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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
米国進出編~スリップノット/ソニックユース~
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俺ちょっとカンベンしてほしーんすけど。

 ミスター・ビッグとアニスとのディナーの翌日には寧人はすぐに業務を開始していた。

 やることはいくらでもある。恐喝、密輸、密造、不法取引、暗殺、殺人、他悪勢力との抗争、クリムゾンは様々な悪事を行っているが、実行される現場はやはり中心であるマンハッタンが多い。


 マンハッタン地区を担当する寧人は多くの計画に加担する必要があった。

 クリムゾンには改造人間はいないが、その代わりに独占しているオーバーテクノロジーによる武装をもっており、その武力を背景として悪事をなしている。


 「新名、次持ってきて」


 「うぃーっす」


 クリムゾン幹部として仕事をし始めて一週間、寧人は用意されたオフィスにて次々と案件を処理していた。

 書類仕事はやはり苦手だが、内容的には『いかに上手く悪いことをするか』というもので、それは得意なのでなんとかやっていけている。もちろん新名の協力は不可欠だ。


 「えっと、次は密輸っすね。イギリスのほうに武器弾薬を送る件ですが……」


 新名は簡潔に案件内容を整理し、伝えてくる。


 「アッパーイーストサイドの戦力を全部回せ。一日くらい大丈夫だ。ロンドン行きの旅客機一機まるごと押さえろ。乗員及び関連スタッフは金を渡して黙らせろ。ガタガタいうやつがいたらしばらく行方不明にでもなってもらえ。どうせこの密輸で出るアガリで余裕でカバーできる」


 「うぃっす。指示出しときます。んじゃ次。スラッシュの連中がマンハッタンに……」


 「怪しいやつは片っ端から捕まえて拷問しろ。根城がわかったら突入して根絶やしだ」


 「ういっす」


 犠牲は最小限にするが、躊躇はしない。即断即決、叩き潰す。変わらないやり方だ。

 そうして、仕事を続けるなかでわかったことがある。

 クリムゾンはメタリカとは違い『制圧』という概念がない。そして当然、世界征服を狙ってもいないのだ。


 たとえば、沖縄はメタリカが制圧しており完全なる影響下ある。沖縄でメタリカには歯向かう者はほぼいない。だがクリムゾンは影響を及ぼしている地域においても絶対の存在ではない。もちろん恐れられてはいるし、影響力もあるのだが、クリムゾンはあくまでも裏組織だ。敵対する組織もいれば、表社会の政治家や公権力でも従わない者もいる。


 それはクリムゾンがメタリカに劣っているということではなく、単に方針の問題なのだろう。実際クリムゾンはこの方法で十分に利益を得て、組織を拡充している。世界征服を狙ってはいないものの、結果的に全米一の組織になっている現状もある。現在ではロックス、特に2トップロックスに邪魔されないかぎりはよほどのことがないかぎり仕事の失敗はない。


 「んじゃ、次、先月から赴任してきた判事が賄賂に屈しない熱血正義漢らしいです。裁判沙汰で今後不利になる可能性が……俺腹減りました。メシにしましょう」


 時計をみるとすでに13時を回っていた。慣れない仕事に没頭しすぎていたらしい。


 「ああ、すまん。行くか」


 一度仕事を中断し、食事に向かうことにする。


 「しかし、先輩。ソッコーで馴染みましたね。もうバリバリじゃないっすか」


 「……そうでもないぞ」


 そうでもなかった。たしかに滞りなく仕事はしてはいる。先日の幹部会でも他の幹部にもおおむね好意的に迎えられた。が、それではいけない。


 ミスター・ビッグに勝利し、クリムゾンを手に入れるための非道な方法は思いついてはいる。が、その前提としてクリムゾン内で一目置かれる存在になっておく必要がある。


 今までのところ、寧人はそれなりに上手くやっている。ほぼ成功させている。が、ソニックユースの妨害で失策もあった。

 

寧人が担当した案件で『クリムゾンが使用するアーマー用特殊合金の受け取り』というものがあった。

 アジアから送られてくるそれを港で受け取る、というものだったが、現場に現れたソニックユースは海面を疾走し、密輸船からの射撃をいともたやすく避けて、突入してきた。


 しかも、こんなこともあろうかと船に用意していたジャイロプレーンに合金の一部を積んだ上で飛行して逃げたのだが、ソニックユースはそれすらも追ってきた。高層ビルを垂直に駆け上がり、跳躍。まるでエクストリームスポーツのハーフパイプジャンプのように、華麗なトリックとともにプレーンは落とされてしまったのだ。驚いたことに、それでも人的被害はない。


報告を聞いただけだが、驚異的な戦闘能力だ。


 しかし、この件は責められているわけではない。なぜならクリムゾンは2トップには負けなれているからだ。



 


 「……」


 すこし考えた。やはりこのままダラダラやっているわけにはいかない。ここまできたんだ。俺には、おぼろげながら、変えたい世界の理想像が見えている。そのためには。


 「新名、さっきの件だけど」


 「? メシっすか?」


 「いや判事の件、俺が出る」


 寧人は今のところ、アメリカン・ロックスを生で見たこともない。現場に出たこともない。それではいけないと思った。もちろん、大局的な視点や戦略も大事だが、現場に出なくてはわからないこともある。


 「え? マジすか? どうするんです?」


 「とりあえず、監禁して脅迫かな。人を集めといてくれ。お前もクリムゾンの武器借りとけよ」


 「……先輩がガチで脅迫するんすか? こえー…」


 ※※


 その夜、寧人は新名他、クリムゾンの者たちと共に、5番街の高層ビルの屋上にいた。

 風が強くやや寒いが、摩天楼の夜景はまばゆいばかりに輝いている。


 「綺麗ですね。すばらしい夜景だ」


 寧人は屋上の端にたち大都会を見下ろしていた。宝石箱をひっくり返したような景色が前方に広がっている。そして後方には……寧人はくるりと振り返った。


 「そう思いませんか? 判事」


 「……んーっ!!!! んーーーーっ!!!」


 椅子に縛り付けられた男が、レールガンとライザーソードで武装した男たちに取り囲まれている。きらびやかな夜景とは裏腹な殺伐とした光景だった。


 「? ああ、なるほど。解いてやれ」


 白々しく指示を出す。部下たちは判事の猿轡を外した。椅子に縛り付けた縄はそのままだ。


 「……ぷはっ…!! 貴様!! 何者だ!? こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」



 判事はなかなか気骨のある男のようだ。この状況でよくそんなことが言えるものだ。


 だが警戒心がなさすぎたな。この街で、あなたみたいに生きていくなら、護衛なりなんなりつけておくべきだ。名前も顔も知られている貴方が、ごく普通にパークアベニューで買い物してるなんて正気の沙汰じゃない。街の新入りなのはわかるが、マヌケとしかいいようがない。


 「俺ですか? 悪者ですよ。こんなことをしてもただで済むと思ってます」


 あえて丁寧に答え、そして笑ってやる。寧人は経験的に知っている。このほうが効果があるとういことを。そしてあえて脅迫の現場には高層ビルの屋上を選んだ。逃げ場はどこにもなく、恐怖心をあおる


 「さて、貴方には二つの選択肢があります。俺たちに組するか、ここで酷い目にあうか」


 判事は一瞬、おびえた表情を見せた。が、すぐに寧人を睨みつけてくる。


 「私は判事だ!! どんな権力にも屈しない。それが法の正義だ!」


 へえ、寧人は少しばかり感心した。少しばかり、だ。


 ほんの一瞬だが、お前は恐怖したな? そしてそれを表にだしたな? ならお前は俺の敵ではない。


 一見すると圧倒的に有利な状況に思えるが、実はそうではない。寧人らクリムゾンはこの判事を引き込みたいのであって、殺したいわけではないのだから。いかにクリムゾンといえども、判事を殺すのはそれなりに問題が生じることだからだ。


 「そうですか? 本当にいいんですか? 俺が本気であなたを酷い目に合わせても。よく考えたほうがいいですよ。俺は、やる、といったら絶対にやりますよ。必ず後悔しますよ」


 寧人は判事の髪を掴み、淡々と語る。体中から殺気を放つ。


 もちろん本気だ。折れたほうが判事のためだと本気で思っている。さもなければ、彼は精神的にも、肉体的にも、あるいは友人や家族も『酷い目』に合うことになる。


 そんなことはやりたくないし、やるとマイナスになることもあるが。それでも絶対にやる。脅すからには本気じゃないと意味がない。


 そして、この俺が本気で悪意を向ければ、およそ死んだほうがマシな目にあうことになるのは確実だ。



 「……!」


 判事はあきらかに動揺していた。


 「さて、これがラストチャンスです。結論はでましたか?」


 寧人は笑顔で、語りかけた。


 「……ま、待ってくれ」


 勝った。寧人はそう思った。部下に取り囲まれ、椅子に縛り付けられている判事の目から光が消えたのをみて、そう判断した。


 その時だった。


 「!」


 判事を取り囲んでいた部下の一人がドサリという音とともに急に倒れた。なんの前触れもなく、突然だった。


 「な……?」


 そして、寧人が状況を確認しようとした次の瞬間、部下が倒れてから時間にして数秒も経たない、わずかあとに。



 銃声が聞こえた。




 あの独特の音。乾いたような、だが鋭く反響する音。花火とは違う。殺伐とした音。

 

 「な、なんだ!? どうした!?」


 「血、血が出てるぞ!!」


 部下たちが叫ぶ声が遅れて聞こえる。


 これは、なんだ。倒れた後に、銃声? 


 狙撃されたのか? 馬鹿な。何故、どこから? なんのた……。


 「先輩!!」


 新名の声で我に返る。


 考えるのは後だ。


 「狙撃されている! 伏せろ!!!」


 寧人は即座に部下たちに指示をだし、自身も伏せた。


 誰よりも早く反応したのは、新名だった。いや、おそらく寧人の指示が出るよりも早く伏せの態勢に入っている。


 新名は伏せつつ、右手人差し指で一点を指していた。


 「銃声は俺の指先、まっすぐっす!」



 どうやら新名は、銃声が聞こえた瞬間、その方向に向け指をさしていたのだ。それは銃声を聞いてしばらくしてから思い返すよりよほど正確だろう。実際、寧人にはどこから狙撃されたのか見当もつかなかった。多分右側だろう、程度だ。


 「着弾より、銃声のほうがおそかったっす。だから、音速との弾速差を考えると、一キロくらいは離れてますかね」


 新名の言葉。実に的確だ。たまにこいつには恐れいるときがある。多分それを言うと、は? フツーっしょ、こんくらい、とかいうのだろうが。


 「……ホント、お前って結構すごいよな」


 だから、とりあえずこのくらいの言葉をかけておくことにした。


 伏せたまま会話をかわす二人。


 「……あざーっす。しかし、これ、結構やばくないっすか?」


 新名は不安そうな顔だった。たしかに、この状況はこれまで経験がない。準備もなく、一方的に攻撃を受けたことなどない。いつでもこっちのペースに巻き込み、非道な方法で戦ってきた。だからこそ格上の相手と渡り合ってこれたのだ。


 だが今回は違う。


 「……かもな」


 そして、狙撃してきている相手は間違いなく、ヤツだ。


 クリムゾンの動向を把握している情報収集能力、物もいわずに突如攻撃してくる精神性、はるか遠距離から一撃で当ててくる射撃能力、そして、倒れた部下が首から流している出血。


 こんなやつはニューヨークに一人しかいない。



 スリップノット。


 クリムゾンの首を引き結ぶ、ダーク・ヒーロー。


 こうして離れたところにいるのに、背中があわ立っていく。ヤツの攻撃圏内に入っていることがありありとわかる。この空間すべてを包むような殺意を感じる。

 

 「ど、どうするんすか? 俺ちょっとカンベンしてほしーんすけど」


 新名は優秀なやつだが、臆病なところがある。と、いうより、それが普通だ。


 寧人だって同じだ。はっきり言って怖い。何人もの悪党の命を奪ったスリップノット、その次の餌食になるのは俺なのか、と思うと怖い。次の弾丸の装填が今にも終わるのではないかと気が気ではない。屋上の床の縁の影に入ってはいると思うが、なんらかの手段で殺されかねない。


 だけど。


 「……もちろん、今ここで叩き潰してやる。俺に戦いを挑んだことを、後悔させてやる。方角はあっちだな? 新名」


 引くわけにはいかない。スリップノットを倒す。どんな理由でクリムゾンと戦っているのか知らないが、俺だって進む理由がある。


 頂点を極め、世界を変える。変えたい世界のビジョンも見えている。これを高らかに語るその日まで、俺は負けられない。


 スリップノット。お前はジャマだ。そこをどけ。


震えるな、俺の体。


寧人は自分自身を強く鼓舞し、悪意のスイッチを入れなおした。


 「ここは任せたぞ」


 「えぇ? マジでやるんすか? 俺知らないっすよ……。まぁ、先輩なら、やれるかもしんないっすけど…」


 新名の言葉を聞きつつ、寧人は立ち上がる。立たなくては、戦えない。



 「……変身」


 深く息を吐き、うつむきながらつぶやく。変わる。黒い光に包まれ、体が変わっていく。

 

 漆黒の体、ひしゃげた蝙蝠の羽根。


 夜の摩天楼に、悪魔が出現した。



 「ウオオオオオッ!!!」


 寧人は屋上を走りぬけ、そのまま跳躍する。踏み込んだビルの屋上がへこんだのがわかる。



 眼下に広がる大都会の灯り、身を切るようなビル風、きらびやかな街の上空を悪魔が駆ける。


 エビル・シルエットの羽根は自由自在に飛べるようなものではない。せいぜい滑空するくらいが精一杯だ。


 寧人はビルの屋上や壁をけり、空を滑る。


下の人が目撃したら悲鳴をあげるに違いない、と思ったが、そんな心配はないようだ。誰も気づくわけがない。ブロードウェイの客も、タイムズスクウェアをいく通行人も、誰も闇に目を向けない。


いくつものアベニューとストリートを飛び越え、寧人はヒーローとの戦いに向かった。


スリップノットは間違いなく俺の接近に気づいているだろう。だがかまわない。


そう、強く思いながら。



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