ここからは聞こえない。
彼らの仲が良くないことは知っていいたけど、互いに大人で、そんなことくらいで殺しあうはずがない。
わけがわからなくて、それがどうしてなのか知りたくて、真紀はトレーニングルームのロックを開けて入室した。
「寧人くん!」
入ると同時にそう声をかけたが、室内に響きわたる強化ガラスの破壊音にかき消されてしまった。
寧人と池野は互いに一撃を繰り出し、二人を隔てていたシャッターを破壊したのだ。
だが、そのまま戦闘を続けるつもりはないようで、二人とも明後日の方向を見て、立っている。バラバラに砕け散ったガラス片が二人の回りでキラキラと輝いていた。
「……寧人……くん、池野……さん…」
その光景がなんだか不思議と綺麗に見えて、真紀は胸に手を当てたまま立ち尽くしてしまう。
二人は真紀のほうに、つまりトレーニングルームの出口へと無言のまま歩き始める。三人の距離が縮まった。
「あの……わたし……」
二人を止めたことに後悔はないけど、事情もわからないままそれをしたことの引け目のようなものを感じていた。
「真紀さん、ありがとう。君がいてくれて、よかった」
そんな真紀を見て、寧人は微笑んだ。
「真紀、これを」
池野は本社内にいるときはいつも身につけていなくてはならないメタリカの社章を外し、それを親指で弾いて真紀のほうに飛ばした。
「えっ……? あ、これって……」
慌ててそれを落とさないようにキャッチする。
鋼の翼、それはメタリカのモチーフであり誇り。それを誰かに、渡す?
「じゃあ、俺も」
寧人も同様にスーツのフラワーポケットにつけていた社章を外し、丁寧に手渡ししてきた。
鋼の翼、メタリカの証。二人はそれを外したのだ。
彼らはメタリカを出て、どこかに向かうのだ。
彼らほどの地位にいる男がそれをするということは、何か重大な理由があって、決
死の覚悟で修羅の道を行く、ということだ。
そんなことくらいは技術職で、彼らに比べれば組織の中枢からは遠い自分でもわかる。
「……どうして、どうして、ですか……?」
真紀は涙を流すまいとして耐えて、結果震えた声でそう尋ねるのが精いっぱいだった。
「預かってて。俺は戻ってくるから。言ったよね。一緒に戦おうって、世界を変えようって。今でも忘れてないよ。……だから俺は絶対に戻ってくる。待ってて」
寧人は質問には答えなかった、だがその口調に迷いはない。
「馬鹿をいえ。お前は戻ってこれない。勝つのは俺だ」
池野もまた、まっすぐに前を見ている。
二人はそのまま真紀に背を向けて出口に向かった。
その背中には有無を言わせぬ何かがあって。
なんだか、二人がとても遠くに行ってしまうかのように感じた。
戻ってくる、という言葉はとても真摯に真紀の心に響いているが、胸を締め付けるこの思いは止められなかった。
「……どこに、行くんですか……?」
絞り出すように真紀は聞いた。
連れて行ってほしい、そう思った。
でも彼らが、いや彼が自分は連れて行かないほうがいいと決めたことにはきっと理由があって、彼は決めたことは絶対に曲げない。
「荒野へ」
真紀の問いかけには池野が答えた。少しだけ振り返り、短く答えた。
「荒野、ねぇ。さすがイケメン。詩人だな」
寧人はそれを皮肉った。よく見たこんなやり取りも、切なかった。
「ああ、ま、たしかに荒野かもな。じゃあ真紀さん、俺行ってくるよ」
寧人はもういつもの様子に戻っていた。悲壮感はなくて、まるでちょっとコンビニにでも行ってくる、と言うような穏やかであっさりした口調で、そしてそのまま続けた。
「ちょっと、世界を征服に」
まるでジョークみたいなその響き。でもきっと彼が本気で目指し続けたその言葉。
真紀は預かった社章を胸の前で握りしめて、涙を拭いて、なんとか笑顔を作って
はい、いってらっしゃい。待ってます
そういって背中を見送った。
真紀の出番はこれで終わり
と、いうわけではありません。