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悪の組織の求人広告  作者: Q7/喜友名トト
米国進出編~スリップノット/ソニックユース~
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ワクワクするよ

 待ち合わせは駅前にした。寧人は車を持っていないからだ。

 やや早めに到着してしまっていた。時間までまだ15分もある。とはいえ、ウロウロするほど時間があるわけではないので、寧人は駅前の噴水前のベンチに座ることにした。季節の割には日差しが暖かく気持ちがいい。


 こういうとき、喫煙者だったらタバコ吸ったりするんだろうな。ツルギがタバコを苦みばしった顔で吹かしてるのはなんかかっこいいよな。などと別に意味もないことを考える。


 さて、デートだ。なんか急に決まったことだった。職場の昼食休憩で会話していたときだった。ただ、そのとき寧人は多分すこしぼーっとしていたのだ。


 「ねーねー、ネイトってカレー好きだよね?」

 「うん」


 「ショーチューはスイートポテトなんだよね?」

 「……うん」


 「……むー…、今度のお休みにデートしよ!」


 「……うん。…ぇ?」


 「わーい! 約束だからね! 遊園地♪遊園地♪」


 ぴょんぴょんと跳ねるように喜ぶ彼女を見ると、色々な事情を考慮しても、やっぱ無しで。とはいえなかった。状況的にはややまずいが、心情的には浮かれているのも事実だったし。それに、彼女には言わないといけないこともある。ちょうどいい機会だ。


 寧人が時計をみるとまだ時間まで10分あった。やっぱり早く着すぎた、と思ったそのときだった。


 「わっ!」


 「おおおっ!?」

 急に背後から大きめの弾んだ声が聞こえた。ちょっとびっくりして変な叫び声をあげつつ振り替えると、そこには金髪の少女がいた。今日のデート? の相手のアニスだった。こっちのリアクションが面白かったのか、きゃっきゃと笑っている。


 「やっほぅ。ネイト、早かったんだね!」

 「おどかさないでくれ。暗殺者に襲われたのかと思って心底びびったよ」


  俺はホントに暗殺者に襲われてもおかしくない立場なんだぞ。まぁヘッドフィールドの手の者が俺が死なないように、今もその辺で守ってくれてるはずだけど。


 「あははは、驚きすぎだヨ。ネイト面白いね」

 

 アニスはそういうとベンチの前に回ってきた。今日は淡い色のニットに白のミニスカートだった。いつもとすこし雰囲気が違っていた。なんというか、より女の子女の子しているという感じだ。


 「……」


 「ん? どしたの? ははーん。可愛いでしょ?」


 なんだか得意気な様子でくるりとまわって見せた。その姿もやっぱり……


 「あー…うん。そうだな」


 「え? ホントに? ホントにそう思ったの? やったー!」


 「……じゃあ、行こう」


 「もー、なんで照れるの? サムライだから?」


 はじけるような笑顔をみせたと思いきや、むくれたりされる。やはりアニスといるとすこしペースが乱されるな、と苦笑しつつ、寧人は『デート』を開始した。


 並んで歩くと、周囲の人の視線がアニスに集まっているのがよくわかる。そういえば、普通の場所を二人で歩くなんて初めてだった。


 色白で金髪、お人形のような整った外見ながら表情がくるくるとよく変わる彼女は目立つ。なんとなく寧人は恥かしいような、こそばゆいような感情を覚えた。

 

 「♪~♪~」

 

 アニスは小さく英語の鼻歌を歌いながら、やたら高いテンションでリズミカルに歩いている。浮かれているようだった。寧人はなんとなく二歩程度、離れた距離をあけてみた。


アニスはそれに気づいて、すこし考え、そして顔を明るくして言ってきた。

 

 「ネイト、手つなご?」


 すいません無理です。


 「いや、それは、ちょっと、あの、ちょっと。著しくちょっと。日本人はそういうのはあまりしないもんなんだよ」


 手汗がひどそうだし、恥かしいし。とにかくダメだった。何故手をつながないか、という説明を納得してもらうのに5分かかった。


 電車に乗って到着したのは、世界的にも有名なキャラクターたちがたくさんいる人気のテーマパークだ。


 寧人はきたことがなかったが、アニスが好きらしく、またデートの基本っすから、間がもたなくなっても大丈夫っすから、と新名のオススメでもあった。


 「ネイト! あれ! あれ乗ろ!」


 と、目を輝かせて絶叫系のマシンを指定してくる。実は寧人はそういうものに乗ったことはない。というか遊園地というもの自体『家庭の事情』というやつで、初体験だった。


 「どわあぁぁぁぁあああああああ!!! お、おろしてく…わあああぉぉ!!」


 怖かった。まさに絶叫モノだな。なぜこんな恐ろしいものに人々が群がるのか。と驚愕させられる。しかし横をみると。


 「あははははっ! きゃー♪」


 などと、アニスはニコニコと楽しそうにはしゃいで、そして音楽のように耳障りのいい嬌声をあげていた。


 アトラクションを終えて出てくる。もうぐったりだった。


 「あー面白かった! すごかったねー?」


 アニスは満足げだ。はしゃいでいる。その笑顔は本当に楽しそうで、なんだかこっちまで気分がよくなる。でも怖いものは怖い。


 「……怖かった」


 「? そうなの? ニガテ? だってネイト、崖とか開発室の上とかから飛び降りたりしてたのに。どして?」


 首をかたむけ、覗き込んできている。それとこれとは別なのだ。あれは必要だから我慢してるだけ。別に高いところが好きなわけじゃない。


 「んー。そっかぁ、ネイト、ローラーコースター、ニガテなんだね。ゴメンね。つきあわせちゃって…」


 途端に、しゅん、としたすまなそうな顔をする。この辺、この子は素直なんだよな、と思う。


 「……いや、楽しいことは楽しいよ。初めて乗ったし、どんどん行こうぜ」


 楽しそうなアニスをみるのが楽しかった。それにせっかくの機会だし。ここはとことん行く、と決意した。


 「ホント!? 無理してない?」

 「してないよ」


 「やったぁ! じゃあ次は……」


 それから数時間みっちり絶叫系マシンに付き合った。精神力が鍛えられたに違いない。次にエビルシルエットに変身したら強くなってるかもしれない。


 「あ、そろそろ閉館みたいだな」


 すっかり辺りは暗くなっていた。

 途中、海賊風ナンチャラプレートみたいな夕食もとった、それなりに美味しかった。アニスは妖精のナントカディナーみたいなメニューだった。遠慮したのだが、一口食べさせられた。それも美味しかった。


 屋台のようなお店で売っている変なアクセサリーみたいなものをアニスが見つめていたのに気づいて、買ってあげてみた。ちょっと驚くくらい喜んでいた。


 


 彼女は満足そうに笑っていた。


 「ホントだね。あーあ、あっという間だったなー」


 アニスは残念そうにつぶやいた。今日一日、彼女はずっと楽しそうだった。くるくるとよく変わる表情や小柄な体に一杯入っている元気が感じられた。


 こういう日は、寧人も初めてだった。いろいろ困ることはあったし、しかったりもしたけど。それでも


 「……」


 寧人はすこし黙った。色々なことを考えていた。


 隣を歩いていたアニスはそれに気づき、なんだか心配そうな口調で話しかけてきた。


 「ネイト、大丈夫? 疲れちゃった…?」


 「いや、そういうわけじゃないよ。貧弱だけど一応俺、庶務課上がりだぜ。鍛えてもいるし」


 「そっか。……楽しく、なかったかなぁ?」

 

 ああ、そういうことか。俺って本当にバカだな。だからモテないんだ。

寧人はすこし反省して答えた。


 「いや、楽しかったよ。ちょっと元気になった。ありがとう」


 多分、アニスは俺に気を使ったんだな、と理解した。元気づけようとしてくれたんだと思う。

色々なことがあって、最近俺はちょっと変だったのかもしれない。もちろん自分のしてきたことに後悔はないし、今後も迷いなどなく進む。でも疲れるときはある。



 「そっかぁ。よかった! わたしもとっても楽しかったヨ! また二人で来ようね」


 アニスは今日一番の笑顔を見せてくれた。テーマパークのライトもあいまって、キラキラしてみえた。とても悪の組織のご令嬢にはみえなかった。


 「うん。これたらね」


 なんだかすこし、温かい気持ちになった。


 そのまま二人でテーマパークを出て、彼女を家まで送ることにした。新名先生の指示通りだ。


 そういえば、俺はこの子に言わないといけないことがある。帰り道を歩きながら、寧人はポツポツと語った。


 「俺さ、多分次の人事でもっと出世して、クリムゾンに出向になると思う。ニューヨークかな」


 「え? そーなの? さすがネイト! 早く言ってくれたら今日お祝いしたのに~」


 ここまでは簡単に言えることだ。大事なのはここから先のことだ。


 「でさ」


 「あ! っていうことはパパとネイトが一緒に仕事するってことだね! わー、すごい! こんな風になるなんてびっくりだね!」


 そう。一応まずはそういうことになるだろう。クリムゾンは手広く悪の仕事をしている。それにアメリカン・ヒーローたちは日本のそれと同じか、それ以上に悪の脅威だ。おそらく戦うことになるだろう。


 「……うん。営業で最初にアニスにあったときは、アニスの父ちゃんと一緒に仕事するときがくるなんて現実味なかったけどなぁ……」


 そうだった。あのときの自分、メタリカ一年目営業部平社員の自分がクリムゾンのトップにまみえる場所にたどり着くなんて、まるで質の悪いジョークみたいだった。


 でも、寧人はあのときから、それをただのジョークで終わらせるつもりはなかった。たとえ現実味がなくても、そこに向かうことを決めていた。


あの時点ではただの妄想だったこと。でも考えてはいたこと。俺はそれに挑む立場まで上がってきた。


「あのね。わたしパパが大好きなんだ」



 アニスは空を見上げてそう言った。幸せそうな表情だった。


 そうなんだろうな。と思う。アニスを見れば、いかに彼女が愛されて育ってきたかがわかる。悪者なのはわかってる。でも彼女にとっては誰よりも強く優しい父なのだろう。もしかしたらファザコンの気があるのかもしれない。



 「でもね。ネイトをみてると、すごくワクワクするの」


 今度は足をとめて、アニスは寧人を見つめてきた。青い瞳でまっすぐみつめられると、すこし緊張してしまう。


 「最初はね。ディランとのこと聞いて、キョーミもったんだけど。初めてネイトをみたとき思ったんだ。この人はきっと、他の誰にもない何かを持ってる人なんだって。わたしはちっちゃいときから、強い人も悪い人もたくさんみてきたから」


 「……そう、かな」



 謙遜はしない。俺は戦闘能力もたいしたことないし、賢いほうでもない。でももうわかっている。俺は『悪い』 今思えば、最初にそれに気づいて、道を示してくれたのは間中さんだった。


 「うん。こんなにバッドな男の子、みたことなかったよ。でも、いつもは優しいよね、ネイトは。不器用だし、怖がりだし……ふふっ」


 絶叫マシンでの寧人の醜態を思い出したのか、アニスはくすっと笑った。


 「そんなネイトが、もうこんなに進んでる。とってもワクワクするヨ。それに一緒にいるとドキドキする」


 「……それは…」


 寧人は口ごもった。かなり初期のころから、アニスが自分に好意的だったのは知っている。でも寧人のほうは一定の距離は置いていた。それは二つの理由がある。


 ひとつは彼女の父親がクリムゾンのトップであること。当時の寧人からすれば、クリムゾンのトップを怒らせれば即首をはねられるのだから、必要以上に接近できなかった。


 でもこの理由は今はもうない。いかにクリムゾンのトップといえども、今の寧人にやすやすと矛を向けるはずがない。吹けば飛ぶような末端の人間だったあのころとは違うのだ。


 が、かわりに新しい理由が出来た。


それは寧人がこれからしようと思っていることに係わる。これまでの戦いや日々の仕事の中で、アニスの存在は寧人のなかで大きくなっている。このことも『新しい理由』に関係している。


 「んーん。いいんだヨ。今はネイトの気持ちを聞こうとは思ってないから」


 アニスの言葉は穏やかだった。


 「……そっか…」

 

 「だって、ネイト、前しか見てないからね。でも、いつか横も見てね♪」


 「覚えておくよ」


 アニスは照れたように、へへ、と笑った。そのあとは互いに言葉を交わさず、月明かりの道をしばらく、歩く。今日、アニスに言おうと思っていたことは、やっぱり言わないことにした。


 別に今じゃなくてもいいことだ。今日俺は、アニスのおかげですこし元気になった。そのお礼というわけじゃないけど、今夜は幸せな気持ちのまま眠ってほしかった。


 いつか必ずそのときはくるけど、そのときまでは。



 「ん、じゃあここでいいよ。おやすみ、ネイト!」

 「え、ああ。うんおやすみ。今日はありがとう」

 

 そういうとアニスは駆け出していった。すこし顔が赤かった。カリフォルニア出身の元気いっぱいな女の子も照れたりすることもあるらしい。



 一人になった寧人は駅の方向に歩き出し、考える。


 今日は楽しかった。アニスも可愛かった。おもわず忘れそうになる。でもけして忘れてはいけない。彼女も言ったが、俺は前を見るんだ。


 俺はクリムゾンに出向する。それは、クリムゾンをこの手中に収めるためだ。

 世界を制するためには、もっと大きな力がいる。メタリカの頂点にたつのは勿論だが、他の悪の組織は必要ない。その力のすべてを俺のものにする。


 クリムゾンは巨大な組織だ。だが俺の軍門に降らせる。

 アニスの父親はクリムゾンのトップだ。


 そういう考えを持っている俺とは、どこかで必ずぶつかるときが来る。当然俺は負けるつもりはない。そして俺の戦い方はいつもと同じだ。


 容赦はしない、躊躇もしない。


アメリカン・ロックスだろうが、クリムゾン・キングであろうがすべて打ち倒す。

 彼女はそこまでわかっているのだろうか? それは知る由もない。

 

でも、俺はやる。身内だからって、やり方を変えたら、これまで打ち倒してきた英雄たちや犠牲にしてきた人たちに顔向けできない。


たとえ、あの可憐な金髪の少女の華のような笑顔を奪ってしまう結果になったとしても。



 一人歩く寧人。風はすっかり冷たくなっていた。


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