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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
組織頂点編~シンプルプラン~
58/106

正義は勝つ

 逆らうものは皆殺し。いかにも悪党が使いそうな言葉だし、藤次郎は全ての悪党のなかでも最有力の組織の長だが、実は彼がこの言葉を使ったのはこのときが初めてだった。


 それは人倫に基づく理由ではない。単に効率の問題だ。可能であるなら、服従させるほうがいいに決まっている。


「ホントはあんまりやりたくないけどね。でも仕方ないよ。もうすぐ、世界は僕のものになる。それを邪魔するんなら、捻り潰すしかないね」


 藤次郎は笑顔のままだった。その言葉通り、この時点の世界は多くの部分がメタリカの、藤次郎の支配下にあった。もう少し、その覇道を阻むのならば、効率を無視してでもさっさと殲滅する。それが藤次郎の判断だった。



そして、せっかく皆殺しという非効率的な手段を取るのならば、次善の策もある。

今度二度とこのようなことが起こらないように、つまり劣っている分際でしつこく抵抗する者があらわれないように、見せしめとして、残虐に、すばやく、一人残らず徹底的に捻り潰す。


「いいんだな? 藤次郎」


 ラーズの問いかけ。ラーズもまた、己の戦いの場を求め、世界に挑むという滾る野心のために藤次郎に従う男だ。


「もちろんさラーズ。さぁ、行くんだ。君が望む修羅の世界に」


 こうして、小国に対するメタリカの侵略戦は、殲滅戦へと変わった。


 藤次郎に罪悪感は無い。

 藤次郎に良心は無い。


あるのは、世界を支配したいという純粋で巨大な欲望と、それに挑むにふさわしい優秀な能力だけ。


 巨大な欲望は他者の幸福や安全を破壊する種類のもので、その能力は圧倒的。

しかも罪悪感を持たないが故に、行動に一切のためらいはない。だから強い。

数多い敵を非道な策と残虐な行動で倒してきた。そしてそれを顧みもせず、自身が傷つくこともない。


ゆえに藤次郎自身には善悪の概念すらないが、その行動は、その存在は、世界から見て、これ以上無い巨大で苛烈な悪であった。


※※


小国への殲滅戦は順調に進んだ。この戦いには藤次郎、ラーズという二人の幹部が出陣しており、かつ敵の戦力は弱い。そしてメタリカには改造人間や各種の超兵器も存在する。


脅威となる存在はたった一人だけこの戦いに来ているはずだが、いくらディランでもどうすることもできはしない。


メタリカの幹部たちはそう思っていた。


藤次郎はラーズと別れ、それぞれに指揮を取り敵へ攻撃をかけた。

藤次郎は市街地、かつてはこの国の中心部であり、今では廃墟といったほうが適している場所で戦うこととなった。


総指揮官である藤次郎が最前線に出ることは一見危険で無意味なことに思えるが、実は違う。敵の戦力の大半が市街地から西に少し行った場所に集まっていることは分かっていたし、そこはラーズが担当している。それにそもそも、藤次郎がこの場に現れることなど敵側は知るよしもないことだ。


藤次郎の位置を、つまりはメタリカの戦術を掴み、さらにラーズの部隊を突破して市街地に駆けつけるなど、ディランを要しているといえども小国の脆弱な戦力にできるはずがない。


藤次郎は淡々と戦った。

いや、それはもう戦いですらなかった。周囲に多くの改造人間を引き連れ、悠然と歩く、敵を見つけては即座に殲滅。ただそれだけだった。


もうすぐ戦いは終わる。誰かがそう思ったとき、それは起こった。

 現れるはずのない男が、藤次郎の眼前に現れたのだ。


 その男は、藤次郎が生き残りの子どもを部下に襲わせたとき、すさまじいスピードで上空から現れ、生身のまま改造人間を殴り倒し、子どもを背にして、立ちはだかった。


 鍛えぬいた体に静観な顔つきのその男が、藤次郎を睨み付けた。


 知っている。藤次郎はその男を知っている。

 

 世界でただ一人、藤次郎の宿敵とされる男。

 藤次郎がメタリカの首領になるずっと前から、その前に立ちふさがり続ける男。

 

「やぁ、ひさしぶりだね。転希ヒロキ

 

 藤次郎は一瞬の沈黙のあと、朗らかに笑い、語りかけた。


 「藤次郎。これ以上、お前に誰かを踏みにじらせはしない」

 

藤次郎とは対照的に転希ヒロキと呼ばれた男は、気迫に満ちた表情だった。


「あははははっ。それにしても、よくここにこれたね? 僕、少し驚いたよ。参考までに教えてくれないかな? どうやって?」


藤次郎が驚いているのは本心だった。


来れるはずがないのだ。この場所がわかるはずもないし、ラーズの部隊を突破してたどり着けるはずもない。


そして、彼がここに現れ、自分の目の前にいるということは、藤次郎にとって紛れも無い危機だった。これまで歩いてきた覇道の中で、初めてのことだ。


転希が自分に敵対していることは知っている。

20年前、一捜査官に過ぎなかった転希が、誰もが知る別名を持つようになったことも知っている。けして折れない精神を持っていることも、そして個人として考えれば、この世界の誰よりも強いであろうということも。


「……」


 転希は目をそらさず、藤次郎に少しずつ歩み寄る。


「なんだよ無視かい? それくらい答える義理はあると思うけどな。君が強くなったのは僕のおかげだろ? 誰が君を改造したと思ってるんだい? それに忘れないでくれよ。君はこの僕を裏切って、ただ一人だけ、まだ生きている人間なんだよ」


「……裏切る? 冗談じゃない。俺は一度もお前に従った覚えはない。11年前に俺がメタリカに潜入したのは、懐柔されたからでも、捜査のためでもない。最初からお前を討つ力を手に入れるためだ。……だが、教えてやるよ。彼らの名誉のためにな」


 転希は語った。

 藤次郎の場所が分かったのは、メタリカ内からの情報提供のためであること。

そして、ラーズを突破してここに来るために、多くの戦士たちが転希一人だけを、藤次郎のもとに命を賭して辿りつかせたこと。


「へー? それって本当? 要するに、こっちには裏切り者がいました、で、そっちは皆で頑張りました、ってだけだよね?」


色々言っていたが、要約するとそういうことのはずだ。


転希が語った内容は藤次郎の腹に落ちるものではなかった。

それは『理由』になっていない。


藤次郎からすれば『奇跡が起きたから』という言葉と同じに感じる。



「わからないだろうな。お前には。何故裏切られたのか。……何故、彼らが命を賭けて……俺を、お前のもとにたどり着かせてくれたのか……!!」


転希は一粒の涙を流した。彼は、他人の命を重くみる男だ。

おそらくは、ここにたどり着くための犠牲を悼んでいるし、悔いている。


その上で吼えているのだろう。相変わらず意味のわからない男だ。


「うん。全然わからないね」


この場にたどり着いたのは転希ただ一人。つまり、転希以外のこの国の戦力は、そのために散ったということなのだろう。


藤次郎には理解出来なかった。

メタリカの部下が自分を裏切って何かいいことがあるのか。

何故、どうせすぐに訪れる死を早めてまで、たった一人のために戦うのか。

 

仮にこの結果、転希が藤次郎を倒したとしても、もう彼らにはなんの意味もない。何故ならどのみち死んでいるからだ。さらに言えば、散っていった戦士たちの家族や友人だって、生きてはいないだろう。それなのに何故、戦うのか。


まるで、理解できなかった。


「……俺は、今日ほど、この言葉の重さを深く感じたことはないよ」



 転希は着ていたジャケットを脱ぎ捨て、右拳を握り、左肩に近づける。

ほとんどの人間は知らないが、その動きは、彼が『あれ』になるための予備動作だ。


「どの言葉さ?」


 藤次郎は会話を続けながら考えていた。

 奇跡が起きた。そんなことで倒されてたまるか。どう切り抜ける。

 

転希は澄んだ力強い声で答えた。


「正義は、勝つ」


まるで冗談だ。30を超えた転希が、若かったあのときあの時と同じ言葉を言った。


正義は勝つ。世界を守る。


物語のヒーローが唱えるそれを、心の底から信じているらしいこの男は、藤次郎の敵で有り続けた。


 そして、信じ続けた彼は、ヒーローが実在することを最初に世界に示し、希望となった。

 今あるこの世界を、多くの人が幸せに暮らすこの世界を、守る。

 誰にもそれを壊させはしない。


 そう信じて戦う男。藤次郎とは対極にいる男。


 千石センゴク 転希ヒロキ


 ――またの名を――


 「変身!!!」

 

 白銀の騎士 ディラン。


 握り締めた拳から放たれる純白の輝きが転希の全身を包み、彼は、ヒーローとしての姿を現した。


※※


「藤次郎様は、このとき、ディランに倒され、亡くなった」


 藤次郎の体には、情報記録用の端末が埋め込まれている。ハメットはこれを回収し、一連の出来事を知っていたのだ。


「……このあと、ディランは?」


 新たに幹部になった若き悪党、小森 寧人は黙って聞き終えたあと、質問をしてきた。


「彼奴もまた、大きなダメージを追った。藤次郎様を倒したあと、こちらの追っ手を振り切って逃走したのじゃ。そして、儂らはこのあと、その事実を伏せた。理由はわかるの?」


「……はい」

 寧人は浅く頷いた。


 首領である藤次郎が死んだということは、メタリカを揺るがす大事件だった。

 それも、宿敵であるディランに正々堂々真正面からの敗北。


 メタリカが数多い悪の組織のなかで最強で有り続け、世界征服に迫れたのは改造人間だけが原因ではない。

 狡猾にして残忍、最恐だった藤次郎がトップにいたからだ。


 その存在によって押さえつけられている勢力もあったし、その強さを信望していたからメタリカで戦える者もいた。


 外と内、どちらの面でも藤次郎の死はメタリカにあってはならないことだった。


 幸いにして、事実を知るのはハメットとディランのみ、そしてディランは公に情報を発信できる立場にはない。


 ハメットの判断は早かった。

 『藤次郎』はこのときから表に出ることはなくなる。理由などいくらでもつけることが出来たし、疑問に思うものがいても、それを口にするものはいなかった。


 それがどれほど恐ろしいことか知っていたからだ。

 

 藤次郎の死後、メタリカの世界征服への歩みは遅くなった。


「では、そのあとから、メタリカは……」


 寧人ももうわかっているようだった。

 最悪にして最強のトップは去った。そのあとから『首領の意志』として示されるメタリカの方針や戦略は、この、今行われているM会議によって決定される。


 ゆえに、メタリカの実質的なトップは、今この場にいる四名。ハメット、ラーズ、ヘッドフィールド、そして小森 寧人ということだ。


「……」


 寧人は押し黙りうつむいていた。ショックを受けているのだろうか。

 

 ハメットはなんとなくその心情が理解できるように思えている。

 

 ハメットは面接のときから、寧人に注目していた。そして彼がなした数多くの正義との戦いを見てきた。それで思っていたことがある。


 あの小僧は、藤次郎様と似ている。


 悪であることを最強の武器としている。

目的のために手段を選ばず戦う悪人。


さらにいえば、藤次郎には寧人には無い武器もあった。個としての戦闘能力も策謀の巧みさも、寧人は藤次郎には及ばない。


寧人は策を学んでもいないし特別切れるわけではない。改造人間であるとはいえ、素体となる彼自身の運動能力や肉体強度は凡人だ。悪としての資質で二人が互角だとしても、それ以外で寧人は劣る。


いわば、寧人は藤次郎をスケールダウンさせたものだ。ハメットはそう判断していた。そしてそれは寧人自身も理解していると思っている。


 そしてそんな藤次郎はディランに負けた。ならば、寧人もまた、ディランに勝つことは出来ない。そして世界を制することは出来ない。


そう、考えられるのではないか? だからあの小僧は、絶望し、押し黙っているのではないか?


「……」


 寧人は額に手をやり、黙ったままだ。


「おい小森! 会議はまだこれからだぞ」


 見かねたのかラーズが声をかける。

 それを受け、寧人は顔を上げた。その表情は、ハメットの予想とは違っていた。

 

※※


 ハメットの昔語りを聞いた寧人は色々なことを考えていた。

 断片的な情報だったためディランと藤次郎の関係などはわからないこともあったが、それは気にしない。いずれはわかることだ。


 それよりも、心を揺らしたのは先代首領である藤次郎の人格と、ディランの言葉だ。

 メタリカの誰かが藤次郎を裏切ったのは、きっと苛烈すぎる藤次郎の悪についていけなくなったからだ。


 そして、ディランを藤次郎のもとにたどり着かせた人たちは、正義だったからそれが出来た。


 そう確信している。


 藤次郎は悪だったのだろう。自分一人の欲望のためにすべてを踏みにじる。

 結果として法律、人道、社会に反する不道徳な存在だった。

 だから裏切られた。想像するしかないが、藤次郎を裏切った者は、その悪によって害を受けたのかもしれない。


 そしてディランは正義だった。

 多くの人の幸せを望み、そのために毅然と立ち向かう正義だった。

だから、それを助ける者が現れた。命を賭けて。


寧人は知っている。正義は強い。それは、正しいことをしているから。人は尊いことのためなら、限界を超えて戦うことが出来るから。世界がそれを後押ししてくれるから。


ミスター・ビッグの言葉が思い出された。


悪は世界に認められない。だから進むのは茨の道。必ず摩耗していき、正義の手によって、あるいはさらに強い悪の手によって倒される。


そう、藤次郎は『摩耗』したのだ。精神的なものや肉体的なものではない。寧人と違って超人である藤次郎にそれはなかったのだろう。だが、組織そのものが摩耗したのだ。

 

 悪は世界に認められない、だから必ず摩耗する。だから、『正義は勝つ』『悪は滅びる』

 最強の悪であった藤次郎の敗北はその象徴のように思われた。


 でも。


 だからなんだって言うんだ。


 話を聞けてよかった。おかげで答えに近づけた。


 藤次郎は悪だ。それは間違いない。


 でも、古い。藤次郎のそれはいかに巨大であろうとも今この世界で一般的に言われている悪だ。


 寧人は違う答えを探している。


 高みを目指して昇り続け、数々の正義を倒しながら、寧人が探し続けているもの。

 間中さんの最後の言葉に対する回答。見えてきたことは分かっている。


もう少しで、きっと全ての戦いが終えることができたら、そのときにたどり着けるもの。


 悪という言葉の本当の意味。俺なりの答え。


 たどりつけるかはわからない。答えなんて見つけられなくて、もしかしたらそんなものは無くて、俺も藤次郎と同じように倒されてしまうのかもしれない。それでも


 もう、迷いはしない。

 辿ってきた道。倒してきた正義。犠牲にした恩人。壊してきた物。

 胸を晴れることではないが、後悔はない。そんなことをするわけにはいかない。


 「おい小森! 会議はこれからだぞ」


 ラーズに言葉をかけられる。


わかっている。戦いはこれからが大詰めだ。


寧人は顔をあげて答えた。


「ええ、では早速ですが、俺から少し、いいですか? 事前にお送りしている資料はお読みいただいていますか?」


寧人は新名が作成した資料を取り出した。本当に綺麗によくまとめてある。さすがは新名だ。


提案することは二つ。


メタリカ以外の全ての悪の組織の殲滅または吸収。

庶務課を中心としたメタリカという組織全体の構造と体制の見直し。


「……ほう。お前は、藤次郎様を、超えるつもりかの?」


 そんな寧人の反応をみて、ハメットは意外そうな声をあげた。


 「世界を征服するのが俺の目的です。なら、当然、俺は藤次郎さんを超えていきます」


 寧人は力強く答えた。


千石 転希


という読みにくい名前とディランというヒーローネームの関係性がすぐわかったら凄いです。


メタ的なことですが。


ああ、そういえばメタリカの幹部も

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