俺たちにとってはまずいな
思ったよりはやく書けました。活動報告より前倒ししてすいません
スリップノットとの戦いが終わった数分後には新名がフライングボードで迎えにきてくれた。
結局、ビルの爆破は二件。あの短い準備期間で新名はもっとも被害の少なく済むビルを選び出し、さらに近隣エリアからの人の締め出しなども行っていた。それにそもそもニューヨークは建物の倒壊に備える消火設備や避難所も充実している。
しかし、やはり怪我人はゼロではなかった。傷ついた人は、いた。
実行責任者は寧人だったが、クリムゾン内では責められはしなかった。二件で済んだこと、また、これによりはじめてスリップノットに狙われて生き延びた人間になったこと、スリップノットの情報をいくらか持ち帰れたことがその理由だ。むしろ、組織内での寧人の評価は当初の望み通り、あがったといえる。
入院している寧人は被害のことも考えると、とても喜ぶ気にはれなかったが、それでも次の策をうつべく思考を走らせていた。
病室にあるそなえつけのモニタでソニックユースの戦闘映像が流れている。
「……噂には聞いてたけど、こいつの速さは尋常じゃないな……これどーすりゃいいんだ」
画面のソニックユースはカメラが追いつかないほどのスピードで疾走している。マシンガンの連射を避けている。
それも、超スローにしてわかるのだが、連射された弾丸を群れとして大きく回避するのではなく、小刻みに動いて一発一発を回避している。弾丸の軌道を捉えている証拠だ。まさに超人的な反射速度だった。
そしてクリムゾンが誇る大型戦闘用アンドロイドに突進し、すれ違いざまに閃光のようなストレートが炸裂。超高速が生み出した衝撃波によってアンドロイドは吹き飛び、すでにソニックユースは画面外に消えている。
「んー。ネイト、入院してるんだから休んでなきゃダメだヨ。はい、リンゴ」
ベッドの傍らにはアニスがにこにこしながらリンゴを剥きおえ、差し出してきた。
「いや、もうほとんど治ってるし。別に映像みるくらい……」
変身状態で負った怪我は治りが早い。アニスがにこにこしているのもその辺が理由だろう。病室に運び込まれた当初はわぁわぁ泣かれてちょっと困った。
「だーめ。はいアーンして」
アニスは機嫌がよさそうで、輝くような笑顔は大変魅力的ではあるのだが、さすがにそれをやるのは憚られた。
「……ありがとう。でも自分で食べられる」
「あ、……もー」
フォークをひったくってむしゃむしゃとリンゴを食べる。アニスは不満そうだった。
そのときだった。病室の扉がノックされ、意外な人物が入ってきた。
「やぁ、ネイト。傷の具合はどうだい?」
「あ! パパ!」
ミスタービッグだった。今日もダブルのスーツと口ひげが決まっている。アニスの顔もうれしそうだった。
「あ、こんにちは。もうだいぶいいです。ありがとうございます」
寧人はさっきの『あーん』を受けなかったことを心から良かったと思った。前にディナーに招待されたときといい、このままだとなし崩し的にアニスの伴侶にされてしまいそうだ。今そんな光景を見られたらどういうリアクションをされるかわかったものではない。
「ミスタービッグ、今日は俺になにか?」
「いやなに。単なるお見舞いだよ」
ミスタービッグはクリムゾンのトップである。当然敵は多い。したがって自宅などの情報は秘密とされているし、簡単に出歩けるような身分ではない。その彼がわざわざお見舞いにきた、というのは違和感があった。もしかしたら、本当に自分のことを気に入ってくれているのだろうか。
「お忙しいのに、ありがとうございます」
本来であれば、『何か裏があるのではないか』と考えるのが自然だが、なんとなくそういう気がしなかった。あるいはこれがミスタービッグの人徳なのかもしれない。
「いいんだよ。君はファミリーだからね。日本人は病気のときはメロンを食べるんだろう? これ、口に合えばいいが」
ミスタービッグはフルーツバスケットを持参していた。フルーツはすでに大量にあるのだが、気持ちが嬉しかった。寧人は丁寧に礼を言った。
「それにしても驚いたよ。さっそくスリップノットと戦って、しかも生き残るとはね」
「ふふーん♪ すごいでしょ」
「……いえ」
アニスは得意気だが、あれは評価されるようなことではない。寧人はスリップノットと接触してわかったことがある。
まず第一にスリップノットの最終的なターゲットが自分ならおそらくあのまま突き落とされて死んでいた。それに、最後にマンハッタンを生贄にして攻撃したが、それもあいつを倒すところまで追い詰めていれば、最終的には生贄など『知るか』と攻撃してきたはずだ。あいつは最終的な目標を達成するまではなんとしても生き延びるだろう。あの場で引いたのはそのためだ。
生き残りはしたものの、あきらかにこちらのほうがダメージが大きい。あそこまでボロボロにされたのは始めてだった。
あの場で一時精神的に優位にたったことで、スリップノットには『俺の勝ちだ』と言ったが、冷静に考えればとても勝利とはいえない。生き残っただけだ。よくて引き分けというところだろう。
とはいえ、クリムゾンとしてはスリップノットに狙われながらも生き残ったことは、奇跡的なことらしい。
「いえ、取り逃がしましたし」
あえて、取り逃がしたことは秘密にしている。なにかと不都合が多いからだ。
だがそれは問題ではない。少なくとも寧人にとってはそうだ。
スリップノットは強かった。退けることは出来たし生き延びることは出来たが、あいつを倒すことはできないかもしれない。
寧人の自覚する自分の最大の武器は悪意という精神力だ。究極的な場面では多分、それはあいつには効かない。
「……正直、こっちのロックスとの戦いは相当きびしいですね」
そんなスリップノットに加え、こいつもいる。寧人はちらりとモニタの画像を見た。
「君は謙虚だな。……お、ソニックユースの映像かい?」
ミスタービッグはベッドサイドの椅子に腰掛け、モニタに視線をやった。
「はい。こいつは強いですね。スピードだけならディラン以上かと思います」
「そうか。君がそういうなら間違いないんだろうな。……どうだい? 勝算はあるのかな?」
ミスタービッグは穏やかな口調でたずねてきた。
「……どうでしょうか。やってみないとわからないです」
寧人は正直に答えた。色々考えてみたが、ソニックユースを倒すのはかなり難しい。
まず考えたのは非戦闘時の闇討ちだ。だがこれは不可能に思えた。
遠距離からの狙撃などは、やつのオーバーセンスをもってすれば、銃弾が風を切る音や、あるいは目視であっさりと補足され避けられるだろう。
かといって、日常のなかであいつに接近して至近距離から暗殺するのも無理だ。ソニックユースの私邸はセキュリティが完璧だし、近づくことも出来ない。
外で戦闘以外の、たとえばインタビューやCM撮影などの活動をするときも警護は完璧に近い。爆発物などでまとめて殺すのも無理だ。匂いなどで感知されてしまう。
そして一度プロテクターとソニックローラーを身につけて走り始めれば、誰にもあいつを捉えることは出来ない。
「そうか。まぁあまり無理はしないようにな。まずは怪我を治すことだよネイト。じゃあ、私はこれで、メロン食べてくれ」
「あ、ミスタービッグ。一つ質問があるんですが」
寧人は立ち去ろうとしたミスタービッグを呼び止めた。これは聞いておこうと思っていた。
「スリップノットの正体に心当たりはありませんか?」
あのとき、スリップノットはミスタービッグを含むクリムゾンの幹部の写真をみせて情報を取ろうとした。そしてスリップノットはクリムゾン専門のハンターだ。当然、なんらかの関係があるはずだった。
「いや、わからないな。君の言いたいことはわかるよ。やつは私の情報を探っているようだからね。何かしら恨みをもたれているのかもしれない。だが、私に恨みをもつ人間など数え切れないよ。さんざんなことをやってきたからね」
ミスタービッグの言葉に嘘は感じられなかった。
この人は前にも言った。ひどいことを散々してきた、だからいつか誰かに討たれても文句は言えない、と。それは本当なのだろう。
「そうですか、失礼しました。今日はありがとうございます。メロン、ありがたくいただきます」
寧人はアニスも一緒に帰ってもらい、ビッグの好意に感謝しつつメロンを食べた。そして一人思った。俺も、ミスタービッグと同じだ。どれだけの人間に恨まれているだろう。いつか、誰かがやってくるのだろうか。それがスリップノットのような相手だとしたら、俺は生き残れるだろうか。
※※
寧人不在の間、その仕事の代行を務めたのは新名だった。オフィスにこもりなんとかかんとか、膨大な案件を処理していく。
「あー、疲れた。ダリー……」
一息つき、背伸びをする新名。そしてすこし考えた。
先輩があそこまでやられたのは初めてだったな。しかもソニックユースってやつもいる。一見けっこうやばそうにみえる。
「でも、ま、なんとかなるか」
スリップノットとの戦いではなんとかかんとか生き残った。ソニックユースは強いみたいだけど、強いだけの相手なら戦いようはあるだろう。新名は基本的に楽観主義者である。だから、多少の不利くらいはあまり気にしないことにしていた。
ビートル、ラモーンはB級、これには寧人はギリギリで勝った。マルーン・レッドはC級、これには普通に勝った。マルーン5、スリップノットはA級以上、これはいずれも倒してはいない、退けた、ないし生き延びただけだ。
と、いうことは寧人の強さはロックスで考えるとA級くらいということになる。
スリップノットもソニックユースもA級。互角程度には戦える。いずれなんとかなるだろう。
「あー、大丈夫っしょ。多分」
そんなときだった。オフィスに通信が入ってきた。〈重要〉を意味するコード付だ。新名はため息をつきつつ通話を開始した。
「マンハッタン統括代理、新名っす。どうかしましたか?」
伝えられた内容は、意外だった。
「………え? マジっすか? マジで!? え、あ、もうテレビでも? ……うっわ、あー、んじゃとりあえず了解しました。詳しいことがわかればまた報告よろしくお願いします」
新名は急いでテレビをつけた。報告が事実なら大変なことだ。
テレビではドラマがやっていたが、チャンネルを変える。ニュースを確認した。
〈これが現場の映像です〉
ちょうどそのニュースがやっていた。テロップも出ている。
――スリップノット、ソニックユースと共闘――
〈本日昼過ぎに発生したルースターの犯行と思われるモンスターによる銀行強盗事件は発生後3分で解決いたしました。これは現場にいち早く駆けつけたソニックユース、そして初めて昼間に現れ、そして初めてクリムゾン以外を狙い、初めて他のロックスと共闘したスリップノットの活躍のためです〉
画面には、モンスターの周囲を高速で旋回し攻撃するソニックユース、そしてやや離れたところから大型ライフルで的確にモンスターの急所を狙い、ソニックユースを援護するスリップノットの姿が映っている。
俊敏にして的確、連続的かつ効率的。二人のA級ロックスによる攻撃はモンスターをあっさりと倒した。
新名は情報として知っている。ルースターは大きい組織ではないケチな犯罪集団だが、数少ないそのモンスターの強さはメタリカのそれに匹敵する。
それをたったの数分で倒した。すさまじい強さだ。
映像をみるに、最初から二人で現れて共闘したわけではなさそうだ。ソニックユースのあとからスリップノットが現れ、突如援護をしはじめたかのように見える。
「どういうことだ……?」
新名はつぶやく。通常、ロックスは単独で動くことが多い。それは互いに素性を知られたくないなどの理由がある。全米に正体が知られているソニックユースはたびたび他のロックスの援護を受けることはあったが、スリップノットは別だ。あくまでも単独で動いていた。それが何故?
〈スリップノットの真意はわかりませんが、一つになった2トップロックスの強さは圧倒的です〉
それはそうだろう。全員C級のマルーン5があわせてA級なのだ。だがニュースに出ているのは、A級が二人。その強さはまさに圧倒的だ。
エビルシルエットは今のところそれほど強い改造人間ではない。寧人だからこそ強さを発揮しているだけだ。単純なスペックならニュースに出ているモンスターとさほど変わらないはずだ。同じように瞬殺される可能性は大いにある。
「……これは、マジやばいな」
新名は急いで寧人に連絡を取った。
「先輩! ニュースみてますか?」
「ああ……どういう心境の変化か知らないが、俺たちにとってはまずいな」
「ヤバイっすよ……。一人一人でもやっかいなのに組まれたら」
「落ち着け。今回だけの気まぐれかもしれない。あるいはたまたま近くにいたのかも」
寧人の言葉は希望的観測というやつだろう。スリップノットのやることに意味がないはずがない。
新名は考えた。ついにアイツはなりふりかまわないようになったのか? 先輩を倒しきれなかったことで、他のロックスと組むことを考えた? それで今後の活動を有利に?
ありそうな話に思えた。
「ビル倒壊事件でスリップノットは怪しまれているからな。それを払拭したいのかもしれない。あるいはもっと別の目的があるかもしれない。アイツはせこいように見えるけど、それは全部目的のためだ。何か狙いがある。いずれにしろ、今回はクリムゾンが被害を受けたわけじゃないし、今後どう動くつもりなのかもわからない。……今は様子をみるしかないな」
寧人は焦った声でそういった。たしかに現状はそうするしかない。
「……了解っす」
通話はそれで終わった。
それから数日が過ぎた。
結論から言えば、寧人の希望的観測ははずれていた。あの日以降、スリップノットはどこからともなく現われ、先行していたソニックユースと共に戦うということを続けている。
この行動に対して、市民の反応はマチマチだった。
孤高のノーパワーヒーローはひよった、と叩く者もいた。
いいや、もともと彼は手段を選ばない男だ。なにか理由があるに違いない、と思う者もいた。
ソニックユースと個人的に知り合ったのでは? と推測するものもいた。
どうでもいいけど、ロックスが協力するのはいいことだ、だって強いだろ、と支持するものもいた。
途中からは二人のロックスは、現場に一緒に現れることすらあった。情報収集に長けたスリップノットがソニックユースに犯罪の情報を流しているとの噂が立った。
賛否両論なスリップノットだったが、事実としてニューヨークの犯罪の発生率は下がり、解決率はあがった。そしてクリムゾンの人間も何人かが彼らに倒された。共闘した彼らを止めるすべはなく、幹部ですら討ち取られることがあった。
マンハッタンのクリムゾンは危機に瀕していた。
そんななか、さらに悪い事態、致命的な事態が起こった。
トップであるミスタービッグが姿を消したのだ。
スリップノットに葬られたのか、と組織は動揺したが、新名には、そしておそらくは寧人にもどうすることも出来なかった。
結果からすれば、スリップノットの共闘行為はクリムゾンハンターたる彼にとって、すべて上手く働いたといえる。
新名は、スタイルをかえてでも生き延び、そして確実に目的の首を狩りにきているスリップノットの動向に恐怖した。