僕らのソニックユース、俺たちのスリップノット
改造人間コンペから半年が過ぎ、入社4年目を迎えた寧人は部下の新名とともにメタリカ本社にいた。出立前の諸手続きを済ませるためだ。
取締役就任、そして米国を拠点とするクリムゾンに出向が決まっている。今日が出立の日だった。
まだ20代前半の、それも一般職採用の者がわずか4年でここまで昇りつめた事例はメタリカでは当然ながら初めてのことだ。
内示は二週間前、首領から直々に受けている。
この人事は社内をおおいに騒がせているようだった。
書類を提出するために総務部へ向かう途中、多くの人の視線や歓声を受けた。
「先輩、準備できましたか?」
総務部を出た寧人に新名が声をかけてくる。今日一緒に米国へ向かうのは、直の部下のなかでは新名だけだ。
「ああ、んじゃ行くか」
「うぃーっす」
アニスは一足早く渡米している。実家で事前に済ませて起きたいことがあるそうだった。
そしてツルギは今回帯同しない。その件については一週間前にツルギに話していた。
『ツルギ、クリムゾンには俺と新名でいこうと思う』
『新名だけ? 説明はしてもらえますかね』
『お前には、日本でやってもらいたいことがある』
寧人はツルギに説明した。最速で頂点を獲り、そして世界を制するためには欠かせない仕事がまだ国内には残っている。これを任せられるのはツルギしかいない、そう思っていた。
『……なるほど』
ツルギは寧人の指示に深く頷いた。
『ああ、ちょっとこっちが不安ではあるけどな。だがこれは決定だ。ツルギ、お前にはもう、やってくれるか? とは聞かない。頼むぞ』
『ふっ、やっとわかってもらえましたか……承知』
ツルギはにやりと笑い、そう答えた。
寧人にとっても、腹心であるツルギが手元から離れるのは痛い。冷静な戦術眼、たしかな戦闘力、そして忠誠心、彼に代わる人材などいない。だけど、こっちはこっちでやってみせる。俺はこの男にボスと呼ばれる男なのだから。
二人は拳をあわせて別れた。ツルギはすでに次の仕事に入っている。今日は見送りにもこないだろう。
「先輩? なにやってんすか? いきますよー」
「悪い。今行くわ」
すこし考え込んでいて歩みが遅れてしまっていたようだ。早歩きで新名に追いつく。
「しかし、先輩の出世スピードは尋常じゃないっすよね。やっぱ裏があるんすよね? なんか悪いことやったんすね?」
新名は手を頭の上に組みつつ、軽口を叩いてくる。
「当たり前だろ」
当たり前なので、寧人はそう答える。プロフェッサーHの脅迫の件だけではない。それ以前に、ここまでの戦果はすべて悪いことをした結果だ。だが、それをすこしも悪いとは思ってはいない。
「でも、別に問題はないぜ」
一時は派手な活躍のために、社内に敵を作ったこともあったが、それももう解決した。プロフェッサーHの尽力のおかげでもあるが、後からわかったことだが、どうやらそもそもそれほどの数の敵はいなかったようだ。
ハリスンを制圧し、ビートルを倒し、サンタァナを取り込み、新型改造人間となった。そして数多くのロックスと戦い今だ無敗。
直接寧人を知らない者たちの多くは、噂や実績から勝手にイメージを膨らませ『闇の天才』だとか『奇跡の悪人』だとか『ザ・ダーティ』だとか色々言っており、ひさしく現れなかった期待の対象としている向きもあるそうだ。
能力的に優れているわけではないし。いつでも綱渡りのようなギリギリの勝利だった。それに幸運や部下たちの助けがなければ絶対にここまではこれなかった。それは寧人自身よく知っているし、うぬぼれるつもりはない。
が、たとえ誤ったイメージであろうとも、作られたカリスマであろうとも、そう思ってくれるなら儲けたものだ。いずれメタリカの頂点に立ったとき、それは役に立つ。
「新名そういえば知ってるか? お前って実は出世スピードで言ったらメタリカ史上4位なんだぜ。ちなみに5位以下をブッチギリで引き離してのな」
エレベーター内で新名に話す。新名もまた、すでにレベル3に上がっている。
「え? マジ? そーなんすか? うぇーい! さすが俺っすね!」
「ははは。ま、たしかにお前はすごいからな」
ロビーにエレベーターが到着した。扉が開くと、すこし驚く光景が広がっている。
「うわ。すげ」
新名がぽかんと口をあける。本社の社員たちの数多くがそこにいた。寧人たちの進む道の両サイドに並び、頭を下げている。クリムゾンへ幹部として旅立つ上役を見送るための、悪の花道だった。
「……」
何やってるんですか、みなさん、そんなのいいですよ! 忙しいでしょうに! 早く仕事にもどってくださいよ! 別に取締役だからってそんな……。いや普通の企業っぽくしようという方針がメタリカにあるのは知ってますけど、最近そんなの普通の大企業でもやってないですよ多分! こんなんされたら俺焦りますよ!!
と、言って慌てて手を振って一人ひとり頭を下げ返したいところだし、実際そうしそうになったが、なんとかこらえた。
こういうのは雰囲気も大事なのだ……そうだ。
「いくぞ新名」
寧人は唖然としている新名を率いて、そのまま進む。(途中、泉部長がいるのに気づいて、そこは頭を下げて挨拶をしたが)そして、出口まできて振り返った。
「皆さん、お忙しいなかありがとうございました。じゃ、俺、行ってきます!」
一瞬おいて、何人かが顔を上げる
「……?」
「……い、いってらっしゃいませ!」
「クリムゾンでもすごいことやってくださいよ!!」
「小森! お前出世しすぎなんだよ!! 営業部時代に飲みおごったこと忘れるなよ!!」
「負けないでください!! 期待してます!!」
「庶務課も早くなんとかしてくださいよ!!」
「いってらっしゃいませ!!」
そんな風に徐々に大きくなる歓声を背に、寧人は会社を出た。
「……ちょっと、びびった」
素にもどる。
「俺もっす。そういや、真紀さん、見送りにきてくれなかったっすね」
新名は社用車に乗り込みつつ。何か含むところがあるように真紀の話をしてきた。
「ああ、今日は出張だってさ。昨日見送りに来てくれたよ」
「え!? 昨日って休みですよね? 先輩んちにきたってことっすか?」
「? そりゃそうだろ。あの人めっちゃ親切だよなー。」
「で? で? 家に入れたんですか? それって夜っすか!?」
「お前なに興奮してんの? そりゃ入れるだろ。俺は一応常識あるんだぞ」
寧人も車に乗り込みつつ、昨夜のことを思い返した。
夜の9時ごろだっただろうか、不意にノックの音に気づいて、湯を入れたばかりのカップラーメンを気にしつつ出てみると真紀がいたのだ。
『? 真紀さん? どうしたの?』
『あ、あの、わたし明日出張で、お見送りにいけないから……それで。迷惑かもしれないとは思ったんですけど』
春先とはいえまだ夜は寒い。白のPコートを着てはいたけど、真紀はすこし寒そうだったので、キモがられるかもしれないとは思いつつも、家に入る? と聞いた。
『いいんですか? えっと、じゃあすこしだけ…失礼します』
それで二人ですこし話した。そして、寧人のためにまとめた、良かったら読んでください、とアメリカン・ロックスたちのデータと彼らに有効と思われるエビル・シルエットの運用方法をまとめたファイルをくれた。
『すごいね。コレ。手作り? わざわざ作ってくれたの?』
『は、はい。知ってることもあるだろうし、荷物になるかな、とは思ったんですけど……』
『そんなことないよ。助かる。ありがとう!』
『いえ、そんな。それなら良かったです!』
さらに安全祈願のお守りまでくれた。神様が悪魔を守ってくれるかどうかははなはだ疑問だったが、気持ちが嬉しかった。あとインスタントカレーもくれた。コレはかなり嬉しかった。メタリカ特製のそれは通常のレトルトカレーの1/4程度の容積であるにもかかわらず、レンジでチンとすると量が増える優れものなのだ。
思わず踊りだすほど嬉しくて、実際ちょっと踊ったら、真紀は嬉しそうに笑った。
しばらく話したあと、マジメな顔にもなった。
『無事に帰ってきてくださいね』
『うん』
『約束ですよ? 寧人くんがすごい人だっていうのはわかってます。でも……』
彼女は不安そうだった。今回は、何か嫌な予感がしているらしかった。
例えば自分たちが恋人同士だったとすれば、それなりに慰め方もあるのだろうが、残念ながらそういうわけではなかったので、丁重にお礼を言っておいた。
思い返してみても本当にいい人だ。あんな風にしてたらたくさんの男を誤解させてはいないだろうかと不安になる。俺だから勘違いしないが、あんな美人さんにあんなに親切にされたら誤解してしまう。ある意味、罪作りな人だよなー、とも思う。俺も危なくアホなことするところだった。
そのあと、何故か無言の時間が数分あった。異様にモジモジしていた。たまにそういうときがあるんだよな。この人。
どうしたのかな? と思っていると真紀が立ち上がって、帰りますね。体には気をつけてください、といって帰っていった。
「で? で?」
新名はこういう話の食いつきが異常にいい。空港へ向かう車内で身を乗り出して聞いてくる。
「? べつに。それで終わりだけど。帰っていったけど」
「はぁ!? ちょ、先輩、バカじゃないすか?」
「お前にそんなこと言われたくないぞ。いや紅茶とか出したかったけどさ、出発前だから家になにも」
「そういうことじゃないっすよ!!」
「うるさいな。カレーわけてほしいのか? 二個までならいいぞ」
「……はーっ…」
新名がわざとらしいため息をついた。こいつは池野ほどではないが女の子にモテる。だから別人種だ。何を考えてるのか知らないが気にしないことにした。
しばらく無言のまま、車を進む。
「そういや、先輩、英語できるんすか? 今更ですけど」
「なんだよ突然」
「いや、予想以上にバ……そこもちょっと気になったんすよ」
バカだから、といいそうになりやがったなお前。余計なお世話だ。
「あのなぁ、俺はお前と一歳しか違わないんだぞ。だから小学校3年のときから学校の授業は半分は英語だったっての。得意なわけじゃないけど、一応は話せるよ」
寧人の少年時代、つまり2090年代には日本の学校教育では英語が強化された。社会科と理科の半分が英語で授業が行われている。あまり成績がいいほうではなかったが、一応大丈夫なはずだ。
「あ、そういえばそうすね」
もう慣れたといえば慣れたが、上司が俺じゃなければ、絶対に態度を問題にされるぞコイツは。と思わないでもない。実際、ツルギには何回かたしなめられている。
あのツルギにたしなめられても、ケロリとしているのがある意味すごい。
そんな部下だが、寧人は新名とは仲がいい。こんな態度だが、新名は人当たりがいいし、それに実は優秀だ。また、最初のころと違って新名も心を開いているように思える。とても尊敬されているとは思わないが、まあそれはそれでいい。もともと自分は上司の器ではないのだからから。
空港につくと、すぐに専用の通路を通りメタリカ専用機に搭乗する。
あとは眠っていればつくだろう。
「そういや、真紀さんからもらった資料、お前も読んどいたほうがいいぞ」
席に着くと新名が早速ビールを飲もうとしたので、先にそう言っておく。
「うぃーっす。んじゃください。今読みますから」
寧人は熟読するのに4時間はかかった資料だが、多分彼なら30分もかからないだろう。
寧人はファイルを取り出し、新名に渡した。
「んじゃ、俺は寝るから」
寧人は目を閉じ、資料の情報を思い返してから眠ることにした。
※※
アメリカ合衆国、クリムゾンが拠点を置くこの国は日本と並びロックスの数が多いこと、また強いことで知られている。
メタリカ内ではロックスは強さや危険度に応じて5段階にランク付けがされている。例えば、ラモーンやビートルはB級。マルーン5は個別だとC級、全員あわせてA級だ。
現在、最上位であるS級に分類されているのは最初にして最強のロックス、ディラン一人だけだし、単独でA級の戦力をもつ者は4人しかいない。
だから、実質的にはA級でもトップクラスの実力ということになるし、B級も数が少なく、十分に恐ろしい脅威とされているのだ。
では、米国のロックスたちはどうか?
実は、B級の個体が全体の32%を占めている。これだけでもかなり恐ろしいこと、そして一般の善良な市民にとっては喜ばしいことだ。
しかし米国のロックスが悪の組織に恐れられている真の理由は、32%のB級ではない。
トップ2と呼ばれる、全米を代表するような強者が二人いるのだ。当然A級に区分されるている。
まず一人目、ソニックユースという者がいる。
彼はどこの誰かということもわかっている。マーク・ゴードンという男だ。
プロアメリカンフットボールにおいて、最年少のMVPをとったこと、またその後空軍パイロットに転進、さらにその後、宇宙飛行士になったことでも知られる男だ。
アメリカという国の英雄像を地でいく彼は、ロックスになる前から全米の人気者で、ハリウッド・スター並みだった。輝く金髪にたくましい肉体。健全な精神にさわやかな笑顔。完全無欠の男だった。
そんな彼は、宇宙空間にて未知の光線を浴びたことで特殊能力に目覚めたらしい。
オーバーセンス。と呼ばれるものだ。
人間の反応速度の限界を何十倍も凌駕する彼の神経系は撃たれたあとで銃弾を避けることすら可能らしい。
また、視聴覚などの五感も極限まで研ぎ澄まされており、集中すればエンパイアステートビルの屋上から、地上の人間の顔が識別でき声も聞こえる。
彼は、有り余る資産を用いて、己の特殊能力を生かす道具を開発した。武装、ではなく道具である。
ソニック・スケートと呼ばれるそれは、シューズの底面にローラーがついているもので、一見するとただのローラースケートにみえる。
だがその性能はすさまじい。電力で回転するローラーと噴出する空気圧によって、一瞬で時速100キロ近くまで加速することが可能で、さらに最高速度は500キロ以上出る。壁を登ることも、水面を移動することも、何十メートルもジャンプすることも可能だ。
当然ながら、こんなものを操れるのはマーク・ゴードン一人だけだった。マークは自宅の広大な庭に専用のコースを作ってソニック・スケートにライディングを楽しんでいるだけだったが、ある日転機が訪れる。
当時、米国で有力だった悪の組織『ルースター』の製造したモンスターがバイオハザードを引き起こしたのだ。
ニューヨークの街にはモンスターが溢れ、ガーディアンもロックスたちも苦戦を強いられた。ビルは破壊され、人は死んだ。
そんな状況の前にマークは立ち上がった。レジャー用のはずのソニックシューズとプロテクターを装備し、ニューヨークへ向かった。
摩天楼を駆け巡り、ビルとビルの間を跳ぶ、ハドソン川を滑り、自由の女神を駆け上った。
街に溢れるモンスターたちを次々に倒し、そのまま駆け抜けて跳ぶ、倒して跳ぶ。
どんな障害も飛び越えて、どんな敵の攻撃もすり抜けて。
結果、ニューヨークは救われた。そして市民は新たなロックスの誕生に感謝し、それを祝福した。
以来、特例的にソニックスケートの市街地での利用を許可された彼は、摩天楼を飛び、あらゆる犯罪と悪の組織から人々を守っている。もともと人気者だった彼だが、今では全米一の人気者になっている。
ハンサムで、賢く、リッチで、タフ。誰もが望むアメリカン・ヒーロー。シリアルの箱でも語られている。
最速のヒーロー、僕らのソニックユース。
それがマークの得たもう一つの称号だった。
一方、アメリカにはソニックユースと並び称されるもう一人のロックスがいる。『彼』だ。
いや、彼をロックスと呼ぶことに関しては賛否両論があるのだが、一応そうであるとされている。
彼は特定の敵としか戦わない。彼は正体を明かさない。彼はいつでも闇のなかにいる。
姿を見た者はいるが、特に意味はない。いつも全身黒のタイツのようなものを着ており、手にしている武器は都度違う。
スナイパーライフルであったり、特殊なブレードであったり、あるいはスタンガンだったり爆弾だったり、催涙スプレーだったり。通常、ロックスというのは各々シンボルとなるような武装や戦闘手段があるものなのだが、彼にはそれがない。
高性能だが、固有というわけではない各種の武器を状況にあわせて用いるのだ。
彼は、モンスターとは戦わない。彼は普通の犯罪者とも戦わない。
彼が狙うのはクリムゾンの者だけだ。
クリムゾンは様々な悪事を行っているので、結果的に彼の行動は犯罪を止め、人々を守っているが、果たして彼に正義感があるのかどうかは誰もわからない。
警察やガーディアンに所属しているわけでもなく、他のロックスのように活動が公認されているわけでもない彼が行っているのは私闘であり私刑だ。他の誰の話も聞こうとしないし接触もない。彼の戦闘行為はときに市民に被害を与えることすらある。
だから彼を正義のヒーロー、ロックスと認めない者は多い。だがそれと同じくらいに彼を支持するものもいる。
狙った獲物は絶対に殺す。クリムゾンの天敵。それは結果として多くの人々を救うことになるのだし、誰とも相容れないクールさを好む者もいるのだろう。
新聞は彼を叩くこともあるが、それでも大多数の市民は彼を許容している。一部では熱狂的な人気もある。
また、彼の特殊性としてもう一つ上げられるのが、『何の能力ももっていない』ということだ。
サイキックパワーだったり、固有の超性能の武装だったり、超人的な肉体だったり、他のロックスがもつ要素を何一つもっていないのだ。それは映像などでも確認できている。
もちろん、人間として鍛えることができる極限の運動能力や射撃技術は持っていることも、高性能の武装を的確に使用することもわかっている。だがそれはあくまでも常人の範囲内、通常武装の範囲内のことだ。
それでも彼はソニックユースと並び、アメリカでたった二人のA級ロックスとされている。
様々な状況に応じて、最適な戦術を取り、敵を屠ると消えていく。何の能力もなくても、それでも彼は強い。
クリムゾンの首に弾丸を撃ち込む、切り捨てる、爆破する、圧殺する。
倒されたクリムゾンの者たちは皆、首にダメージを受けて死体として転がっている。
クリムゾン・ハンター、処刑人、ノーパワーヒーロー、彼のニックネームが数多いが、一番有名なものは、やはりこれだろう。
スリップノット。
引き縄を意味するその名称は、クリムゾンの悪人を次々に処刑する彼を端的に現している。パンク系のWEBサイトが最初の名付け親で、そのサイトにはこう書かれている。
最恐のヒーロー、俺たちのスリップノット。
ソニックユースとスリップノット。
最速と最恐
光と影
米国には対極に位置する二人のロックスが、いる。