おい重田
突然の乱入者、ガーディアンたちも戸惑いを見せる
「なんだお前は! 一体どういうつもりだ!!」
だが、間中は不敵な笑みを浮かべ、ぼそりと答えた。
「俺はなぁ…メタリカなんだよ。メタリカが悪いことするのに理由がいるかよ」
な!!?? ガーディアンたちよりも寧人のほうがよほど驚いた。ガーディアンに対して悪の組織の構成員であることを名乗るなんて正気の沙汰とは思えない。
「な、なんだと!? 今なんと言った!」
案の定、ガーディアンたちは警棒を構え、警戒態勢に入ってしまった。彼らも素人ではないだろう。『あの』庶務課のメンバーである間中が彼らをなんとかできるのか。
ほんの少ししか接してないけど、それでも間中の身を案じずにはいられなかった。寧人は脚が震えているのを自覚する。あの人は、悪い人じゃなかった。いや悪い人なんだろうけど。それでも俺はそう感じなかった。それなのに…!
「ガタガタうるせぇんだよ。さっさとかかって来いやコラ!!」
寧人の心配をよそに間中は強気でガーディアンを挑発する。
「確保だーーーー!!!」
ガーディアンは一斉に間中に襲い掛かった。あれではすぐに取り押さえられてしまうだろう…。そう思った寧人だったが、結果は違った。
「けっ…! うらっ!!」
間中は公園の砂場を思い切り蹴り上げ、ガーディアンたちに砂を浴びせかけた。
そして…
「っしゃ!!」
目に砂が入ったりしたのか、怯んだ様子をみせたガーディアンにケンカキックを一発!! ぐらついたガーディアンをすかさず羽交い絞めにしてみせる
「な…!?」
「おっと動くなよ! コイツの首をねじ切るぜ?」
間中の言葉に動きを止める残り二人のガーディアン。
「キサマ…砂だの人質だの…卑怯者が!! 恥かしくないのか!!」
「はあ? 最初に言っただろ。俺は悪党なんだよ」
言うが速いか、羽交い絞めにしていた1人を前方に押し出し、それを受け止めようとして体勢をくずしたガーディアンにさらに一撃ずつ。鈍い音が夜の公園に響く。
「つ、強い!…っていうか…」
ひでぇ。とは思ったが寧人は口には出さなかった。たしかに卑怯でひどいのだが、だからなんなんだとも思えたからだ。
「パトロールやってるくらいの若いガーディアンなんざ、最近までチャラチャラ大学生してたやつに現場歴20年の俺が負けるかよ」
間中はそういいのけ、こともなげにホームレスのほうに向きなおした。
「ひ、ひい!! メタリカだー!!」
ホームレスは間中におびえ、座り込んだまま後ずさる。
「おう。アンタ。そこのおでん屋なら、あまりもんとか食わせてくれるぜ。まあ味はたいしたとはねぇが。とりあえず腹はふくれらぁ」
「…? あんた…」
ホームレスは突如現れた悪党のちぐはぐな発言にどう返事をしたものが迷っているようだった。寧人はそんな光景をみて、少しだけ、胸にあたたかさを感じる。
「…間中…さん…はっ!」
すこし離れてみていた寧人だけがあることに気づいた。さきほど叩きのめされたガーディアンの1人がノロノロと起き上がり、ホルスターから銃を抜いたことに。
そしてその銃口が間中に向いていることに。
「う、う、うわあああああああっ!!!!!」
考えるより先に脚が動き出していた。妙な奇声をあげ、寧人は走った。
そうとも、ガーディアンに刃向かうなんて良識ある人がすることじゃない。まして相手は銃を持っている。まともな人間なら、戦おうと思ってもできない。だって相手は正義なんだから、そうとされている存在なのだから。経験をつんだアウトローでもなけりゃ、誰だってそうする。そうとも、だから俺は走るのだ。そうだ。走って、走って…
逃げるつもりで脚を踏み出したはずなのに。
走り出した寧人は銃を構えたガーディアンに向かっていた。
「わあああああっ!!!」
格闘技でもなんでもない無様な体当たり。だけどそれはフラフラのガーディアンには効果絶大だったようだ。ガーディアンはキュウ、というようなおかしな声をあげて、転がっていった。
慣れないことをしたものだから寧人自身も地面に倒れこんだ。
が、すぐに間中が手を差し伸べ、助け起こしてくる。
「やるじゃねぇか寧人。助かったぜ。普通すこしは躊躇するもんなんだがな。お前、見かけによらず悪いやつだな」
間中は、そういってニッと笑う。
「へ、へへへ…」
夜の公園で、正義の味方を叩きのめした悪党2人。寧人もなんだかおかしくて、笑ってしまった。もう少しだけこの仕事を、メタリカを続けてみよう、その夜、寧人はそう思いながら、家に帰ることが出来た。
翌日から、寧人の特訓は始まった。目下の目標は教育係である重田との模擬戦である。
あの夜以来、仲が良くなった間中は昼食のときや休憩時間など、色々時間をさいて指導してくれた。本格的な格闘技を身につける時間などないから、一つ二つだけ使えそうな技を習うだけだ。
間中から聞いた話では、重田は実は元力士らしい。たいした成績ではなかったようだが、それでも寧人にとっては恐ろしい情報である。
普通にやって、勝てるはずがない。
「ま、思い切りやればいいさ。別に負けたからってクビってわけじゃないんだぜ。ちょっといいとこ見せるくらいで十分さ。俺からも口ぞえしてやるから」
間中が昼食時間に声をかけてくれる、が。
「どうする…。刃物を隠し持って、いきなり刺すか…? それとも、毒物…いや、違う。なにか…なにかないか…」
「お、おい寧人…?」
「あ」
考え込んでしまっていたようだ。
「すみません間中さん。なんですか?」
「い、いや。なんでもない」
「?」
なにやら間中はマジマジと寧人の顔を見ている。どこか驚いているようにも見えた。
「なんですか?」
「なあ、お前。本当に今まで別の組織にいたこととかねぇのか? 犯罪歴とかは?」
間中さんは何を言っているんだろう。この俺が、ケンカもしたこともなく校則すらやぶったこともなく、むしろいじめられたりしていたようなこの俺が、そんな悪人に見えるというのだろう。寧人は大げさな表情の間中をみてなんだかおかしくなった。
「やだなぁ。そんなわけないじゃないですか。それより間中さん、重田さんのこと、もう少し教えてくれませんか?」
「あ、ああ。そうだな…じゃあ」
特訓の傍ら、出来る限りの準備も進めておく。とりあえずそれしかなかった。
そうした日々はすぐに過ぎ去り、重田との模擬戦の日がやってきた。お互いに武器、毒物の使用は無し、ダウンを一度でもすれば負け。相手を殺してはいけない。以上のルールに従った上での事前準備は自由。メタリカの一員らしく戦え、とだけ申し伝えられている。
「寧人…、やれるか?」
間中は心配そうな表情だ。だが不安さでいったら寧人のほうがはるかに上だ。
「おいおい新入り! 俺の教えたとおり、少しくらいは鍛えてきたんだろうな? あんまり弱っちいと殴りすぎちまうかもしれないぜ? お前が全然つかえねーのは仕方ねーけどよ。教育係りの俺の評価まで下がっちまうからすこしはがんばれよな」
対戦相手の重田はクチャクチャとガムを咬み、余裕の表情だ。
くそ、なんてムカつくやつだ。お前にならったことなんて、近くの自動販売機に売ってるジュースの種類くらいだ。糖尿病になって死ね。という怒りが半分。
やべぇマジやべぇ。あんなデブに本気で殴られたら死ぬ。ウエイトが違いすぎだろう常識的に考えて。という恐怖が半分。
準備はしてきた。だが俺に「そんなこと」が出来るだろうか。
「だーいじょーぶかー? トイレ行ってきたか? 俺に殴られるとチビるぞー?」
うひゃひゃ、と下品な笑い声をあげる重田。
このヤロウ…。いややっぱり怖い。
「では試合開始!」
複雑な心情のまま、模擬戦開始の号令がかかった。普段いるのかいないのかよくわからない主任だが、意外と声が張っている。
「オラっ!」
重田のジャブ。避けられない。デブのくせに速い! しかも手を抜いているであろうジャブ一発で結構効いてしまう。
「…うっ…くっ…!」
「ほれほれ」
なおもジャブ連発、手も足も出ない寧人はあっという間にズタボロにされる。今にも倒れてしまいそうだ。
(嫌だ…俺は、負けたくないんだ…! 負けたく…ないんだ!!)
だが実力差は冷酷。めったに出さない根性を振り絞ってもその差は埋まらない!一方的な攻撃。立っているのが不思議なほどのダメージを受けるが、寧人は倒れない。
これはもはや試合などではなくただの暴力にみえた。ただ1人だけ、間中はなにかを待っているように、寧人を見守っている。
「飽きたわ。お前弱すぎ。もう絞め落とすことにするわ」
持久力はあまりないのか、重田は寧人に掴みかかってきた。ベアバックだ。ただ力いっぱい締め付けで、相手を落とす。それだけの技だが、それは重田の得意技だった。
つかみ掛かられる直前。朦朧とした寧人の脳裏に、不意にあの求人広告の文言が蘇ってきた。
世界を変えたいと、思いますか? YES
続いて面接のときの面接官の質問。
そのために、世界を壊してでも、ですか? YES
俺は、あの質問にYESと答えた。軽い気持ちだったのか。そりゃ最初はそうだ。でも俺は俺なりに考えた。WEBで答えたときからずっと。面接で聞かれたときも、普通に答えた。でも本心だった。そう信じている。これまでの自分の人生、今の社会。それを変えたい、変える、俺はそう答えた。なのに、こんなところで終わりか。
嫌だ。いつもそうだった。俺は弱かった。世界はつらかった。俺は変らなかった。逃げ続けた。世界も変わらなかった。世界は俺を追い詰めた。だからニートだった。なんの希望もない、ニートだった。
でも今度は嫌なんだ。なにかある気がしたんだ。ここには、メタリカには。
それがなんなのかわからない、でも、このままで終わりたくない。
世界を変えたいと答えた俺が、世界どころか、目の前のデブ1人どうにかできないでどうする。
俺は、俺は、俺は俺は…!!!!
寧人は自身の心の中に、黒く濁った水が、溢れていくのを感じた。
「おい重田」
つかみ掛かられ、力を入れられる直前。寧人は低い口調で重田に語りかけた