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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
米国進出編~スリップノット/ソニックユース~
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ジョーダンじゃないっすよ

落下していく寧人。このまま地面に叩きつけられれば間違いなく死ぬ。


 高いところは好きではないし、危うく気絶するところだったがなんとか堪えた。アニスに付き合ってジェットコースターに乗りまくったことが幸いしたのかもしれない。


 このままくたばるわけにはいかない。まだクリムゾンを陥としていない、メタリカの頂点に立っていない、世界を変えていない、間中さんの最後の問いかけの答えも見つかっていない。


 動け、動け。俺の体。


 「開けええええぇぇっ!!!」


 体の痺れはまだ完全には回復していないが、寧人は気力を振り絞って羽根を広げた。


 しかし。


 「……ダメか…!」


 広げた羽根で滑空することが出来ない。さきほど背中を機関銃で滅多撃ちにされたときに羽根はボロボロになっている。穴だらけだし、血がついていて重い。とても飛ぶことはできそうにない。落下速度も落ちない。


 アイツ、ここまで計算して最初に背中を撃ったのか。なんてヤツだ。


 ビルに掴まろうにも、手を伸ばしてもわずかに届かない。これも計算のうちなのか。俺を地獄へ落とすために。


 寧人はスリップノットの強さに戦慄する。


 だが、まだだ。スリップノット、俺を舐めるなよ。地獄というものがあるなら、俺はいつか必ずそこへ落ちるだろう。だけど、それは、今じゃない。



 命を賭けて戦ってきた。いつでもだ。だから、それに比べれば、これしきのこと。


 「あああああああぁぁぁっ!!!」


 役に立たない羽根など、必要ない。寧人は自らの羽根を掴み、ねじ切った。

 背中の羽根の付け根からはどす黒い血が吹き出す。痛い、信じられないほど痛い。だが、それがどうした。


 「とどけ……!!」


 引きちぎった血まみれの羽根を右手で掴み、そのままビルの側面に振り下ろす。たとえボロボロになっていても、エビルシルエットの羽根だ。その硬度はコンクリートなど目ではない。


 ガキッ、という音がなる。羽根はビル側面に突き刺さってくれた。凄まじい衝撃が寧人の肩口を襲う。


 羽根はそのままコンクリートを引き裂き、徐々に落下速度を殺していく。


 「……はぁ…はぁ……、危なかったぜ……」


 ビルの半分くらいまでは落ちていた。大体25階くらいの高さの側面で、なんとかとまることが出来た。


 犠牲は大きい。羽根を引きちぎった出血で意識は飛んでしまいそうだし、右腕は間違いなく脱臼だが骨折だかしている。最後の力を振り絞って羽根を手繰り、左手でビル側面の突起に掴まる。


 ぶら下がっているだけで精一杯だ。なにより、もう変身が数分ももたない。だが、生き残った。


 「……!」


 いや、まだそれは確定していないようだった。見上げた上層階、割れた窓からスリップノットが顔をのぞかせている。見ていた。寧人を見ていた。落ちていくさまを、そしてトマトのように潰れる姿まで確実に見届けるつもりだったようだ。


 寧人がなんとか生き延びたのを確認したためか、すぐに顔を引っ込めた。


 来る。あいつはくる。とどめを刺しに来る。


 今頃、鼻歌でも歌いながらエレベーターに乗っているか階段を下っているに違いない。


 「……こりゃ、まじでやばいな…」


 ちょうどそのタイミングで寧人の変身が解けた。生身の体、それも右手は使い物にならず、背中からは大量の出血というボロボロの状態で左手一本でしがみついている。とても登れるとは思えない。


 寧人は迫り来る正義の恐怖に心が折れそうになるのを必死に堪えていた。



 ※※


 「……嘘、だろ…? あの先輩が…」


 寧人が変身してスリップノットに向かった数分後。新名は残ったメンバーに指示を出したあと、クリムゾン特製のフライング・ボードという小型飛行機具を利用し寧人のあとを追っていた。


 使うのは初めてだが、スノーボードもサーフィンも得意なのでなんとかなるだろう、と考え、実際なんとかなった。


 あまりスピードはでないし、長い時間は飛べないが十分だ。前方を飛ぶ寧人の姿を望遠用電子モニタで確認しながら後を追う。


 新名は寧人とスリップノットが交戦しているビルの近くのビルの屋上までたどりつくと、いったん着地し、モニタグラスでその戦いを見守っていた。


 スリップノットは謎の敵だが、先輩ならそう簡単にやられることはないだろう、と思っていた。だが、それは間違いだった。


 トリッキーな戦いに翻弄され、寧人はビルから突き落とされた。なんとかしがみついたようだが、すでに変身は解けている。絶望的な状況に思われた。


 「マジかよ……。んな、アッサリ……」


 膝が震える。新名とてメタリカの一員だ。これまで何度か戦いを経験したことはあるが、直接前面にでたことはない。それに大きな判断を下したこともない。寧人やツルギがいつもいたからだ。彼らの指揮のもと、自分は持ち前のスピードやフットワークを生かせばよかった。


 だからこんな経験は初めてだった。


 どうすればいい?


 助けにいく? ジョーダンじゃない。俺になにが出来る? ロックスを相手に立ち向かえるはずがない。幸いにしてスリップノットは寧人との戦いに集中している。逃げようと思えば俺は逃げられる。


 それに、仮に寧人がスリップノットに倒されたとしても、咎めはそこまでは大きくはないはずだ。スリップノットは強く、何人もの悪党が倒されているのだから。少なくとも、殺されはしない。だけど、今寧人を助けに入ったら、殺されるかもしれない。


 「……だよな…」


 新名は瀕死の寧人に背を向け、フライングボードを起動させた。


 「……仕方ない…」


 このまま逃げればいい。


 「先輩……サーセン…」


 罪悪感をけすために、そう呟く。その瞬間、新名の足は止まった。自ら口にした言葉の響きに引っかかるものがあったからだ。


 先輩? そうだ。あの人は俺の『先輩』だ。


 大学だったり、部活動だったり、これまでも先輩、と呼んだ人はいた。でもそれはただの呼称だ。あたりさわりのない、呼称だった。


 新名は器用な少年だった。勉強でもスポーツでも、大抵のことはたいした努力もしないでそこそこ出来た。と、いうよりも、努力なんてしたこともない。何かを決意したこともない。そんな必要はなかった。


 なんでみんな、がんばってるわけ? そう思っていた。自分はなんでも適当に、上手くこなせたからだ。勿論一流の能力を持っているわけではなかったが、別に不足はなかった。なんでもそこそこ出来た。熱くなったことなんてなかった。


 誰とでも上手く付き合えた。ヘラヘラしつつもやることはやっていたからだと思う。

 そんな新名にとって、先輩、という呼称は便利だった。とりあえずその人を立てることができるからだ。多少の無礼は許された。


 寧人にたいしても最初はそうだったと思う。なにやら凄腕の悪党だという話は聞いていたし、とりあえずそう呼んどけばいい。と思っていた。だから、意識して『先輩』と呼んでいた。


 いつからだろう。意識せずに、自然に、彼のことを先輩、と呼ぶようになったのは。


 沖縄に赴任した直後くらいにはなんだこの人、と思った。弱気で臆病で。とても悪人には見えなかった。

 それなのに、信じられないような苛烈な選択を取る。結果、世界を登っていく。


 ぞっとするような表情を見せることもあるのに、普段は抜けている。女慣れしていないのもありありとわかる。それにお人よしでもある。


 新名にとってはフツー程度の仕事をしても彼は『お前、すげーな』と素朴に言った。すこし照れくさかった。んじゃ、すこしくらいは本気だしてあげますか、と思ったものだ。


 彼は、次々に驚くような仕事をした。そのどれもが本気で命を賭けた結果だった。彼は、本気で思っているのだ。どんな手を使ってでも、誰を叩き潰してでも、進む、と。


 呆れつつも、すげーな、と思わずにはいられなかった。


 この人は、もしかしたら、本当に世界を変えちまうかもしれないな、なんて思った。ツルギに感化されたのか、承知! とかいいそうになったこともある。でも言わなかった。熱くなるのは性に合わない。


 そんな彼と過ごすうちに、自然に『先輩』と口にするようになっていた。


 俺とは違うタイプの人だ、でもすげー人だ。そんな風に思った。思えば、本気で誰かを『すごい』と思ったことはなかった。努力もしないでなんでもそこそこ出来る自分からすれば、誰もすごいなんて思えなかったからだ。


 でも、あの人は違った。客観的にいって、あらゆる面で平凡な人だ。体力があるわけでもない、学があるわけでもない。メタリカに入ってからは鍛え続けてはいるようだけど、それでも全然たいしたことはない。

才能という面で言えば、新名と比べるような人物ではない。でも、すげー。

 

 あんな人、見たことない。だから、あの人は俺にとってただ一人の『先輩』なのだ。


 「………」


 新名はフライングボードに足を乗せる。このまま逃げてしまうことは簡単だ。


 「……でも」


 逃げるのか? このまま、俺は逃げるのか? 仕方ないだろう。ただの人間の自分がロックス相手になにができる? そんなヤツがいるか。


 「……いや、いた。いたじゃないか」


 何の力もなくて、非力なのに、一度も逃げずに戦った男が。悪意という名の強い信念と固い決意だけを頼りに戦ってきた男がすぐそばにいたじゃないか。


 「俺は、俺は……」


 俺は、あの人をすげーと思った。だから彼の進む先を見たいと思った。ガラじゃないけど、ついていく、と思っていたのだ。それに今気づいた。きっとずっと前からそう思っていた。


 その俺が、逃げる? ジョーダンじゃないっすよ。

 

 怖いさ。いくのは嫌だ。だけどここで逃げるのはもっと嫌だ。


 そのことに気付いた。新名は心を奮い立たせる。悪の道をすすむために。


 そうだ。俺は、俺は。


 「俺は、世界を制する極悪人の『後輩』だ……!」


 引くものか、引いてたまるか。俺が本気を出すのは今ここだ。


 キャラじゃないのに熱くなっている自分が、すこし照れくさい。でも悪くない。新名はすこしだけ、笑った。


 フライングボードの機首を反転させる。視界に移るのは命からがらぶら下がっている寧人。すぐにでもスリップノットがとどめを刺しにくるはずだ。


 そうはさせない。だがどうすればいい? 考えろ。考えろ。俺がスリップノットを倒すのは無理だ。ならどうする? 先輩はまだ死んでない。あの人はけして諦めない。今もきっと生き残るために非道な方法を考えているはずだ。それはなんだ。どうすれば彼を助けられる


 新名は思考をフル回転させた。これほどまでに頭脳を酷使したことはない

 時間にして10秒ほど、結論は出た。


 新名は無線を使い、クリムゾンのものたちに指示を出した。もちろん、ここに助けにこい、というものではない。間に合うはずがない。だからだした指示は別のものだ。


 〈は? ……しかしそれは…〉


 部下たちは困惑した声をだす。


 「いいから言うとおりにしろって言ってんすよ!!! 3分以内に準備してください! いいっすね!?」


 新名は無線を切り、続いて先ほどから使用していた遠視用モニタに残っているデータをタブレット端末に転送、すばやくタブレットを操作する、その一方でフライングボードを加速させた。


 これほどまでに頭と手先を駆使したことがあっただろうか。ない、小器用になんでもできた新名が、生まれて初めて出した本気だった。



 ※※


 「……肩の感覚が、なくなってきやがった…」


 ビルにしがみつく寧人の腕は、もう限界にきていた。もう数分ももたない。

 だが、肩の限界が来る前にもっと恐ろしいものが来た。

 

 寧人がぶら下がっている上の階の窓ガラスが割れた。そこからスリップノットが顔をだす。 


 「ヘイ、タフだねあんた。ご褒美に脳天一撃射殺賞をあげよう」


 スリップノットはベルトからハンドガンを取り出す。寧人には防ぐ手はない。


 諦めはしない。だが八方ふさがりだ。寧人がいちかばちか手を離そうとしたそのときだった。


 「先輩!!!」


 聞きなれた声がした。見上げると、そこにはフライングボードに乗った新名がいる。寧人にはむずかしくて乗れなかったが、さすがは新名だ。


 新名はスリップノットに発砲したりはしない。どうせ避けられるに決まっていると知っているからだろう。特殊能力無しでここまで戦ってきたスリップノットが、新名が戦ったとしても瞬殺されるに決まっている。

 

 「……おまえ……?」


 「? なんだコイツ? あんたもクリムゾンかい? んじゃ殺すけど?」


 スリップノットは口笛を吹きつつ、銃口を新名に向ける。


 寧人は考えた。新名はなんの考えもなしに死ににくるような男ではない。なにか策があるのなら、それに乗らなくてはならない。だが、意思確認をする時間などない。


 「このグラスモニタで、さっきから先輩とこいつの戦いを録画してます。それに各ビルに配置済っす!!!」


 端的な情報だった。新名はそれだけ言うとこの場からの離脱し始めた。スリップノットは銃弾を撃つが、なんとか避けている。たいした運動神経だが、一歩間違えば死んでいただろう。一瞬、ただの一瞬。新名は命を賭けて伝えてくれた。


 わずか数秒のコンタクト。だが、十分だ。理解した。


 それは、寧人が可能であれば実行したいと思っていた策だと思われたからだ。極悪非道、それが俺の戦い方だ。やってやる。


 「さすがだぜ。新名。よくわかったな!!!」


 「ま、俺って天才っすから!! それに先輩が外道だってこともよーく知ってますよ!!」


 風の吹き荒れる上空で、離れていく新名に聞こえるように大声で叫ぶ。新名もまたそれに答えて叫ぶ。


 「……? あんたらなんなの? なにか楽しいことでもあったのかい? 残念だけど、土曜にパーティがあるとしても、あんたはいけないよ?」


 スリップノットは再び寧人に銃口を向けた。


 助かった。これで、生き延びる可能性が生まれた。


 勝てはしなくても、一方的に負けることはない。最悪でも相打ちにもっていける。スリップノットは殺せなくても、その存在を消すことはできる。ここを生き延びることが出来れば、もう一度コイツと戦える。いや、それよりももっといい、いや『悪い』方法も、今思いついた。


 新名なら、準備は万端にしているはずだ。あとは任せろ。最低のときは、俺が引き金を引いてやる。


 「おいスリップノット」


 今にも力が抜けてしまいそうな腕一本でぶらさがっている寧人。気を抜けばまっさかさまに落ちて死ぬ。上からは銃口を向けられている。それでも、寧人は怯まない。ダークヒーローを睨みつける。


 「なんだよ。睨むなよ。死んだら呪ってやる、って? ジャパニーズ『おばけ』かい? ひゅー怖い怖い」


 その軽口を、とめてやる。


 「お前は確かに強い。ヒーローとは思えない戦い方だ。けど、お前は『悪』じゃない」


 スリップノットは引き金を引かない。こっちの言葉を聴いている。


 お前とは似ていると思ったよ。でも違う。俺は、何を犠牲にしてでも突き進む。俺の悪意を前にして、お前はそれでも折れずにいられるか? 


 「……なんか考えがあるってわけかい? でもザンネン。話す時間はないよ」


 「とりあえず、聞いてみることをおすすめするぜ。お前のためにもな」


 「……」


 スリップノットは発砲しない。彼が潜ってきた修羅場の経験が、ただならぬ気配を感じているのかもしれない。


 じゃあ、話してやるよ。そして震えろ。

 教えてやるよ。本当の悪党の恐ろしさをな。俺は絶対に引かないぜ。お前は引かずにいられるか?


お前の本当の敵は俺じゃないんだろ?。

 だが、俺の敵は立ちふさがるものすべてだ。


それでもお前は引かずにいられるか?


 寧人は片手一本でしがみついている命に悪意という燃料を投下した。きらびやかな摩天楼の中心で、悪魔は再びその目を燃やす。







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