相手をしてやるよ、池野くん
寧人は昨夜ツルギに語ったとおり午前中には芋焼酎を持って恩人の墓参りを済ませると、メタリカ本社グローバレベニューマネジメント部に向かった。ちなみにツルギにはその間にやるべき『あること』も指示してある。
勤続5年になるメタリカだったが、寧人が本社にいた期間はきわめて短い。営業部時代の一年に満たないわずかな間だけだ。なので実は本社内の地理というか部署の所在なども曖昧で、本社内を歩くと色々と新鮮でもあった。
寧人がグローバルレベニューマネジメント部に赴く理由は、同期入社で、お互いに嫌いあっている池野をスレイヤーの共同経営者として引き抜くためだ。
あの男は嫌いだが、あらゆる面で強い。それにどうしてもあの男でなければならない理由もある。寧人はそう考えていた。
池野は部長であると同時に取締役でもあるため、個室を用意されている、とのことだったのでそちらに向かう。個室の前には秘書らしき容姿端麗な女性がいた。
「あの……すいません」
寧人はとりあえず、秘書の女性に低姿勢で話しかけることにした。
「はい? 社内の方ですね。なにか御用でしょうか?」
ツーンというオノマトペが聞こえてきそうなほど冷たい口調だった。寧人はなんとなく怖かったので、びくびくしながら要件を述べた。
「えっと、池野……部長にお取次ぎいただけますか?」
「アポイトメントはおありでしょうか?」
間髪いれずに聞き返される。
「あ、いや、その約束してるわけじゃ……」
「申し訳ございませんがアポイトメントのない方の面会はお取次ぎいたしかねます」
秘書の女性はやっぱり間髪いれずに早口で答えた。
俺がなにか君に悪いことした? いや悪いことはたくさんしてるけど君には多分なにもしてないと思うんだけど。
と、言いたいところなのだが、やっぱり怖いので寧人は口をつぐんた。
「では、お名前とご用件を頂戴できますでしょうか? 池野部長のスケジュールを確認後、ご連絡させていただきます」
くそ、池野の野郎。秘書にどんな指導をしてやがるんだ。
寧人は内心毒づいた、が、これはこれで当たり前なのかもしれない。池野は取締役なわけで、社内の人間一人一人の面会を制限なく受けられる立場ではないのだろう。
「……はぁ、俺は小森寧人です。用件は、ですね…えっと…その…」
ここで再び口ごもる。一緒にメタリカから離反して新組織立ち上げようと思いますのでお伝えいただけますか? なんて言えるわけがない。
「え? こ、小森……!? 小森……常務でいらっしゃいますか?」
寧人は黙り込んでしまったが、代わりに秘書の女性が素っ頓狂な声をあげた。
「あ、はい。そういえば常務でした」
「し、失礼いたしました! すぐに確認をとらせていただきます」
秘書は慌てふためき、通信機を手にとった。
なるほど。肩書きというのは意外と便利だったりするものだな、と思いつつなんとなくズルをしているようで決まりが悪いようでもあった。
「……はい。はい…」
なにやら秘書は通信機で話している、多分相手は池野なのだろう。
それにしても、アイツも若いのに随分偉くなったよな、と寧人は思った。
卑劣な策を取ることもなく、命がけの綱渡りをすることもなく、強運や優秀な部下に助けられることもなく、実力だけでそこまで上りつめたのはやはり凄いことだ。
ちなみに、メタリカの歴史上、20代で課長以上、つまりレベル4以上の昇進をしたものは3名しかいない。寧人、池野、そして新名だ。
「はい……わかりました。ではこれからお連れいたします」
通信が終わったようだった。
「ありがとうございます。んじゃ、入ってもいいですか?」
「あ、いえ。池野部長はこちらにはいらっしゃいません。午後のこの時間は地下のトレーニングルームを利用されております」
あいつ、そんなこともしてるのか。いけ好かないヤツではあるが、その辺はやっぱりたいしたもんだよな。寧人はそんな風に思った。
※※
秘書に案内されたトレーニングルームのロッカールームに到着した。
自動販売機やベンチが置いてあるロッカースペースからは強化ガラス越しにトレーニングルームが見える。
広く白い立方体の空間となっているトレーニングルームはスカッシュを行う競技場に似た作りだった。なにやら小さく丸いものがいくつも猛スピードで飛び交っており、ときおりレーザー光線のようなものを放っている。
その、レーザー光線の放たれる先にいる人物。それが池野であろうことは明白だった。
脚や腕、そして肩や胴体の一部に機械的なアーマーを装着している。そのアーマーはスラスターにもなっているようで、高密度の気流を放ち池野は高速で動いている。
寧人は昔似たような装備を見たことがあった。ハリスンが要していた鋼の超人、ビートルのアーマーに良く似ている。ビートルの全身を包むタイプとは若干違うが基本コンセプトは同じなのかもしれない。
手にしているのはブレイク・ガンブレードだろうか? 久しぶりにみたが随分改良がされているようだった。クリムゾンの装備品がエネルギー転換装甲を起動させるときに起こる独特の発光現象が確認できた。おそらく技術のハイブリット化による新型なのだろう。
池野は高速で動きレーザーを回避しながら、ブレードで丸いものを次々に切り裂き、ときおりガンモードに切り替えては撃ち落している。
ロッカースペースにある操作用らしきパネルには「戦闘シュミレーション:レベルMAX」の表示がされていた。
「……あいつって改造されてるんでしたっけ?」
寧人は改造人間だが、変身していない状態で池野と同じことはまず出来ないだろう。いくら超科学による特殊武装を使用しているとはいえ、それを操るには相応の運動能力と反射神経が必要なのはわかっている。凄まじい能力だった。
「いえ池野部長は特殊な改造措置は受けていませんよ。あのトレーニングルームを開発したのも池野部長ですが、最初からあのくらい出来たそうです。すごい運動神経ですよね」
秘書の女性はややうっとりした表情で池野を見ていた。
ああ、なるほど。この人もう『そう』なのか。
「……へぇ、最初から、ですか。……当ててみましょうか? あのトレーニングルーム、完成からしばらくは秘密にしてたんじゃないですか? で、公にしたときの一発目の試演をアイツがやった。そんときは完璧だった。違いますか?」
寧人はこれでも池野のことはわりとよく知っている。だからそう聞いてみた。
「え、あ、はい。そうですね。たしかにそうでした。でも、どうして……?」
やっぱりな。寧人はそう思って少し苦笑した。
いくら池野が天才的な運動能力を持っている男だとしても、あんな超人的な動きが最初から出来るはずがない。あれでは変身した寧人でさえも単純な戦闘能力では勝てるか妖しいほどだ。
多分、ハリスン攻略やクリムゾンからの技術提供で強化された武器武装を誰よりも上手く扱えるように、相当訓練したはずだ。誰にも知られないように、だ。
「相変わらず負けず嫌いのカッコつけだな。よくやるぜ」
「え?」
「いや、なんでもないです。もういいですよ。あとは勝手にやりますから。あ、一つだけお願いがありまして……」
操作パネルにも「戦闘シュミレーション:レベルMAX・終了/評価AA」と表示が出ているし、レーザー光線を撃つあの小さい球もぴたりと止んでいるようだった。
「で、ですが……」
寧人の「お願い」を聞いた秘書の女性は戸惑いの表情を見せたが、ロッカースペース備えつけのスピーカーからも声が上がった。
「七瀬さん、あとは私と小森常務だけにしていただいて結構です」
どことなく甘く、そしてやたらと自信満々な声の主は勿論池野だった。秘書の女性はそれを受け、お辞儀をして立ち去っていく。
池野はそれを確認すると、寧人にトレーニングルームに入るように顎で示した。どうやら池野のほうが出てくるつもりはないらしい。
まだトレーニングを続けるつもりなのだろうか?
あるいは、改造人間である寧人と一対一で対面するにあたり、武装を解くつもりがない、ということなのかもしれない。
そう思いつつも寧人はトレーニングルームに入った。なにやら息が苦しい。気圧が低く調整されているのかもしれない。
「……ひさしぶりだな。池野」
最後に会ったのは開発室、煉獄島にいたときだった。
対面する池野はあれだけ激しいトレーニングをしていたというのに息も乱しておらず、相変わらず整った顔だちである。
「何の用だ」
池野は端的に答えた。
やはり、旧交を温めるような仲ではない。だから寧人もそれに応じた。
「単刀直入に言うぞ。俺とともにメタリカを離反し、そして新組織を率いろ」
※※
池野は現在、メタリカ取締役の一人だ。他組織との共同作戦や折衝に多く係わっており、客観的にみればかなり多忙なビジネスパーソンといえるだろう。
だが、池野はそうしたビジネスでは水準以上の実績をあげつつ。自己鍛錬も怠ってはいない。悪の組織という職種上、戦闘能力は必ず必要となるものだし、いわゆる武闘派の連中に「頭でっかちの机上人間」と軽んじられないために欠かせないことだからだ。
実際、池野が現在の地位にのぼる過程では何度となく修羅場も経験している。社内の対立派閥の人間に脅しをかけられたこともあるが、ことごとく実力で粉砕してきた。
無論、プライベートも充実しており、浮名を流している。それをやっかむ声はあるが、そんな連中はクズだと軽蔑している。やりたければ自分でもやればいいだけなのだから。
今日もその予定だった。午前中には大きな案件を片付け、午後の二時間をトレーニングに当てる。その後シャワーを浴びたら他業種の人間との人脈つくりのための会食。終了後には女性との約束もある。
が、トレーニングの最中、予期せぬ来訪者がいた。
小森 寧人。同期入社であり、現在は常務取締役というポジションにいる男だ。
あの男がなんの目論見もなく自分に会いにくるはずがない。それは分かっている。
しかし、要件を聞かないわけにもいかなかった。あの男のやることは外道で卑劣ではあるが必ず意味があり、そして論理的だからだ。
対面した小森寧人が口にしたことは、さしもの池野であっても予想の範囲外であった。
「なに? もう一度言ってみろ」
池野は小森に聞き返した。
実は、小森がいずれメタリカを離反する可能性があることは想定していた。彼の動きを見ていればわかる。小森は明らかに自分自身のもとにつく力を意図的に手に入れている。メタリカの、ではなく、小森寧人のもとにつく力を、だ。
そしていずれ世界を制するという野心を持つ小森ならば、自身の勢力を作り上げるつもりであったとしても不思議ではない。
「俺とともに来い。池野」
続けられる小森の言葉。
池野にとって予想外だったのはこの部分だった。
「何故だ?」
「……必要だからだ」
小森は計画を説明した。
メタリカを表向きに離反し、新組織スレイヤーを立ち上げる。そして他の悪を全て制圧してメタリカに戻る。そのとき、メタリカは最恐最大の悪の組織として新生する。そのトップに立つ。
池野は考えた。あくまでも冷静に、だ。
なるほど。荒唐無稽のように思えるが、少なくとも絵はできているというわけだ。そしてその計画に自分が必要だということも理解できる。
あの煉獄島での戦いや、その後進んできた互いの道からわかるように、小森と自分には違う才覚があり、それは互いを補完しうるものだ。それも理解できる。
小森は弱い、少なくとも自分よりは弱い。だからこそあれほどまでに苛烈な策を取り、非道に迷うこともない。そうしなければ勝てないからだ。
その結果として、小森が今の地位まで上がってきたことは評価すべきことだし、それはそれでヤツの実力だ。
悪のカリスマ、と呼ばれていることについても疑問はない。ただのクズが上がってこれる世界ではないのだから。
そして、おそらく小森は推測しているのだろう。自分がグローバルマネージメント部を統括している立場を活かし、独自のルートやテクノロジーを隠し持っていることを。それは開発室時代に自分がみせたビートル・クリスタルの流用を考えれば容易にたどり着く結論だ。
さらに、小森と同じように、自分にも腹心の部下はいる。
旧クリムゾン、サンタァナ、グローバルレベニューマネジメント部が持っているテクノロジー、ガードナーが制圧したジャミロクワイなどの中小組織。
これだけのものを小森と自分が率いたのなら、それは大きな力となる可能性がある。
池野は小森を嫌っているが、それは人間性の問題でありその実力とは関係がない。
「なるほど。お前の言いたいことはわかった」
たしかに、理がある話だ。だが、
「お前の計画にのるつもりはない」
池野はそう言い切った。この答えは、小森に対する嫌悪感や憎しみからではない。
「たしかに俺とお前が組めば、その新組織の勝算は上がるだろうが、それでも無謀としか言いようがないな。なんのためにそこまでのリスクを犯す必要がある」
小森の表情は動かなかった。そう答えられるのは予想内だったのだろう。
そして、少しの間が空き告げてくる。
「俺は、お前の知らないメタリカのある情報を知っている」
小森はいくつか説得のための材料を持ってきているようだった。しかし……
「藤次郎・ブラックモアがすでに死んでいるという話か?」
池野は短く言い切った。当たり前のことを言うように表情も変えない。
「な……? お前、知っていたのか?」
悪のカリスマと呼ばれる男とは思えない間の抜けた表情を見せる小森に対して、池野は続けた。
「いいや。だが、簡単に推測できることだ。今の地位にあるお前がその計画を持ち出し、この局面で俺に告げるのならそれしかない。そして、どうやらその通りだったようだな?」
予想はしていた。近年のメタリカの、そして首領の動きは不自然だ。
そしてカマをかけてそれは確信に変わった。
この小森という男は、普段では脇の甘いところがある。
「さて、話はそれで終わりか? 勝手に新組織でもなんでも立ち上げろ。そして破れて死ね。そうだな、同期のよしみだ。線香に一本でも立ててやってもいいぞ」
高い確率で小森の計画は失敗する。そうなれば小森は死ぬだろう。
道半ばで世を去るなら、それは敗北だ。俺の、勝ちだ。
「もういいか? 俺はトレーニングを続ける。時間を無駄にするのは嫌いなんでな。出て行ってもらおうか」
池野はブレイクブレードを小森に突きつけた。
「……」
だが小森は動かなかった。
「……やれやれ。いいのか? 俺はお前からメタリカへの背信を誘われた。表向きには、お前のスレイヤーとやらはメタリカを離反する組織なんだろう? 俺は今ここでメタリカのためにお前を切り殺しても、言い分は立つかもしれないが?」
もちろん実際にそんなことをするつもりはないが、まったくの間違いではない発言だった。
小森は池野のその発言を受けると、少しだけうつむき、そして顔を上げた。
表情が、変わっていた。
何度か見たことのあるあの表情だ。冷たく黒いそれだった。
「別にかまわないぜ。……出来るものならやってみろ。そうだなトレーニングの相手と思えばいい。機械仕掛けのアトラクションなんかより、ずっとためになると思うぜ。なにせ、俺ほど多くロックスを倒したヤツはいないんだからな。胸を貸してやるよ。池野くん」
小森から厚みのある威圧感が滲み出ていた。
「はっ、『俺が勝ったら仲間になってもらうぞ』ってやつじゃないだろうな? 俺がそんな下らない挑発にのるとでも思うのか?」
小森の威圧感はたいしたもので、さすがクリムゾンを落としただけのことはある。
だが、それだけだ。
池野にもキャリアがある。小森の重圧に負ける気はしない。
そして挑発されているのも明らかにわかる。
「いいや。そんなことは言わないさ。でも、今のお前が俺に勝てるとは思わないな。だから、結果的にはそうなる」
小森は明らかに侮蔑的な口調だった。
俺がお前に勝てない、だと?
池野はその言葉を脳内で反芻した。
常務に昇進して何か勘違いをしているんじゃないのか?
たしかにお前は普通の人間ではない。その精神力、卑劣さといった独特のものを持っている。
だが、この俺がお前に劣るわけがない。改造のハンデがあっても同じだ。
挑発されているのはわかりきっていたし、これにのれば小森が喜ぶであろうこともわかっている。
「はっ、試してやろうか?」
しかし、池野はあえてそれにのった。
何故なら、おそらく小森寧人に会うのはこれが最後になるからだ。スレイヤーを率いる小森は死ぬだろう。なら、どちらが上なのかはっきり分からせてやるのも悪くない。
それに、万が一負けたとしても、小森には自分を殺すことはできない。何故なら必要だからだ。そして、その場合でも、俺は小森とともに行くつもりはない。
仲間にならなければ殺す、というような脅しで味方につけた戦力はどうせまともに機能しないし実力を出し切れない。そんなことくらいは小森もわかっているだろう。
一方池野からすれば全力で小森を攻撃することに迷いはない。仮に殺してしまったとしても、背信をほのめかされたので粛清した、で問題ない。
そのためにさきほどから小森の言葉を録音しているし、都合の悪い部分は編集もできる。小森が背信をしようとしているのは表向きには事実なのだから、あとから証拠はボロボロ出てくるだろう。
無論、真の狙いを知るラーズらの幹部は計画がくずれることになるが知ったことか。表だって自分に罰をあたえられることはない。仮にそうなったとしても切り抜けることくらいわけはない。小森を失った上に、自分まで失うことをメタリカが良しとするわけがないからだ。
つまり、ただでさえ実力で勝る自分が、圧倒的に有利な状況で戦えるわけだ。
池野はこれを卑怯とは思わない。有利な状況を作り出すのも強さのうちだ。鍛錬もビジネスも、コネクションもその一つ。
小森からすれば最後の手段として対決を望んでいるのだろう。どんな考えがあるのかは知らない、だが俺はそもそも勝つ。
改造人間であることから単純な戦闘力なら分があるとでも思ったか?
開発室時代ならいざ知らず、今は違う。
この俺が、劣る要素をそのままにしておくとでも思うのか?
池野には立場を活かし、ハイブリッドテクノロジーによる武装を手にいれ、完璧に使いこなしている自負がある。
それは計算高い仕事ぶりと、血を吐くような鍛練と才能の結果だった。
そして、エビルシルエットのスペックも把握している。
さらに変身している中身は小森、一点を除けば凡人に過ぎない。
闘技や判断力、運動神経に戦術的思考。負ける要素はない。
「……どうした。変身しないのか? どこからでもかかってこい」
池野は自らが装着しているアーマー・スラスターとブレードを起動させた。
トレーニング内に機械音が響き、ブレードが発光する。
「やれやれ。変身を待ってくれるのか? ぬるいヤツだぜ」
小森は一度後ろに下がり、ネクタイの結び目に手をやり、締めなおした。
二人の男が睨みあう。空間そのものが緊張していく。
「……変身」
小森寧人は小さなつぶやきと同時に黒い光に包まれた。
そして出現する悪魔。
対する池野はスラスターの出力を最大にして、加速から跳躍。悪魔に対して怯むこともなく、大上段に振りかぶった機械仕掛けの刃を振り下ろす。