健闘を祈っててくれよ
M会議から数日が過ぎた。
寧人はツルギとともに新組織スレイヤーの始動準備に奔走し、おおむねこれを終えていた。
クリムゾン、サンタァナ、メタリカ沖縄支店、加えて寧人不在時にツルギが制圧済みのいくつかの組織、これらを戦力の中核とし、その中から数名に対しては改造手術を敢行。
副社長にはツルギ、社長室室長には新名を配置。
副官、参謀としても良かったのだが、そこは馴染みのある一般企業風の役職名にしておいた。
アニスについてはクリムゾンのパイプ役を努める必要から、秘書としている。
クリムゾンの所有するオーバーテクノロジーによる兵器、水陸両用の魔物サンタァナ、魔術を使うジャミロクワイ、その他複数の戦力。
将として彼らを率いるツルギは指揮能力、策謀、戦闘能力ともに申し分なく。組織の運営を任せる新名はそのフットワークや持ち前の機転で効率よくやってくれるだろう。
この組織は、強い。数こそ少ないがまさに闇の精鋭たちと言える者たちだった。
組織始動の準備は水面下で行われた。
だが、離反する前に必要なことはあと一つだけ残っている。
「……ボス。あとは、例の件だけですかね?」
今はまだメタリカ常務取締役である寧人は本社内に部屋を持っている。
その室内には寧人とツルギが二人、外はすっかり暗くなる時間だったが、二人はソファをはさんで準備の最終確認をしているところだった。
「……ああ。実は、あんまり気がすすまないんだよなぁ……」
ツルギの言葉を受け、寧人はソファに寝転がる。
「やれやれ……そうでしょうね。ですが、言い出したのは他ならぬボス、アンタだ。俺は元々、考えてもいなかった」
「いや、そうなんだけどさ。いざとなるとやっぱり、なんつーか、あれだよ、あれ……」
はぁ、とため息をつく寧人。
わかってはいるのだ。スレイヤーの侵略作戦を成功させるためにはアイツが必要だ。
ただ、嫌なだけだ。
寧人は決めたことは絶対にやる。これまで一度も違えたことはない。
倒すと決めたら倒す、裏切ると決めたら裏切る。
それは目的のためだし、新名の言う「本気モード」、あの黒い炎が自分の中で燃えているときはほんの少しの迷いもないように見えるだろう。
それは、それ。
周囲の人は誤解している、あるいは意図的に寧人がそうさせているが、基本的に寧人は臆病者だしヘタレだ。普段はそういうところを無理やり奮い立たせている。
と、寧人自身は思っていた。
気がすすまないことはあるし、今でも女性は苦手だ。
特に女性経験などは、新名に知られると絶対からかわれるので秘密にしているところもある。
これは、これ。
「そういやさ、俺、メタリカの重役たちに大見得を切ったんだよなぁ……今、考えるとヒヤヒヤするぞ……よくチビらなかったもんだ。あの人たち、マジ怖いよ。ラーズさんとかまずデカすぎだし、ハメット相談役とか妖怪みたいだよ」
寧人はコーヒーをすすり、懐刀にたいしてぼやいた。
「ふっ、本当にアンタはそういういところだけは変わらないようだ」
ツルギはニヒルな笑みを浮かべた。
なんとなく集中力が二人とも切れてしまった。いや、自分のせいだということは寧人もわかってはいるのだが。
例の件を除けば、計画よりも早く準備は完了しそうで、まだ若干の余裕はないことはない。が、出来ることは早めにやっておいたほうがいいとも思う。
仕方がないので、無理にでも話をもとに戻すか、と思ったそのときだった。
「お疲れっす。俺っすけど、入っていいすか? 入りますよー」
軽そうな声が響いた。
ノック、入室の予告、入室が同時に行われた。仮にもここは大企業メタリカの重役室で、今は秘密裏の会議中だ。
悪のカリスマと呼ばれる寧人、常勝将軍と呼ばれるツルギがいるこの部屋にこんな風に入ってこれるやつは彼以外いないだろう。
「……新名。お前、あれだ。ノックというのは返事を待つものなんだぞ」
「サーセン。まーまー、いいじゃないすか。マカダミアナッツチョコ、食います?」
「お前、マジでハワイ行ってたのかよ。この状況で有給休暇取れるとか凄すぎだろ」
寧人が米国を離れている期間、新名はアニスとともにクリムゾンの指揮を取っていたが、かねてより三人で計画していたスレイヤー立ち上げが近くなったので、クリムゾンから一時呼ぶことにしたのだ。
だがそれを聞いた彼は、んじゃ、残ってる有給全部消化する、だってまず辞める形になるし、もったいない。米国からの通り道なんでハワイで遊んでから行く、と言い切ったのだ。
「? 当たり前じゃないっすか。ダーイジョウブっすよ。仕事は仕事でちゃんとやるんで」
たしかに、彼は必要な資料の作成だとか下準備だとか交渉だとか、そういったものは寧人たちの期待以上の出来で、しかも素早く仕上げてから休暇に入っていた。
非常に彼らしいと思う。
だって、ミスったら死ぬんだし? そう言いながらもスレイヤーに加わったときも。
成功したら俺、重役っすよね? したらフレックスとかやり放題だし、再入社だから有給はまたもらえますしね! そう言って休みに入ったときも、非常に彼らしい。
ケロリとしている新名の登場に重役室内の空気が軽くなった。なんだかおかしくて笑ってしまいそうになる。
「ふっ、新名。久しぶりだな」
「お、ツルギさん! おひさしぶりっすね」
「米国でのお前の活躍は聞いている。男をあげたそうじゃねぇか」
「いやー、まぁ? ぶっちゃけそうっすね!」
「一皮、剥けたようだな」
「そりゃもう、ペロリと、いやむしろズルリと」
微妙にかみ合っていないようでかみ合っている部下二人のやりとりを見るのは久しぶりで、気がぬけてしまう。
「で? 何やってんすか? 会議っすか?」
「ああ。ちょうどいい。お前も入れよ」
寧人の言葉を受け、新名はテーブルに広げられた資料を立ったままふんふんと眺めた。
「なーんだ。こんだけ決まってりゃ、今日はもういいっしょ。だって」
あれこもこれもそれも、進捗に問題はないじゃないか。と新名が口にする。
もう慣れたといえば慣れたが、新名のこういうところはやっぱり感心する。わずか数秒で全体を正確に把握するその才能をすこしわけてほしいくらいだ。
「っつーわけで、飲みいきましょうよ」
あっけらかんとした新名の物言い、寧人とツルギは顔を見合わせた。
時間も遅いし、正直言うと結構疲れてもいる。あと、腹も減っている。喉も渇いた。
「……仕方ない野郎だな。行きましょうか。ボス」
「……だな」
寧人とツルギは苦笑しつつ、でも内心では少し喜びながら席を立った。
※※
「あちぃ」
寧人はぐったりしつつうつむいた。
「先輩、まだ10分もたってないっしょ。っつーか当たり前じゃないすか」
「あちぃもんはあちぃ」
「……これからが本番ですよ」
男が三人。タオル一枚のみの裸に近い姿で並んで腰掛ける。
高温となる室内。
飲みに行く前に、と提案したのは意外にもツルギだった。
最近働きづめだったし、今日も残業していた。かなり腹も減っているし喉も渇いている。
こういうときは、ここだ。いっそ限界まで渇きをつくったほうが旨い酒が飲める。それにここは身体によくリフレッシュ効果がある、とツルギが主張したのだ。
ツルギがそういうことを言うのは珍しいし、寧人は経験したこともなかったので、付き合ってみることにしたのだ。
サウナに。
「……ツルギ、これって。マジで健康とかストレス解消にいいのか?」
「ええ。すぐに気持ちよくなります」
たまたま寧人たち以外の客はいなかったので、サウナに入っているのは三人だけだった。
早くも限界近い寧人は膝に手を置きうつむいている。
まだまだ余裕そうな新名はあぐらをかいて色々くっちゃべっている
ツルギはツルギで腕を組み、目を閉じまっすぐに座っていた
三人とも滝のような汗をだらだらと流している
「そういや先輩、日本来てから真紀さんとは会ったんすよね?」
「え、まあ。一応」
「……」
新名の無駄話が始まった。暑さがまぎれるし、まあ新名と話すのは実は嫌いではない。
「あのホテルどうでしか? あ、つーかまずメシくらい行きましたよね?」
「お、おう。まあな」
「……ボスはそのあと、真紀さんに別の部屋を取ったそうだ」
「はぁ!? マジっすか!?」
くそ、またこのパターンか。
「先輩……ひょっとして、まだ……ど」
「変身するぞ」
「サーセン」
その辺は、新名やツルギにも秘密にしている部分も実はあるので、ぱぱっと会話を終わらせることにした。
「……ボスのことより、お前のほうはどうなんだ。新名。お前ももう24だろう」
「え。24とか若くないっすか。つか、まあフツーに彼女いますけど。あ、前の人とは別っすよ」
「うそぉっ!?」
「あれ? 先輩知らなかったんですか? ってかツルギさんだって、なんか女いるでしょ。わけありっぽいのが、たくさん」
「……いや、それはなんとなく知ってたけどさ」
「……ふっ」
それからしばらく、その辺の話が続いた。
驚くべきことに、新名は沖縄でも、東京でも、ニューヨークでも別の彼女がいたそうだ。
寧人からしてみれば、それって恋人か? と聞きたくなるのだが、まあ、多分そうなんだろう。
頭の回転がよく、色々なことを知っている。軽妙な会話も出来る新名は多分女性からみて、それなりに楽しいヤツなのだろう。
ツルギのほうからは、彼の思う「男としての女との付き合い方」論みたいなものが聞けた。やっぱり非常に古風で、それでいて男らしいものだった。
寧人のなかではミスターチャラ男と認定している新名に彼女がいたとは知らなかった。
ツルギが女性にモテるのは知っていた。そのニヒルで渋い容貌もさることながら、無口ながらも女性には優しく気が利く。そして勿論凄腕だ。そりゃモテるだろう。
俺の部下は、俺と違って……。と思わないでもない。
「……そういや、ツルギってやっぱすげー体してるよな」
横に並んでみるとよくわかるが、ツルギの鍛え抜かれた赤銅色の体は鋼のようだ。盛り上がった筋肉、というわけではなく、極限まで絞り仕上げられた、という感じなので、普段服の上からはそこまではわからないが。こうしてみると格闘家並みだ。
「そうですかね?」
「パねぇっすね。ムキムキすぎ」
そういう新名のほうは均整は取れているが、どちらかというとモデルみたいな体型だ。
寧人は一応毎日鍛えている。庶務課で間中と出会った翌日から一日も欠かさず毎日だ。
もともと華奢だったので、多少は逞しくなったとは思うが、まだまだだ。
「どーやったらそんな身体になるんだ?」
「ボスには無理です。骨格の問題もありますから」
「お前、はっきり言うなよ。今すげー落ち込んだぞ」
「まぁまぁ、先輩。今は俺くらいのほうが女ウケしますよ?」
「ああ、そう。……ってかあちぃ。もうそろそろ倒れるぞ俺」
「まだまだ。この後、水風呂、それからまたサウナ。これを3セットが基本です」
それからさらに時間が過ぎる。
熱気がこもる室内と時折の蒸気の音。
他愛のないことを喋る汗だくの三人。
女性のことと筋肉のことに続いて下ネタ、たまに仕事の話
この三人はすでに世界トップレベルの悪党なのだが、気を許している状態での男というものは、基本的に男子高校生とさほど変わるものではなかった。
※※
「……ぶっはぁーー。旨ぇ……!」
一気にジョッキの半分ほどを飲み干し、寧人は息をついた。
ツルギの流儀に従い、サウナをみっちりこなしたあといったのはいつものおでん屋だ。
一杯目のビールは筆舌に尽くしがたいほど旨い。
キンキンに冷えた!とか、喉越し最高!とか、鮮度爽快!とか、よく見るビールのキャッチコピーが実感として理解できた。
ぐったりと疲れ、火照った体に染み込むように広がるアルコール。
なじみの店。普段はまぁ、適当に接したり、虚勢をはらなくてもいい相手。
なんだか、久しぶりにこんな感覚を味わっているような気がした。
「俺、おかわりっすー」
新名は早くも飛ばしている。
「大将。俺は二杯目からは冷を頼む」
ツルギはいつもの日本酒に切り替えるようだ。
その後、ハワイにあるいかがわしい店の話を新名がしたり、ツルギがイタリアンマフィア時代の話をしたり、寧人が漫画の話をしたりした。
ペラペラとよく喋る新名、ポツポツと低く話すツルギ、それからさして面白いヤツでもない寧人の飲み会は、不思議なのだが、それなりに楽しい。
ここはおでん屋なのだが、あきらかにおでん屋の範囲を逸脱したメニューがあり。今夜は手羽先と味噌カツとかを食べた。大将のなかで名古屋がブームらしい。
大体二時間ほど飲むと、新名は酔いつぶれて眠り始めた。
「……たく、しょうがない野郎だなコイツは」
ツルギはそう言いつつも寝転がる新名に上着をかけた。
「んじゃ、あと一杯ずつで帰るか」
「そうですね」
ツルギはタバコを取り出し加えると、先端に人差し指を当てる。人差し指の先に赤い光が出現する。
ジュッ、という音がなり、タバコに火がついた。
「そういやすごいな。それ。改造手術の副産物か?」
「ええ。変身しなくてもこの程度の熱くらいなら出せるように訓練しましたからね。便利でいい」
訓練した、というのがなんともツルギらしいところだった。おそらくそれも基本は戦うためなのだろう。
ツルギがタバコを吸い終え杯を手に取ったので、寧人は日本酒の瓶をとり、ツルギの杯に注いだ。
「これはどうも。ではボスも」
「ああ」
杯に注がれる日本酒。寧人はそれを一口飲む。今夜はなんだか、楽しかった。
だから、決められたことがある。それをツルギに話すことにした。
「なあツルギ」
「はい」
「俺、明日は墓参りに行ってくるよ。恩人のな」
日本に戻ってきてからバタバタしていて、遅れてしまっていたが、それはやっておきたかった。
「ああ。そうしたほうがいい」
その恩人のことはツルギにも話したことがある。「俺も会ってみたかったもんですね」と言っていた。
「で、それが終わったら、例の件だ」
例の件。着々と準備を終えつつある新組織スレイヤーに係わることだ。
少数精鋭の人員、特殊な力と装備、信頼にたる幹部は整った。それは万全に近い。
だが足りないものがある。
ツルギ、新名、アニスはスレイヤーの幹部で、寧人はその上に立つ
だが、スレイヤーのトップには二人を予定している。共同経営者、同格の存在としてだ。
本来なら、二人のトップは望ましいことではないが。仕方がなかった。
あの男が、寧人の下につくわけがないからだ。
寧人と共にスレイヤーを指揮する人物。
それは、悪の才と信念だけで上りつめた寧人にはない強さを持つ者でなくてはならない。
そうでなければ、スレイヤーは戦いに勝ち残ることができない。
最後の1ピースになる男が必要だった。
あの男は強い。それは認めている。
「明日、俺が直接アイツに話してくる」
「……そのほうがいいでしょうね」
俺とアイツがスレイヤーを率いる。
だが、計画ではスレイヤーは他の組織を叩き潰しメタリカと統合する。そのとき、スレイヤーのトップはメタリカの、そして全ての悪を収める者となることになっている。
スレイヤーを率いるのは俺とアイツの二人、だが最終的な頂点は一人だ。
だから、そこにいたるまでの道のなかで、ついにアイツとの決着がつく。つけなくてはならない。
他の悪を叩き潰したそのときが、アイツとの最初の、そして最後の直接対決になるときだ。
だがまず、あの男が寧人の絵に乗るかどうかすら疑問だ。
そこは、手を尽くすしかないだろう。
あるいは、なんらかの策をうつ
「んじゃ、健闘を祈っててくれよ」
「ええ。では、乾杯」
もう4話連続、男率100%……